羂索の天敵   作:羂索の点滴


原作:呪術廻戦
タグ:オリ主 夏油傑 七海健人
羂索の天敵となる術式を持つ、七海健人の同期の話。

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夏油先輩の話

 月初めの日は、呪術高専に務める補助監督が一人、風戸呼助(かざと よすけ)、つまり俺にとって特別な日だ。毎月この日は実家に帰り、俺の親が経営する寂れた旅館の露天風呂に入る。

 今日も、いつも通り俺は旅館に訪れた。

 

「……はぁ。何やってんだか」

 

 毎月この日は、特別な意味を持つ日だった。だけどそれは、つい先日をもってその特別さを、その意味を失った。それでもこうしていつものように旅館を訪れてしまうのは、慣れからくる無意識の行動なのか、それとも。

 

 ……きっと、どこかで期待しちまってるんだろうな。何せ、とんでもない人だったから。それこそ、()()と呼ばれるくらい規格外な人。だから、何かしらの手段で実は生き延びてるんじゃないかと思っちまう。

 

「夏油先輩……」

 

 いっそ憎らしいほどよく見える星の下、追憶にふける。

 

 

 

「……やっばいな」

 

 当時三級術師だった俺は、自分の弱さを自覚していた。それこそ、高専時代から将来は補助監督にでもなろうと志低く考えていた程度には。

 とはいえ何にせよ、ひとまずは高専は卒業しておきたかった。術師になるにせよ、補助監督になるにせよ、高専卒業の肩書きは一定の信用を勝ち取れるからだ。

 

 その日俺は高専の任務中だった。そして危機に瀕していた。

 同期の七海健人と共に出動したこの任務は、心霊スポットに出現した2級呪霊の祓除。そして、出てきた呪霊も実際に2級相当の呪霊であり、順当に行けば問題なく祓えるものだった。そう、順当に行けば。

 

 目の前に広がるのは、四方八方にうじゃうじゃと蠢く猫背の人のような形をした、顔のない呪霊。

 

「完全にはめられたな……」

 

 恐らく、複数人が範囲内に入ることが縛りのトラップ。それも、非常に単純故に縛りや術式を組み込み易い「落とし穴」という形のものだ。

 これにより、俺と七海は完全に分断された。

 

「ッ!おら!せいッ!」

 

 迫り来る呪霊達を殴る蹴るの攻撃で一体一体払っていくが、残念ながら俺には七海程のゴリラ力はない。ジリジリと呪力と体力がすり減っていく。

 持っている術式が諸事情により使えないため、実質術式なしで戦わなければならないのも現状の悪さを後押しした。このままいけば押し負けるのは時間の問題だった。

 

「……っはぁ……はぁ……。……すみません、夏油先輩」

 

 本当は、使いたくなかったんだが。背に腹はかえられない。というか普通に死にたくない。

 後で何かしらを要求されることを覚悟し、俺は腰のポーチにしまってある巻物を取り出し、地面に広げる。そこには予め自分で用意しておいた魔法陣が描かれている。そこに夏油先輩の髪の毛一本を置き、手をつく。

 

「召喚、夏油傑」

 

 俺の有する術式は「召喚呪法」。自分で描いた魔法陣に魔力を込め、そこに対象の髪の毛を置き、名前を呼ぶことにより対象の召喚を行う術式である。なお、術式の効果時間が切れると呼び出された対象はもとの場所へと戻る。

 一見そこそこ有用に見える術式だが、一つ大きな欠陥がある。

 

 術式は問題なく発動し、魔法陣の上に夏油先輩が召喚された。

 

「……はぁ、呼助。私は今日非番なんだが」

 

 状況を察して不満をこぼす先輩に全力で頭を下げ頼み込む。

 

「ほんと、ほんとすみません先輩。あの、この呪霊、ちょっと俺じゃ倒しきれなくて……」

「……この呪霊が、ね。これくらい自分で祓ってくれないと困るよ」

「すみません……すみません……」

「まあ、この程度さっさと終わらせてしまおうか」

 

 そう言って呪霊に向き合うなり、次々と呪霊玉にしていく夏油先輩は、()()()()()()

 俺の術式の対象は「生物」。より正確には、「対象の生物の肉体」だ。そこには服は含まれない。そのため、召喚したものは全て全裸になってしまうのだ。これがこの術式の最大の欠点である。

 これのせいで、面白がった五条悟に脅されてトイレ中の夜蛾先生を召喚することになり、二人一緒にこってり叱られるハメになったり、ある任務で死にかけた灰原を助ける為に緊急で家入先輩を召喚し、後でセクハラとして散々いじられたりもした。まあ後者に関してはぶっちゃけかなり眼福だったのでプラマイプラスだけど。

 ちなみに余談だが、その後の灰原は一命を取り留め、杖なしで歩ける程度に回復し、今は高専で事務の仕事をしている。下半身に痺れが残り、呪霊を祓うような激しい運動は無理だけど、ちゃんと五体満足である。

 

「……ふぅ、これで終わりだね」

 

 夏油先輩は俺があんなに追い詰められていた大量の呪霊共を一瞬にして祓ってしまった。やっぱり特級は規格外だ。

 

「ほんとありがとうございました。このお礼は後で、ええと、蕎麦とか奢ります」

「蕎麦、蕎麦か。いいね」

 

 ……意外だ。いつもなら「貸し一つ」とか言って後々とんでもないところで命令してくるのに。この前なんて、「五条悟とやったイタズラの主犯者として夜蛾先生に名乗り出る」とかいう命令をされた。

 それが、今回は蕎麦を奢るだけとは。何か企んでいるようでもないし。……というか、なんか先輩、疲れてる……?

 

「……あの」

「なんだい?」

「呪霊玉って、どんな味がするんですか?」

「……」

「あ、いえ、縛りで言えないとかなら全然言わなくていいんですけど」

「いや、別にそんなことはないよ。ただ、そんなことを聞かれるとは思ってなくてね。なにせ、丸呑みだから」

「なんか、凄い不味そうにしてたんで」

「……そうかな。味なんて、しないよ」

「そうですか」

「じゃあ、私はそろそろこれで」

「あ、はい。本当ありがとうございました」

 

 ちなみに、召喚した対象が好きなタイミングで帰れるというのも俺の術式の縛りの一つだ。そのため、倒したい奴を召喚して戦うとかはできない。まあ、召喚した瞬間に五条悟の無限攻撃を叩き込むとかはできるんだけどね。いや、そもそも名前のある呪霊なんてそうそういないから、召喚自体できないか。呪詛師ならあるいは……って感じかな。

 美しさすら感じる鍛え抜かれた肉体を惜しげも無く晒しながら、先輩は光に包まれ帰って行った。

 

「……なんか、やつれてたな、夏油先輩」

 

 五条悟はもう何も気にしてないみたいだけど、やっぱり星漿体の護衛任務を失敗したの、引きずってるのかな。

 と、考えていると、落とし穴トラップの天井が開いた。……訂正、蹴破られた。

 現れたのは我らが一般クソ強枠こと七海健人だ。マジで七海見ると安心するんだよね。強いし常識あるし強いし。

 

「大丈夫ですか!?」

「うん、なんとか。夏油先輩呼んじゃったけど」

「それは……後で大変なことになりそうですが、まあ無事でよかったです」

「七海の方は……まあ、平気だよね。というか俺がいなくてもぶっちゃけ余裕だったでしょ」

 

 そうしてこの日は、何事もなく俺は任務を終えた。ただ、この日夏油先輩に見られた疲労の影を無視したことを、今でも少し後悔する。

 

 夏油先輩が特級呪詛師として指名手配認定されたのは、この1週間後だった。

 

 

 

 夏油先輩が呪詛師になった。初めは信じられなかったけど、その詳細を聞いたら少しは納得できてしまった。

 呪霊は非術師からしか生まれない。だから非術師を皆殺しにして平和な世界を作る。それが、先輩が考え実行に移した理屈だ。

 

 まあイカれてる。イカれてるけど、あの真面目で、正義に生きる、行動の根底に確固たる道徳心がある先輩が突然一般人を大量虐殺した理由としては、それくらいイカれてないと辻褄が合わない。

 それに、先輩の真面目さが空ぶった結果だとしたら納得が行くのだ。多分こうなったらもう止まれないんだろうとも思った。なにせ、先輩は真面目だから。

 

 先輩のこの行動に関しては、俺はとやかく言わない。というか言えない。

 僕はなんやかんや自分勝手で、俺と関わりのある少数の人間のためなら大多数の人間を切り捨てるような人間だ。だから、先輩の思想を否定できない。

 でも。

 

「だからといって、はいじゃあさよならとは行きませんよ、先輩」

 

 つい先日、高専から俺に依頼が来た。内容は「特級呪詛師夏油傑の召喚と抹殺」。まあ俺がやるのは召喚だけで、抹殺の方は五条悟とか九十九由基とかがやるんだろうけど。

 それに対する俺の返答は「無理」だ。召喚しようとしても、術式が弾かれてしまう。恐らく簡易領域を常に貼ることで俺の召喚呪法の必中効果を相殺している。普通ならそんなことは無理だが、数多の呪霊(無尽蔵の呪力)を抱える先輩なら呪力切れなしでそれができるのだ、と。そんなふうに報告した。

 実際のところそれは完全に嘘で、俺はあれから一度も先輩を召喚しようとしていないが、多分問題なくそれを行えるであろうという確信がある。

 

 そして、今日それを行う。

 

「召喚、夏油傑」

 

 時刻は午後七時。露天風呂に浮かべた魔法陣が光り出す。そして、いつも通り全裸の先輩が現れた。

 

「久しぶりです。先輩、髪伸びました?」

「……そうだね、伸ばすことにしたんだ」

 

 俺はいつも通りのくだらない会話を始めた。

 先輩は一瞬目を丸くしてこちらを見たが、その後柔和に笑って会話に乗ってきてくれた。その顔は、良くも悪くもふっきれたようで、あの時のようにやつれが取れ、疲労の影もない。

 

「そういえば、前に行った蕎麦屋が新しい店舗オープンしたの知ってますか」

「それは真坂屋のことかい?」

「そうです」

「へぇ、それはどこに?」

「忘れました」

「……抜けてるところあるよね、呼助は」

 

 なんやかんや三週間程会っていないため、久しぶりの再開は案外会話が弾む。特級呪詛師と会話が弾むというのも変な話だ。

 まあ、先輩を呼び出した理由は、こうして普通に駄べりたいからというのもあるのだ。くだらない会話をするのもいいだろう。

 ただ、さすがにそれだけで終わりという訳にもいかないので、そろそろ本題に入る。

 

「……先輩がいなくなってから、五条悟、めちゃくちゃ凹んでましたよ。あの五条悟が」

「ははっ、笑える」

「家入先輩も表面上は取り繕ってますけど結構キてますよ、あれは」

「……そうかい」

 

 ……よかった。思った通りだ。五条悟や家入先輩の話を出して揺さぶりをかけると、動揺はないけれど少し悲しそうな顔をした。

 どうやら、呪詛師になったから高専の連中も全てがどうでも良くて、邪魔するなら問答無用で全員殺す……とまでは思ってないようだ。

 これなら、話ができそうだ。

 

「先輩、俺、ぶっちゃけ先輩が一般人殺そうがどうでもいいんです」

「……そうかい」

「俺は身内贔屓する人間なんで、例えば七海が死にかけてたとして、誰か他人の命10個を犠牲に七海を助けられるなら、多分俺はその10人を犠牲にします」

「そういえば、灰原を助ける為に硝子の尊厳を犠牲にしてたね」

「あれは必要な犠牲でした。……まあそんなわけで、先輩が一部の人間を助けるために大量の人間を殺したとても、俺はとやかく言うことはないです」

 

 先輩に自分の考えを示すことに成功した。要は、味方もしないし敵対もしない、中立だ。

 

「あーでも、できれば女子アナと女性声優とアイドルは殺さないで欲しいです。仮に殺すとしても、ギリギリまで後回しにして欲しいというか……」

「ふ、はははっ」

「なんで笑うんですか」

「いや、うん。ごめんごめん、バカにするつもりはないんだ。ただ、君の考え方が面白くて」

「バカにしてるじゃないですか」

 

 よかった、どうやら俺の自分勝手な願望を笑い飛ばす程度の心の余裕はあるようだ。

 

「それで、今日私を呼んだのはなぜかな」

「露骨に話題転換しますね。いや、単純に話したかっただけですよ」

「というと?」

「尊敬する先輩と一緒に露天風呂入りながら駄べりたいってのは、会う理由になるでしょう」

「……そうだね」

「これからも、月一で呼ぶんで来てくださいよ。まあその気がなくとも来ることにはなるんですけど」

「……ああ、月始めの夜は予定を空けておくよ」

 

 こうして、俺と夏油先輩の露天風呂での密会は始まったのだった。

 ちなみに、なぜ露天風呂なのかというと、全裸で召喚される都合上、風呂場のほうが楽というのと、どうせなら露天風呂のほうが気分がいいからだ。まあ雨の日は大人しく屋内銭湯とかに呼び出すけど。

 ……そういう時は召喚するところが一般人に見られないように、銭湯の更衣室にあるトイレとかで召喚するんだけど、同じ個室から男二人が全裸で出てくるのは絵面的にちょっとやばいよな。今の所数回しか目撃されてないからセーフだと思いたい。

 

 

 

 あの後、先輩が呪詛師、というか宗教の教祖として一般人を誑かして組織拡大している中、七海は呪術師を辞めサラリーマンとして普通に働き始め、灰原は怪我の後遺症が回復し、問題なく日常生活を送れるようになり高専の事務に就職した。そして俺はもともとの希望通り補助監督になった。

 そんなある日のことだった。

 

「百鬼夜行……?」

「ああ」

 

 いつも通りの、月初めの密会にて、先輩は語った。

 流石に詳しい内容は教えてくれなかったが、先輩の言い方からして色々と察せられるものがあった。

 

 ああ、ここなんだな。ここで、先輩は高専に対して仕掛けるんだ。

 

「もし、私が死んだら、美々子と菜々子を頼んでもいいかい。彼女たちは、まだ子供で、世界を知らない」

 

 そんなことを言うものだから、もう、殆ど死ぬ気だったのかもしれない。

 

「……約束してくれるなら、いいですよ」

「どんな縛りだい」

「縛りじゃなくて、ただの約束です。今回の作戦で、高専生と高専教師、及び補助監督を殺さない約束。どうですか」

「……いいよ。高田ちゃんは入れなくていいのかい? 最近推してるんだろ」

「あー、じゃあ高田ちゃんも殺さないでください」

「ははっ、ああ、わかったよ」

「……できれば、もうひとつ約束して欲しいです」

「なんだい」

 

 温泉の縁に腰掛ける先輩は、こちらを見ないままで話を続ける。彼の目線の先にあるのは月だ。今日はたまたま満月だ。明るくて大きい月を見ている。

 ……きっと、今日はこっちを向くつもりはないのだろう。それでも、せめてこれくらいは聞いて欲しい。

 

「夏油先輩も、死なないでください」

「……それは、……わかったよ」

「守ってくださいよ、約束」

「ああ、善処するさ」

「……」

 

 あなたに死んで欲しくない人間もいるんですよ。まったく。

 

 夏油傑の訃報が伝わったのは、その2週間後だった。

 

 

 

「はあ……」

 

 夏油先輩が死んでから、更に2週間後。今日は月初めの日だ。

 先輩との約束、つまり美々子と菜々子と呼ばれる二人の少女の保護をするのは簡単だ。先輩から預かった2人の髪の毛を使い召喚してしまえば、あとは拘束して煮るなり焼くなり好きにできる。

 高専で然るべき処罰を下した後、高専で教育し直せばいい。五条あたりに親友の忘れ形見として渡せば保護くらいはしてくれるだろう。

 

 ただ、それでも。最後に確認くらいはしておきたいのだ。夏油先輩なら、何かしらの呪霊の能力で死を偽装してもおかしくない。だから、本当に死んでしまったのかどうかの確認をしておこうと思った。

 いつも通り、寂れて人がほぼいない旅館の露天風呂に、魔法陣を浮かべる。そこに、先月むしり取っておいた先輩の髪の毛を置き、名を唱える。

 

「召喚、夏油傑」

 

 魔法陣が光り出す。そして……()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 おかしい。これは、おかしい。俺の術式の対象は「生物」だ。死体は召喚できない。これはどういうことだ?

 つまり、ついさっきまで生きていて、召喚した瞬間死んだとでも言うのか? ありえないだろそんなの。

 

 しかし、その身体からはつい先程まで生きていたかのような呪力の残穢がある。しかも、その呪力は確かに夏油先輩のものだ。

 ……これは、家入先輩に提出しておくか。あと五条悟の六眼でも調べてもらおう。

 

 俺は、額に縫い目がある、妙に頭が軽い夏油先輩の死体を車に乗せ、高専に向かうのだった。

 

 

 

◆おまけ

 

 東京都内、某所。暗躍をしていたとある男が、突如一瞬にして姿を消した。そしてその場には、その男が着ていた五条袈裟と、重力によって落ち地面にぶつかった衝撃によってぐしゃりと潰れた脳みそが残る。

 

「カァー、カァー」

 

 そこへ、突然現れたご馳走に惹かれたカラス達が群がる。数時間後、そこには食い散らかされて汚く飛び散った肉片だけが残った。

 

(道半ば……残念だよ)




 術式の相性ってありますよね。某素晴らしい世界の主人公が持ってる「物を盗む術式」とかでも、脳みそ盗めば羂索倒せそう。

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