最近、そのスーパーのスタッフの間で人気の男子中学生がいる。
苦学生なのか、その中学生は週に数回スーパーを訪れると、主婦さながらにタイムセールの食材を鮮やかにチョイスして購入していく。レジを担当するスタッフに「ありがとうございます」といつも礼儀正しく挨拶をするところも人気が高い理由のひとつだった。
顔も幼さを残したイケメンだ。夕方で疲れが出始めている主婦たちパートスタッフの癒しになる要素は充分に揃っていた。
ここ二、三日、その男子中学生は出入口付近に設置されたガチャガチャのコーナーでよく足を止めていた。
重い買い物袋を両手に下げながら、一度は帰ったかと思うと、いそいそと戻ってきてはじっとガチャガチャのマシンを見つめている。
先日、周りをキョロキョロと見回した後、意を決したようにマシンにお金を投入して回していたが、お目当てのものではなかったのか、明らかにがっくりと肩を落としていた。続けて二回目を回そうとして、マシンの中身が空になっていることに気づくと、さらに低く肩を落としていた。ガックリ、という音が聞こえてきそうだった。
また入荷しますか? と訊かれたサービスカウンターのスタッフは返答に困った。中学生が回していたガチャガチャの景品は最近流行りの人気商品だと出入りの業者から聞かされていたからだ。
同じ景品が運良く入荷したのはそれから一週間後のことで、中学生は再入荷したことに帰り際気がつくと、ものすごい勢いでレジカウンターにお札の両替にやってきた。
一回五百円もするそのガチャガチャを、彼は四回も回していた。それでお目当てのものが出たらしく、彼は感慨深そうにカプセルから景品を取り出してしばらく眺めていた。
「でも、あれって男の子向けの景品だったかしら?」
中学生がいなくなってから、サービスカウンターのスタッフはぽつりと呟いた。
「? これって?」
リビングの自分の席の前に置いてある小さな女の子のマスコット人形を見た時、アスカははっと息を飲んでから目を輝かせた。
学校の女子の間で人気のキャラクターだった。ヨーロッパの人気バンドだとかのCDジャッケットに描かれた五人の少女の絵から生まれたマスコットらしい。ディフォルメされたゴシック調の少女たちの顔はややグロテスクで、ホラーとキュートのバランスが人気の秘密らしいのだが、実のところ、アスカはそのバンド自体には興味がない。ただ、数種類あるマスコットのうち、赤色のキャラクターは昔から自分が所持している人形にどこか似ていて、気になっていたのだ。
「たしか流行ってるんだよね、それ? スーパーの帰りにたまたま見かけたから、やってみたら出てきたんだ」
シンジは台所で晩御飯の支度をしながら言った。振り向かないので、どんな表情をしているのかはアスカとミサトからは見えない。
「いいの、シンジ?」
そう言いながら、アスカの声はうれしそうだ。
「学校のカバンに付けていきなよ」
「へへ〜やった。ありがと、シンジ」
アスカが笑顔になった瞬間、シンジがチラとだけ振り返ったことに、二人は気がつかなかった。
「なにそれ、いいわね。シンちゃん、あたしには?」
「すいません、ミサトさんの分はないです」
「ありゃりゃ。そりゃ残念」
ちなみに、ミサトがアスカの色違いのその人形をペンペンの冷蔵庫の部屋から五つも発見するのは、それから一ヶ月も後の話である。
放課後。
シンジは教室の黒板に濡らした雑巾を滑らせて掃除をしていた。
入口の辺りに帰りがけのクラスの女子がたむろしていて、その中にはアスカや委員長の姿もある。
「うわっ! アスカそれどこで買ったの? 激レアで全然手に入らないのに」
「あぁ、これ? 細かいことはナイショ、かな」
「いいな〜」
「ところで、ヒカリが昨日から授業で使ってる蛍光ペンってどこのやつ?」
「ラメ入ってるやつかな。最近駅前の雑貨屋さんに入ってるの見つけたんだ」
「ふーん、私も今度借してもらっていい?」
「いいよ、アスカ。気に入ったら今度一緒に買いに行こうよ」
シンジは廊下に出ると、角の水道で雑巾を絞った。
そこへ、鞄を持ったトウジとケンスケが近づいてくる。
「センセー、掃除は終わったんかいな」
「うん、ちょうど」
「わしらこれから帰りに駄菓子屋寄って帰るんやけど、センセも一緒にどうや?」
「せっかくだけど、今日は遠慮しとくよ。お小遣い、貯めてるんだ」
「エヴァのパイロットは、給料も出とるんやろ? なんやほしいもんでもあるんかいな」
「まぁ、そんなところ」
トウジとケンスケを見送り、シンジは教室に戻って雑巾を窓際の掃除用ロッカーの中に干した。
「駅前の雑貨屋さん、か……」
帰りがけに寄り道するには遠い距離だ。さすがに今回は、偶然を装って買って帰るのは不自然だろう。
“ありがと、シンジ”
……まぁ、ちょっと覗くだけなら。
その日、シンジがいつもの登下校の道を外れて帰宅したことを知っているものは、誰もいない。
了