ある日、いつかの三門市。首都圏を襲った未曽有の大災害の影響はこの街にも及んでいた。修達は逃げ遅れた千佳を救うため、三門市へ戻る決意をするが……?

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時系列はあやふやです。


【ワートリ×呪術】三雲修「呪詛師?」

 三雲修は疲弊していた。住民が既に避難している住宅街は、不気味なほど静かだった。のっぺりとした闇。周囲には彼と、彼の仲間である遊真とヒュース以外には誰も居ないはずだった。

 

「!!」

 突如として修は体が動かなくなるのを感じた。

 自分が動けないことを知るのに時間がかかった。まるで眼鏡の曇りに気がつくまで、注視している対象を単に見えにくいとしか思わないように。

 何か見えない大きなものに体ごと掴まれているのだ。

 幸いにしてトリオン体に換装していたから無傷ではあったのだが、生身であればどうなっているか想像しがたい。次の瞬間、修は空中に放り出されている。

「遊真!」

「ああ」

 遊真が、手にしていた刀を、修の居た場所の虚空に向けて大きく振る。力は失せ、修は動けるようになる。鉄でできた刀に街灯の光が反射して、鈍く光る。

 修は地面に激突した。

 

「これで三度目か」修が呟く。

 街の危険性は再三にわたって知らされていた。トリオンが切れても緊急脱出(ベイルアウト)は使えない。目的をすぐに果たし、戻ってくる必要があった。

「おまえが言い出したことだからな」ヒュースは念を押すように言った。

「分かってる」三雲は言った。

 

 首都はほぼ壊滅していた。『呪力』と呼ばれる未知のエネルギーの暴走が原因――メディアはそう報じている。首都からそう離れていない三門市も例外ではなく、多くの隊員が行方不明となっていた。呪術師と呼ばれる専門家が避難に尽力した結果、ボーダーの中枢を担う人々や機密情報といったものは辛くも大阪へ移すことができた。

 

 あの日以降、千佳、そして仁との連絡が途絶えていた。携帯は通じず、復旧したボーダーの内部通話にも応じない。ある用事で三門市から離れていた修達は、母親を含め先に逃げてきた人々の避難を手伝っていたのもあり、その日市内にいた千佳を迎えに行く余裕がなかった。

 

 政府やボーダーからは戻るなと言われていたが、修と遊真は千佳を助けるため三門市へと向かった。そしてヒュースが意外にも同行を申し出てくれたのだった。修は何かヒュースに考えがあるのではと思ったが、仲間が増えることに異存はなかった。

 

「急ごう」

 修はそう言って、また闇の中を走り出す。

 見晴らしのいい通りに出た。そろそろ三門市だ。そう思って目を上げて、唖然とする。

 

 大きな黒い半球が、三門市を包んでいた。

「噂の通りだったな」

 ヒュースがポツリと言った。「小さいがこれも『コロニー』だろう。原理は見当もつかないが、()()()()()()()にできるという傾向とも一致してる」

 修に五年前の惨状が思い出される。

「オサム」遊真が口を開いた。「一度引き返そう」

 悔しいが、修にもそれが賢い選択だと思われた。コロニーに入って戻ってきた者は居なかった。そしてそう思うほど、悔しさは増す。

 

「そうだ戻ったほうがいい」

 不意に声がした。声のした方を見ると、怪しげな格好をした男が一人、立っているのが見えた。一部分だけ伸ばして禿げあがった頭に、ぎょろりとした目と、太い眉、口ひげを蓄えた、腹巻を巻いた中年の男だった。

「もしかして専門家の方ですか?」修は言った。もしそうなら、これが件のコロニーなのかどうか知りたかった。修はまだ目の前の現状を受け止め切れていなかった。「ボーダーの者です。調査するにしてもここは危険です。生身の人間が居ていい場所じゃありませんよ。釈迦に説法かもしれませんけど……」

「俺達専門家は『呪霊』から逃れる方法を知っているのさ」男は言う。「見ての通り、これが噂のコロニーだ。さっきできてな。入ったら二度と外には出られん。俺は親が閉じ込められた。案内するから早くこの場を――」

「お前」

 呪術師の言葉を遮って、遊真が口を開く。「つまんない嘘つくね」

 

 次の瞬間、ヒュースは三雲を突き飛ばしていた。鋭利な光が空を切る。

「なっ!?」

 事態が飲み込めないまま、修は受け身を取って体制を立て直す。視界の外でギインという音がした。トリオン同士のぶつかり合う音だった。

 見慣れた光が三つ見えた。うち二つは遊真とヒュースがそれぞれ構えている弧月とスコーピオンだった。最後の一つは呪術師――もとい呪詛師、粟坂二良の手に握られていた。

 訓練用のトリガーだった。

 

「それ、誰から取ったの?」

「仲良かったボーダー隊員の形見さ」粟坂は言った。

 遊真はため息をつくと、呪詛師に向けて刃を伸ばす――影浦の得意とする技、マンティスである。ブラフとして構えている刃とは別の個所から死角をつき、粟坂の脚に命中した。すべてが一瞬の出来事であり、換装体の眼を持つ修でも技が出されたことに辛うじて気付くレベルだった。

「遊真!」修は叫ぶ。

 呪詛師は攻撃を意にも介さず第二撃を放つ。二人は手持ちのシールドを展開しつつ距離を取り、シールドを回り込むようにしてヒュースが変化弾(バイパー)で応戦する。粟坂はそれをかわすこともせず軽々と距離を詰める。

「それだけか!」粟坂は言った。

「いいや」そう言いながら遊真は粟坂の足元にグラスホッパーを展開する。粟坂は回転しながら宙を舞った。そしてその瞬間を逃さず、遊真はバイパーで追撃する。呆然とする修の手を引き、建物の影に隠れた。ヒュースは二人と分かれて別の場所に隠れる。

 

 車の通らない道路の上を一人の男が歩いている。

「どこ行った? かくれんぼかよ?」

 瓦礫を払いながら粟坂が言う。ヒュースが居場所を悟られないよう様々な軌道のバイパーで狙い撃った。弾丸が地面に命中する音が聞こえてくる。

 

「どうする? やつは見たところ不死身のようだ」ヒュースが通信で言う。「年齢的に考えて、トリオンの残量はそう多くなさそうだが、やつが短期決戦のつもりなら……」

「あの『コロニーもどき』について情報を得たい」そう言いながら、遊真は修の方を一瞬ちらと見た。「黒トリガーで奴の動きを封じるのがベストだけど、レプリカが居ないから準備に時間がかかる。それに相手も疑り深い方だと思うし。一発で当てたいから手伝ってくれ……殺すなよ」

 その言葉を聞き、修は安堵する。この世界で遊真が人を殺す姿を見たくはなかった。だが一方で相手が同じような容赦をしてくれるようにも見えない。遊真との会話から推測するに、おそらく相手はボーダー隊員を一人、手にかけている。修は心の中である決意を固めた。

「あれが例のジュジュツというやつか」そんな修の内心をよそに、ヒュースが言った。

「噂は本当だったのか」

「いや」修が口を開く。「可能性の話をしていてもキリがない。あのトリガーはブラフだ。ここ数日の間ボーダーは三門市から完全に居なくなっていた。幸いにして誘導装置は起動したままだったけど、かなりの数の(ゲート)が開いたに違いない。だからあれも――近界民(ネイバー)だ」

「……」遊真はまた修の方を見た。修はいつの間にか路地裏の狭い通りにワイヤーを展開している。だがその量はほんの少し――本当にほんの少し――普段よりも多く、ワンパターンな配置がされているように見えた。「オサム」言いかけたその時、

「男なら堂々としろい!」

 轟音が壁を裂いて、粟坂が現れる。遊真はそれをかわし、暗闇に隠れていたワイヤーに掴まる。粟坂がそれでも路地に入り込むと、背後から音がする。遊真の方を見据えながらも、後ろに壁ができる気配を、粟坂は感じ取った。大通りへの出口を、別行動していたヒュースのエスクードが塞いだのだった。

「そんなことしなくても逃げねえよ」粟坂は叫びながら、トリガーで邪魔なワイヤーを切断しつつ、使えるワイヤーだけを足場にして登ってくる。ヒュースは――エスクードで作った壁に密かに隙間を作り、そこから覗いていたヒュースは――その大ぶりな動きを逃さなかった。ワイヤーに目を凝らし、立ち止まる一瞬の隙をつき、路地の両方の壁からエスクードを出現させる。路地の幅は約五メートル。二枚のエスクードで人間一人を挟むにはちょうどいい広さだった。同時に、遊真も攻撃を開始する。

『錨』印+『射』印(アンカー プラス ボルト)

 

 閑静な住宅街だった。夜は未だ黒く、時折風が建物の間を通って、不気味な音を立てる。ヒュースがどこか遠くを見つめていた。遊真は帳の中に手を入れては出してを数度繰り返し……やがて中へ体を入れて、また戻ってくる。そうしてこれが首都の二か所にできている「それ」とはことなるものであることを確認した。

 『錨』印が男の身体の至る所に刺さっている。いまや動きは封じられていた。

 

「まず……おまえ、近界民? それともここの人?」

「誰が言うか」粟坂は喚いた。

「ここに置き去りにしてもいいんだぞ」ヒュースが言った。「そうしたらおまえは呪霊の餌だ。おまえのシールドは『非トリオンの攻撃に弱い』んだろう」

「そうなのか?」横から修は言った。粟坂は答えない。

「俺がバイパーで攻撃していた時、エスクードで石を飛ばして反応を見た。こいつはそれを避けた。そしてその後目に見えて開けた場所を避けるようになった」

 修の脳裏をハイレインの卵の冠(アレクトール)がよぎった。

「つまり、ある程度強い物理攻撃を受けると、シールドが剥がれるのか」修が言う。

――もしくはこいつが本当にジュジュツシで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかかもだけど――遊真はそう、心の中でつぶやいた。

 呟いて、三人に背を向けて距離を取った。

 

 遊真は()()()()()()()()()()()()()()()()を手に取る。

 

 一本は粟坂が握っていたものだ。もう一本は粟坂が隠していた『予備』だった。粟坂を拘束した直後、オサムに見えないように、粟坂から取り上げていた。

 おそらくは不意を突いて投げつけるためのものだろう。粟坂は片方を使って自身をトリオン体に換装し、もう片方は()()()()()()()()()()()()()。協力者か、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()か。こんな人間だ。もし後者の方が正しかったとするなら、その隊員がどんな目に遭っているか、遊真には想像できた。

 それを知ったとしても修はこいつを生かそうとするだろう。今この時期に修を混乱させるのは――守るはずの民間人と戦わせるのは――良い選択ではない。遊真はトリガーを瓦礫の裏に隠して粟坂に近寄ると、小声で言った。

「話を合わせろ。でなければ殺す」

 

 ヒュースはまた、夜の街を眺めた。鳥の声すらしない、不気味な夜だった。




続きません。

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