「ケント!」
「お待たせしました、シルビアさん」
最終的に、彼女をアクセルに引き入れる判断をしたのは七海だ。彼女が寝返った理由が自身への情幕が故ということもあり、誘いを無碍に断り続けるのも忍びない。
幸いにもお誘いの内容は一般的なデート。駄女神のように途中で高級な品物を要求してきたり、ドM令嬢のように自らチンピラにぶつかり因縁をつけられに行ったり、爆裂狂のように発作的な爆裂魔法を放ったり、クズマさんのように息を吐くようなセクハラもしない。
であるのならば、まあ問題ないだろう。『しばらくお前に会えず最近ご機嫌ナナメなのが面倒なので相手してやってくれ』、とハンスからの言葉もあれば、七海も当然首を縦に振る。
「商店街、ですか」
「ええ。その、デートらしくないのはわかるのだけれど、あまりこういうことに慣れてなくて……」
「いえ、特に問題はないと思いますが。交際している若い男女もこうして商店街を共に歩くことぐらいあるでしょう」
知らんけど。基本的に七海が持つ恋愛知識は五条から無理やり聞かされた戯言に由来するので、発言の全てに関西人の如き語尾が付く。
まあ確かに、アクセルには娯楽施設がろくにない。いや、件のサキュバス店のようにそういった店があるといえばあるのだが、まともな男女がデートで行く店があまりないのだ。
強いていうならそれこそ喫茶店辺りになるのだろうが、シルビアはウィズ魔道具店に七海が訪れた際、タイミングが合えば彼と一緒にバニルが淹れた紅茶を嗜むことがある。つまり、喫茶店に行ったところで新鮮味がないのである。
「お、シルビアの嬢ちゃんじゃねえか。……って、ナナミの旦那も一緒か!」
「ええ。その、ラークさん。前にお願いしていたものを買いたいのだけれど」
「おう、任せとけ! 今日はとびっきり活きの良いのが入ってるぜ!」
八百屋の大将ラークは裏に引っ込むと、檻に入れられたまま暴れるタマネギをシルビアに引き渡す。
なんとも凶暴なタマネギである。個体によればかの初心者殺しをも上回り得る戦闘力を持つとされるタマネギ、都市に集団で飛来しては破壊の限りを尽くすとされる悪逆なるこの食べ物。
これほど活きが良いとなると生半可な客に売れば返り討ちにされ野生化する恐れがあるため普段は仕入れを避けているのだが、シルビアの実力がそのタマネギを上回るものであることを知っているため、今回はシルビアから頼み込み、特別に仕入れてもらっていた。
「ここで〆てくか?」
「……うーん、そうしようかしら。ケント、確か飛び道具で短剣を持っていたわよね。一つ貸してもらえる?」
「ああ、はい。どうぞ」
デートにも関わらず冒険者として活動する時と同じ服で来る男こと七海建人、地球ですら基本的にスーツ一点張りだった彼がオシャレな服を異世界で購入しているわけがない。
いつも通り懐に忍ばせている短剣を一本シルビアに手渡すと、タマネギが閉じ込められた檻にそれを突き刺した。
ステータスの関係上、そこらの木端冒険者では特注の武器でもない限り大玉タマネギの装甲を貫けないのだが、そこは衰えても元魔王軍幹部。
規格外の膂力を持って装甲を突破、玉ねぎの生命活動を完全に終わらせた。
「シルビアさんは商店街の方々ともお知り合いなのですか?」
「基本的に、ウィズ魔道具店の料理当番は私がやっているの。ハンスはまあ、あれだし、バニルに任せると何が出てくるか分からないし、ウィズは……あの子、基本的に焦げてるから」
「焦げてる」
デッドリーポイズンスライムのハンスが料理を作れば下手をすれば毒混入でバニル以外全滅の危機に陥りかねず、かといってバニルに任せると何が出てくるのかわかったものじゃない。ロシアンたこ焼きは酔った勢いで友達とやるから面白いのであって、素面の夕方に毎日やるようなものではないのだ。
ウィズは極端なまでの料理下手というわけではないが、彼女はほとんど毎日、何かしらをやらかしてバニルの折檻を受け、その辺に焦げてぶっ倒れている。
故に、消去法的にウィズ魔道具店の料理当番を担うのはシルビアである。
尤も彼ら彼女らは基本的に食を必要としない種族の集まり。では何故毎日まともな食事を摂っているのかというと、アクセルで彷徨く間に人間の食事にハマってしまったハンスの要望故である。彼が不機嫌になると店にある商品が全滅しかねないため、機嫌を取らなければならないのだ。
「む、お得意様か。……おや、おやおや。どうやらこれは吾輩はお邪魔であるようだな。ならば気を利かせて買い出しにでも行くことにしよう」
「…………貴方がそう気を遣うと、物凄く嫌な予感がするのですが」
「いや、今回は純粋な善意である。……ああ、そうだ。貧乏店主がその辺で焦げて転がっている故、そのようなことに及ぶのであれば防音はしっかりするといいぞ」
「バニル!!!!」
シルビアの叫び声を聞く前に、バニルはマイバッグを持って魔道具店を出て行った。バニルは環境負荷に気を遣えるタイプの大悪魔なのだ。
彼の言葉が気になったので少々店内を歩いていると、そこには文字通り黒焦げになってその辺に倒れているウィズの姿。周りには"返品不可"ということが記されている契約書と、謎の魔道具。大方の事情を察した七海は、そのまま静かに立ち去った。
「はい、ケント。出来たわよ」
そういえばシルビアが料理、ウィズが焦げて倒れ伏し、バニルが買い物に行く。ハンスは留守のようだし、これでは店番をする人間が誰もいないのではないか。
そんなことを考えていた七海だが、杞憂であった。それもそのはず、この魔道具店を訪れるのは偶に来るセクハラ目的の輩を除いて某ぼっち紅魔族と、トイレの女神を筆頭にしたカズマパーティの面々ぐらい。悲しい現実である。
「……これは」
普段はお茶を置くために使われているテーブルに、出来上がった料理が並べられる。
それを見て、七海は驚愕した。少し前までは魔王軍にいたグロウキメラ、最悪ポイズンクッキングまでを想定していた七海だが、普通に美味そうな料理が出てきた。
勧められるがまま一口食べてみると、見た目の通り普通に美味い。飛び抜けたそれではないが、家庭料理としては十分に上等な部類であろう。
「美味しいですね」
「本当!? 良かった、少し緊張していたから……」
そのまま料理を食べ、世間話を交わす二人。そんな良さげな雰囲気をまざまざと見せつけられる焦げ焦げリッチーウィズ。
元魔王軍幹部連中が集まるこの魔窟において、流石に自分が一番結婚できる可能性が高いだろう。そんなことを考えていた彼女はこの日、アンデッドであっても即死するほどの精神的ダメージを受けたという。
このSSでちゃんと討伐された魔王軍幹部ってベルディアだけなのか…