統制機構諜報部のハザマさん   作:作者さん

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移転しました。改定や文の追加など、いろいろやってるので初めから見ていただければ光栄です。ただ、一度に全部にじファンで出していた章まで出せないことはご容赦ください。


すてーじ1

 また、か。

 もう何度目になるか分からないその言葉を男は呟いた。

 その場所では肉体も何も存在しないためか、空しさを込められたその声だけが辺りに響き渡る。

 降りてしまえば過去のことは全て忘却の彼方に置き去りになる。何度既視感を味わったとしても、望んだ結果にはたどり着くことは無い。

 自分の行動が悉く無駄になることほど、疲れるものは無い。精神だけの存在にいいようにパシリにされて苛立つことが無ければ、それはとんだマゾヒストに他ならないだろう。

 そして思考を進めるまでもなく、新しい感覚がその場所に訪れていた。

 その存在を観測することによって形を与えられ、自分という存在が世界へと現れる。そのとき自分は此処でのことは忘れて、同じ試行を繰り返すのか。

 

 冗談じゃねえぞ、クソ。

 

 言葉を吐き捨てると同時に、どこか違和感を感じていた。

 肉体が無くとも自分は世界に降りることはできる。しかし、降りる直前に感じたのは、どこか懐かしい感覚だった。

 

 成程な。

 

 にやりと、男は笑った。

 

 

―――――――――――――――――――

 

「…………はい?」

 

 こんにちは、初めまして、おはようございます、統制機構諜報部のハザマです。私が目覚めたとき、頭の中をよぎったのはそんな説明口調の文脈でした。

 がばっと毛布から体を起こして見渡すと、白い壁で囲まれた小さな個室、悪く言えば生活しているような雰囲気はあるのにさびしい空間であったと言えますね。

 

 …………なるほど、訳が分かりません。

 

 説明は受けました、私は統制機構諜報部のハザマなのでしょう。とはいえ、なんだってこんな自分の名前を客観的に見ているのか、それは私が統制機構……面倒くさいですね、ハザマさんじゃないからなのでしょうか?そう思ったけれども、私はハザマです。何故かその確信があります。

 

 ……あれですね、私、いわゆる記憶喪失というやつなのでしょう。

 

 なぜなら、私には此処に目覚めたとき以降の記憶が全く存在しません。いや、こうして考察する余裕はあるのですから、エピソード記憶をごっそり持ってかれてしまったのでしょう。

 こうなるまで仕事をさせた統制機構……なんて鬼畜な場所なのでしょうか? まあ知り合いも何もない現在、この仕事にしがみつかなければあっという間にスラムの住人になってしまうことは目に見えて分かります。

 諜報部、つまり情報収集専門であって、戦闘なんてものはありません。つまり、物騒なことはあまりない!

 ……希望が見えてきました。軍医の顔も部屋も覚えてませんが、なんとなく肉体が覚えているような気がします。すべきことの手順は頭から勝手に浮かんでくるので、とりあえず行動してみましょう。

 記憶喪失ではありますが、そんなことだけ覚えてます。問題ありません。

 とりあえず軍医辺りに行ってきましょう。しばらく休暇をもらってじっくり記憶を思い出せばいいのです。

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

―――――――――――――――

 

 黒き獣、人類史上最大の悪夢が百年ぐらい前にありました。最初に島国一つを潰し、世界の半分の人間を滅ぼしたその存在に対抗するために、術式、技術的な魔法が開発され、六英雄によって黒き獣は滅ぼされました。

 成程、歴史書であるにもかかわらずどこかの物語のようです。もっとも、この出来事のせいでほとんどの物語が、ファンタジーではなくドキュメンタリーとなってしまったのは面白い話です。

そんなことを考えながら私は本を閉じ、辺りを見渡しました。

 さて、前回もよく働きましたね。と、地図を見ながら草原の上に立つハザマです。苗字はありません。結局わかりませんでした。

 目が覚めてから三か月以上経って、相変わらずの記憶喪失であるのですが、仕事はどんどん舞い込んできます。休み? なんですかそれ。なぜか上の方からの命令で休暇は蒸発したようです。統制機構ホントに鬼畜ですね。

 

 さて、現在少尉の私ですけど、現場を右へ左へ送られてます。記憶喪失の人に容赦ありません。なんというブラック…いえグレー企業。

 まあ良くも悪くも軍なんてこんなもんですから。仕方ないと言えば仕方ないんですよね。

 世界虚空情報統制機構諜報部、と言う長っ苦しい名前ですが、立場は結構重視されますし危険も多いです。

 充実してると言えば充実してますか。楽しいとか思いたくはありませんけど。

 

「あとは体質が治れば完璧なんですけどねぇ……まあ人生そこまで上手く行くわけないですか」

 

 給料も良い、待遇は……まあ良い、友人関係は……壊滅的。諜報部って独特のネットワークは有りますけど、友人かどうかと聞かれると……。

 あれ? なんか泣きたくなってきた。なんでせっかく多分成人過ぎた大人が夜は一人寂しく酒盛りしているんでしょう。

 私、中尉になったら部下と一緒に酒盛りに行くんだ……

 とりあえず無駄話はさておき、

 

「にしてもまーた面倒な任務ですねぇ……と言うかいつこの命令受け取ったんでしょう?」

 

 そう、最初に言いましたが、私は任務のために都市から少し離れた田舎っぽい場所へと来ていました。

 任務内容は、この付近の教会に預けられた術式適正のある子供の確保。とりあえず戦力または統制機構にとって有害物質になりえる子供をさっさとこっちに取り入れろ、と。そういうわけです。

 まあ教会の責任者に事情説明をしてから、すぐに引き渡してくれたら一番楽なんですけどね。

 

「楽じゃないから仕事って言うんですよ」

 

 事情説明すればやれ統制機構は権力を持ちすぎだとか、それ人さらいだとか、味噌糞言われ過ぎなんですよ。なんという公職アンチ。

 公職のはずなのに気分は会社の営業マンです。

 嗚呼、早く出世したい。中尉ぐらいになって人を顎で使いたい。現場に向かうのもめんどくさい。

 気が進まないながらもようやく教会が見えてきたので、少し歩くペースを上げます。

 

 と、そうして少し歩くと私の視界にまだ思春期入る前ぐらいの、金髪の男の子が入りました。

 あー、あれが件の子供ですか。とりあえず外堀から攻略しましょう。

 と言うわけで私はぼんやりしているその子に近づいて……

 

………………………

 あーヤバい、出てくる。

 任務中は勘弁して欲しいんですけど。と、言っても発作のようなものだから仕方ないですね。

 

 あーお願いしますから私の今後の衛士生命が続くような行動をお願いしまーす。

 

 で、そう思ってから私は意識を失いました。

 

 

 

 こんにちは、地図を見ながら草原の上に立つハザマです。苗字はありません。

 気を失って一日が終わっていると思ったらいつの間にか休暇になっていた。分かり易く言えば、仕事風景が私の頭の中からカットされてました。

 まあいきなりですよね。

 そうです、私の最大の悩みで有るのは、時々気を失う事なんです。

 所謂二重人格? どうやら周りでも私の態度は変ってないようなんですけど、意識がばっさりと無くなって、そのあと勝手に身体は動いているそうなんですよ。

 色々な医者にかかってみましたが記憶喪失の方も、この二重人格っぽいのもよくわかりませんでした。

 ようやくまともな医師が居て、まあちょっと昔快楽殺人犯だった医師に尋ねてみると、怨霊みたいなのが身体に居るそうなんですね。なんでも前例が居るらしいですし。

 これが友人作れない理由なんでしょうか。記憶喪失を治すために友人らしき名前を探してみましたが、見事に真っ白です。プライベート用らしき通信端末のアドレス帳は、悲しいぐらい真っ白でした。

 『一般的な幸せと呼べる』結婚ぐらいは望んでますけど部署と体質が重なって難しくなりました。

 

 と、ここで話は戻ります。

 

 そう、今回この草原に来たのは二回目なんですよ。約一か月ぶりです。

 こうして任務中に意識を失った後は大抵報告した後のせいで、私が現状把握していないのです。

 だから休日を使って現場に戻る事も少なくない、というか当たり前の事になってます。とは言え任務では無いのでちょっとした旅行みたいなものでしょうか。

 多分趣味と聞かれたら、旅行と迷い無く言いますね。もしかすると失った記憶とかの手掛かりになるかも知れませんから。

 と、やっと建築物が見えてきました。

 なにしろ教会ですからね。日差しを浴びてより黒く見えますよ!

 

 

 

 

 

 …………………………うん?

 

 

 

 

 

 地図を確認。

 周りには建造物はありません。

 地図を確認。

 見えてきた建造物の場所である事は間違いありません。

 地図を確認……………

 

 

「きょ、教会が焼却されてるーっ!!?」

 

 

 え、何やってんの? え、何やってんの? え、何やっちゃってくれてるんですもう一人の私ーっ!

 

 どどどどういうことなんですかれれれ冷静になれ私に炎の術式適正なんて有りませんし気分はピーターパンのワイヤーアクションしかできませんし武器なんてワイヤーと特注品のダガーナイフしか持ってってませんしーっ!!?

 なんということでしょう。私の眼前に見えるのは骨組み以外が炭となった教会だったんです!

 いや確かに似たようなことは有りますよ? とある弱小組織の情報収集中に何故か構成員の首を撥ねてあったり、経費で料理代を賄って私が怒られたりと、不利益行為は確かに有りましたよ!?

 いや、これは無い。何考えているんですかもう一人の私。

 いや確かに統制機構に入らない術式適正の高い人物は、凶悪な犯罪者になる可能性が高いのでほとんど士官学校入りを強制していますけど…。

 笑い事で済まないでしょうこれは。

 とりあえず教会に近づいて見ます。いやコレ教会じゃないですよ。ただの炭ですよ常識的に考えて。

 で、教会付近にある物を見つけました。

 それは教会の一番上にあっただろう十字架で、今は少し土が盛り上がった場所に突き刺さっています。

 

 ……ええ、見れば分かりますよ。お墓ですね。

 

 流石に罪悪感のようなものが湧きます。

 統制機構は軍みたいなものですし、こう見えても人は何人か殺していますし、情報収集はストーカーみたいなこともさせられてまし。

 が、こうした事に慣れるのもきついものだと思います。『すんなり受け入れられたのが少し信じられない』ぐらいです。

 とりあえずお祈り程度はしておきましょう。

 十字架って事は確かキリスト教でしたっけ?  十字に切ればいいんでしょうか?

 

「そこで何をしている」

 

 と、そこでお祈りしようとして、心臓が飛び出そうになりました。

 落ち着け、落ち着け、冷静になれ。今日の私の姿は制服じゃありません。帽子はかぶってますけれどちょっと改造した武装スーツです。

 ……どう見ても不審者ですね。

 いや、流石にいきなり何かされるということも無いでしょう。いつもの0円スマイルを顔に張って振り向きながら、

 

「いえいえ、少しここの墓にお祈りをしていたんですy」

 

 ええ、その瞬間警告が頭の中に響き渡って懐からダガーナイフ二丁を取り出したのは間違いじゃ有りません。

 何しろ眼前に見えたのはよーく斬れそうな刀が二振り、ダガーナイフに遮られて首の皮一枚の所で止まってましたから。

 

「あぁっ!? 何しやがんだよこの糞猫がっ!?」

 

 すぐにその物体をヤクザキックで引きはがし、少し見えた三角の出っ張りの出てるフードのネコミミから、ついそんな言葉が出ていましたね。

 いや、私こんな言葉を使おうと思いませんでした。しかし勝手に漏れたところを見ると、もともと私はこんな口調だったのでしょうか。いやすぎます。

 

「テルミ! 貴様セリカの墓に何をする気だった!? いや、貴様今度はいったい何を企んでいるっ!?」

 

 テルミって誰ーっ!?

 つーかなんで怒ってるのこの獣人はーっ!? お祈りの仕方が間違っていたんですか!? お祈りで 怒るってどんだけ宗教家なんですかーっ!?

 目の前に居たのは器用に二足歩行している三毛猫……じゃなくて白と焦げ茶の二毛猫。

 フードを被り、二振りの剣を持ち、片目は傷がついて潰れている…………

 んー? なんか文献で見たことがあるような外見ですよね?だれだったかなー? その文献は六英雄の伝記だったようなー? 六英雄?

 

 ……うん? 獣兵衛さん? まさか無いですよね?

 

「ハッ、見て分かんねぇのかよ獣兵衛ちゃんよう! お祈りだよ、お・い・の・り! まあーどんな顔だったかなんざ覚えちゃいねーんだけどな」

 

 とりあえず、こちらは強気で行きます。……いやなんで私こんなことしてしまったんでしょう? 脊髄反射がこんな言葉ってどういう事ですか。

 資料に顔写真はあった気はしますがホントに覚えてないんですよ。

 後は鎌かけですね。相手が獣兵衛という言葉になんらかの反応を示すでしょうから。

 

「テルミ……貴様」

 

 ……あ……まさかの本人ご登場してたんですか。殺気はさらに濃厚になってます。

 いやこれでも諜報部ですから人は結構見てるので、嘘かどうかぐらいは分かるんですよね。

 で、どうやら本人らしいですよ。いやー、六英雄の本物なんて始めてです。サインとか欲しいなー。

 

 ……うん、一言言わせて下さい。

 

 なにやっちゃってんのテルミちゃんよおおおおおおおお(なお名前は初耳)!

 なんで六英雄の知人殺してんのおおおおおおおお!?

 え、セリカって誰? 此処のシスター? もしかして殺したのって獣兵衛様(既に敬称)の身内だったりするんですかーっ!(だいたい合ってる)

 

 

「ま、こんだけ立派な墓がありゃあきちんと天国いけたんじゃねえの? あ、いやもう魂も再利用されちゃってるかもしんねぇな!」

 

 

 ま、まあ流石に教会の象徴の十字架をあしらえたお墓なら、次は良い人生送れるでしょう。

 あーいや、キリスト教だと普通に神様のところでしたっけ?魂の廻る輪廻転生の考え方はたしか仏教でしたね。これは失敗。

 

 

 「貴様、セリカの魂を……いや、そうだった。貴様はそうやってナインを殺した事を伝えた時もそうして笑っていたな。あのとき、抑えきれなかった俺のミスだ。貴様はここで斬る」

 

 

 だからなにやっちゃってんですかテルミィィィィィィィ!!!!

 今度の殺気ヤバイですって。魂がなんたらかんたらなんて獣兵衛様そんな宗教に染まり切っていたんですか!?

 いやそもそもナインってだれですかひょっとして獣兵衛様の恋人殺したりしてんじゃないですよね!?

 おい早く出てきてくださいよもう一人の私改めテルミさぁぁん!? こんな時だけ寝てないで弁解してください後生ですから!? もう一人の人格の名前を知れた対価が私の命ってどういう事ですか!?

 ……反応無し!笑えません!

 ……落ち着け、考えるんです。

 どうやらテルミさんはだいぶ大物のようです。私が記憶を失う前、ちょうど二年以上前に色々やっていたのでしょう。

 相手は地上最強の生物、そしてどうやらテルミさんに知人を殺されたらしいです。ならば……

 

 

「ああ、別に俺は構わねーけど? だがな、俺に構ってて良いのかなぁ? また一人、お前の大事な小犬ちゃんが居なくなるぜ?」

 

 

 はい終わった! 私の人生終わりました!

 ハッタリかますなら小犬じゃなくて小猫でしょう!? 相手猫なんですから! 居るとしたら子供だって猫に決まってます! そんな異種間同士の愛情がそう簡単に作れるわけないですよね。

 い、言い直さなければ……

 

 

「いや小犬じゃな「ラグナの……いや。残念だったなテルミ、今はレイチェルに任せている以上、貴様がどんな駒を使おうが手出しはできん」

 

 

 該当した!首の皮一枚繋がった!良かったまだ言葉は該当したようです。

 レイチェル……ラグナ……今度は誰ですかいったい。六英雄の知り合いですから、吸血鬼とか死神とか言われてももう驚きませんよ。(ドンピシャ)

 ……ハッタリの基本はより相手の行動が無意味だと思わせ、さらに背後を塞ぐこと。

 つまり、背後に敵が居ると思わせれば良いのです。つまり架空の人質を、架空の援軍を作ること。

 行動方針が決まって落ち着いてきました。

 

「ふむ、まあ良いでしょう。私と今此処でやり合えば貴方には勝てませんから。が、例えば『アレ』を復活させてラグナちゃんの所に向かわせたとしたら、貴方はどう行動するのが最善だと思います?」

 

「『アレ』? ……!? まさか『彼女』、か?」

 

 ヒャッハー!! 来たぁあああっ! 完っ壁に術中にハマった!

 『彼女』が誰かは知りませんけど、流石に英雄!強敵に何人も会ってますから復活という単語を聞かせれば完璧ですね! 倒してきた強敵の数もうなぎ上りですから!

 

「ええ。早い所行くのが賢明ですよ。私はもう此処には何の用も有りませんし。ああ、花程度なら供えるべきでしょうか?」

 

 わざとらしく余裕を見せて帽子を直します。見れば隙だらけ、でも何かが有るように思えてくるという疑心暗鬼。

 揺れたなら、私の勝ちです。

 

「テルミ……くっ」

 

 と、それが最後の言葉で獣兵衛は風になったようにすっ飛んで行きました。

 あっという間に見えなくなる獣兵衛様。マッハの速度が出てるんじゃないかと思えるほどの速さで消えていきました。

 

「た、助かりました……?」

 

 一気にプレッシャーから開放されたせいでしょう、すとん、とその場に腰を下ろし、足腰が立たなくなりましたね。

 が、相手は六英雄、こっちは一般ピープル、強気でいられただけ私スゲエエエエと思いますよ。

 

「に、逃げますか、ええ」

 

 と、がくがく震える足を持ってきた糸で固定して、腕の力で足を動かしながら都市にへと戻りました。

 時々、後ろから見えなくなったときと同じ速度で獣兵衛様が追いかけてくると考えると、震えが倍増しましたが、なんとか船着場まで到着して無事帰還。

 で、知らない内に下の方を大洪水していたのを気が付いた時、感じた事は、生きてて良かったぁ、でしたね。

 

 

 今日もなんとか仕事よりきつい一日が終わりました。

 できることなら、明日は楽な仕事が来ますように、と。

 

 

 ん? そういえば何で獣兵衛様にはあれだけハッタリが上手くいったのでしょうか?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 それは、獣兵衛にとって後悔の記憶の一部でもあった。

 自分が戦友と呼んだ白き英雄を犠牲にテルミを封印したとき、自分は詰めを誤った。どこか心の中に油断があったのだろう。

 残されていたのは『腕のような何か』だった。それは統制機構によって回収されているのだろう。

 たったそれだけのこと、意味が分からない行動であったことは間違いない。だが心の中のしこりは、それ以降取れることが無かった。

 

「無事かっ!? ラグナ、レイチェル!?」

 

「ん、どーしたんだよ師匠。今日は休みでどっか行くんじゃなかったのか?」

 

 獣兵衛がラグナの元へとたどり着いたとき、何も無かったかのように二人は過ごしていた。

 ラグナは久々に(無理やり)与えたトレーニングの休暇で、おそらくレイチェルにでも誘われたのだろう。石の上に座りカップを湯呑の様に持ちながら紅茶を飲んでいる。

 レイチェルは実に優雅な姿勢を崩さない。勢いよく訪れた獣兵衛にも驚きは無いようにも見える。

 

「どうしたのかしら獣兵衛さん? あなたがそんなに息を切らして迫るなんて、らしくなくてよ」

 

 そんなのどかな昼下がりのティータイムを、その光景には襲撃の後は欠片も見えはしない。

 その事実に大きく息を吐いた獣兵衛は安堵の息を吐いた。

 

「……嵌められた、か。いやそうでもないな」

 

「おーい師匠?」

 

 苦々しい様子の獣兵衛に鍛錬の手を休めラグナは首を傾げた。

 

「ああいや、なんでもない。無事であったならそれでいい」

 

 ラグナは、変な師匠だ、と呟きまた石を椅子代わりにして座った。

 が、逆にレイチェルは興味深そうにこちらを見ていることに気が付き、歩みを寄せた。

 

「(セリカの魂の回収? …いや、微かな残滓程度しか残っていない状態で奴から見れば利用価値は少ない。何が目的だ?)」

 

 どの道あった事をレイチェルに全て話す事になるのだろう。いずれは話さなければならないが、シスターの事を今のラグナに話すわけにはいかない。

 早くしろ、と催促する視線が強くなり、獣兵衛は一つため息をつく。

 どちらにしても今はどう考えようとも仮定でしかない。そして、『今回の憑代』についても調べなければならない。そう割り切り自ら動こうとはしない吸血鬼の元へと向かった。

 

 


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