おやおや、桜ちゃんの様子が……?
あれから、丸二日の時間が経過した。俺の方での目立った出来事は無かったが、衛宮周りはかなり進展があったようだ。
使い魔での情報だがアーチャーはあの後、映画での出来事と同じく左腕を斬り落として衛宮に移植したようだ。少し違うとすれば、アーチャーは目覚めた遠坂と別れの挨拶をする事が出来たらしい。ただしそれはエミヤシロウとしてではなく、アーチャーとして、なのだが。
そうしてそこからは凡そ俺の知っている知識の通りに進んでいった。物語の要となる人物達は皆、己のサーヴァントを失った。しかし闘志を失う事は無く、今現在は影の情報を集めている。桜も、良くはないが、慢性的な魔力不足のようなものに陥っているようだ。
それと、見過ごせない問題が発生している。新都や冬木市にて目撃される影の数が多すぎるのだ。恐らくは短期間にサーヴァントを取り込んだからだ。アーチャーまで取り込まれたのかは定かではないが、少なくともキャスター、セイバー、バーサーカーを呑んでいる。こうも続けて取り込んでしまえば、今度は制御が追い付かない。“のようなもの”と言ったのはこの為だ。これはどちらかというと魔力過多による暴走が近いのかもしれない。
どちらにせよ、このまま放置するのはよろしくない。HFルートに入りかけているとは言え、まだ軌道修正は可能な筈だ。まだ半分。手遅れになる前にジジィを殺して、残りのサーヴァントと協力関係を築くことが出来ればイリヤも桜も聖杯になることなくこの戦いを終わらせられる。目標の聖杯戦争を生き延びる事だって達成出来る筈だ。
───そう、思っていた。
「っ……、手遅れになっちまったか」
「どうやらそうみたいだね。眩しいくらいだったあの王様の気配も無いし、街の住人も何人か消えてる。捕食されたと考えて良いだろうね」
「そうか……。随分と展開が早すぎるな……」
桜とギルガメッシュが対峙していたであろう路地裏。もしやと思って来てみたのは良いが、そこに広がっていたのは根本からポッキリと折れた街灯と刃物で削られたと思われる切り傷の跡が地面や壁に残っているのみだった。これはもう、ギルガメッシュは桜に取り込まれてしまったと考えて良いだろう。そして、もう軌道修正は望めない程に物語は進んでいったのだと、俺は悟らされた。
「マスター、どうする?」
「ジジィを殺しに行く。推定でも六人分のサーヴァントの魂を取り込んだ桜はもう普通には戻れない。となればジジィが行動を起こすのは必然的だ。何としても桜と聖杯との契約をこの宝具で断つ。シナリオ通りなら、桜は今衛宮の家に居る筈だ」
拳を力いっぱい握り締めながら、俺は決意を口にする。
「そう……。それがマスターの意志ならば全力で応えるとも」
「それは助かる。早速だが、まずは家に戻るぞ。必要なモノを揃えなきゃならんしな」
「了解、マスター」
そうして俺は自宅へ向かった。何故すぐにでも殺しに行かずに一度自宅に戻るのかというと、この間アーチャーに投影してもらった『
だから一度自宅に戻ることで『
そうして帰宅した俺はとてつもない頭痛を伴う警鐘が脳内で鳴り響くのを感じた。
「っ、ぐ……。な、何だ……コレ……」
「マスター?どうかしたのかい?」
俺の異変を察知したオベロンが様子を聞いてきた。
「分からねぇ。だが、酷く嫌な予感がする。悪いがオベロン、霊体化して外で待機していてくれ。多分……お前が居るともっと拗れる」
「マスター……、流石にそれは無いんじゃないかと思うよ?確かにマスターの嫌な予感は当たるかもしれないけどもさ。マスター一人で行動するというのが一番危険なんじゃない?」
「それは……、そうなんだが……」
確かにオベロンの言う事も一理ある。だが、警鐘を無視して家を離れるというのも悪手な気がしてならないのだ。
「やっぱり、この予感は無視出来ねぇ。三十分だ。それまでにはケリを付けてみせる。それまでに俺が戻って来ない、または他の奴が来た場合はすぐに来い」
「…………分かった」
俺が約束を取り付けると、オベロンは渋々といった感じではあるが、取り敢えずは俺の意向に従ってくれるようだ。その事に感謝し、俺は部屋に向かった。
「さ、く……ら?」
「兄さん……」
俺は部屋に向かい、そこには本来居ない筈の人物に驚きから開いた口を閉じる事が出来なくなった。そこに居たのは、自分の義妹である桜であったからだ。
何故、桜がここに居る?お前は衛宮の所で寝ている筈なのではないのか?本当に、今、目の前に居るのは、桜なのか……?
思わぬ人物の登場に、動揺から足が後退しそうになった。だが、心の中で僅かな希望を抱き、寸の所で踏み留まる。
「何故、お前がここに居る。お前は衛宮の所に居ろと言っただろうが」
「兄さん、すみません……」
「謝る気なら最初からここに帰ってくるんじゃねぇよ。それに、俺の質問に答えろ、桜」
動揺を隠して、ただ淡々と桜に問い掛ける。それだけでいつもの桜ならば、ビクビクと怯えて質問に答える。だが、今日の桜は違っていた。
「兄さん……、っ私、もう、我慢出来ないんです……」
催淫剤でも盛られたかのように顔を赤らめ、ハクハクと息を荒く吐き、惚けて涙が薄っすらと浮かんだ瞳を向けてくる。そして、段々と距離を縮めて来たのだ。俺は今すぐにでもこの場を離れたくなったが、足が床に縫い付けられたかのように動かない。心臓は桜に聞こえそうなくらいにバクバクと五月蝿く脈打っていた。
「お願いします、兄さん……」
ここまできて漸く俺は自らの選択を誤ったのだと認識する。霊体化すれば、もうマスターではない桜からオベロンが見える事は無いのだから連れてきておけば良かったのだ。寧ろ、一人でこの場に居る方が悪手だったのだ。
「桜、っ……」
恐怖か動揺か、はたまた両方か、声が引き攣る。俺は、桜のこの瞳を、この状態を知っている。桜は今、発情しているのだ。想い人であり、憧れである人の衛宮ではなく、義理の兄であるこの俺に。
「私を……」
桜の右手が俺の胸に触れた。服越しである筈の手は冷えた俺の身体に生暖かい熱を伝えてくる。動けぬ俺を他所に、桜はこちらを誘うようにゆっくりと手を這わす。そして、熱っぽい息を吐き続けるその口が、ある願望を口にしようとした。
───その瞬間、俺は……
「にぃ……さ……?どうして……?」
俺は桜の身体を突き飛ばした。
「桜。駄目だ。その先を言う相手は、決して俺なんかじゃない」
「何で……?」
俺の初めての明確な拒絶に、桜が動揺する。
「お前は…………、俺の、妹だ」
「でも血の繋がりはありません……!」
「そうだな。確かにお前と俺とは血の繋がりは無い」
「だったら、どうしてですか……!」
桜の悲痛な顔で、必死に懇願する表情に、俺は酷く胸が締め付けられた。
「私、いっぱい我慢しました」
「そうだな」
お前は、本当に我慢強い子だ。
「痛いのも、ツラいのも、兄さんが居てくれたから、耐えられた」
「桜……」
いいや、違う。俺はお前の側に居る事は出来なかったさ。
「なのに……っ、兄さんは、褒めてくれないのですか……」
「……そう、だな。俺も腹を括ろうか」
「兄さん……?」
だから、今このひと時、この
「俺はな、桜。お前を血の繋がりが無くとも大事な妹だと思ってる。あの時からずっとな」
俺は桜を優しく抱き寄せる。俺の
「そんな……だって、兄さんはずっと……」
「ごめんな、桜。俺は卑怯で臆病者だから、ずっと自分の気持ちに蓋をして、騙し続けてきた。あのクソも居たしな」
初めて会った時よりも間桐の色に染まってしまった髪を労るようにゆっくり撫でる。
「兄さんも……?」
「あぁ、だからはっきり言っておかねぇと思ってな」
俺の言葉を聞いた桜が伏せていた顔をゆっくりと上げる。
「俺はお前を
「─────」
桜の顔色が悪くなった。いや、この場合は血の気が引いたというよりも絶望したから顔色が悪くなった、という方が近いのだろうか。どちらにせよ、桜にとってこの回答が嫌な事であったのは想像に容易い。
「ごめん、ごめんな。桜」
俺は罪悪感から、ただ桜を優しく撫でる事しか出来なかった。
「兄さんは……」
「ん?」
「兄さんは、一緒に……
「・・・・。」
その質問に、俺は答えられなかった。何を言えば良いのか分からなかったからだ。
「────」
桜は距離を取った後、再び顔を伏せて何かを呟いた。
「……桜?どうし────っ!?」
桜が何を呟いたのか知る為に尋ねようとしたが、言葉はそれ以上続く事は無かった。口の中いっぱいに腹の底から血が登ってきたからだ。目線を下に動かすとそこにはあの影が伸ばしていた帯のような触手が腹部に深く突き刺さっていた。
「さ……く、ら……?」
酷く流血する見た目に反して痛みはそれ程無かった。いや、きっと、突然の出来事による混乱で痛みが麻痺しているのだろう。影に触れた時や魔術回路を増やしている時なんかよりも圧倒的に鈍い痛みと患部の焼けるような熱さだけが、今自覚できる感覚だった。
「もう……耐えられません……、兄さん」
今度は聞こえる声で桜は呟いた。それを皮切りに、月明かりをも覆い隠す闇が広がる。
「ょ゙せ……っ、さぐ、ら!」
このままでは、あのクソジジィの思惑通りになってしまう。桜はもう、戻れなくなる。
「先輩や、姉さんは、私なんかじゃ触れられない、遠い存在……。だけど、兄さんは。兄さんだけは、私の事、分かってくれると思っていました」
桜が心の底の暗い感情を吐き出す度に、桜の頭上を深く暗い闇が渦を描いていく。何度も遭遇した俺にはソレが何なのか、すぐに分かった。アレはあの影だ。つまり、あの影が桜を覆い隠してしまえば手遅れになるということだ。
「ぅ゙、ぐ……!ガハッ!!こん、なっ、モノ……!」
最悪の事態を防ぐ為、俺は未だに腹部を貫通し続ける触手を無理矢理引き抜いた。引き抜いた患部から血があり得ないくらいにドバドバと溢れ出し、吐血も酷くなるが、気にしていられなかった。
「なのに、兄さんは……私と同じ所まで来てくれないのですね……」
「桜……!っ゙!お、れは……」
クソっ……!何とかして桜を落ち着かせたいのに、口の中に止め処無く溢れてくる血が邪魔で何も言葉に出せねぇ……!
「兄さんが、自分の意志でこちらに来てくれないなら……」
「だめ、だ!戻っ、ゴフッ、ゲホッ……、っ桜……!!」
「もういいです。姉さんや、先輩、そして兄さんも敵わないくらいに、私が強くなってみせますから。そうしたら、みんな、私を見てくれますよね?私だけを考えてくれるようになりますよね……?そうですよね、兄さん?」
誤った思想を掲げ、宣言する桜の瞳は、養子に来たばかりのあの頃と同じかそれ以上なくらいに真っ暗な淀んだ瞳をしていた。
「っ!!さく───」
今ばかりは自分の身がどうなっても良いから桜を止めねばと伸ばした手は、桜に届くことはなく、彼女は頭上から舞い降りた影に呑まれてしまった。次の瞬間、部屋中に魔力の暴風が吹き荒れ、俺は勢いよく壁に衝突してしまった。
「っ、ガハッ……!?」
「マスター!!」
「来るな゙……!!呑まれ゙るぞ!!」
異変を察知したのかオベロンの声が扉越しに聞こえてきた。そのまま部屋の中に来ようとしていたので、俺は再び己の身に構わず叫んで制止する。その間にも桜と黒聖杯との契約は無慈悲にも成立していく。
「ハハハッ!遂に
この好機を待っていたと言わんばかりに、部屋の中にクソ野郎の上機嫌な声が響き渡る。
「引き金だ、と……?まさか、ジジィ……!テメェ……これが狙いで……」
「やはりお主は衛宮の小倅と同じく桜に甘い奴だのう……。お主はこうなることが分かって居ったのだろう?何故さっさと桜を殺さぬ」
「お゙れにだって、考えは……あるんだっ……つうの」
出血多量による貧血で意識が朦朧とする。だが、ここで倒れる訳にはいかない。ここで気絶するという事は、ジジィに自ら殺してくださいと言っているようなものだからだ。
「カカカッ。そうかそうか、考えか。それは大層なものじゃったろうが、どちらにせよ桜を生かす手段を取ったのは悪手じゃったな」
「ハァ゙?」
悪手だ?テメェに何が分かるってんだよ。桜を生かしたいと思って何が悪い。桜の幸せを願って何が悪い。少なくともテメェ何かに否定される想いじゃねぇ。
「人が弱ってるからって、好き勝手……言い、やがっ……て」
流石に我慢ならず、使い魔で無理矢理にでも桜から引き抜いてやろうかと思ったその時、桜を覆っていた影が霧散するかのように散っていった。そして現れた桜は、色素が抜け落ちたかのように白い髪と血のように暗く紅い瞳を持ち、罅割れのような赤い線が走るワンピースのような黒い服を着た、普段の桜とはかけ離れた姿をしていた。
「そんな……」
「ハハハハハハッ!良いぞ、良いぞ桜よ。この十年、ゆっくりと育てたかいがあった!さぁ、桜よ。今こそ全てを喰らいつくし、聖杯を間桐の手に。奇跡の成就を果たそうではないか」
「この゙っ、クソジジィ……!どこまで桜を────」
俺の口からその先の言葉が続くことは無かった。目の前の光景に唖然としたからだ。
「その必要はありません、お爺さま。だって、聖杯は貴方のモノになる事はありませんから」
平然とした顔で、桜は己の胸の中に手を突っ込んでいた。そしてそのまま躊躇い無くその手を引き抜いた。引き抜かれた手の中には、俺が散々殺したくて堪らなかったジジィの本体である蟲が居た。
「さ、桜!何を血迷って居るか……!」
「私は至って冷静ですとも、お爺様」
桜はジジィに怯えること無く、ただ淡々と自分は冷静なのだと述べる。桜の身はもう人の身体ではなくなってしまった為か、流れ出る筈の血も、抉った筈の傷も全てがなかった事になっていた。
「ならば何故、このような事をする!」
「お爺さまって、こんなにちっぽけな存在だったのですね。こんな存在に、私は今までビクビクしていた……」
虚ろな瞳で桜はジジィの言葉に耳を傾ける事無く、ブツブツと何かを呟く。その異様な雰囲気に俺は気圧され、ただ見ている事しか出来なかった。これから何か、桜が、彼女にとって良くない事をする。そんな不吉な予感を感じながら。
「待て、待て桜……!このような、恩を仇で返すような真似を───」
「サヨナラ、お爺さま。後の事は全て、私が引き継ぎますから」
「っ!!駄目だ!さく───」
グチャリ、と命の散る音としては少々呆気ない音がした。間桐臓硯改め、マキリ・ゾォルケンの命は桜の手の中で云百年の生涯を終えたのだ。
「───ふ、ふふ……あはは。アハハハハハッ!」
その血を見つめ、桜は嗤う。明確な意志を持っての殺人をもって、桜の
「見てくれましたか?兄さん。私、こんなに強くなりました。私達を間桐に縛り付けていたお爺さまはもう居ない。私達は自由なんです」
桜はケラケラと笑いながらこちらに近付いて来る。俺は何とかこの場から離れようとするが、もう限界に近付いていた意識と身体では禄に動く事はままならない。
「兄さん……?あぁ、出血が酷くて意識が朦朧としているのですね?大丈夫です、兄さん。私が
「ま、て……。直す……?」
治す、ではなく直す、と桜は言った。言葉だけでは伝わらない微妙な違いではあったが、その時だけは何故か違うものだと理解出来た。
「安心してください、兄さん。痛いのは最初だけです。すぐに良くなります」
俺の問いに桜は的外れの回答をする。絶妙に会話が通じていない。桜は一体、何をやらかすつもりなのか。冷や汗が背中を伝う。早いことこの場を離れなければ。
しかしやはりそんな意思に反して身体は言う事を聞かないし、もう限界だと言わんばかりに視界がもう駄目になってきた。そんなのはお構いなく、桜はこちらに近付いて来る。一歩、また一歩と着実に距離は近付き、桜が血が流れる患部に触れた。
「─────ぁ」
これは、マズい。と思ったのも束の間、桜が触れた患部に泥が流れ込むのを感じた。
「ぁ、がっ─────ア゙ァァ゙ァァァ゙ァ!!??」
「マスター!!!」
俺の叫び声を聞いて、オベロンが命令を無視して部屋に飛び込んで来た。焦っている様子に反してその動きは的確で、桜や桜の影、さらには俺の患部に付着している泥にも触れることなく、桜を俺から引き離した。
家から離れ、桜の気配も無くなった頃、最後の力を振り絞ってオベロンに問い掛ける。
「な゙……ぜ、部屋に来た……。待ってろ゙、と言った……だろ」
「マスターは馬鹿なの?あんな状況、来るなって言われた方がおかしいと思うんだけど。僕が来なかったら下手してたら死んでたよね?アレ」
確かに彼の言い分も正しい。あのままオベロンが駆け込んでいなかったら、俺は泥に汚染されて正気を完全に失ってたかもしれない。そういった意味合いではオベロンの行動は正しいのだが、正直、サーヴァントの身である彼には命懸けにも等しい行為でもあるので、出来れば控えてもらいたかった。
「……そうだな。確かにお前の、判断には……たすけられた。あり…………が……、と」
しかし、やはりこうして五体満足で助かった事を考えるとオベロンのこの行動は正しかったので、ここは素直にお礼を述べようとした所で、俺の意識は遂に途絶えた。
「……きみはどうしてそんな面倒事にばかり巻き込まれるんだ」
────俺はもう、
はい、ついにフラグ回収が成されました。慎二君、やらかしちゃいましたね〜。桜ちゃんが黒化しちゃいました。おめでとうございまーす(((メデタクナイ
あと、ついでに蟲爺さんはこれにて退場でございます。なので、言峰綺礼のあのカッコいい詠唱は無いですね……すみません。別ルートならあるかも……((
最後のオベロンのセリフ、書き溜めの時点は入れてなかったんですけれども、最終確認をしている時に何か急に思い付いたんですよね。ですからキャラ崩壊なんて知らん!オベロンと慎二君との絆レベルは天元突破ぞ?作者が好きだから入れるわ!!の精神で入れさせて頂きました。