統制機構諜報部のハザマさん   作:作者さん

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CSのプロットですが、複雑すぎて妙なことになっているため、とりあえずハザマルートを直進します。


stage1A

 そこに居るのは、何処にでも居そうな一人の少年だった。教室の窓に一番近い端の席で、頬杖をついて外を見る少年は、つまらなそうな目をして景色を眺めている。緑の前髪で目元を隠しているためその目元は見えない。意識をしなければ消えてしまうのではないかと思えるほど静かで、悪い意味で世界に馴染んでいる。

 そんな少年へと一人の少女が近づいた。少女の周りに居た友達が所用で席を外したため、少年の姿が目に入ったのだ。少女のふわふわとしたプラチナブロンドの髪はまるでその少女の気質の様であり、大きな丸メガネがそんな気質の中に知的な面を見せているようだった。

 流石に少年も少女が近づいてきていることには気が付いたのだろう。窓から視線を戻すと、おや、と小さく意外そうに呟いた。

 

「こんにちは、カズマさん。今日も外はいい天気ですか?」

 

「ええと、トリニティ=グラスフィールさん? ……はいこんにちは。良い天気すぎて思わず寝てしまいそうでしたよ」

 

 繕った笑顔ではあったが少年、カズマ=クヴァルにとってそれはいつもの事であり少女、トリニティも、そんなカズマの笑顔がそのまま思いを表していると思っていた。

 トリニティはカズマの言葉に意外そうに目を丸くする。カズマとは多く話すわけではなかったが、物静かなところなどから、授業をしっかり聞いていそうな真面目な人だと思っていたからだ。

 

「驚きましたぁ。授業をしっかりと聞いていらしたのかと思っていたのですが、カズマさんもやっぱりお日様の下では眠くなってしまうのですね」

 

「それはそうですよ。でもトリニティさんもそうでしょう? 前の授業中に、はなちょうちんができていましたし?」

 

「え? えぇ!? えっと? 私ったら……」

 

 あたふたと恥ずかしそうに顔を赤らめるトリニティに、カズマ軽く握った拳を口元に置いて小さく笑い声をこぼした。自分の言葉に慌てる姿を見せるトリニティの姿がおかしかったからだ。

 両手を頬に置いて恥ずかしがっていたトリニティだったが、カズマの姿に言っていることが冗談だったと分かり、困ったように目尻を下げる。

 

「もう、カズマさん? 嘘をつくなんて酷いです。それに私は授業の最中に寝てなんていませんよぉ」

 

「軽い冗談ですって。そんなに真に受けてしまうと、いつか酷い勘違いをしてしまいますよ?」

 

 肩をすくめるカズマにトリニティは頬を膨らませる。ただ、そんな些細なやり取りではあったが、トリニティはカズマと過ごすその時間が嫌いではなかった。

 だがその相手はどうだったのだろう。どんな空間に居ても、トリニティの目の前に居る少年は何も感じないように見えて、なのにいつも笑っているから分からないのだ。カズマについて知っていることは、記憶を失っている、という事だけで、本当はなにを思っているのか、などという事はトリニティにも分からなかった。

 だが只のクラスメートであるトリニティはそこまで深入りするつもりもなく、大きな問題が急に発生したわけでもなかった。だからこそ、のどかな二人の会話は続いて行く。

 カズマは知らない。誰かが感情を動かす場面で、感情を動かす方法を知らない。

 そしてトリニティは、そのことに気が付く事も無かった。

 

 

 ゆりかごの様に揺れる地面は、少女は意識を夢から現実世界へと引き戻した。クリーム色なフードの下の眼はまだ眠いのか、何度か手で擦って少し赤くなっている。

 身体を預けて寝ていたところから身体を起こし、そこにそのままバランスを取りながらぼんやりと風景を眺める。魔素の濃度が高い地表ではあったが、術式によってそれを防いでいるため、ある程度寝る余裕などもあった。そのためか翠色の瞳は何度も閉じる開けるを、少女がうつらうつらと船を漕ぐのに合わせて繰り返している。

 

「ルナ~、もうそろそろ起きなきゃだめだよ~」

 

「……うっさいぞセナ。ルナは寝てなんて……むにゃ」

 

 それは傍から見れば奇妙な光景だった。一人の人間が自分に向かって自分を起こし、もう一人はそんな自分の言葉を聞いて返している。

 彼女の名はプラチナ=ザ=トリニティ。一つの身体に二つの意識がある少女であり、今はそんな二人の内一人が、夢の中へと言ってしまった。

 布に巻かれた少女よりも大きな杖を背負い、小さな寝息を立てるプラチナ。そんなプラチナの様子を居心地が悪そうにしていたのは、彼女が寝ていた床だった。

 

 

「……む」

 

「……申し訳ないニャス、もうすぐ村まで着くから、それまで辛抱してほしいニャス」

 

 

 そこに居たのは大きな赤い巨漢の男と、黒いフードにゆらゆらと尻尾を揺らしているカカ族の女だった。第七機関のサイボーグである男、アイアン=テイガーの身体は大きく、肩に居る少女が落ちぬように時折バランスを取りながら歩く様は、統制機構や第七機関に居る者が想像する赤鬼の姿と結びつけ難いだろう。

 時折軽く飛んでプラチナの後ろを支えるのは黒いフード姿のトラカカだった。深い眠りについていたためか、なかなか起きぬプラチナに呆れていたところに、カグツチへと向かう際中のテイガーと遭遇した。

 トラカカとしては争うつもりもなく、獣避けとしても第七機関の赤鬼とも呼ばれるテイガーは心強い。幸い向かう場所も同じで、カカ族の抜け道という交換条件も整っている。テイガーとしても女子供を魔獣も居る森へと、そのまま放置するようなことはしたくは無かった。

 

「ああいや、不満や苦などがあるわけではないぞ」

 

 テイガーの苦い表情に対するトラカカの申し訳なさそうな声に、テイガーは肩のプラチナの姿勢を器用に直しながら答える。

 だがそこに居るのはトラカカだけではなく、夢の世界に旅立っているプラチナも居る。初めはトラカカが背負っていたのだが、テイガーが肩に乗せて運ぶと提案した。元々敵対するような立場にあるわけでもなく、テイガーのそれは彼自身のトラカカへの気遣いだろう。風貌は厳つく声質も低い男であったが、立ち振る舞い自体は紳士的な人物である。

 

「ニャス? それなら何か懸念でもあるニャスか?」

 

「……ふむ、これは話してもかまわんか。現在カグツチは図書館にLv.D警戒警報が出されている。そのことは?」

 

「ああ、他機関介入不可のアレニャスね」

 

 テイガーは少し考え任務の支障にならぬよう言葉を選ぶ。

 Lv.D警戒警報、なにか重大な事件が起きたとき統制機構によって出される都市への他機関の進入を禁止する警報である。テイガーも第七機関所属の戦士であるため引っかかるのだが、敵対している組織の言う事を聞く必要もなかった。

 トラカカにもテイガーが何を言いたいのかなんとなく察しはついた。ふとテイガーの肩で眠りこけるプラチナに視線を向ける。

 

「……今のカグツチは十分危険な場所だろう。少なくとも、観光するには不向きな場所だ」

 

 現在カグツチはある意味無法地帯でもあった。テロで混乱していることもあるが、S級賞金首に始まり、六英雄、第七機関にアークエネミーの所有者たち。おまけに在る程度の統制を取っているはずの支部の衛士が人っ子一人すら居ないとくれば、どれだけ危険な場所になっているのか想像できなくもない。

 

「無論戦う事を主にするわけではないのだろう、しかし危険なことには変わりない」

 

「その子を心配してくれるニャスか?」

 

「……戦士として最低限すら無いのなら、近づくべきではないとは思うが」

 

 テイガーは肩をすくめようとするが、プラチナが肩で寝ていることを思いだして、何もせずに歩みを進めた。

 テイガー自身と関係はないが、眠りこけているプラチナが気がかりであるという事はある。今はトラカカが、そしてテイガーが居るため安心しきっているのだろう。だがカグツチに着いてからは一人だ。無論、トラカカが世話をするのならその限りではないが、テイガーの視点からそれを想像することはしなかった。

 

「心配してくれてありがとうニャス。だけどこの子は大丈夫ニャスよ」

 

「ほう?」

 

 トラカカの断言する言葉に、テイガーは意外だと言うように相槌を打った。その根拠がこの少女の背にあるものなら鼻で笑うが、そんな愚かなことを言うようにも見えなかった。

 

「この子は獣兵衛さまに、しっかりと鍛えられているニャスから」

 

「獣兵衛? というと、あの六英雄の?」

 

 タオカカから出された人物の名前に、思わずテイガーも驚いていた。

 獣兵衛、暗黒対戦の中主力として戦った人類に最も知られた英雄の一人。その人物から直々に鍛えられたと聞き、テイガーはプラチナへと視線を移す。

 相変わらず眠りこけている。獣兵衛さまぁ、と顔をにやけさせて寝言を言う姿からは、とても六英雄の一人に直々に鍛えられたところを想像できない。

 

「まぁ、獣兵衛さまもプラチナを本当の娘のように可愛がっているニャスから、少し甘いことは否定しないニャスよ」

 

 肩をすくめるトラカカは、それ以上語ろうとはしなかった。テイガーとしてもこの辺りが切り時であると考えているため、何か尋ねる事も無かった。

 暫く無言でカグツチへと歩き続け、風の音とプラチナの寝息が二人の耳によく届いていた。だからだろう、テイガーに備え付けられた通信機から低い声が漏れ、それは二人によく届いていた。

 

 

 

『……本当の娘のように、ねぇ』

 

 

 

 低い声だった。

 本当に忌々しげに言うようなその声は、テイガーの上司のものだった。恐らくこの場にその上司が居たのなら、思春期の女子が父親の成人向け雑誌を見つけたような目つきをしているだろう。おまけにその日はハクメンが脱走した直後であり、その上司の機嫌は悪くなる一方だった。

 通信機から洩れたたった一言の上司の呟きに、テイガーは思わずため息をつく。今日はいつもにも増して無茶ぶりが来るかもしれない。哀愁が漂い始めたテイガーの背中に、トラカカは思わず同情の視線を送っていた。

 

 

―――――

 

 

 第13階層都市「カグツチ」、2200年の幕も開けるその場所はもうすぐ日も登り、起き始めた者達は新年を迎えて祝い事の一つでも行われていたはずだった。しかし市内にはまだ日も登っても居ないにもかかわらず人は外に出て、祝賀の雰囲気とはかけ離れた空気が流れている。統制機構の支部でテロがあった。ラグナ=ザ=ブラッドエッジが爆破テロを行った、など、あながち間違いでもないからこそ、住民たちは外に出て噂話が広がっている。

 階層都市上層部も同じようなものであったにもかかわらず、その場所は極めて静かだった。なぜならそこが統制機構が公にすることのできない任務の際に利用する、5番ポートへの道のりでもあったためだ。時間が時間でもあり、はずれに位置するその場所には、わざわざ街の市民は近寄らない場所であるという理由もある。

 だからこそそこで戦闘を行われていると言うのに、誰も気が付かないという事態に陥っているのだろう。

 黒い塊から砲弾のように吐き出された、黒い粘着質の物体は男の身体を捉え、その勢いのまま壁まで激突した。思わず肺から空気を吐き出して、腕を振って付着した粘着質の物体を振り落しつつも、その視線は奇妙な姿勢で立つアラクネへと向けられていた。

 

「(……んだ、これは)」

 

 空中に浮いて姿勢、形を変えたアラクネは、巨大な槍の様な形状になって飛翔する。当然その行先は男の方向であり、転がるように避けた男は深々と突き刺さりやがて元のヘドロ状になったアラクネの姿が視界に入る。その男が体勢を立て直すよりも早く、何かが男へと飛来した。

 

「蟲だと、ちっ……」

 

 男がナイフで宙を切り、地面に落ちていったのは虫だった。口だけが肥大化したもの、地面にぶつかりその衝撃で潰れているにもかかわらず、次から次へと弾丸の様な速度で男へと向かうものなど、火へと吸い込まれる蛾の如く男へと集まってくる。

 それを男はナイフで切り刻み、時には避けていなしていく。その様子を観察しているアラクネは、自らも蟲を操り男へと寄せていた。

 

「っざってぇんだよクソムシがぁ!! 後ろに下がって指揮官気取りか、あぁ!?」

 

 足元に飛んできた蟲を足で蹴り飛ばし、ナイフで切り落としながら男は召喚術式を発動した。

 初めに現れたのは蛇の頭を模した鎖の先であり、銃弾のように発射されたそれは後ろで蟲を操るアラクネへと向けられていた。

 当然アラクネもそれを回避するために宙へと避ける。それに合わせて男は鎖を掴むと、大きく振って鎖に波を造りだした。カエルを潰したような声が響き渡る。波に合わせて蛇のように動いたそれは、宙へと逃げようとしていたアラクネを確実にとらえて直撃させていた。

 

「ギャ、グギャ!」

 

 だがそれはアラクネにとって致命傷にすらならない。地面へと墜落したアラクネだったが、散らばった魔素はそのまま本体へと蠢いて戻り、元の形を作っていた。

 手元に戻した鎖を見て男は舌打ちする。ウロボロス、だがそれはアークエネミーではない。正式名、模倣事象兵器ウロボロス。レリウスとテルミが作り上げたそれは、本来求められている黒き獣を相手するための力、魂自体に傷をつけることができぬ欠陥品だった。ウロボロスによく似たそれをテルミが作り上げたのは、男の道化ぶりを楽しむためだろう。それを理解できるからこそ、その鎖を見て奥歯で男は歯ぎしりしていた。

 

「 れ」

 

 そうして怒りの感情を抱き隙が在ったところを、アラクネは見逃していなかった。

 そのほんの小さな隙をついて、戦いの余波でひび割れた地面へと潜り込み、男の足元へと移動する。形状を剣山のように変化させ身体を硬質化させたそれが、男の足元に現れた。

 

「! ……っく」

 

 その気配を察知して寸でのところで地面を蹴り飛ばすことで回避し、そのまま地面から姿を現すアラクネを忌々しく睨みつける。そうしながらも徐々に視線は自分の右腕まで持っていく。ラグナ=ザ=ブラッドエッジが蒼の魔導書を付けている場所。思わず男は舌打ちをしていた。

 

「(……蒼の魔導書が発動できねぇ、糞っ……)」

 

 蒼の魔導書は使えない。正確にはウロボロスと同じく蒼の魔導書の模造品は、ムラクモユニットと同じく境界から力を引き出す性質がある。

 そして、そんなものをただの人間であった(カズマ)に使えるはずがない。ハザマの補助があったからこそ、テルミと対峙した時には使用できたが、本来ならば人間の思考能力で発動のできるものではない。よしんば使用できても、身体を一歩動かすことすらできないだろう。

 だから自分のみの力でアラクネを撃退しなければならない。こんなこともできないのか、と。自分のプライドが男の背中を蹴り飛ばし、舌打ちを一つついた時だった。

 

 かふ、と咳き込み、男の口から血が零れた。

 

「っ!? ガァッ!? グ、なん、だ」

 

「(まずっ!)」

 

 男の急に現れた吐き気と共に、身体に火鉢を体に突っ込んでかきまぜたような痛みが、身体中を走って暴れた。頭の中でハザマの焦ったような声も、意識に持っていくことができない。それほどの痛みに、無意識のうちに男の膝は地面についていた。

 それはテルミと交戦した後に使用した、再生の術式を抱擁した薬の副作用だった。かつてイカルガ内戦の最前線で使われていたそれは、痛みを緩和するために薬を使わなければならないほどの副作用を持っている。ハザマの躰は既にボロボロであり、無理やり再生の術式によって傷を癒した。だが、それに伴う痛みは取れてはいなかった。

 

「(こんな時に痛み止めが切れますか? ……まずい、アラクネさんは……)」

 

 ハザマ自信にも情報が入らない。視界自体は男と共有しており、今男が蹲って地面しか見ていない以上、視野に入れることなどできるはずが無かった。

 そして先ほどに比べ大きすぎる隙は、隠れたアラクネを見失うには十分すぎる時間だった。戦闘中であり、敵を見失うなど殺してくれと言っているようなものだ。

 男の頭の中が真っ白になり、次の行動が浮かばない。テルミならばここを何の苦も無く、たとえ術式を発動するための魔素すら無くても切り抜けられるだろう。だが、今の男にそれができない。

 

 当然だった。遥か昔の話であったが、ほんの数匹の半獣人相手に逃げることしかできなかった男が、幾人もの咎追いを喰らっているバケモノを相手取ることなど、できるはずが無かった。

 

 

「蒼、蒼だ! ク キキキキ キキィ! あぁ う食べ しまいた! いただ ます!」

 

 

 男の視界が真っ黒な何かで塞がれる。男の身体全体を包み込みこまれたとき、とっさに動いたのはハザマだった。術式を計算し、身体の表面に術式障壁を造りだすと、酸をこぼしたようにスーツを穴あきにするアラクネの体液を防いだ。

 今の躰の使用者は男であって、思考の一つに過ぎないハザマであったが、独自で術式を打ち込み発動することはできる。身体の使用権を奪い返してから行動していれば、アラクネの腹の中でスーツの一部と同じように溶かされていただろう。

 

「クソ!クソッ!クソがァ! どうして俺が、俺はテルミだろう!? こんなゴミ屑相手に、何をやってんだ!?」

 

 薬の副作用の痛みで身体はろくに動かすこともできず、皮膚が溶ける痛みは拷問のようであり、口からは泣き言の様な言葉が漏れるだけだった。

 男自体に何かができたわけでもない。せいぜい純粋な少女を言葉巧みにだます程度の事だけだ。ただテルミがその身体を動かしていたからこそ、六英雄として存在できていたのであり、自身がそのテルミでないという現実に気が付いた以上、身体を動かしていた幻影、イメージが存在しない。迷いなく動いていたはずの躰は、カズマという少年の判断で動かすしかなく、ぎこちない動きだけしかできなかったのだ。

 ハザマは冷静に状況を見据え、身体の使用権を自分に映そうとした。今の男が満足に動けるはずもなく、この薬の副作用にはある程度慣れもある自分ならば、抜け出して逃げる程度の事は出来るだろう。そうして行動しようとした時だった。

 

 

「ッ、ガァッ!?」

 

 

 黒一色だった視界が一瞬で無くなって、身体へと衝撃が訪れる。アラクネの粘液によって溶かされたスーツはボロボロで、衝撃に流されるまま男は地面を転がった。

 声も出ず上下左右も分からなかった男の頭が、自分がアラクネによって吐き出されたのだと理解する。もしも周りに人が居てその様子を言うのならば、味のなくなったガムを吐き出すようだった、と答えるだろう。

 

「キ マ蒼 ゃない。いらな 」

 

「……テ、メェ」

 

 男が激痛の中投げ出された四肢に力を込め、緩慢な動きで顔を起こす。

 アラクネの白い面からは表情はうかがえない。ふい、と後ろを向いて元来た下水道の入口へと向かっている姿を見れば、男に対して興味を失ったと言っていることと同じだった。

 それを男は眺めていることしかできない。下水道にアラクネが入る直前、白い面が確かに男の方を向いて言葉を出した。

 

「キサマ サマキ マ知って か? 少女 黒しか選ばな 。偽物のキサ など、振り向く価 すら い欠陥品だ。キキキキキキ!」

 

 アラクネの言葉には確かに嘲笑があった。無様な姿を晒しているその存在が、いかにもおかしいと言うように仮面が揺れてその言葉は出されていた。

 

「待ち、やがれ、テメェ」

 

 アラクネの言っていた言葉は所々が切れていて聞き取りにくい。だが、その嘲笑は男にも伝わっていた。

 体の中を暴れる痛みの中で身体を動かそうとしても、僅かに震えることが精一杯だった。消えていく影をただ眺めることしかできず、男は力を入れることすら諦め、地面に倒れ伏す。

 

「俺を……偽物と呼ぶんじゃ、ねぇ」

 

 

 すでに身体も男の精神も限界を超えている。そんな言葉を残して、男は意識を失った。

 

 

―――――

 

 

 光が差し始める明け方、男が倒れた場所に近づく影が在った。とある事情で統制機構の支部へと朝早く訪れたその影は、そこに倒れた男の事に気が付いて慌てて駆け寄った。

 大きな男だった。顔には斜めに交差した傷跡が残り、首元には赤いマフラーのような布で巻かれている。引き締まった体はその男が戦士であることを物語っていた。

 

「やや! ……これはむごい有様でござるな……と、いかぬ!? おいおぬし、息は有るでござるか!?」

 

 

 

 

「……生きていますけど、死にそうなので助けてくれません?」

 

 へら、と倒れた男、ハザマは軽い笑みを見せた。




アラクネのボイス集は何気に面白いです。
いまさらですが、ハザマさんはゲームにおける2Pの同キャラという位置づけです。

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