俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1.稲妻 神無塚 砂浜
「ごぼっ……がはっ!」
立っていられずに俺はその場に膝を着いた。皮膚の下から指を入れられて全身をめちゃくちゃにまさぐられているような不快感。視界がチカチカと点滅を繰り返して──これは、元素視覚? 俺の身体が青に透けている。この状態、湿潤状態どころか、元素生物を見た時と同じような……。
「誰が、水スライムだ……っボケが」
「誰も言っとらん」
「結構余裕あるなこいつ」
げーげー水を吐いたら少し落ち着いた。とりあえず発作は治まったようだ。元素視覚はそのまま固定され、濁った水溜まりに映る俺の右目が淡く光っている。
「ちっ、死ぬレベルの分身を使わせたのが数える程度だったからか? 思っていた反応と違うぞ」
「あの左目。見たところアレが邪魔をしているようだのう。本当に、余計なものをくっ付けたものだ」
「……なんだ、全部計画通りなのかと思ったが。お前ら結構雑だよな」
俺は虚勢を張って立ち上がった。思っていた反応と違うはこっちのセリフだ。てっきり詰みの状態なのかと焦ったが、まだ希望はありそうだな。
俺は掌をぐっぱと握って感覚を確かめた。元素視覚に反応はあれど、見た目は対して変わっていない。力も問題なく入る。問題は中身の……記憶の方だ。
『無銘』俺が心血を注いで身につけた戦う術。師匠が言っていた異なる流れのその名前。確かに思い出せなくなっている。
「名を奪われた気分はどうだ。小僧、貴様は儂らの流派を穢し、伝説すらも奪った。その報いを今ここで受けてもらおうか」
「その肉片一つ遺さんぞ。記憶も、過去も! ルド=ウィークという男がが存在していた事実を全て我らが消費しつくす」
「好き勝手言いやがって、
合点が行った。俺が使っていた奥義『鬼神演戯』はこいつらの仕込んだ儀式だったって訳だ。疑問に思う事はあった。攻撃をいなして躱す流派の癖に自傷と捨て身を要求する奥義なんざ矛盾もいいところだからな。
……あまり時間が無い。軽口を叩きつつ援軍を待ってはみたが、遠くの戦闘音が消えていない。『剣鬼』が死んでも影が消えてないってことだ。結界が壊れたのは遠目でも確認できただろうが、これじゃどっちが勝ったのかなんて分からないだろうしな。
「一つ確認するぞ。『剣鬼』がこの技を使うのなら……父さんにもこれを仕込んだのか」
「見てわからんか間抜けめ。そこに転がっている死体も所詮は絞りカス、本体はとっくのとうに儂らの中よ。自爆させるつもりで動かしていたが……ふん、最後の最後で自我を出しおって」
「水で溶ける脆弱性の割に、魂の強度だけは一丁前だった。おかげで貴様をここまで消耗させることができたがな。もうソレの役割は終わりだ。海に帰れ」
ぱしゃん。と砂浜に水が染み込む音を聞いた。後ろは振り向かない。俺がどういう反応をしようと、こいつらを喜ばせるだけみたいだからな。
二つ、わかったことがある。一つ、こいつらはどこまでいっても姑息な卑怯者で、どうしようもない存在だということ。二つ、最期に見せてくれた父さんの心は、こいつらにも汚せない高潔なものであったこと。
「時間稼ぎはもういいか? 儂らも暇ではないのでな。そろそろ貴様の命を持っていくぞ」
「異議があるなら挑んでこい。その抜け殻の流派が以下にちっぽけなものか教えてやる」
「……そうだな。息も整えさせて貰ったところだ」
俺は深く呼吸し、今までと同じように刀を構えた。堂々と、一切の澱み無く。流派の名を思い出せなくとも、身体に染み付いた技術は消えてなくならない。
「行くぞ卑怯者の小悪党。俺の流派を紛い物だと笑うのなら、少しは兄弟子らしいことをしてみせろ」
「───くは。そうだな。クソ生意気な入門者に現実を分からせてやるのが、兄弟子の勤めよなァ!!」
2.
瞬く火花。風を裂く音を後方に聞きながら俺は前へ踏み出した。軌道を逸らして受け流したそれが矢だったことを確認する暇も無く、大太刀の袈裟斬りを滑らせていなす。
羅刹は俺の倍はある筋骨隆々の大男。豪快一閃の戦い方には一斗を想起させるものがある。だが、使い手が腐っていても師匠の流派。地面を叩くはずだった大太刀が反転し跳ね上がった。
「"力"のみが流派に非ずッ!!」
「──ッ!」
俺は脚を蹴りあげ、踵から水刃を作って羅刹の大太刀に咬ませた。衝撃を殆ど殺さず、勢いを利用して跳び上がる事で回避する。いや、回避はまだできていないか!
「"技"のみが流派に非ず」
四方から抉るように突き進む矢を回転で弾き落とす。視界の隅に僅かに捉えた残像、そこに合わせて刀を振るえば甲高い金属音と衝撃が俺を襲った。
「テメェが一番異端だろ! 弓か刀かどっちかにしろよッ」
「我の速度を十全に発揮するための型。そして武器だ。存分に喰らっていけッ!!」
刃の着いた弓での鍔迫り合い、僧正がそのまま二の矢を番える。避けられないと判断した俺は、僧正の身体を蹴って離れた。炎を纏った矢が放たれたのと同時に、鏃に向かって圧縮した水球を形成し飛ばす。密度の高いそれを通過した矢は蒸発反応を起こし爆ぜた。
ストンと着地した俺は今までの身体の動きで確信した。倦怠感に吐き気と体調は最悪なくせに、明らかに元素力の調子が良い。ちらりと腰に取り付けてある神の目を見る。ただの人間が元素を扱うことができるようになる外付けの魔力器官──その力の境界線が曖昧になっているような感覚。出力だけで言えば過去最高のコンディションと言えるだろう。
「元素がいつもより上手く使えるだろう? 儂らもそうだった。追い込まれ死地に立ち、それでも殺し戦い抜くことで流派は強化される。だが、肉体を失いかけている貴様にとってそれは消える前の蝋燭よ!」
「無駄話が多い所までがお前らの流派なのか? そういうのはまず一太刀浴びせてから言うもんだろ」
羅刹の巨体が滑るような動きで肉迫してくる。二太刀受ければ観察は充分。俺は身体を僧正の射線が羅刹に被るように滑り込んだ。相手の連携を潰して片方の攻撃を崩し、一撃を叩き込むッ!
「──っは、ぁ!? 」
「軽いッ!!」
ぐにゃり、と大太刀を受けた俺の腕が不自然に歪んだ。力が上手く入らず受けた刀ごと叩き斬られる前に間合いを離して砂浜に転がる。
荒い呼吸をしながら俺はもう一度腕を見た。ごぽぽ……っと腕の中で気泡が浮かぶのが見える。強度までスライムレベルかよ。一太刀、かすり傷でも貰えばそこから全部流れていくって? 冗談じゃねえ。
「無様。無様だなァ小僧! やはりお前はそうやって這いつくばるのが似合っておるわ」
「やろうと思えばいつでも勝てるといつか言っていたな。自分がどれだけ無謀なことを言っていたかわかったか?」
「…………人の身体使っといて散々な言い草だな。まだ勝ってもないのに煽り入れると、逆転された時惨めだぞ」
「くく、減らず口にもキレが無くなってきたな。なら、さっさと儂らを黙らせて見せよッ!」
俺は身を低くして羅刹に突進した。ぼこぼこと腕が泡立ち形を変えていく。まるで蛹だ。この変化が行き着く先は恐らく、
柄を握りつぶす勢いで腕に力を込め、俺は変化を跳ね除けた。皮膚、筋肉、骨に血管。全部そのままで俺だ、余計なことすんなッ!!
「なぜ変化を拒む? 矮小な存在に、産まれたばかりのひ弱な流派。儂らの流派に遠く及ばぬ。大河に飲まれてしまえばいいものを!」
「はッ! 万全の俺に勝つ自信がねぇからこんな小細工ばかりなんだろうが。んな流派こっちから願い下げなんだよ!!」
鋼と鋼がぶつかり合う。火花を散らして殺意の塊を叩き込む。俺は刃に纏った高出力の水流で羅刹の大太刀を絡めとって跳ね上げた。構えは上段。渾身の一振をその胸目掛けて振り下ろす──ッ!
「…………見ろ。これが貴様の限界よ。流派を失うというのがどういう事かよく分かったろう」
「くそが……ッごふっ!」
水が弾ける。刃が止まった。こぽっと喉がなり、俺は咳込むように水を吐き出した。体重を預けて刀を押し込もうとも、羅刹の剥き出しの筋肉に傷すら付けられない。模造刀でも押し付けたような感触だ。ここまで、俺は──。
「遊びは終いだ。痛みは一瞬、次目覚めた時は儂らの中よ。安心して逝け」
俺の頭上に重厚な鉄の塊が振り上げられた。飛び退いて回避を──だめだ。俺を確実に仕留める気らしい。退路を断つように頭上から僧正が弓を番えたのを見た。大太刀を受け止めて反撃は? この腕で受けたらそのまま潰されるだろうな。
水元素で盾を……発作のせいか、上手く元素を扱えない。咳き込む度に俺が俺で無くなっていく感覚が強くなっていく。まだ、まだだ。身体を動かせ。俺は、まだ死ねない。
俺の口からさらに水が溢れた。身体から力が抜けて、首を差し出すように項垂れる。だめだ、このままじゃ死ぬ……殺される。ここを生き残るには、この状況を打開するためには? 早くしろとばかりに腕が蠢いた。用意された結末、絶体絶命の袋小路に転がり込んだ選択肢。
…………やるしか、ないのか。
「『鬼神── 「鬼の狂喜乱舞ゥ!!」ぅぐぇ!?」
「ォおぼあぁァッ!!?」
「羅刹!! っ、貴様──ッ!?」
強引に視界が揺らされ、首に巻きついた弾力のある何かのせいで俺は祝詞をキャンセルされた。目ん玉飛び出そうになるほどの圧力と、流れていく残像から何者かに掴まれて後方へと引っ張られているのがわかる。
俺と入れ替わるように振り抜かれた金棒が、羅刹の大太刀を砕いて尚止まらずその顔面を変形させてぶっ飛ばす。間抜けな声を上げた鬼がキリモミ回転で飛んでいった。
羅刹の方へ気を取られた僧正の一瞬の隙。紫電を纏った矢が瞬き、彼の羽を的確に撃ち抜く。射の姿勢を保てなくなった天狗はその速度を制御出来ず、砂埃を上げて地面へと堕ちた。
「……誰だ、誰だ誰だ誰だッッ!! 何処から湧いてでた!」
「我が神速の羽を……ッ千万回殺しても足りんぞ、貴様ら!」
砂浜に折れた刃を突き刺し、良質な砂鉄を纏って大太刀を直した悪鬼が吼え、自身の誇りを汚された悪僧が泥の如き殺意を向ける──が、現れた下手人の存在は怒りをすら通り越す程の衝撃だったらしい。
「昔、聞いたことがあるぜ。鋼の肉体に剛力無双。第三勢力を率いて稲妻を駆ける大親分──になるはずが、卑怯で非道な性格のせいで赤にも青にも拒絶されて追放された黒鬼がいたってな」
「……ふん。身内の恥を晒すようだが、その手の話なら私も知っている。天狗の中でも随一の速度を自称しながら、戦争の時に我先に逃げ出した小心者がいると。その速度も大したことは無かったようだが」
全身を血濡れにしながらも何故かピンピンしている
「んで、けほっ。俺は何に引っ張られた?」
一本釣りされる魚の気分を味わったわ。力が上手く入らなかったからか、後頭部から伝わる柔らかいクッションのおかげなのか俺に怪我はない。咳き込みながら状況を確認すると、首に巻きついていたものがぬるんと外れて見慣れた吸盤を晒す。曇り空を背景に伸びてきたハサミが、俺の額をベチッと叩いた。何しやがる。
「…………屋敷で待ってろって言っただろ。なんで、来たんだ」
「君がまた一人で、無謀に海へ飛び込むような真似するからさ」
ばかルド。そう言いつつ華奢で柔らかな指が俺の頭を挟んだ。 バカのサンドイッチの出来上がりである。
3.
「どうやってここまで、浜辺はまだ戦闘中だろ。まさか、戦場の中を突っ切ってきたのか?」
「そこまで大変な事じゃなかったよ。君からしたら一本道でも、僕にかかればルートは自在にあるものさ……ね、綺良々っ」
「にゃるん」
フリーナの掛け声と同時に、砂の中から箱型の猫さんが出てきた。ぷるぷる体を震わせて砂を飛ばすが、全部俺の顔にかかっている。評価マイナス!!
「海の上を綺良々の案内で通りつつ、途中で大きな怪物を倒していた一斗と忍を回復させてここまで来たんだ。忍にはゴロー? に合流するって伝言を受けてるよ」
「二人でアレを倒したのか……なんにせよ助かった。援軍としては百点満点だ」
「それより、君の身体はどうなっているんだい。それ、治るの……?」
問題ない。そう答えて俺は立ち上がった。直後、今度は足に力が入らなくなり崩れ落ちる。クソが、今度は足かよ。げほげほ咳き込みながら発作が治まるのを待つ。
「どこが大丈夫なんだっ! 明らかに瀕死じゃないか」
「うるせェちょっと身体の八割あいつらに取られて残りも持ってかれそうになってるだけだ! 綺良々っ、俺が次立ったらフリーナ連れて離脱しろ!」
「おぉ〜。ルドさん、私が伸びする時と同じかっこうだ……私、補給のお仕事も頼まれてるからそっちに行くね!」
綺良々──ッ!! ぷんっと高速で消えた彼女に俺は砂が口に入るのも構わず叫んだ。ちくしょう、空気が緩んだ。こんなことしてる場合じゃないってのに、全部フリーナがここに来てしまったせいだ。俺は何とか起き上がって彼女と向き合った。
「……とにかく、ここはお前が見物に来ていい場所じゃねぇ。流派が無くなった俺じゃ、お前を守りきれない。見ろよ、刀握るだけで精一杯だぜ」
「ルド……」
「その流派ってやつ、君にそこまで必要なものには思えないんだけど」
「真顔でなんてこと言うのフリーナさん」
さすがの俺も唖然とした。この500年箱入りお嬢様は一体何を見てきたんだ? 代理決闘を何とかできたのも、俺がここまで危険なくお前を護衛できたのも、全部流派のおかげだったじゃないか! 熱弁する俺にフリーナはふいっと顔を逸らした。つんと唇を尖らせて不機嫌そうに言う。
「君は変なところで頭が固いんだよ。名前を取られた? 身体を取られた? 相手の言うこと全てを真に受けてたら、大事な審判で失敗しちゃうよ。流派が使えないならルド=ウィークじゃない? 違うだろう」
フリーナが俺の掌を取って自分の頬へ当てた。俺の指先が予想以上に冷えきっていたのか、きゅっと目を細めて体を強ばらせる。彼女はそれでも頬を押し当て、ふにふにと柔らかい感触を俺に伝えてくれる。じんわりとした熱がフリーナから俺に流れ込んで、ルド=ウィークの輪廓をなぞっていく。
「僕は知ってる。君の手の暖かさを、抱き寄せられた時の安心感を。それはこんな、ただ刀を振るうためだけの寂しい腕なんかじゃない」
体に熱が灯った。頬から外した手をフリーナが握る。彼女の指がなぞる度に、青ざめていた手に血が通っていくのがわかる。
それに……とフリーナが続けた。
「戦いはトマトソースパスタのようにシンプルに、でも
「…………おまえは。よく俺の事を見てくれてるよ、本当に!」
俺はフリーナの頭を引っ掴んでガシガシ撫でた。わあぁと変な声をあげる彼女と一緒に立ち上がる。今度は、ちゃんと両足に力が入った。
一体何を弱気になっていたのか。変幻自在、どんな形にもなれるのが流派の基本だっただろうに。技を封じられたのなら、それ用の戦い方もあるだろう。
俺は、そういう戦い方が得意だったはずだ。
「んじゃ──いるんだろ、早柚」
「ふぉ…っ!? ひ、人の登場シーンを先取りするのは良くない……」
俺の声に合わせてぼふっと貉の忍者が現れる。
話がまとまった辺りで颯爽登場する予定だったらしい早柚は不貞腐れつつ、懐から一冊の本を取り出し、俺に手渡した。結界に続きこんなこともあろうかとの第二弾だ。
「ダメ元で頼んでたのにまさか許してくれるなんてな」
「ん、当主様からの言伝だ──"綾華との殺陣で観察は十分でしょう? どうせ盗むのなら、完璧なものに仕上げてくださいね"」
「似てねぇ似てねぇ。お兄様はそんな裏切りボイスじゃないだろ」
誇張しすぎた綾人さんのモノマネをする早柚はさておき、使用許可を得た俺はそのまま本を開いて速読を始めた。パラパラと高速で捲っていく度に、俺の中で神里流の理念が補完されていく。
「…………よし、こんなもんか。早柚、悪いがフリーナ連れてちょっと下がってろ」
「御意」
「ルド」
くい、と袖を引っ張られた。フリーナめ、ここまでやってまだ離れられないのか? 全くしょうがねえやつだな。俺のことが心配でたまらんらしい。
安心させてやるかと振り向いた俺の顔に甲殻類が貼り付けられた。まじでなに?
「クラバレッタさんは君のことを手のかかる後輩メイドだと思ってるから……がんばってって事だと思うよ」
「そうか。そのつぶらな瞳に人間の性別をちゃんと区別するように言っておいてくれな」
まさかドジっ子メイドからさらにドジ認定されるとはな。俺はびっ! と差し出されたハサミにぐっ! とした。なんで負けたか考えとけよ。フォンテーヌに帰った時に再戦するからな。
4.反撃開始
「───ふざッ、けるなァ!! なんだその逸話は! 儂の武勇を、伝説をよくも歪めたなッ!!」
「関係ねェ! これより先、鬼族の伝説といえば、稲妻の危機を退けたこの俺様、荒瀧一斗と荒瀧派一色になんだからよぉ!」
「不遜、不敬、その傲慢! これ以上儂に不愉快な顔を思い出させるなッ!!」
怒りに任せて振り下ろした太刀が砂を抉る。砂礫による目くらまし、瞬間的に一斗の視界が遮られた。
その隙を見逃す剣士は剣士とは言えないだろう。羅刹の逆袈裟の一太刀が一斗の防御の隙間を縫うように振り抜かれた。
「なぁ!?」
「選手交代だ。待たせたな、親分」
「待ってねェよ。ぷるぷる震えてたからそのまま下がってても良かったんだぜ?」
バカ言うな。そんなの自伝ができた時に恥ずかしいだろうが。
大太刀は一斗に届かない。間に割り込んだ俺の唐竹割りが大太刀を半ばから両断した。水元素を使った縮地はもはや足元を爆発させる必要すらなく滑るように移動ができる。慣性の制御すら朝飯前といった具合である。
「元素力の調整が甘いんじゃないか? 一回砕けた所が脆くなってんぞッ!」
「──仲間が来たくらいで何を強くなった気でいる! クソガキが!!」
赤雷。羅刹の体に朱色のラインが浮き上がり、強力な電磁力が周囲の砂鉄を集めて武器とした。理性も技術も投げ捨てた牙のような形状の刃が襲いかかる。憐れ、避けきれなかった俺の身体はめちゃくちゃに引き裂かれて中身をぶちまけた。
「『擬剣』」
「……っ!?」
「神里流・鏡花」
当たれば、の話だが。
牙にすり潰された俺が霞のように消える。残像を残して下がった俺は鞘に収めた刀を構えた。ここから繰り出す抜刀術だが、どうせなら少し派手にしても良いだろう。
「剣舞・水月ッ!」
「き、サマっ! 左目だけに飽き足らず、どこから流派を持ってき──ぐおォぉ!?」
閃くは三回。砂鉄の牙を破壊した三つの水月が羅刹の身体を裂いた。神里流の居合にニィロウの舞を組み込んで斬撃を放つ。新たな流れを歓迎し組み込むごちゃ混ぜ流派の最終形だ。ニィロウに許可は取ってないけど、あいつも俺の技見て盗んでたしお互い様だろう。
「貴様、知っているぞ。
「私を侮辱すれば、自分の優位を示せると思ったのか? 速度を誇る癖に自分より遅い武器を得物とする臆病者らしいな。あえてこう言ってやろう……弓で
厄介だった僧正の援護射撃は気にしなくても良さそうだ。空の上では縦横無尽に二つの軌跡がぶつかり合っている。餅は餅屋ってな、空中戦はルド達に分が悪いんだよ。
「一斗、九条さんも合わせろ! ここで一気に叩き込む!!」
「貴様が合わせろ水饅頭! 私は一族の汚点を消すだけだ。貴様の因縁に興味など無い!」
「がっはは! ぷるぷる水羊羹が親分に命令してんじゃねぇ!!」
水饅頭でも水羊羹でもいいから合わせてくれねぇかなっ! これだから上に立ちたがりの奴らと連携するのは骨が折れるわ。
何かを仕掛けようとしているのは向こうも察したのだろう。傷口を蒸気で塞ぎながら悪鬼が吼えた。合わせるように上空から悪僧が舞い降りて印を結ぶ。
「ッ……ああァァ!!
僧正ッ! 声に合わせて印が完成した。元素爆発──溢れ出た
『金剛衝・羅刹』
『破戒僧・灰燼』
「血煙になるまで轢き潰す。走馬灯は済ませたか!」
「我らが流派の最奥──死の直前までその目に焼き付けよ」
「……それが、師匠が俺に教えなかった流派の奥義か」
虚栄、虚構、見掛け倒しだ。尊大な自己を膨張させて迫る二人が願ったモノがどの程度のものだったのか、観察するまでもなく俺には見える。
「そんな願いに、そんな身勝手なものに俺が潰されるワケがねェだろうがッ!!」
俺は水を纏った銀の剣を抜き放ち、一斗の金棒に叩きつけた。けたたましい金属音を轟かせながら上へと切り上げ、纏った結晶は重厚な大剣へと変化する。
ちょうど上段の構え。天を衝く大剣の頂点に、鼓膜を突き破る勢いで雷が落ちた。「神の威光、扱えるものなら扱ってみろ」とでも言いたげだな? 避雷針になったのは二度目だが、今の俺なら全身を駆け巡りそうになるエネルギーをその場に留め、刃の形を取ることだって造作もない。
『擬剣』
イメージするのは
『"無双"の一太刀』
俺の振り落とした極光が、金剛を蒸発させて焔を焼き尽くした。
5. 稲妻 神無塚
「───っは。さすがに、キツイな……ごほッ」
俺は溶け落ちて柄だけになった銀の剣を捨てた。俺が対面した本物とは比べ物にならない贋作だったが、それでも代償はでかかったらしい。掌から腕にかけて特徴的な火傷痕が見えている。神に近づいた罰としてはマシな部類だったな。
「っルド!」
「なぁおいルド公。さっきからなんでンな死にそうな顔してやがるんだ? それ、あいつらにボコされたって感じじゃねえよな」
力が抜けて座り込みそうになった俺を駆け寄ってきたフリーナが支えてくれる。すかさず水精霊が翼を広げて俺を抱擁した。火傷の痛みが消えていくが、この体調不良はどうにもならないらしい。
俺は今まであった事を一斗たちにも説明した。剣鬼の正体に兄弟子の陰謀、俺の流派と奪われた名前について……。
俺が生きている限り剣鬼が無限増殖するとかだったら兄弟子共の悪辣さを評価しつつお手上げだったが、後方で勝利を讃える声が聞こえるし、剣鬼軍関連の事は片付いたと言っていいだろう。
「それで、貴様のソレは元に戻るのか? 力を奪っていた者は灰になったが、快復したようには見えないな」
周囲を警戒しつつ話を聞いていた九条さんが当然の疑問を投げかけてくる。まあそう思うわな。それについて俺の見解を話す前に、一瞬で空気が塗り変わった。九条さんと一斗が武器を構え、俺はフリーナと早柚を庇って前に出る。
この状況をいちばんよく知る奴が来てくれたんだ。説明するのは俺じゃなくてもいいだろう。
「羅刹と僧正を斬ったか。その身体で良くやったな、ルド」
「……今更、あんたに褒められても嬉しかねぇよ」
しわがれた声が砂浜に響いた。無双の一太刀が作り出した軌道の先に、ボロ布を纏った翁面が立っている。いつから居たのか、どこから来たのか全く読めなかった。無から急に現れたと言われても違和感が無いのは、砂浜に残るはずの足跡すら残っていないからだ。
「兄弟子二人との死会はどうだった? 死の淵に立って仲間に助けられ、活路を見出した……お前の成長に繋がったようだが」
「変わらず最悪な気分だ。父さんの仇にも出来ねぇ小物だったよ」
九条さん達と目配せして陣形をさりげなく整え、何時でも動けるようにしながら俺は答えた。羅刹と僧正、奴らに思うことは無い。分不相応な力を手に入れた奴らが好き勝手に暴れて討伐される。何度計画を立てて復活しても、辿る結末は剣鬼と同じになるだろう。
「そろそろネタばらししてもいいんじゃないか? 奪った俺の力をどこにやりやがった」
「……ほう、ほう。あえてこの翁の口から聞きたいのか? お前も薄々勘づいているだろうに」
「悪役の見せ場を作ってやろうってんだ。さっさとご大層な計画を吐きやがれ」
「かかっ、この老骨にそんなものあるものかよ。随分と警戒されたな」
からからと翁面がゆれる。柔和な笑みを浮かべたそれはぴたりと動きを止め、空虚な暗闇が俺を覗いた。いつだってそうだ。この男からは何も読み取れない。観察しても見えてくるのは底の無い深淵だけ……呑み込まれそうになる前に、俺は意識を別の所へ向けた。
「ルド。我が弟子を殺そうと、お前の取られた身体はもう元には戻らんよ」
「…………」
「覆水盆に返らず、一度下に流れた水は二度と同じ場所には留まれん。だが、兄弟子の立てた杜撰な計画の詫びだ。一つ希望を持たせよう」
そう言いつつ師匠が砂浜から何かを拾い上げる。それは砕けた鬼と天狗の面の欠片だった。おそらくはあれが奴らの核で、俺の力を奪って現界していたのだろう。師匠は二つの残骸を一つの元素粒子に纏めると、自分の身体に押し込んだ。
「これで水は源流へと戻った。ルド……お前がまだ生を望むのなら、この翁を討ち、噴き出した血肉を啜るとよい」
「……あんた、一体何がしたいんだよ。やってる事がめちゃくちゃだぞ」
「お前が説明を望むのなら、身体が溶け切るまで話してやってもいいがな……これ以上の語らいに意味など無かろうよ。そのまま死ぬか、生きるために足掻くか。どちらかだ」
「っ!?」
言うべきことは言ったとばかりに師匠が背を向けた。瞬間、何も無い砂浜に裂け目が生じる。空間を斬って繋げたのか、そこからは別の風景が覗いている。いつ抜いたのか全く見えなかった刀の能力なのか、本人の技量によるものかどうかは重要じゃない。
その裂け目の先の景色を、厚い雲が覆い紫電が走る不気味な空を俺は、知っている。
「お前があの場所へ、蝋燭の揺れる洞窟へたどり着いた時。儂は改めてお前に問うとしよう」
「かつての故郷で、待っているぞ。ルド」