意識を落とした状態で、魂の揺さぶりが見せた記憶は、夢と言う事に相応しい。
当時何を思い、何を感じ、何を考えていたのか。『 』ではない。『■』ではない。ならばそれ以前『□』はどう結論付けたのか。
奇妙だと感じていた筈だ。その世界が偽りであり、
もしも自身の思いが
だが『□』は切り捨てた。
夢の中の『□』も今の『■』も笑っていただろう。夢は今を元に見せた妄想に過ぎない。だが自身の今からその想いを想像することは容易い。
だから自身が、偽りに誘う存在を…………騙した。
故に。『■』は、居る。
そんな存在を、誰かが三日月の笑みを浮かべて嗤っていた。
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「マコトさん成分が足りない」
『いきなり何言ってんだお前』
書類、書類、書類、根回し書類書類根回し情報の横流し。流れ作業より幾分ましとしか言えないほどつまらない仕事に、私は思わず妙な言葉を口走っていました。
カタカタと端末と一緒に情報をいじくり、いろいろな役者をカグツチへと集める作業は、なかなか面倒なものです。
少し街に出れば赤緑白の華やかな飾りが外され、どこかの聖人の日が過ぎたことが分かりました。
微妙な距離ができてから一週間以上たったというのに、マコトさんとはあんまり会話はできてません。仲直りしましたけど。
「いえ……仲直り、いえギスギスとしたような空間はなくなりました。普通に話すこともあります」
『……で、なにがご不満なんですかー?ハザマちゃんは』
「マコトさんと話せないことですよ……当然。“私”がいたころから立場が固定されてましたから、友人居ませんし」
気が付いたら諜報部でした。仕事を行っていくうえでの同僚はもちろんいましたけど、友人はいません。たくさん居たら居たらで自分の立ち位置的に問題がありますけど。
私にもストレスは溜まります。あと少しで私が消えるか消えないかの時期がやってくるのですから。ハラハラし続ければ当然疲れます。
「まあ……やれるだけやったつもりなんですけどね。全部終わってからのんびり話すとしましょう」
『そう言う奴に限って話せないんじゃねえの? どこぞのブラッドエッジちゃんみたいによ』
「やめてくださいよ、縁起悪い。まあ……死神には頑張ってもらわないといけませんしねぇ……」
黒き獣が発生して過去へと言ってしまえば、また世界はまき戻ってしまうことになります。
一応レリウスさん特製のこの躰なら、境界に触れる程度はできますけど、通り抜けることはまず無理です。
ではどうすればいいんでしょうか。→ラグナさん抹殺すればよくないですか?
そのあとにはタケミカヅチがカグツチを崩壊させますけど、私は逃げましょう。よし、完璧じゃないですか。
『それで終われば良いよなぁハザマちゃん? 俺にも目的がある。それをさせるつもりはねぇんだけど?』
「……そうなんですよねぇ」
第十二素体の
まずはこれを成してさらに私が生き残ること。それが必要になります。
ただ……それによって躰の優先権が無くなるかもしれないのが怖いんですよねぇ。
だからといって妨害するわけにもいきません。此方が『彼』を妨害すればあちらも妨害します。足の引っ張り合いをしていたらお話になりもしません。
ダメ元でレリウス大佐に相談してみましょう。普通の肉体の一つや二つ、つくってくれるかもしれません。
つまり私がやらなければいけないことは、①第十二素体を覚醒させること、②ラグナさんもしくは第十三素体を抹殺すること、③帰るための足を用意すること。
……確実にできるのが③しかありません。ラグナさんの情報はいろんなところにリークして、カグツチにいろんな人を集めてますが、正直難しいです。なんですか蒼の魔導書って。第十三素体はもっと無理ですし。①は運がすごくからみますし。
『まあ、気張れやハザマちゃん。過去でもお前のことはほんの少しだけなら覚えてらんねぇよ』
「慰めているようで全く逆のベクトルになってますって! ……明日の便でノエルさんと任務に行くようになっていますから、準備だけでもやっておきましょうか」
明日は移動中にノエルさんと合流して……ラグナさんを咎追いの誰かが捕まえてくれればいいのですけど。
キサラギ少佐がやってしまえば結構。ハクメンさんがやってしまえば大変結構。とりあえず事象干渉の妨害だけでもやっておきましょう。
それでもだめだったら……第十三素体と戦って倒れたラグナさんを回収、よし、それでいきましょう。
やることを頭の中で繰り返し、私は端末をいじっていた手を止めました。まともな方面からの命令だったのでスルーすることにします。
これから始まる準備と言う名の憂鬱な実態に私は溜息を吐きました。
「レリウス大佐と対面ですか……やっぱり嫌ですねぇ……」
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久しぶりに入ったレリウス大佐の研究所は相変わらず意味不明でした。
宙に浮かぶ立体映像のキーボードで何かを入力しているその視線の先には、人間を模した機械人形があり、それが
勿論ノックを済ませて部屋へと入った私ですが、こちらも相変わらず振り向きもせず作業を続けるレリウス大佐には、ある種の尊敬の念が生まれそうです。
入ってきているのが私だとわかっているのでしょう。そのままでその辺りにおいていた椅子へと腰かけると、レリウス大佐のほうから問いかけられました。
「……何の用だ、『ハザマ』。第十三素体の資料は、既に送ったはずだが」
「いえいえその件では感謝してます。おかげで私ではどうしようもないことは分かりました。明日此処を発つので挨拶にと」
「私も向かう場所だ。それは不要だが? 見ての通り……私は忙しい。速く用事を話せ」
そういえばレリウス大佐も、私たちとは日程をずらして来ることを忘れていました。
以前、こっそり第十三素体を壊せないか考えたのですけど、私では無理です。
世界によって存在を固定されている者を壊せると思う方がおかしいですよ。スペックはレリウス大佐特製ですし。破壊者か秩序の力に任せます。
それよりも本題に入りたいと思います。
「えーとですね、この躰にもう一人住人が住んでるじゃないですか? できればもう一つ体を用意していただけないでしょうか……なんて」
「……ふむ」
作業していた手を止め、虚空に思いを寄せるようにレリウス大佐は宙を眺めていました。
反面私は、緊張で思わず貧乏ゆすりをしそうになった足を抑え、答えを待ちます。
「『もしもハザマ、お前の躰の中でテルミが存在定着したとしたら、間違いなくお前の体の優先権はなくなるだろう』 ふっ、良かったなハザマ。お前が気に入らなかった白髪がなくなるだろう」
「わざわざ専門家からとどめの一言を言わないでくださいって! 白髪がなくなるのはありがたいですけど!」
「だが、それも構わないのではないか? 『もともとお前はテルミの補助のために造られた。自分の役割を全うできるなら本望だろう?』」
「勘弁してくださいよ……まったくもう」
余りにも真っ黒なジョークに私も思わず頭を抱えて溜息をついてしまいました。
びっくりすることにこれがレリウス大佐のジョークらしいです。私の常識値がどんどん減少していく気がしました。
が、出発するのも明日。躰についての注文もしなくてはいけません。私が視線を再度向けると、ゆっくりと此方を振り向いた大佐の視線とぶつかりました。
「躰は用意しよう。その対価として、だ。一度聞こうと考えていたことがあった。」
「本当ですか! やった!……いえ、失礼しましたそれで、質問とは?」
「蒼から、お前の中に存在する者から、どこまで識(し)った?」
レリウス大佐の言葉に私は思わず言葉を失いました。
「…………………」
「境界を通した全てだとするなら、お前の躰は疾うの昔に崩壊しているだろう。おそらく奴が抵抗となって情報の氾濫を防いだのだろうが……さて」
「この躰、境界に触れても大丈夫じゃなかったんですか?」
「無理だな。一部素体を基幹とした部分もあるが……。不完全とはいえ蒼に目覚めるとは想定していなかった。想定外なことに、お前の魂自体が確立したものだった。肉体の崩壊が遅れた要因はそれと……無意識とはいえ、情報の選別をしただろう『奴』に感謝することだな」
「…………」
「質問しているのは私のはずだったが?」
決してその問い詰める口調は責める様ではありません。しかしそのプレッシャーに対応する様に、私は肩を竦め口を開きました。
「嫌ですねぇ、レリウス大佐。そこまで知っているなら全部知ってるじゃないですかもう。とりあえず、『彼』と『彼』の知っていることについては大よそ入ってきていますよ。勿論、もうアクセスできませんから他の人が今何を考えているのか、なんてことは知る余地もありませんけど」
「……成程。……もう一度試してみるか?」
「やめてくださいよ! 今度こそいろんなモノを境界に持ってかれますってば!」
「……冗談だ。本気にするな」
「冗談ていう目してませんでしたけど……。とりあえず、『知識については殆ど正しいですけど』、絶対であるわけではないので、彼とか世界について何か問われても私は安易に答えられませんよ?」
「いや、ただの確認だ。知識は必要無い。素体でなくともマスターユニットへの到達を考えたが……魂の強度、か。私もまだ未熟という事か」
「それなら私としてはなによりです。それで……躰は造ってもらえるのですか?」
「……ああ。『テルミのための躰が在ればいいのだろう? それなら問題ない』」
「ちょ、そっちじゃな…………」
…………
「で、造るならさっさとしろや。もう『俺』は移れんのか?」
ハザマの話をいったん切り、レリウスへと問いかける。
ハザマが頭の中で何か言っているが、その意識を落とすことで黙らせる。ほんの数分で復帰するが、耳障りな声を聞いているよりは余程マシだった。
それに話さなければならないこともある。この躰を好き放題動かせるのは数分、下手したら数十秒が限度だった。
クサナギの錬成のために造る窯を用意するための時間はない。できたとしても第十二素体が万一蒼に目覚めたとき、観測されるために表面上に出てこれなければ何の意味もない。
「……貴様か。用意はできていない。貴様が観測されてから出直すのだな」
「はっ、随分とハザマちゃんに熱心だなおい。そんなにアイツが気に入ったのか?」
「いや……、奴は面白い。優先順位的には最下位にあるが……奴の魂に価値はない。どこにでもあるものだ。だが、まだ存在している」
「で? だからなんだってんだ」
にやり、と。口元で笑ったレリウスは、確かに目も笑い、玩具に無邪気なガキのようにも見える。
実際その通りだろう。ハザマを生かして観察するのが面白いのであって、奴に親切心があるはずがない。
「面白いとは思わんか。貴様という抵抗があったとはいえ、『ただの存在が境界に触れて無事だった』。補助があればただの人間でも境界に触れられ形状を維持できる。これに特化することができれば……」
「境界を通ってマスターユニットにたどりつけますよーってか? そいつはまぁ、馬鹿な仮説だなおい。素体を使ったほうが何倍も速いだろうが」
「ああ、だから優先順位としては最下位だ」
「あ、オイ」
話を切り上げレリウスは再度波動兵器の調整を始めた。一発ぶち込もうとしたところを理性が繋ぎ止め、先の言葉を促す。
「窯の錬成については、任せていいのか? レリウス大佐殿?」
「……ああ。『問題はない』」
その言葉だけ聞ければ俺としても問題ない。
多少とはいえ支障は出るが、『窯を錬成するのは俺でなくとも問題はない』。失敗すればどうなるかは分からないが、俺には関係はないのだから。