探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 滅多なことでは事前に希望する練習内容を伝えることの無いタキオンからの、たっての願いに応じた鷹木はタップダンスシチーの練習場を訪れる。タップの担当トレーナーである片桐が個人で整備し続けている芝地は、昨年の夏をも乗り越えてターフの練習コースとしての姿を保ち続けていた。更には自前で休憩室までも備えつけていた片桐の行動力は、鷹木を唖然とさせるばかりであった。


遥か先を見るは易く、駆け抜くは難し

 校舎裏手の用具入れが立ち並ぶ植え込みの向こう側、滅多なことでは誰も立ち入らぬトレセン学園敷地の奥部から、蹄音と草刈りの音が響いてくる。

 

 鷹木がこの場所に来るのも、久々のことであった。去年の後半はタキオンのデビュー戦に向けて、それが済んだらホープフルステークス出走のため、他のことに意識を割いていられる暇など無かった。

 

 むろん、2月に入った今も弥生賞に向けて気を抜いていられないことに違いはないのだが、しばらくぶりに示されたタキオンからの要求には応じてやりたかった。

 

「何か月ぶりだろうか、タップダンスシチーくんとの併走練習は!にしても相変わらず、片桐トレーナーはタップくんのため、秘密練習場の整備を続けているようだねぇ。」

 

「あぁ、奴も癖の強いトレーナーだが、根気強さだけは間違いなくトレセン学園随一だな。」

 

 このトレセン学園敷地の人目につかない裏手エリア、かつては芝の養生地として運用されていたが今は業者による芝搬入が通例となり使われなくなった土地を、片桐トレーナーは理事長の許可も得て自分専用の練習場としていた。

 

 本式の練習場ほど広くはないものの、ウマ娘が全力で走れるだけの面積を、雑草を刈り、傷んだ芝を張り替え、たった一人で整備し続けることは多大な労苦であったろう。

 

 今でこそ冬場ゆえに生えてくる雑草の量は控えめだろうが、それでもタップダンスシチーが好きなだけ走り続けられる専用練習場を維持し続けるための努力を片桐は続けていた。

 

 植え込みをかき分けてタキオンと鷹木が顔を出した時、ちょうど片桐は草刈り機を片付けに来たところであった。遠慮なく歩を進めながら、タキオンは手を挙げて片桐に挨拶する。

 

「やぁやぁ片桐トレーナー!タップくんから話は聞いているだろうかねぇ、今日は併走練習に来させてもらったよ。」

 

「おや、しばらくぶりのお客さんですね。すみません、タップはここに来るなり即座にウォーミングアップを開始して走り出してしまったので、自分は彼女から何も聞いていないんですよ。」

 

 片桐はいつも通りの物腰柔らかな態度とニマニマ笑いを保ったまま、草刈りを終えたばかりの練習場を走っていくタップダンスシチーの姿へと視線を向ける。

 

 以前のレースでも見た通り、タップダンスシチーは一定の速度を維持しつづける精密な走りを示していた。

 

 が、心なしか以前よりも力んでいるようにも見えた。先月走った万葉ステークスが、3000mという長距離であったこと、その結果が五着に終わったことも手伝っていただろうが。

 

 なんとなく状況を察した鷹木が先に頭を下げる。

 

「ということは……片桐トレーナーは何も聞かされてない状態で、勝手に我々が押しかけて来たってことになってしまいますね。タップダンスシチーも次のレースに向けて大事な時期だというのに、すみません。」

 

「いえいえ、併走相手としてアグネスタキオンさん、すなわちホープフルステークスを制したGⅠウマ娘さんに来ていただけるとなれば、こちらの方が頭を下げなければならないほどですよ。」

 

「ふふゥん、そうだろうねぇ、この私と競える機会を光栄に思ってもらわなければねぇ。」

 

 片桐はあえて皮肉に聞こえるような口ぶりで返し、そしてタキオンも全く謙遜する様子などなく偉そうに応じている。

 

 このやり取りだけを見れば片桐トレーナーの方がよほどタキオンとの相性が良いようにも思われたが、片桐が現在タップに実践させているトレーニング方針は、とてもタキオンには実施させられないものであった。

 

 すなわち練習でも可能な限り走る量を多くしてペースを叩き込み、本番レースの出走回数も増やして実践的な技術を身につけさせるという方針である。

 

 片桐と比べれば、担当ウマ娘の怪我や故障を人一倍気にかけ続ける鷹木が、タキオンの担当としてあてがわれたことには合点がいった。

 

「……それにしても、片桐トレーナー。このエリア、何やら施設が増えているように見えるんですが……。」

 

 タップダンスシチーが練習コースを回って戻ってくるまでの暫しの間、鷹木は周囲を見渡して尋ねる。

 

 以前は、単に雑草が生い茂っていた土地を切り拓いて整備したに過ぎなかったこのタップダンスシチー専用練習場だが、今はプレハブ建築の小屋が二つ並んでいた。

 

 一方は、今しがた片桐が草刈り機を片付けていた様から、用具入れとしての倉庫だと知れた。が、もう片方は、ちょっとした部屋ほどのサイズがある。

 

 片桐は、事も無げに答えた。

 

「あぁ、あっちはタップダンスシチーの秘密基地ですよ。」

 

「ひ、秘密基地……?」

 

 ウマ娘たちが鍛錬を行うトレセン学園で聞くことになるとは思わなかった、随分とわんぱくな響きの語を鷹木はつい聞き返す。

 

 はやくもタキオンは興味深げにプレハブ小屋の中を覗き込んでいたが、しっかりと遮光カーテンが下ろされているためか窓から内部の様子はうかがえなかった。

 

「彼女、夢を語ってくれましてね。いずれ自分はGⅠレースに出まくって賞金を稼ぎ、そして仲間と笑って暮らせるような城を建てるんだと。その第一歩、まぁ城にしては余りにも粗末すぎますが、昨年の天竜川特別レースで一着になった記念として、プレハブ建築の城をここに建てたというわけです。」

 

「いや、プレハブ工法とはいっても、工費を全て合わせれば数百万は掛かるのでは……」

 

 鷹木は小屋の一端から電気コードが伸び、簡易的な電柱を経てトレセン学園の校舎へと繋がっている様をも見つめながら問い返した。

 

 こういった思い付きを片桐が面白がり、全力でサポートしようとするだろうことは、彼の性格を前々から知っている鷹木としては全く意外ではない。

 

 とはいえ、結城トレーナーのごときレジェンド級ならばいざ知らず、自分と同期のトレーナーの収入からしてみれば、プレハブ小屋を一件建てるだけでも目の飛び出るような出費には違いなかった。

 

「まぁ、新築ではなく、中古のユニットを組み立ててもらって費用は抑えましたし、ドトウからも資金援助してもらいましたから。」

 

「……はい?」

 

 片桐がサラッと口にした一言に、鷹木は固まらずにいられなかった。

 

 ウマ娘レースでの獲得賞金は、基本的に実際に走ったウマ娘自身のものである。未成年ゆえに管理はその保護者に委ねられるものの、勝ち方によっては莫大な資産にもなり得るため、トレセン学園からも信用のおける管理会社が紹介される場合もある。

 

 メイショウドトウはオペラオーの勝ったレースで常に二着となっていた印象が強いウマ娘だが、GⅠに出走して二着になり続けている時点で相当な戦績だ。

 

 いわゆるシルバーコレクターと呼ばれるウマ娘たちの中でも、獲得賞金はトップクラスであることに違いなかった。……そして、今は引退した彼女を現役の間担当していたのが、ほかならぬ片桐である。

 

 鬼気迫るレースでの走りとは対照的に、日常ではドジが目立ち、資金運用という概念から程遠いメイショウドトウの姿を思い浮かべながら、鷹木は片桐を問い質した。

 

「……あの、片桐トレーナー、かつての担当のよしみだとか言って、ドトウを騙すような形で資金を出させたわけではないでしょうね……?」

 

「人聞きの悪いことを仰らないでくださいよ、ドトウやご両親にも、何のために使うお金なのか、きちんと説明しました。後輩ウマ娘たちの練習環境を整えるためだ、と納得していただけましたから。」

 

「たしかに、小屋の入り口にはメイショウドトウの名が掲げられていたねぇ。外をぐるっと見て回ればエアコンの室外機も備えられて、水道管まで通っているのが見えた、なかなかに快適そうな部屋だねぇ。」

 

 タップダンスシチーの秘密基地ことプレハブ小屋をしげしげと見て戻ってきたタキオンが、横から口をはさむ。

 

 後輩ウマ娘たちの練習環境を整えるため……たしかに、あながち嘘ではない。急な雨に見舞われれば風邪をひかぬように体を乾かす部屋が要るし、猛暑に襲われる夏などは冷房のきいた休憩場所が必要だろう。

 

 納得はいったものの、相も変わらず周到に要領よく立ち回って自らの意を通す片桐に、鷹木は呆れを通り越して感心するほどであった。

 

「まあ、片桐トレーナーの担当ウマ娘、タップダンスシチーが満足に練習できる状況になっているのなら……。」

 

「Ey,Mr.Hawkwood!あぁ、わたしは満足させてもらってるぜ、だが納得はしてないな!」

 

 唐突に背後から音圧のある声が投げかけられ、鷹木は肩をビクッとさせながら素早く振り返った。

 

 もちろん、背後に居たのは練習コースを走り終わったタップダンスシチーだった。彼女の体格ならば芝地を踏みしめる足音が他の音に紛れることはなかっただろうが、鷹木を驚かせるために敢えて足音を忍ばせて寄ってきていたらしい。

 

 片桐は小さく頷きながら、タップダンスシチーに給水用のボトルを手渡している。彼女の発言の意図が見えない鷹木は、遅ればせの挨拶とともに問い返した。

 

「お、おぅ、お邪魔させてもらってる……ところで、納得していないってのは……?」

 

「片桐トレーナーから聞かされてないのか?わたしは自分のレースで賞金を稼いで、城を建てたいんだ!ドトウ先輩には感謝してるが、先輩に頼ってばかりじゃいられない!それに、いずれトレセン学園を卒業したら、ここから出て行かなきゃならないからな!」

 

「えぇ、タップさんは最初は近くの河原、橋の下に秘密基地を作ろうと計画していましたが、どこの誰が覗きに来るとも知れぬ場所に、大切な担当ウマ娘を入り浸らせるわけにもいきませんから。」

 

 タップダンスシチー自身、そして片桐トレーナーの意図するところは、おおよそ鷹木も理解した。

 

 トレセン学園を卒業するまでに、自前の資金で城を建てられるだけの戦績を叩き出す。その覚悟を固めるためにも、いずれ出て行かざるを得ない場所に仮の拠点を作ったのだ。先輩ウマ娘からの資金援助によってようやく実現した、という現状も、自力で賞金を稼ごうとするモチベーションを高める結果となっているだろう。

 

 傍で聞いているアグネスタキオンは、タップとは対照的な考え方を披露していたが。

 

「随分と向上心溢れることだねぇ。私は資金を出してもらえるのなら喜んで受け入れ、存分に研究に没頭するつもりだが。トレーナーくん、この私のために専用の実験室を建ててくれるだけの度量はないのかい?」

 

「実験室だなんて、それこそ簡単に出来るものじゃないだろ。」

 

 もはや億単位での予算が必要となるタキオンからのおねだりを、鷹木は退けざるを得なかった。

 

 むろん、片桐のようにかつての担当ウマ娘に頭を下げに行けば……テイエムオペラオーの総獲得賞金の額を思えば、不可能な出費ではなかったものの、まずオペラオーに会うこと自体が今の鷹木にはハードルの高いミッションであった。

 

 最後にオペラオーに会ったのは、もはや一昨年である。今担当しているタキオンの指導に忙しくて会いに行く時間がない、ということは事実でもあり、半ば言い訳でもあった。

 

 黙り込んでいる鷹木の胸中をどこまで見透かせているのか、ニヤニヤ笑いながら担当トレーナーのことを見つめているタキオンに対し、タップダンスシチーが声をかける。

 

「Yo,Tachyon!ここにダラダラとお喋りしにきたってワケじゃないだろ?わたしと勝負、するために来たんじゃないのか?」

 

「あぁ、そうだったねぇ。併走練習が、十分にこの私と勝負になるのであれば、だけれどねぇ。」

 

「Ohh,言ってくれるじゃあないか。つまりアンタを負かせれば、わたしはGⅠにのし上がるだけの実力が証明されるってワケだな!」

 

 サラサラと挑発的なやり取りの応酬が流れるのは、タキオンとタップの相性の良さゆえではなく、ひとえにタップダンスシチーというウマ娘のノリの良さ、そしてメンタル面の強さであるようにも思われた。

 

 だからこそ、勝ちきれないレースを多く経験していても、精神的に参ることも、その表情が翳ることなどもまるで無いままに、いつも通りに朗らかにトレーニングへと打ち込めるのだろう。

 

 とはいえ、先ほど独りで練習コース上を駆けていたタップの走りに、力みが見られたのも事実であったが。

 

「おや、私が手づくりしたスタート合図を出す装置、まだ使っていてくれているんだねぇ。」

 

「シンプルで壊れないからな!今日は来てないけど、いつものメンツで走るときにも使わせてもらってるぜ!」

 

 スタート位置にてしゃがみ込みながら、タップダンスシチーは金属の端材を組み合わせて作られたスタート装置を弄っている。

 

 キッチンタイマーのゼンマイで仕掛けが動き、実際のゲートが開くときに似た音が金属フレームで再現され、と同時に黄色い小旗がパッと立ち上がる仕掛け。

 

 シンプルであるだけに、昨年から野外で使用され続けてもなお故障などしていないようだった。強いて言えば、視覚的にタイミングが遠方からも見えるよう、つけられた小旗の色が少々褪せた程度である。

 

 とはいえ、この仕掛けを作ったタキオン自身が、ここでタップダンスシチーとの併走練習を行うのは初めてのことだった。

 

 以前はジャングルポケットがタップと併走している様を離れてみているばかりのタキオンであったが、今のタップダンスシチーには自ら競い合いたいと思わせるだけの力が備わっているらしい。

 

 ……ガシャン!と音が響き、タキオンとタップは駆け始めた。

 

「タップが次に出走予定のレースは関門橋ステークス、2000mです。先月の万葉ステークスよりも短いぶん、ハイペースで運ぶよう調整させています。」

 

 先導するタップダンスシチーの背後につけたタキオンが、走りやすそうな調子で足を運んでいく様を見つめる鷹木の隣で、片桐は口を開く。

 

 たしかに、去年末にタップが勝利した天竜川特別よりも、更に早いタイムを刻みながら、最初のコーナーへと入っている。

 

「万葉ステークスの様子を見ながら結城トレーナーとも話していたんですが、タップダンスシチーのスタイルはかなり完成に近い状態じゃないでしょうか。」

 

「おや、結城トレーナーと一緒に観戦なさっていただなんて、羨ましい。えぇ、流石に結城トレーナーの眼は誤魔化せませんね、走りのスタイルだけであれば確立されつつあります。」

 

 すなわち、相手との位置取りや、周囲の仕掛けるタイミングに影響などされることなく、自分のペースを最後まで貫いてゴールまで向かうスタイル。

 

 ジャングルポケットやアグネスタキオン、そして前回のデビュー自体は逃したもののいずれGⅠレースに上がってくるだろうマンハッタンカフェのような、最後の追い込みで勝負する面々とは対照的な走りである。

 

 今、向こう正面に入っていったタップダンスシチーはタキオンよりも数バ身先で逃げていたが、これも逃げの位置にこだわっているのではなく、一定のスピードを維持し続ける走りの結果だ。

 

「しかし、完成ではありません。これで完成だとしていたら、タップダンスシチーはGⅠどころかGⅢの舞台にも上がれないでしょう?」

 

「たしかに……やっぱり、片桐トレーナーはタップダンスシチーにGⅠタイトルを獲らせるつもりなんですね。」

 

 鷹木はタキオンの走り方に視線を注ぎながら受け答えしていたため、それがかなり迂闊な返答であることを自覚していなかった。

 

 もしも片桐の表情を凝視していれば、こちらも同じくタップダンスシチーの脚運びに注いでいた目つきの中に、チラリと本気の闘争心が覗いたことに鷹木は気づけただろう。

 

「えぇ、メイショウドトウのようにね。あの子も、デビュー当初はなかなかGⅢのレースに届かなかった。」

 

「でしたね、1か月に複数のレースに出走していたりもしましたっけ。」

 

「17戦目です、ついにGⅠレースで、ようやくテイエムオペラオーと並んで走ることが出来たのは。」

 

 タキオンとタップダンスシチーはならんで最終コーナーへ差し掛かるところであったが、鷹木は思わず片桐の横顔に視線を移していた。

 

 それだけ、今の片桐は声の響きが大きく変わっていたのだ。声量は変わらぬまま、その奥に担当ウマ娘を勝たせたいという執念の重さが籠っていた。

 

「そこから、オペラオーを下すまでが、これまた長かったんですけれどね。ですが、実際にやってのけたでしょ、ドトウに似て自分もあきらめが悪い人間なので。」

 

「……ですね。」

 

 これといって気の利いた返答も出来ない鷹木は、そんな短い相槌を返すだけで精一杯だった。

 

 最終直線、タップダンスシチーに外から並んできたアグネスタキオンは、そのままの勢いで抜き去り、先んじてゴールラインを超える。鷹木がストップウォッチを押した、その後1秒と経たない後に片桐もストップウォッチを止める。

 

 結果としてはタキオンが先着する形となったものの、ホープフルステークスでは後続に大差をつけて勝利したタキオンに、タップダンスシチーは迫るところまで来ているのだ。

 

「ま、今年中には難しいかもしれませんけどね。タップが本格的に能力を完成させるのは、早くとも来年ってところだと見てます。」

 

「……。」

 

 鷹木は言葉を返せないまま、タップとタキオンが何事か歓談しあいながら流していく練習コースを見渡す。

 

 この広々とした専用練習場、自分が管理を行うからとの名目で理事長から許可を得たこの場所を、片桐は少なくとも来年以降まで、ひとりで草刈りをし、芝を張り替え、整備し続ける気でいるのだ。

 

 自分が彼ほどの覚悟を備えているのか、同期の行動力を見るにつけても頭の上がらぬ鷹木であった。

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