滅びを齎す宝皇竜 作:小豆島そうめん
オリジナル:ファンタジー/日常
タグ:残酷な描写 磨けば光る(物理)系イケメン ジャンル日常(数億年) ×単細胞系主人公◯単分子系主人公 人外系主人公 人化なし 星基準では悪役の善、人間基準では悪
非モテからモテになったものの、その時には大切だったものは手が届かなくなっていて…。
けれども実はまだ大切なものは近くにあるのに、結局は失ってから気が付く。
生き方が根本的にモテと親和性がない、鉱物生命体『晶竜』のおはなし。
正直なところ、何時殻を破ったかなど覚えてはいない。
母竜の下で温められ、そのまま意識を持った。
胎生ということは無いのは、母が動いた後に足元に散らばった殻を見れば分かった。
母は私達が生まれた後も、抱卵を止めなかったのだ。
それはきっと、外が寒かったのが理由なのだろう。
母親の尻尾や自分の尻尾を追いかけ回す妹達を見て、賑やかな平穏を楽しんでいる。
産まれたての仔竜としては、正直可愛げは無いとは自覚しているが、我が母は子供に可愛げがあろうがなかろうが、世話をしてくれる。
故に一般的なご家庭であればともかく、うちの場合は
勿論、新生したばかりの生物のセオリーとしては妹達の様な構ってちゃんの方が、親から丁寧に育児されるだろうし、異端なのは私の方だ。
とはいえ、妹達が重点的に育児されるためにはしゃいでいる訳でないことも、生まれてから初期の身体の動かし方の練習が大切なことも理解している。
ただ、私達
私の場合は、それとは別に理想通りに身体を動かせばどうなるかという数式、即ち竜式格闘術が先天的にインストールされているため、後の為に身体の動かし方を学ぶ必要がないのだ。
現在の己の肉体の強度と大きさ、そして相手とその動きが組み解ければ、最適解の対処が可能になる。
とはいえど、私達が人類の天敵となるのは未だだいぶ先の筈だろう。
同一の物質で望む
それが晶竜の生態だ。
水の晶竜である母は、既に昆虫史を二度、爬虫類史を三度、人類史を二度リセットした。
とはいえ、母とて
母でさえその端末に過ぎず、母に匹敵する晶竜は幾回も滅びている。
今回においては、ラグナロクの対象は人類であることは間違いない。
昆虫類や菌糸類が他の全てを食い潰す程増えたという訳でもなく、人類が文明を築いたと呼ぶには、十分に成熟しているらしい。
母がそう語るのだから、それを疑う必要もない。
後は私達の誰かが、若しくは複合して文明や人類の拡大を妨害、若しくは
とはいえ、正直私が
というよりは…だ、
「完全生物である母が子孫を作る意味とは…」
水の晶竜である母は、晶竜の中でもかなり異質な存在であり、強大である。
別格の
「カーボーン。貴方に無理をしろとは言いませんが、期待をしない訳でもありません」
完全生物ということは否定せず、妹達をあやしながら私を引き寄せ、慈愛溢れる言葉をくれる母。
だが、正直母だけで晶竜としての役割は十分……というのは怠けが過ぎるだろうか。
いや、生まれたばかりなので、今怠けているのは許されるだろうが、消え去るまでには人間の文明を一つか二つ程度は消さないといけないのは理解しているつもりだ。
水で身体を構築している母は、身体再生の為の水分の確保は容易で、水故に全身を一撃で吹き飛ばす規模でなければ物理攻撃は効かず、金属疲労や風化とは無縁で、『超臨界ブレス』を使えば汎ゆる鎧を溶かして、含炭素生命を即座に二酸化炭素へと蒸発させられる。
ルビィとサファイア…私の妹達も、極めて硬質で耐熱性能も高く風化とも無縁……とまではいかなくても代謝の範囲で考えれば誤差ですらない。
炭の身体でしかない私とは
そう生まれた以上は無いものを強請っても仕方ないが、やはり格差というものは自分が優越される側となると理不尽に思うものだ。
私達晶竜に滅ぼされる側の生命の一個体と比べれば恵まれているが、己の討伐対象や捕食対象の気持ちや立場で考える程に、女々しく惰弱で無意味な思考を持つ気にはなれない。
母親は晶竜の中で飛び抜けた例外といえど、妹や私がそうであるように、晶竜というのはある種の“動く鉱物”だ。
身体を構築する鉱物を貪り材料として、捕食して覚えた生物の配列に似せて身体をデザインする。
竜と称されるのは、嘗て巨大なトカゲ達が幾度となく星の覇権を取り、それを滅ぼす機会が多かった事と、その戦闘能力が優れていた事から、晶竜の多くは竜を模倣し、その晶竜が己の
逆に『親』から生まれずに発生した晶竜は、既存の生物としては特異な姿で誕生する。
結局のところ、鉱物が命を持つ現象こそが私達の本質であり、その目的は『大いなるやり直し』だ。
目的を持つ現象というのは、現在のところ晶竜しか確認されておらず、その目的を遂行させようとしているのが何かというのは、言うまでもない。
故に晶竜という現象は『
私は、自分が死ぬ可能性が高い事を、とても残念だと認識している。
自分の目の前に死が迫っている訳では無いが、死が迫って来た時には逃げられない可能性が高いのだとすれば、残念だと感じるのは生命として当然の理屈であるはずだ。
妹達はそういった事は欠片も考えていなさそうだが、ルビィとサファイアはその構造からして、そもそも死に難い。
その上、現在の人間の文明程度では、到底精錬や加工は無理であろうが、アルミニウムそのものは星に潤沢にある。
完全に死なない限りは、再生する為の材料は豊富にあるということだ。
彼女達は死に難い故に、死ぬかも知れないといった
妹達は強者として生まれた故に、幸せを追求して生きるべきであり、そうであるからあの様に自由に生きている。
それは間違いなく、理論的にもあるべき生き様だ。
故に、それは守られなくてはならない。
『感情』という思考術を捕食により、後天的に取得することを基本とする晶竜としては、妹達はかなりの『感情』を生まれ持って保有しているように見える。
究極まで『感情』を模倣して再現し、表現出来るのであれば、それは『感情』を持つ生き物とどう違うのかは私には解らない。
そもそも『観測されなければ存在しない』理論によれば、『感情』を持っている事を誰に認められる必要があるのかが最大点の重要点であり、それこそが本当に『感情』があるのか、あるように振る舞えるだけでしかないのかを分けていると言える。
母は当然のように特別であり、妹達もまた特別な存在である。
母と妹達、そして私の中から何れかが滅びるのであれば、それは私であるだろうし、私でなければならない。
それは仕方のない事実であり、否定する必要もない真実である。
母は妹達をネコのようだという。
ネコという生命は情報としては知っている。
小型の哺乳類であり、更に小さな哺乳類を単独で襲って食する肉食性の生物だと。
母は妹達に、ネコを沢山食べてその構造を学べば更にネコに見えるだろうと笑う。
妹達もよく理解もしてなさそうに笑っている。
私達晶竜にとって、姿形の造形など趣味の範囲に過ぎない。
設計に従い、増やして削る構造物。
有機生命体にも、遺伝子という身体を構築する様々な材料をこと細かく配列させる為の、膨大な情報を酸等から作る設計図がある。
晶竜にも設計図はあるが、身体が単一分子故に、材料を示す情報は不要であり、構造だけで良い。
そして、それは核酸等の様な物質に頼らない形で記録されている。
情報を残す為に
どの様な形でも生命として機能するゆえに、可変性が許される。
もし、複数の分子を適切に並べないと生命として機能しない身体なら、そんな事は出来ないだろう。
その様な無駄に脆弱な存在に生まれなくて良かったと、心から思う。
私は母に問うた。
人間を何時滅ぼすべきか、見定める方法はあるのかと。
母は答えた。
「ワーカーでしかない者達が、王を崇めなくなった時です。
社会性動物には、生物としての価値を基準にした位階が存在しますが、下層となるものが己に主権があり、支配層を利用する立場にあると勘違いし始めたら、その文明は滅ぼすべきなのです」と。
人類全員を存続させる事が人類の文明の目的となった時点で、その文明は星を終わらせることが確定してしまう。
種を保存する為の社会性を、全ての個を保存する為に使えば歪みが生じるのは当然であり、歪み続けたまま維持しようとすれば、周囲を巻き込んで崩壊する。
そもそも、種を存続させるために選ばれなかった個体群まで存続させるシステムなど、幾らシミュレートしたところで存在しない。
残すべきものを選ばず、ゴミを含めて全てを溜め続ければ巣穴は詰まる。
全てのアリを死なせずに女王アリと平等な寿命まで存続させようとすれば、巣穴の周りは焦土と化すだろう。
群れ内で遺伝的優劣が存在しないアリでさえそうなるのであれば、遺伝的優劣が存在する種では問うまでもない。
少子化の最大の原因は、多くの報酬を受け取る価値のない能力の低いものが、己の家庭を養えるだけの報酬を得てしまう事。
能力が低いものが子孫を残す事こそ、長期的にはその集団を減衰させることとなる。
自然競争で生きられない弱者を生かすことを主目的にすることは、種を存続させる行為とは遠く、正反対に近い位置となり、梃子の原理により動力源への負担は跳ね上がる。
仮に弱者保護をやめたとしても、結局下の下に代わって中の下を保護する事になっただけであったり、問題の結論としては支配層が悪いというものが蔓延するようでは小手先であり、上位層の為に中位層以下が滅ぶ事を当然と誰もが認める流れが失われた時点で崩壊の序曲から耳を塞ぐことは出来ないのだと母は教えてくれたが、それを客観的にどう判断すべきなのだろうか。
「母、人間の思考などどう読み取れば良いのだろう?」
私がそう聞くのはおかしな事では無かったはずだ。
人間がどう思考しているかなど、読み取る能力は備わっていない。
であれば、何らかの技術が必要だと考えるのは自然であった。
母の答えは明確だった。
「カーボーン。様々な時代の、様々な地域の、様々な文明の人間を食べなさい。
きっとそうすれば、人間の『感情』が分かるようになるでしょう」
人間を食する事で人間の構造を理解する。
構造を理解すれば、人間は理解出来る。
つまり、人間を食べれば人間を理解出来る。
私は『感情』というものを思考の一種であるという知識を既に得ている。
構造が分かれば思考も分かる。
そうすれば『感情』も理解しているだろう。
私は人間を滅ぼす時期を見極める為に、人間を食べようと決めた。
しかし、母は私に注意した。
「けれどね、カーボーン」
「何ですか母よ」
「余り滅ぼすべき対象を食べ過ぎてはいけません。
彼等に近付いてしまいます。
私は、そういった同族を幾回も滅ぼしてきました」
そう言ってみせる母の姿は余りにも────“ERROR,ERROR,該当する概念は検索出来ませんでした”
…残念。私にはまだ理解出来ない思考のようだ。
私は炭素で出来ている。
単一分子による生命体。
世界が生命を始める時に、予め造ったリセッター。
とはいえど、この身は熱に弱く砕けやすい。
私にとって幸運だったのは、母が水の晶竜であり、膨大な水の中では燃える事は極めて難しい事をよくよく学べた事だ。
私は独り立ちをしてからは、水中で暮らすことを選択した。
とはいえ、それで全てが解決した訳でもない。
僅かに濁った川の表面を音を立てて泳いだが最後、私よりも大きな直線を持たない魚が騒音の元を呑み込む川が最初の棲家であった。
影の大きさだけで、
それが、その川にはそれなりに存在した。
晶竜といっても、母のような例外はあれど己より遥かに大きな生物には、中々勝てないのは道理だった。
カエルにならない巨大なオタマジャクシの様なそれは、サイズだけは未だ小さな私よりも大きかった。
陸から水辺に落ちた生物達は、水面ばかりを狙う彼らの良い獲物であった。
元々陸で生活していた私も、水底で生活することを覚えなければ危なかっただろう。
危険な巨大魚達が水底以外の全てを支配する流域の中で、私は水底を掌握するに至った。
私と同様の生存戦略を行う生物はいたが、トップカーストである巨大魚とは直接戦えぬものしかいない二部リーグの中で、私に勝てる生物はいなかった。
そして、歳月が経った。
河底の生物を設計の参考に構造を最適化し、河底の鉱物を材料に巨大化した。
私は捕食を続けて、あの魚達を上回った。
晶竜とそれ以外という、基本的な生物としての格差が生かされる程度まで成長した。
私の身体は妹達よりは硬くないとはいえ、タンパク質で構築された生物よりは遥かに硬い。
カルシウムより私が硬い時点で、私より小さな生物が私を殺す事は基本的には不可能となる。
私は川を支配した後は、その川を下る事にした。
その川にいる生物や鉱物を片っ端から暴飲暴食して、海へと向かった。
身体の維持そのものには捕食が必要ない晶竜としては、究極的には全ての食事は不要ではあるが、それを意味しないとしても明確な無駄食らいであったが、そこに住まう全てを食い尽くして生命をリセットするという行為そのものに、思考が透き通る────快適さの様なものを感じたのは、晶竜の本能と呼べるものなのかも知れない。
私は当初砂浜ごと、そこに住まう全てを食らった。
砂中にはそれなりに大きな
当然、私の中のジャンク情報として眠る死と成り果てた。
共にかき込んだケイ素は炭素ではない以上、私にとって不要物であり、排出することとなる。
その砂浜の生物全てを食らい尽くした結果、随分と構造の知見を得たが、それを私の構造に活かすという程のものではなく、竜骨格としては大きく変わってはいない。
そして、酸素交換が不要な特性を生かして、深くより深く海底へと向かう事にした。
水中の生物としては明確に異端な私だが、それでも優位ではあった。
金属性の晶竜と比べて、抗酸化させる必要を持たない肉体は海中に向いていたが、水圧だけは苦しく途中から深く潜る進捗は緩まった。
大顎を持つ
そしてゼリー状の魚等が蠢く環境だったが、それらよりも危険だったのは、全身を骨で覆った魚だった。
川で見た魚とは比べ物にならない大きさであり、晶竜ではない爬虫類としての竜を捕食していた。
とはいえ、数百年が経てばそれすらも私の食事と成り果てた。
海底の底の中でも更に底と呼べる場所において、私は海底の泥は全て食い尽くし、そしてその底の岩盤さえも喰らい続けた。
海底の深さと構造は更新され続け、伴って周囲の海流も変化した。
しかし、私にとっては影響があるものでもなかった。
この海の底に至っても、火属性という水中では無能な魔法を使う生物は存在せず、私の敵はいなかった。
私はこの漆黒の底では全ての頂点にいる。
恐ろしいのはマグマの噴火くらいであるが、私は酸素がある中で燃え尽きる事があったとしても、熱によって溶ける事は基本的にはあり得ない。
炭素は特別な状況以外では融点を持たない故に。
特別な条件とは、この深海並の圧力の中でマグマの二、三倍の温度を有する事だ。
酸素の発生なく熱によって水中で私を殺すのなら、そのくらいは必要になる。
徐々にならしていけば、母のように流体生物として生きていけるかもしれないが、そもそも慣らす為の安全な再現環境がない。
それはおいておくとして、私は別に海底の生命を
というより、海底の生命も砂浜の生命も大河の生命も、リセットの対象ではなかった。
私が強大に、そして最適化する為に必要な犠牲だった。
私は海底から浮上して陸地に戻った。
思ったよりも、時間が経っていたようだ。
妹達は結婚していたし、世界も様変わりしていた。
爬虫類の文明が一度、鳥類の覇権が二度、星外生命体の文明が二度、人類史が五度終わっていた。
母が終わらせていた。
そして────────母が、亡くなっていた。
四度目の人類史を滅ぼす際に、人間に倒されたそうだ。
仇というか、星の機構としての人類史の終焉実行は妹達が引き継いだ。
私が知らぬ間に、立派になっていた。
母を倒せる人間がいたことと、その人間を妹達が倒せた事も凄いが、その前に母が死んだという事そのものが残念…いや、それは正確な表現ではないか。
とはいえ、正確な表現が分からない。
魚や海老を食べたところで、そのような事は学べなかった。
もう少し、知能が高い生き物こそ捕食すべきであった。
私は嘗て住んでいた場所を巡った。
私達が育った洞窟は崩壊しており、その周囲の植生も様変わりしていた。
そして、紅く輝く洞窟が新たに出来ていた。
考えるまでもなく、ルビィの巣であった。
妹達は美しい。
造形の話だけではなく、その構成物質そのものが。
故に昔から妹達を狙う人間達はいたが、全て母が排除してきた。
美しい宝玉の身体は、それに価値を感じる者に狙われる。
しかし、その上で巣さえも宝玉とした彼女からは、人間に対しての明確な挑戦を煽る思惑が読み取れた。
つまり、来るなら来いということだ。
緑と滝に囲まれていた洞窟は、花と宝石の城へと変わっていた。
見た目を人間が好みそうな建築物へとしたのは、人間の欲望を煽り、それを迎え撃ちたいという認識だろう。
すっかりと好戦的になってしまったが、母が死ぬ場に居合わせた事も大きいのだろう。
少なくとも私はそこにいなかった事が、■悔しかない。
私が母に勧められて過ごしていた大河は、その後人間の文明が大いに栄えたようだ。
その理由も私だったとサファイアは教えてくれた。
私が巨大魚を食い尽くした結果、この大河は安全となり人々の船が通れるようになった。
成る程、水面を動くものを区別なく呑み込みにかかるあの魚達は、まさしく船の天敵と言えた。
それが居なくなった結果、この大河だけは安全と人々に知られたのだという。
それはつまり…………
「水帝ヒュドランジアを倒したのは、その三つ後の人間の文明。
兄さんによって生じた人間の文明が、母さんを殺した訳では無いから安心して。
今、それを不安に思っていたでしょう?
後悔と絶望が見て取れたわよ。
違うかしら?」
想定を言い当てられて驚いたが、後悔と絶望…というものは私には良く分からなかった。
計算上その可能性があるかないかという思考はあったが、後悔と絶望という感覚は、私が捕食していたものからは接種出来なかった。
死に対する諦めとは、己の死にのみ向けられるものでは無かったのだろうか?
「兄さんは、分かりやすい。
けれど兄さん自身は分かっていない。
母さんが最も期待した、後継者だったのに」
よくわからないが、母が期待してくれていたというのは、私の性能が十分であるという可能性が高いと認識してくれていたのか、それとも他の意図があったのか。
計算上は余計な不純物は含めない方が正確に割り出せるものだが、…………私自身が不純物を求めている…?
…よく、わからない。
知能が高い生物を多く食べれば、何れ分かる事だろう。
私はルビィとサファイアに別れを告げて、新たな棲家とする水場を探す事にした。
水は良い。
水は、私を理解出来ぬ小刻みな思考のエラーから防護してくれる。
私を包む水は、良い。
これは、燃えないという安心感であり、これは母の■であるという■■だ。
そして、巨大な湖を新たな拠点とした。
当然のように大魚を食い尽くした。
人間の文明が発展する基盤を作る為に。
そして、その人間達を食らえば私に解ることも増えるだろう。
そう思っていたが、膨れ上がり過ぎた人間の文明を滅ぼす晶竜が、自ら人間の文明の起点を作るのは、使命への裏切りではないか?
そうも考えたが、私が責任を持って食べ尽くして終わらせれば良い。
逃がして人間の文明を外に放つ事なく、滅びるまで面倒を見るのなら問題はないと結論付けた。
私は人間が住みやすい様に、ルビィが作った
画して予想通りに、人間達は其処に住み着いて増えた。
人間達の反応は様々であった。
ある時は建国の守護者として、ある時は生贄を望む悪竜として扱われたが、そのどちらの文明も滅びた。
私は多くを学んだ。
私が学んだのは、人間は個体差が凄まじいということであった。
我々晶竜は、生まれた時に身体を構成する分子が決まっている。
それはそれで途轍もなく大きな差を生み出すが、身体の造形や大きさや思考については、後天的に作り変えが可能である。
蜂などは、女王以外の全ての個体は同じ遺伝子を持つ女王の子供であり、良いものを食べさせれば新女王蜂に、そうでなければ働き蜂になる。
即ち環境だけで未来が分化して、先天的な才能の差はない。
また、働かない蜂はただ待機しているだけで、本来の働き蜂を全滅させれば、直ぐに働き蜂と同様の成果を生み出す事も出来る。
これらは、女王蜂候補生も、働き蜂も、働かない蜂も同じ遺伝子を持っているからだ。
どの蜂を食べても、同じ巣の中の蜂であれば、同じ遺伝子が読み取れた。
しかし、人間は違った。
余りにも個体差が大きいのだ。
同じものを食べさせても出来が違うし、良いものを与えても出来が良くなる訳でもない。
働く者を食べ尽くしても、働かない者が代わり同じ成果を生み出したりもしない。
かといって役に立たない個体が、長い年月をかけて自らを改変し続けるかといえば、終始を通じて駄目な者は駄目である。
私は出来の悪い個体が、何故生み出されて、何故育まれているのかが理解出来なかった。
その時、私は二つの言葉が記憶野の検索に照合された。
一つは種や血統ではなく、全ての個体を残そうとすれば環境を巻き込んで崩壊するということ。
もう一つは、炭素という明確に脆く、それでいて火にも弱い私に養育のリソースを割くメリットがあるのかと母に聞いたときの言葉だった。
「大切なあなたが、生きている事そのものが目的なのですよ」
種の存続や数的に希少なものの保存ではなく、その為の手段でしかない個体の生存を目的にすることは、理屈としてはおかしいのだが、その時の私はそれを受け入れることをよしとしたのだ。
人間もそうだとすれば、子孫を生かすことそのものを目的にしてしまう。
そして、その結果として星を滅ぼすのだろうか。
社会性の動物である人間が、群れのトップの雌雄だけでなく、群れの底辺の雌雄まで子孫を残し、それを維持しようとするならば、一定の生存率が確保された状態であると仮定すれば、瞬く間に星が滅びるというのは計算上間違い無い。
私は人間の個体差を学ぶ為に、人間の中でも優れた者を選りすぐって食べる事にした。
次第に私は美しく賢い娘を求める邪竜と呼ばれるようになった。
生まれ持って劣った者や、戦争で手足を失った者、親がいない子供達を食べていた時にはそのような事は無かった。
やはり、美しく賢い個体は貴重かつ高価値であり、それを奪われるとなると
それは理に適っている。
私が『美姫を生贄に求める邪竜』と扱われだしてから、『勇者』と呼ばれる個体が私に挑むようになった。
此等の個体はどれも人間の中でも高性能な部類であり、私の中の人間の情報の蓄積に大幅に役立った。
経験や教養、そして基本的な設計が優れていた。
私が勝ち続けると、人類は文明の維持に不必要な個体群を置いて去ってしまう事は何度か確認した。
生まれ持って劣った者や、戦争で手足を失った者、親がいない子供達しか残らなくなった国は、その後自動的に滅びた。
故に私は、定期的に負けたフリをする事にした。
喉を裂かれても、翼を千切られても私は炭素があれば再生が可能である。
後は湖に沈んで死んだふりをしておけば良いのだ。
そもそも呼吸さえ必要ないのだから、何時までも底にいれば良い。
人間の寿命など短いものなのだから。
私はその後定期的に湖の周辺に起こる文明を観察し、試食しては滅ぼした。
妹達もそうしているだろう。
それが我々の役割故に。
私は巣の中央に住む人間と、巣の端に住む人間とで得られる情報にとても差があることに気が付いた。
巣の中央に住む人間は、より多くの能力を持っており、高度な知能と処理能力、珍しい技術を持っていた。
少なくとも、巣の外側に住む人間では魔法を使える者はあまりいなかった。
私は、人間の国に湖の中央に優れていない者を全て流すように告げた。
そうすれば、国そのものは襲わないと。
幾つもの船がやって来ては、人々を湖に流した。
流された人々は互いに引き摺りあって溺れていった。
私はそれを定期的に要求した。
血統ではなく能力による選別を行うように示したが、結局は血統と能力の関連性はとても深く、優れた血統からは優れた者が生まれた。
それでも、その中から劣った者は湖に流すように要求すると、人々はそれ以上に子供を生んだ。
私のせいで劣った子供を湖に流さなければならない事を後悔する様に呟きつつも、確かに安堵の様なものが全体から感じられた。
この安堵の感覚は良く分かってもいないが、人間をそれなりに食べた事で、以前よりも理解しているつもりはあった。
健康で寿命が長く、美しく、賢く、魔力が高く、力も強く、学びも早く、視力も良く、背も高く、透明感のある肌で、燃費は良いが肥り難い個体ばかりが残るようになった。
私もまた、同様の特徴がある個体を、時に攫い、時に導いてこの地に連れて来た。
彼等は自らを
私はエルフを見守った。
エルフの中でも劣った者は悉く湖に沈められ、エルフは
もはや遺伝的欠陥はその遺伝子情報から淘汰され、優れた遺伝子の純度を高めるばかりとなった。
質が劣ると認識されたエルフの子供は、出生の三年後、五年後、七年後の何れかで、湖に沈められた。
私はそれを食べた。
選別によって生き残ったエルフ達は、皆選別を肯定していた。
例外として、己や家族が選別により沈む事が決まっている者だけは無意味に反対し続けていた。
エルフの子供達は湖に沈められない為に、エルフの親は己の子を湖に沈めない為に必死に教育や訓練を行った。
意識が覚醒してから、習慣が根付くまで、高い素質を持った者が全力でその能力を高め続けるのだ。
エルフは益々優れていった。
エルフの条件が選ばれた優れた者であるならば、私という強制力こそが。エルフという在り方の守護者といえた。
エルフは工業を必要とせず、魔法のみで己達の生活の全てを賄えた。
魔法の適正は人間には個体差が大きかったが、湖に捨てられずに育ったエルフは皆、その適正が高かった。
エルフは森を友として、家として過ごす事となった。
優れた魔法適正保有者かつ、優れた処理能力保有者でなければ生活もままならない文明ではあったが、エルフの文明であれば環境への影響はあまり無かった。
私はエルフであれば、その純度を貶さぬ限りは存続を許しても良いかと考えていた。
しかし、エルフの
エルフという人類の上位存在を許さない者達がいたのだ。
その名はオーク。
オークがエルフを滅ぼした理由は、エルフがエルフであることだった。
特にオークに対する不利益は、エルフが行ってはいなかった。
私が優秀な人間を世界から奪い尽くしたせいで、停滞や凋落していった国があったのは確かだが、人類のピックアップ作業も、ここ百年はやっていない。
エルフの中から生じる一般層が、その他の人間の特別に優秀な層を上回っていたからだ。
エルフがオークに襲われた理由とは、エルフが
久しくエルフ以外の高度な知的生命体は食べておらず、オークなど当然食してもいない故に、オークが何故それを行ったのかは分からない。
しかし、事実としてエルフの森は灼かれている。
エルフが全てにおいてオークの完全上位存在である事の一体何が悪いのかが分からない。
私は特に意味を感じなかったが、オークを纏めて食らう事にした。
『不安』『妬み』『恐怖』『劣等感』
あまり有益でない思考ばかりが捕食によって得られた。
そんな無益な存在の為にエルフは滅びるようだ。
オークより存在そのものの価値が高いというだけの理由で。
あまりにも不合理だ。
より、価値がある存在の為に犠牲になろうというのなら分かるが、より価値があるものを滅ぼすことを目的とするなんて。
エルフとして生まれなかったから、オークはエルフより劣った性能として生涯を歩むとしても、エルフに落ち度はなくオークにしか落ち度はないと思うのだが…。
エルフになりたかったオークはいても、オークになりたいエルフはいないというのが、両者の価値を示す解答だと認めれば、オークがエルフを滅ぼそうとする合理的な理由など存在しない。
エルフに対して、オーク達は一万倍の兵力であるがエルフは持ち堪えている。
このままではエルフが滅びるであろうが、どうにかすることも出来る。
私は単分子の爪により、オークを斬り裂いた。
炭素よりも硬い鉄や、火薬爆薬をふんだんに使うオークは私の天敵ではあったが、それでもエルフを残す方が良いと考えた。
考えて、いた…のだ。
オークを二割程消滅させたあたりで、妹達が来た。
「兄さん。人間同士の殺し合いに介入すべきではありません。残すべき文明を残すのではなく、滅ぼすべき文明を滅ぼすのが私達の役割でしたよね」
「一番良いのは何方も滅ぼす。次点が勝手に殺し合わせる。おにい、何方かに肩入れするのは下の下だよ」
サファイアとルビィの言う事は最もであった。
私は、エルフを見捨てて飛び去った。
エルフ達は、自害を始めていた。
これは私の『後悔』という感情なのだろうか。
きっと、そうなのだろう。
私はエルフを奪ったオーク達の帰る場所を奪う行為を繰り返していた。
発見した
途中で他の晶竜にもあった。
東の島で出会った黄金と白銀の姉妹。
嘗て私が居た砂浜に居た、水晶の娘。
そしてルビィに紹介されたガーネット。
「おにいは現存する最後の雄性晶竜なんだよ」
意外ではあった。
とはいえど、想像が出来ない程でもない。
晶竜は自然発生を基本とするが、母や私達の様に親から生まれるものも少なくない。
しかし、雄性の晶竜が生まれる確率は1/8程しかない。
それは三種類の設計図が全てオフになっていなければ雄とならないからだ。
(¹/₂)³が起こってようやく雄となる。
そして、雄の晶竜は脆く弱いものが多い。
私など、見た目が美しく無い炭素だからこそ、人間に狙われずに済んで生き延びた様なものだ。
綺羅びやかな妹達やその巣は人間達から狙われるが、彼女達は人間達など太刀打ち出来ない程強い。
そういった意味では金銀水晶も熱や圧力に強くは無いが、私のように燃焼するということもない。
酸化したところで、その構造は維持される。
私のように気体になって消える訳では無い。
それこそ彼女達を
私が砂浜や浅瀬の全ての生命を一度
感情豊かそうではあるので、それが振る舞いだけでなければそれなりの知性ある生命を捕食してきたのだろう。
砂浜の砂を全て大粒の水晶へと変えていたのは驚いたが、彼女自身が水晶であることを考えれば、材料である砂を食べて排出するだけで事足りる。
この水晶浜は、全てクリスティアの鱗で出来ている。
この高純度の
ただ美しいだけの浜辺でもないのだ。
当然、これ程の透明度の水晶に溢れた浜であれば、人間の欲に引っ掛かり、幾度となく押し寄せて来ただろう。
自衛を含めて、それを全て食らい尽くせば、確かにこれくらいの情緒を持っていてもおかしくはない。
意識してかせずしてかは分からない。
しかし結果として、ルビィもクリスティアも人間が欲する綺羅びやかな巣を作り、巣に這い寄る人間達を捕食している。
…ああ、エルフは宝石に目が眩み命を落とすような者はいなかったな。
そうやって、既に滅んだ文明を思い出してしまう。
クリスティアは私を尊敬しているという。
故に私を模して、人間の中から優れた個体を集めて繁殖させて、第二のエルフを作ろうとしていた。
それが現在唯一の雄性晶竜である私に気に入られるアピールでしかなく、おにぃは騙されているとは妹の談だ。
無論そういった可能性もあるし、
ただ、それがどういう結果に繋がるかも分からずに、只管効果がありそうな感情の模倣を試作する行為そのものには、
甘えるメリットだけを理解して、甘えを模倣する雌は、他の雌から嫌われるという事は、それとなく理解出来るようになった。
ある日、クリスティアとガーネットが戦っていた。
ルビィもクリスティアを攻撃しており、完全に勝敗は決まっていた。
原因は私らしい。
愚かなことだ。
私が私以外に誑かされているなどと。
私は、甘えるクリスティアに好意を持った訳ではなく、甘えといった感情が無いにも関わらず、その感情を模倣するクリスティアに興味があっただけであるというのに…。
私の言葉に、ルビィとガーネットの攻撃は止まっていた。
クリスティアは、今まで私が知らなかった反応を見せていたが、その反応がどういった感情の模倣なのかは私にも分からない。
流石にクリスティアを食べる訳にもいかない故に。
「おにぃ、それは無いって…」
「初めて会った時は凄くカッコいいお兄さんだったのに、話す度に何とかしないとって気分にさせられるわね…」
どうやら残念がられているようだった。
私はそれからも存続しており、その間に人類の文明は幾度か滅びた。
二度は私が滅ぼしたものもあったし、妹や他の晶竜が滅ぼしたものもあった。
人類の文明が勝手に自滅したこともあった。
人類が自滅した時は最悪だった。
存続する能力が無いから自滅しているにも関わらず、延命しようとした結果、それなりの被害を生み出した。
崖上に捕まったものが力尽きて落ちる時、敗北者は崖のかどに爪痕を残す。
それをさせない為の我々だと、経験を持って理解することとなった。
我々は、彼らが爪痕を作りながら徐々に落ちていく前に、その腕を斬り落とすか、蹴り落とす為に存在している。
そうすれば、崖は爪痕を食い込ませず美しいままでいられる。
我々晶竜は、崖にまで追い詰められ、辛うじて指先で掴まっているものを速やかに落とす事が、その存在意義だ。
しかし、だからこそ自らが崖を壊すほどの存在に成り果ててはならない。
「それを、理解しなかった訳では無いだろう?」
「はい。カーボーン様。
そうか、なら仕方が無い。
「その前に、最期に一つ聞かせて下さいませんか?」
構わない。
「私を斃すのは、晶竜としてですか?
それとも私の足元にいる彼女達が私よりも大切だからですか?」
彼女の言う通り、ルビィとサファイアとガーネット、そして金銀姉妹がクリスティアの足元で這い蹲っている。
クリスティアと戦って、為す術無く負けたのだろう。
何時でもクリスティアはトドメをさせる。
晶竜として考えれば、弱い個体が強い個体に倒されるのは自然な事だ。
その中に私の家族がいたというだけ。
晶竜同士が争う事もこれまでに無かった訳では無い。
母を求めて、私を殺そうとした雄性の晶竜もいた。
母に殺されて消滅していた。
「母親に後継者と目されたからには、妹は救うべきだろう」
「おにい…」
「兄さん」
私がそう言うと、クリスティアは「それが答えですか」と返答した。
心なしか、落胆の感情が読み取れた。
その当時は確証を持てなかったが、後になってもそれは分からなかった
そうだったら良かったという押し付けがましい私の感情であったのかも知れない。
「それに、『
お前を殺して良いのは、私だけだ」
そう言うと、確かに彼女は言ったのだ。
「良かった」と。
私は無抵抗のクリスティアを斃した。
後から分かった事だが、神たる星への背信者『
賢いクリスティアは、それを理解していただろう。
星核の熱量を再び上昇させる為に、そして星核の中に大量のケイ素を呼び戻す為に、多くの生命を星核に回収するために、動く鉱物であるクリスティアに際限無く暴食させ、強大化させ、赤熱化させて、そして私に斃させる事で、他の死した晶竜がそうであるように星の内部に吸収された。
「おにい…?」
妹達に驚かれている理由は分かっている。
私の姿は変わっていた。
炭素のフラーレン構造。
いわゆるダイヤモンドの一種といったところだろうか。
まるで、
つい最近、といっても星の公転が800回程される前にだが、私の一部はダイヤモンドに変質していた。
爪や尾の先等をコーティングして、破壊活動を行う際に使っていたが、ここにきて全身をダイヤモンド化出来る様になった。
というよりは、無理をしなければ黒炭質には戻れなくなってしまったのが、本能的に解る。
妹達よりも硬質になった事で威厳を持てる喜びがある反面、嘗ての己を失くした不思議な寂しさはある。
今後はあの時の私をして評価するものは、いなくなっていくのだろう。
今の私も私だと馴染めるようになれば、それも無くなるのかもしれない。
これ以降私は宝皇竜と呼ばれ、様々な存在から、畏敬と恐怖と欲望と憧憬を持たれる事となる。
私はこれまで接点のなかった晶竜達からも様々なアプローチを受けるようになった。
最初は相手にしないようにしていたが、ある時試してみようと思い、汎ゆる晶竜に片っ端から子孫を残す行為をした。
自然発生する雄性晶竜が出ない限り、私で『親』を持つ晶竜を終わらせてやろうかとも考えた。
寧ろそう決め付けた時も長かった。
しかし、それをやめたのは、星を巻き込んだ破滅願望であったのだろう。
結果として、それなりに雄性の晶竜も生まれ、親持ちの系譜は残る事となった。
しかし、仔を持つ雌性晶竜が増えた事、そしてその仔達によって晶竜の絶対数が増えた事により、淘汰の頻度は高まった。
種族として確率出来る程に晶竜が増えた事と、仔の半分は同じ父親であるが故に、仔の性能の差は母親の差という意識が芽生えたのか、何かにおいて競争して、その優劣を測る必要が出てきたようだ。
そして、晶竜にとって優劣を競うべき
各種族や文明は大いに滅ぼされ、再び同じ平地からの競争を強制されることとなった。
同じ平地において競争が行われるのなら、素質が高いものが圧倒的に優位だ。
それまでは数の力や温情によって成り立っていた力関係が、個体の素質としての性能差での競争となる。
所謂、弱者へのハンデの全てが取り払われた状態でのスタートとなる。
世界の弱肉強食は加速した。
基本骨子が優秀なものが、その後のシェアを拡げていく。
そして、それらも適度に滅ぼされ、安定は破壊されて競争が始まる。
統制者のいない自由競争とは、即ち弱者の殺戮によって成る。
それが星の望みであったのなら、してやられたものだ。
私は私で意図的にその環境を放置した。
そういえば、自然発生した晶竜に面白いものがいた。
球体の晶竜で、中性子を放出して、水分を持つ生物だけを熱殺するという面白い晶竜だった。
醜いものでさえ、他の醜いものは嫌うというのが、生物の本能であるが、造形を幾らでも変えられる晶竜にとっては、構造は容姿はというよりはファッションに近い。
寧ろ素の容姿に当たるのは、その材質なのだから。
彼は寿命としては短かったが、その時代の人間の文明をほぼ単独で崩壊させた。
その最後は、他の晶竜によって討たれるという悲惨なものだったが、私という雄性晶竜のコードを継ぐ晶竜全体の流れに異物が入り込むことで秩序が崩れる事を嫌った雌性晶竜が多かったということだ。
私としては、残念でしかない。
最早私の孫世代までいる故に、私自身が生殖を行う必要もない。
故にライバルでさえ無かった故に、消えて欲しいとは思ってもいなかった。
私を信仰して、取り入ろうとする雌性晶竜が多かった事も、彼の不幸だった。
私は子孫の存続さえ渇望していなかったというのに…。
彼が中性子によって滅ぼした文明は、その構築物そのものには傷を付けぬまま、その中で生活する生き物だけを滅ぼした。
哺乳類でも爬虫類でも鳥類ですらもない、その種族の存在した証拠は、今では土と灰に埋もれた中に当時のままで存在しており、その後の文明によって発掘されて『オーパーツ』と呼ばれ、その種族間の競争に大いに用いられた。
静電気力でも引力でもでもない分子間力である『超力』は、人間同士の戦争にも、戦争の後の権威付けにも大いに用いられていた。
超力を発見した種族の本来の用い方は、危険回避であったというのも面白い。
種族や時代によって、力の使い方も変わる故に、『本来』という言葉さえも陳腐化していく。
ああ、実に面白い。
ほぼ全ての人類が、オークの遺伝子を色濃く受け継いでいた。
彼等を食らっても、得られる学びはなく、私が彼等を滅ぼす時は、無為に磨り潰した。
捕食して情報を得る価値すらなかった。
一人の人間を見付けた。
その人間は『姫』として扱われていた。
彼女と結婚した者は『勇者』として扱われ、『王』となる。
勇者として扱われる為に、『魔王』と呼ばれる力ある敵を排除する建前が生まれた。
その姫は、私が関わった
エルフが人間によって滅ぼされた際に、雌性のエルフを強姦して生ませた男が、生まれた子を、己の子として育てた例があったに違いなかった。
劣った点を強烈に憎むエルフ遺伝子によって、その姫の遺伝的欠陥は、それまでの先祖の記録が遺される『ジャンクDNA』からも抹消されて修正された。
即ち、
その後の人類は、その姫の血を継ぐか継がないかで、隔絶した格差が生まれた。
完全に性能が異なり、正直生殖が可能な同じ人類とさえ思えなかった。
異種族である私がそう思うのだから、当然当事者である人類にとっては更に格差が大きく感じられただろう。
『姫』の血をひかねば人に非ずとさえ云われ、
私は貴族と呼ばれる人間は好んで捕食した。
得られる情報は、平民とは明確に格差があった。
趣味嗜好、感情、文化。
貴族を食らう事でしか得られない感情を多く知った。
生命よりも優先される誇りという感情は、平民からは食べた所で得られる事は一度も無かった。
時代が進んで『姫』の血も薄まり、英雄と呼ばれる超人は生まれなくなってきた。
時折先祖返りも生まれたが、『始まりの姫』の三世代後の英雄にさえ届いてはいなかった。
『姫』とは個人の称号ではなくなり、王族という立場の娘全てに宛行われる称号へと成り果てていた。
勿論、王族や貴族というのは『姫』の血を薄くても引いているか、それを詐称して罷り通るだけの能力を持つ者ばかりとなっており、平民よりは優秀ではあったが、その優位性は血が薄まる事と、平民が増えた事により崩れつつあった。
平民の数こそが力となって来た時代に、遂に一部の文明で反乱が起こった。
このままでは、誰もが同じ権利で投票するという悪法が成り立ち、一部の優秀な人間の為に存続する国家ではなく、大多数の無能が存続と繁殖をしやすい国家へと変わってしまう流れとなっていた。
その革命で、容姿のみはエルフに似た人間が処刑されようとしていた。
その名前はマリーといった。
マリーの事は知っていた。
見た目だけはエルフのようであったマリーに対して、私は興味を持っていた。
懐かしさと後悔と落胆を繰り返し運んでくれる彼女には、特別扱いをしていたし、宝皇竜様と信仰してくれる彼女には、不快感はあまりなかった。
私は同族とさえ久しく話してさえいなかったので、彼女から一方的に話し掛けられるのみで、会話さえ無かったあの日々は悪い思い出では無かった。
マリーに子が生まれても、その血は更に薄まり、最早エルフが再興する確率はとても低い事は確かであった。
故に、何処かの雄性人類がマリーを孕ませればという期待はとても薄かった。
…そのマリーが処刑されることとなった。
容姿さえも只の人間でしかない大多数に、エルフの残滓が消されるのは、勿体無いといえば良いのか、何とも言えない感情があった。
私には、その感情を説明する言葉は今日まで見つかっていない。
私は人間如きに、僅かに残った二重のエルフが滅ぼされる事が、マリーが消される事が気に喰わなかった。
私は、せめてと思い、公衆に石を投げられるマリーを人々の眼の前で呑み込んだ。
マリーは当然死んだが、愚集に石を投げつけられるよりは良かった。
マリーの子孫にはエルフとしては最早期待出来ず、さりとて愚集には期待など欠片もない私にとっては、それは次善と呼べる選択肢であった。
その私を、人間達は事もあろうに、
我慢の限界だった。
私が数の優位を捨てて、質で競争したら負ける愚集等の守護者と呼ばれるのは。
その為に私とクリスティアが関与したエルフの末裔、マリーを殺したと思われるのは。
「滅びるがいい 」
私は
人間達は、私を『星の怨敵』と呼んだ。
人間達が星の側を名乗るなどとは、あまりにも、あまりにも烏滸がましいと感じたが、実際にその時の私は星の生命をリセットどころかオフにしてしまいかねなかったので、間違いでも無かった。
汎ゆる大地を砂へと砕き、海へと沈めた。
そして、海に幾つもの透き通るダイヤの塔を乱立させた。
植物の根が通る事も、水を溜める事も許さない、単一の巨大ダイヤモンドの塔。
海底から聳え立つそれは、海流の流れさえも乱し、私はその塔を起点に、星の軸の向きも、回転方向も変えた。
種族全ての『親』に当たる星に大して、力を行使出来る側に回るというのは、確かに危険な存在ではあった。
恒星に大して垂直となった軸により、極地は夏を持たなくなり、永遠の凍土へと覆われたし、星の軸の回転が逆となり、風向きも変わった。
回転速度さえ変わり、一日は短くなった。
ダイヤモンドの鎖を撃ち出し、他の天体にまで干渉した。
衛星は以前よりも遥かに近くなり、潮の満ち引きも、波の大きさも明確に大きくなった。
私は、やり過ぎた。
何れ是正も出来る範囲ではあったが、星に干渉する星内の生命体など、存在そのものが烏滸がまし過ぎたのだ。
私もそれが分かってやっていた。
星が遣わせた『勇者』がやって来た。
何処か私に似た姿の、双子の晶竜。
「お前達か。…そう、それで良い」
私は晶竜としては、劣ったものとして生まれた自覚はあった。
ならば、劣ったものとして潔く優れたものの為に滅びて消え去るべきだったのだ。
…私が滅びる番が漸く来た。
それだけの事だ。
何れ誕生するであろう、次の『炭素』の枠を埋める晶竜を憐れみながら、私は己の視界を永遠に閉じた。
感想や評価コメント頂ければ嬉しいです。
裏設定として
主人公は知識や能力が豊富な貴族ばかりを食べていたから、貴族寄りの感情がインストールされていきました。
知識や能力の低い平民ばかりを食べていたら、平民寄りの性格になったことでしょう。