俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
序. 回想
「雑兵どもの弱点についてはわかった。なるほど、ただの獣に戦の兵法は理解できなかったということだな」
「とはいえ数人集めただけじゃ効果は薄いぞ。状況に合わせて形が変わるのが俺たちの流派だからな。やるなら大勢でまとめてだ」
稲妻城から船を漕ぎ、着いた先で馬車に乗りこむ。戦の舞台である神無塚に向かう道中、俺と九条さんはガタゴト揺られる車内で対『剣鬼』の対策会議を行っていた。
俺がやり合ったときの所感として、大規模な軍団のカラクリは間違いなく『鬼神演戯』だ。傷を受ければ傷口から、血を流せば地面から。魔改造されちゃいるが概ね同じようなもんだ。なら対策のたてようもある。
俺の作り出す分身に感情は無い。作り出した瞬間から消えるまで、俺の記憶と技術を模倣した動きが可能だ。その記憶が一匹狼時代の俺なら、連携に慣れるまでの時間が必ずあるはずだ。
「後は、本体がなにかしかけてくる前に本丸まで到達して札を叩きつけりゃあ司令塔を失った骸はもう怖くねえ。ただ無理はさせんなよ」
「誰にものを言っている。稲妻の
「後?」
こてんと首を傾げる俺。フリーナを手本にしたあざといポーズだが、九条さんの青筋を浮き立たせるだけだった。ため息をつき、彼女は続ける。
「消耗はなく、弱点もない『剣鬼』相手に、同じ流派を使うお前はどう戦うつもりなんだ?」
1. 稲妻 神無塚 招雷結界
Answer. 反応も適応も、される前に叩き斬る。
「────ッらぁ!」
「ハぁハハッ!?」
『無銘』最速の五連撃。俺はそれをさらに速く、鋭くリズムを変えて仕掛けた。防御も得意な流派だからな、弾かれるのも躱されるのも想定済み。重要なのは隙を作り出すことだ。
「っ!」
「ぁアァ!!」
金属の擦れる音と共に俺の刀がいなされた。血走った目は俺の隙を見逃さず、技が終わって伸びきった体に反撃の刃を食らわせる。
俺は凶刃をいなされた勢いそのままに倒れ込むことで回避した。当然やられたままにはしない。軸足をそのまま回転、止まる直前の独楽のような斜め姿勢から逆袈裟の一撃。手首を切り落とすつもりだったが包帯の切れ端を少し落とすのみで剣鬼にダメージは無い。
ここまでを一瞬。俺と剣鬼はそれぞれ逆方向に距離をとった。時間をかければかけるほど彼我の実力差は拮抗していく。戦闘が長引けば長引く程に戦況は悪化していくだろう。
だが、俺の心に焦りはない。『無銘』は相手の全てを利用する。目線、体勢、足さばき、筋肉の収縮、内面の焦りすらも。焦燥は濁りを生み、致命的な隙に繋がることを俺は身をもって知っている。
凪いだ心で正面を見据え、向かってくる剣鬼に対し下段に構えた状態で俺も踏み出す。
「あは。るど、ルドッ……ヒひ、ぃぃぃィゲッろ! オォッッ!」
振り下ろしを半身で避け、抉るような突きを刃を沿わせて軌道を逸らす。俺の反撃は皮一枚を裂くだけで決定打にならない。『無銘』の足さばき、滑るように動いて間合いを維持する。技量は俺の方が上だ。逃がしてなんてやるかよ。
「どうした! 傷を付けられたら分身だろ。あァ使えなかったんだったな今は!」
「ぐ……っギ! ああァァァァァッ!!」
「遅ッッッせぇ!!」
耳をつんざく金属音。癇癪を起こしたような単調な攻撃だった。俺が刀を弾いた事により、剣鬼はがら空きの胴を晒す。
身体を思い切り入り込ませ。俺は剣鬼の胴に刀を押し当て、そのまま体当たりするように身体を切り裂いた。ただ斬るだけじゃなく水元素を内部に送り込み、血液を無理矢理流出させる。人には使えない極悪技だ。
「ぁ───ぐ、ぶふ。ふふふ」
「…………これで終わり。なわけねえよな」
「ひ、ひひ。あァ、ああぁ。ルド」
俺は残心をとって油断なく構えた。水元素を暴れさせているのもお構い無しに剣鬼は自分の身体を修復させていく。ぷつぷつと繊維が繋がり、じゅくじゅくと腐った肉が溶けて塞がって、うっ……あんまり描写したくない光景だ。もしかして『鬼神演戯』使ってた俺も今まで気にしてこなかっただけでこれくらいグロかったのか? そりゃあ心配されますわ。
「『鬼神演戯』が無くても再生力はそのまま……どうすっかねッと!」
「あぁぁぁぁああ!!」
身体を再生させた剣鬼が再び動き出す。一歩の速度がさっきより速い……っ! 俺は半歩下がることで横薙ぎの一撃を回避した。
ごきん
「──はっ!?」
「ハハはァッ!!」
咄嗟に刀を盾にした俺に戻ってきた横薙ぎが襲う。今の不気味な音、関節を外してリーチを伸ばしたのか。姑息な真似しやがって……!
鞭のようにしなりと遠心力を加えた攻撃は斬撃と言うよりも打撃に近い。まともに受けてもダメージは残る。俺は身体を浮かせて勢いを殺さずに吹き飛んだ。
「こ……ッの!!」
「ルドぉぉォ!」
さすがに両足浮いて無防備な状態を見逃してくれるほど甘くないらしい。追ってきた剣鬼の追撃を身体を捻って可能な限り躱し、着地と同時に鍔迫り合いに持ち込んだ。割れた兜の下、汚れた包帯の奥に見える青い瞳に俺が映る。
「…………?」
「あァああはははッッ!」
「っ、至近距離で騒ぐんじゃねぇ!」
クロスレンジでの激しい攻防。斬っては弾かれ、弾いては斬る。俺が優勢でいられる時間はそう長くないかもしれない。先程の攻撃を躱しきれていなかったせいで頬から血がしたたってきている。少しずつ、少しずつ俺の身体には刀傷が増えてきていた。
「──上等ッ!」
技と技がぶつかり、俺たちは弾かれたように距離を離した。
「お前が俺を観察して強くなる間に、俺はさらにその上を行ってやるさ」
ゆらりと剣鬼の身体がブレる。俺は攻撃の起こりを見逃さないように構えた。
極限の集中、周囲の時間がゆっくりと流れていく。剣鬼の動作をひとつ残らず見逃さぬように注視した。血走った眼球に俺と良く似た青い瞳。裂けた唇の僅かな動きすら読み取れる。
み
る
な
「────ぁ?」
「かかっ」
からからと笑う声が耳元で響く。
「ルド、なァ我が弟子よ。なにか勘違いをしとらんか?」
剣鬼が弓のように身体を引き絞る。あれは『無銘』の…………あんな型だった、か?
「『流派を見ようとするな』は正しい。儂の流派は名を伝え、技を伝えて発展していくもの。水底を覗き込めば引きずり込まれるのが道理よ」
「だがなぁルド……既に水に浸かっている自分は、引きずり込まれぬと思い込んでいたか?」
ず、ぶ……───。
引き伸ばされた時間の中で、鋭い痛みと共に刃が身体に突き刺さっていくのを……俺は他人事のように見ていることしか出来なかった。
「まぁ、
「───『泥中行燈』」
・▇▇
違う。違う……ここにも、ここにもいない。
どこだ、どこに居るんだ。
「ここも違ったな。そら、急げ。早くしないと稲妻に流れる地脈がお前の家族をさらってしまうぞ」
馴れ馴れしい声が耳元で聞こえてくる。言われるまでもない。僕は、家族三人で故郷に……帰らなきゃならないんだ。
斬って、零す。湧き出す。違う。斬らせる、吐き出す。これじゃない。
いない。いない。いない。もうこの世に僕の家族は居ない? 違う。認めない。認められるわけがない。
守れなかった。救えなかった。僕たちを愛し、あの子に祝福までくれた敬愛する水神を哀しませて、思ってもいない言葉を言わせてまで故郷を離れた結果、僕は家族すらこの手から取りこぼして───ちがう、まだ救える。まだ手はある。そのために僕は。
「そうとも。材料は掃いて捨てるほどあるぞ。斬って、斬って斬って血を流せ。地脈を汚し、捏ねくり回して作り出せ。愛する家族がお前を待っているぞ」
「……ァは。はははっ! ははハははっ!!」
そう、だ。斬る。取り込む。零す。斬られる。落とす。何度も何度も裂けて開いた傷はもうグズグズに溶けて繋がらない。どうでもいい。僕は、僕たちは必ず還る。故郷に、フォンテーヌに。
見つける。見つけ出す。必ず、どこに居ても。大丈夫、いる。いる。手を伸ばす。数を増やして、感覚を増やす。探せ、探せ、探せ。生きているなら、
「
数多に別れた耳が、目が。その声を聞いた。その姿を見た。
───ぁ。
は。あはっ、ははははっ。
あァはははハハはッッ!!!
良かった、良かった! やっと……。
「「「見つけた」」」
2. 稲妻 神無塚
「……が、ふっ」
「ァあ、ああァァァっ!」
呼吸ができない。止めどなく口から鉄の味が吹き出してくる。ぐり、と押し込まれた刀は俺の左脇腹を貫いている。内蔵を避ける暇もなかった。間違いなく致命傷だ。
今のは…………なんだ。俺の疑問に答える声は無い。後ろに忍び寄っていた翁面は影も形も無くなっていた。
ぐわんと揺れる視界、耳鳴りと共に聞こえなくなっていく剣鬼の叫ぶ声。びしり、と結界にヒビが入る。どうやらこの中の勝者を決めようとしているらしい。
「───ッざけん゛じゃっ、ねェ゛ぞ!!」
俺は血の泡を飛ばしながら吼えた。吐いた血が元素力に変わり、神の目に収束して輝きを放つ。突き刺さったままの刀は筋肉を収縮させて逃がさない。
俺の腹からぶちぶちと不快な音が響くのと同時に、剣鬼の兜が鈍い音を立てて砕けた。額に水元素を集中させて頭突きをかましてやったのだ。揺れていた視界がさらに歪んでおかしくなった。
ざりざりと砂浜を削りつつ吹き飛んでいく剣鬼。俺は前かがみになってこぼれ落ちる中身を留めつつ、叫ぶ。
「……『鬼神演戯』ッ!」
身体から蒸気が立ち昇る。抑えていた腹もその必要が無くなり、俺は口の中に残った血を吐き捨て、再び構えた。
本来なら分身が最大数出てくる傷だったが、この結界の中で分身は召喚できない。傷が治ればそれでいい。
今はそれより、そんなことよりも。
「…………あ。あァ」
砕けた兜の破片が落ちる。顕になった頭頂部を巻く血の滲んだ包帯もまた、その役割を放棄してずり落ちた。
金色の髪。異国から来た事がすぐに分かる、俺よりも
違和感はあった。『影』は地脈から記憶を読み取り死者の形をとる影法師……それは同じような術で動いているであろう『剣鬼』も同じはず。
でも、俺はまだ死んでいない。つまり、俺の偽物は作られない。
──ルド、今日も外に出ないのかい?
──僕はお前のことを怪物だなんて思ったことは無いよ。
「あアぁ、る、ド。ルド。ルド……ッ」
違う。これは俺の分身、俺の偽物。否定すればするほど、確信が強まっていく。俺より濃い青の目、立ち姿、揺れの癖。気が付かなった相違点が俺に現実を叩きつけてくる。皮肉にも、それは垣間見たある人と同じような現実逃避だった。
なんにせよ、俺の目の前に立ち塞がり、第二の『剣鬼』として振舞っていたのは俺の偽物などでは、なかった。
──この研究が終わったら、一緒に故郷に、フォンテーヌに帰ろうな
──ルド、逃げろ!
「かか、見つけ、た。見つけたァははははッ! ルドォォォッ! 」
「…………うぁ」
リドル。リドル=ウィーク。フォンテーヌの地質学者。故郷の予言を回避するため稲妻に渡った、俺の父親。俺を守り生かす為に命を散らした、大好きだった、大切な俺の家族。
それが今、俺の目の前で怪物に成り果てていた。
砂を巻き上げて剣鬼が突進してくる。俺は力なく『無銘』を構えた。
「か、かかッ。アぁあああぁっ!! にげ、ろっ ルドおォ!!」
「なんだよ、それ」
守れなかったって、救えなかったって、死ぬ間際も、死んだ後もずっと思っていたのか。自分のせいで母さんが背中を斬られて、俺と一緒に斜面から転がり落ちて、二人とも死んだって。そう思っていたのか。
「ッ!? ァあああっ!!」
「────守られたんだよ。俺はっ、父さんにッ!!」
宙を舞う水流と飛び散る血飛沫。俺が振るった刃が剣鬼の右腕を切り飛ばした。
ボコボコと肉が盛り上がり、骨と刀の中間のような器官を剣鬼が作り上げる。腕を飛ばされようと、身から溢れ出る殺意は留まることを知らないらしい。それはそうだ。この人は、俺を殺す事こそが俺を救う方法だと思い込んでいる。
ならば、俺は俺の全てを使って、その願いを斬り捨てる。
俺は身体を捻り、重撃の構えを取った。イメージするのは決壊寸前のダム。小さな綻びから全てが壊れる一点。攻撃のために大きく仰け反った父さんの身体───心臓の位置にソレを見た。
「…………終わりだ」
「ァ───」
明確に核を貫いた感触があった。がくん、と力を失った身体が俺にもたれかかってくる。相打ち覚悟の自爆を警戒する頭とは裏腹に、俺はたった一人分の重さを引きはがせない。そのまま二人で浜辺に跪く。
「ル……ド」
聞くべきじゃない。死人の声に引っ張られるな。それは分かっている。しかし、早鐘をうつ鼓動でも、耳の裏から直接響くような呼吸の音でも、懐かしいこの声をかき消す事が出来ない。
「ルド……ルド、あぁ……っ夢じゃない。本当に」
「生きてた。僕は、守れて……でも、こんな、こんな事を」
刺さったままの刀などお構いなしに、剣鬼は身を寄せてくる。泥、血、腐臭。酷い臭いに隠されていても、俺の鼻はこの人の香りを憶えていた。
「ごめん。ごめんな……父さん、お前にこんな事」
残った力を振り絞るように、あの日届かなかった手を届かせるように、俺の背中に手が回される。
「───おおきく、なったな」
薄い硝子が割れるような音と共に、結界が崩壊した。この場の命が一つに決定された音。目の前に倒れた身体が、ただの肉塊になった音。
俺は『剣鬼』を殺した。のろのろとした動きで立ち上がりながら刀を引き抜く。柄から掌へと伝わってくる振動が、嫌でも奪った命を再確認させた。
「何が、『剣鬼』だ」
俺は、父さんを殺した。もっと別の方法があったのかもしれない。俺が正気に戻ったように、父さんも元に戻す何かが……あったとして、もうそれが叶うことはない。
「───いやァ見事見事。まさか親殺しでも揺れぬとはな」
ぼんやりと立ち尽くした俺に声がかかる。妙に馴れ馴れしい声が。
「…………よう。ここまでやったんだ。お前らの企みは順調か?」
「嫌味か貴様。翁といい、お前たちの精神性は全く理解出来んよ」
重厚な鉄の塊が引きずられる音がする。上からゆっくりと舞い落ちる漆黒の羽を見た。
俺の視線の先には、処刑の日に見た完全な鬼と天狗の姿が。実体をもってそこに立っていた。
腹の底から湧き上がる感情。今すぐ飛び出し斬り掛かりたくなる衝動を、俺を待ってくれている最愛の顔を思い浮かべて抑え込む。
「『剣鬼』は殺した。こんなふざけた戦はもう終いだ。もう二度と俺たちに干渉しないと約束するなら……命は見逃してやってもいいぞ」
「がっははッ! なんだ、そこそこには効いていたか。今すぐ儂らを殺してやりたいと、顔に書いてあるぞ」
「やっとその顔を表に出したか。言葉と表情が真逆だぞ」
俺は父さんを庇うように前へ出た。変わらず青白い光を反射する刀を構える。大丈夫……俺の心はまだ折れていない。草神の忠告は守れている。嘆くのも、後悔するのも懺悔も全て終わった後に回せ。
「よせよせ。いかに傷を消そうと、疲労までは回復せぬだろう。そんな有様で儂らを下せるとでも?」
「なめんな小悪党。わざわざ俺の消耗を待ってたあたり、2人がかりでも敵いませんって言ってるようなもんじゃねえか」
「……くく。本当に貴様は我らを下に見ているらしい。そこに蹲って命乞いをしても、もう遅いぞ小僧」
鬼……羅刹が大太刀を肩に担いだ。流派にない型だ。天狗の僧正もそれに伴って弓を番える。『無銘』にはない武器、ない構え……しかし雰囲気はよく似ている。
「時に、小僧。今何回目だ?」
「…………あ?」
「随分と使い込んでくれたようで何より。目を見れば分かる……お前、自分の流派の名を言えるか? 術式は十分お前に馴染んだようだ」
「何を、言って……っ」
ごぽり。喉の奥から異音がした。肺の中、腹の底から込み上げてくる耐え難い吐き気が、俺の身体をくの字に折り曲げさせる。
「ご───ぇ゛ほ」
俺の口から、血の混じった水が吹き出した。
元素爆発『鬼神演戯』
傷を受け入れず、死を否定し、自らを無敵と定義する神降ろしの術式。使えば使う程に身体を蝕むが、流派が『無銘』である限り、効果を発揮していなかった。
固有天賦『泥中行燈』
受けた傷を元素に変換、神の目を満たす偽りの秘技。宣告された三回のうちの二回目、三回の三回目を迎えた時、その身体は。