統制機構諜報部のハザマさん   作:作者さん

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自己解釈が多く含まれます。


すてーじ8

 一方的に切られた通信に、私は思わず奥歯で歯軋りしていました。

 勝手な行動をとられた事に面倒だと思うことと、無関心であることがいっぺんに溢れ出し、また違和感に対して目眩が起きたからです。

 

「おーおーおー、ヤベーなおい。独断行動なんて面倒なことよくやるもんだな、お前の部下は」

 

「…………あなた…は?」

 

 額を押さえて窯を背に立つ目の前の存在を睨みます。

 ダークグレーのスーツに緑の髪を隠す帽子。そしてその表情には三日月のような笑みが張り付いていました。

 『彼』が何か。 頭の中では理解してはいたのでしょう。もしも私が普通の状態だったとしたなら、気楽に話し掛けていたのではないでしょうか?

 ですが今はそれができない。『私』という感性が不明確なものとなって認識できない今の私は、不安定な状態であるのでしょう。

 

「あん? なんだよハザマちゃん。七年間もずっといたのにそいつは悲しいじゃねぇか」

 

 ……成る程亡霊、ですか。言い得て妙ですね。今までともにいたかもしれない存在、名前だけは知っているかもしれないその存在へと尋ねました。

 

「貴方が『テルミ』ですか?」

 

「ああ」

 

 かつて、私の身体に亡霊が居るという医者の話は的中していたようです。

 目の前の存在には気配がありません。魔導具を使用しているようにも見えず、私は目の前の存在が『存在していない』と認識しました。

 ……性格が悪いとは思ってはいましたが、話さなくても目の前の笑顔の形だけでもその事は納得できますね。

 頭痛を伴いながらも、机に寄り掛かっていた身体を起こしました。

 ……妙ですね。私、という存在は目の前の人物に何も思いません。そもそも何かに対して何かを思うことができません。

 

 何が喜びで、何が哀しみで、何が楽しみで、何が…………

 

 

「そういう俺の『人形』は、いつまでそうして遊んでいる気なんだ?」

 

 

 そろそろ操り糸を直す気にはなったのか?

 そう続いた言葉よりも、私の中に残ったのは文の中の単語だった。

 

 『人形』と。

 『彼』は私へ楽しげに嘲笑(わら)いかけた。

 

「人…形?」

 

「そう、人形だよ。お前っていう存在は元々俺がこの世界へと存在するための器だ。……だっていうのにお前は俺の器を満たして突然に現れた。まあーこいつはレリウスのミスだ。あのオッサン、適当に機能やら実験やらやったから、お前っていう魂ができたんだろ。お前を責めるつもりはねぇよ」

 

 ぐしゃりと、影が身体を飲み込むかのように、『彼』の言葉が私を侵食していく。

これが感情で表すならば『哀』なのだろうか? 誰もが探していたはずの存在理由は、目の前の存在のためだったのか?

 声が、がらんどうに響く声が、『私』という存在を崩していく。

 

「『窯』の上に建てられたこの場所なら、一時的とはいえお前が『蒼』に覚醒することもできる。現に干渉術式を展開しなくても、俺はお前の前に存在してんだろ? いやー苦労したわ、俺がいろいろやっても大丈夫な場所探すのは。ぶっちゃけ役立たずの窯なんてそうあるもんじゃねぇから。今じゃなかったら俺からお前に伝える意味もない」

 

「……貴方は……『何』ですか?」

 

「何者、じゃなくて何と来たか。へ~、知りたいのか?」

 

 正直、ここで実行に移すための苦労話は、耳の中に入ってこない。

 ただ、ここにいる私はやらなければならない。

 気が付いてしまった。今の私には足場がない。

 私、という存在を確立させるための足場がない。何者かも分からず、身体的の感覚はあるのに世界という存在に刺激が無い。

 

 『私』という魂が体から抜けたように感じた。

 だから取り戻さなければならなかった。感情を、そこから抜け落ちたものを。

 

 

「『はぁ? 『取り戻す』? お前本気でそれ言っちゃってんの?」

 

 

 私の考えた言葉に『彼』は本気で呆れたように答えた。

 なぜ、とは聞けなかった。それよりも『彼』が私に答えを返す方が早かったからだ。

 

「あ、今なんでって思った? 分かって当然だろ? 『俺はお前』だ。俺のことを俺が分かんねぇ理屈があるけ無ぇだろうが! そ・も・そ・も、別に俺は何も奪っちゃいない。お前が俺を見て感情ってやつを模倣していただけだ」

 

 私の感情が、模倣?

 私の意思を無視して彼の言葉は続く。

 

「ぎゃっははははははははは!! そうだその通りだ! 今の今まで気が付かなかったのかよチョーウケる! お前はただ染まったと思い込んでいただけだ。俺という存在が唾棄した感情。それをお前の魂が得てその色を模倣した。一般論理を基調にした偽りの色。こうであるだろう、という外界からの刺激を俺の捨てた感情にフィルターを通して見ただけの世界、それがお前の持つ全てだ。お前が作り出した線引きなんてものは全て偽物なんだよ。

お前、ここまで言ってなにも分からないのか? 何色でもなく何色にも染まっていない無色。そうだ、お前にはもともと感情自体存在していない。奪う、とお前は言うが俺は返してもらっただけだ。

なあ、そろそろいいだろ? お前の『嘘』の世界を見るのはもうやめだ。そろそろ返してもらう」

 

 ニヤリ、そう『彼』は三日月のような笑みを見せる。伸ばされた手は私の頭をつかみ、私の視界は掌によって塞がれた。

 その瞬間、帰ってくる。無色だったはずの景色に色が付きました。

 『彼』の言葉に対して持った絶望、哀と呼ばれる感情、それが溢れだしていたのです。だから、理解してしまいました。

 

 今の私、というのは嘘、嘘でしかない。

 

 この身体もそう、この世界を見ることも、この世界に寄せる感情も、それは私ではなく本能的に『彼』を通した世界でしかないのです。

 

 私は、自身が『無色(わたし)』であることを知ってしまった。

 

 記憶喪失だと考えていたのは、無意識のうちにそのことを頭の片隅に置いていたからでしょう。

 ですが、レリウス大佐によって造られたこの身体にはもともと記憶はなく、ただ技能だけがそこにありました。

 魂に色が無く何も感じない。それは足元が無であり、どこまでも落ちていくような恐怖がありました。だから、『彼』の差し出された手は甘美に見えたのです。

 

「次元干渉虚数方陣展開」

 

 『彼』が呟いたその瞬間、私という存在に新たな色が混ざりました。

 自身の作り出した『蒼の魔導書』。境界へと触れ蒼の力を取り出す様に、『私』という存在のあるべき姿が、そう

 

 『彼』が、世界に蓄積された彼の智が境界から流れ込んでくる。

 

 私の周りの空間へと魔方陣が展開されていました。

 なんと、綺麗な世界なのでしょうか。その世界には『嘘』が無い。私という存在が、私が、『無色』であるはずの私が見る世界が、嘘ではない。

 当然でした。この世界を見ているのは『彼』です。『彼』が見ているからこそこの世界は本物へと変わっていきました。

 喜び。『彼』の見る世界は『彼』の喜びで満ち溢れています。

 私が、『彼』となっていくのが感じました。でも、それが私はとても素晴らしいものだと思ったのです。

 

 そこに感情と言う名の色があるのですから。

 こんな、偽物ではなく、本物の世界を見ることができるなら、偽物である私は…………

 

 『彼』の手によって塞がれた掌の中で、私はゆっくりまどろむように眼をつぶりました。

 ひどく眠いのです。暖かい意識の中に私が溶けていくことは『本当』であったから、それがとても心地よいものであったから、

 私は、このまま、『彼』に………

 

「やれやれ、あと少し、といったところか」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 魔素の黒い塊が最後に残り、被験者達が黒い塊の餌になろうとしている。

 今回の実験は強い魔素中毒者に肉体を与えること、そしてどこまで生物兵器として利用できるかの実験らしい。

 生物兵器とされるのは、今回被験者達を喰らい人ぐらいの大きさとなった黒い塊だろう。

 半液体状の身体を纏めるように頭の部分には白い骸骨の仮面があり、その姿は見方によっては布にも煙にもスライムにも見える。

 次にその黒い塊が眼を付けたのは、その被験者達と言う名の食料だろう。

 それを思い返す前に、私はダストの入口を拳で突き破り、部屋へと飛び降りた。瞬間、被験者と黒い塊を遮っていた強化ガラスが左右へと開いた。

 突如現れた私という存在に誰もが眼を白黒している。それを無視して動く存在は二つだった。一つは私、もう一つが食欲のみで動く黒い塊だ。

 強化ガラスで遮られていた被験者達へと、黒い塊はぐちゃりと音を立てて飛び込んだ。黒い塊の腹に当たる場所が開く。そこには獣の口のように無数の歯が存在していた。

 その様子を見た被験者は恐らく恐怖があったに違いない。だが、その歯が到着する前に、私の拳が顔に当たる部分へと突き刺さっていた。

 

「ーーー!!?!?」

 

 壁に投げつけた泥団子のように黒い塊は壁へと激突する。 手に付着した液体の臭いに私は思わず顔をしかめた。獣を素手で殺したように、手に着いていたのは黒く変色した獣の血だった。

 白い骸骨の面がこちらへと向く。体勢を整えるのに使われたのは人間の足の骨だ。ゴミ袋から鋭利な廃材が突き出るように、その身体からは無数の長い骨が見えている。

 

「お前 ぜ、 たしの邪 を る?」

 

 ノイズまみれのラジオみたいに聞き取りにくいその声に、私はふんと鼻をならした。

 目配せしたのは後ろにいる被験者たち。数は3人で全員少年少女と呼べる年代の子供だった。眼には光が無く、虚ろだった。

 次に目配せしたのは、上から見上げてくる研究者たち。殆どの人が白衣を着て、私と言う存在を対処するために、慌ただしく動いている。やがて耳障りな警告音とともに、赤いランプが辺りを囃し立てた。

 続々と集まってくる気配と、目の前の私へと標的を変えた黒い塊に私は小さく舌打ちをした。

 この研究所で雇っていた傭兵か、それとも警備員か。駆けつけてくるかもしれない。

 どちらにしても関係ない。ハザマさんには悪いけれども、もう行動は起こしてしまった。あとは生き残るだけだ。

 

「あなた……だれ?」

 

 被験者の一人である黒髪の少女がそう私に訊ねた。

 

「統制機構です。あなたたちの保護、救助に来ました」

 

 私は小さく微笑みそう返した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 実験室へと現れた一人の侵入者を、その老人はモニター越しでその様子を見ていた。頭は全て白髪へと変わり、よれよれになった白衣とその身体に刻まれた皺は生きてきた年代を想像させる。

 その男はこの研究所の所長だった。けたましく鳴る警報の音にも、視界を阻害するような赤いランプの警告表示も、興味を持った様子はない。

 ただ実験が止まってしまったことに対して、残念だと思う程度が今の男の現状だった。

 

「所長! なにを悠長にしているのですか! ガサ入れが入ったんですよ?! ……くそ、役に立たない傭兵どもめ、なにをしていたんだ!」

 

 そんなことは言われなくてもわかっている。

 生粋の研究者しかいないこの場所では、あの侵入者を処理すればどうにでもなるということに気が付かないのだろう。改めて自身の研究気質と周りの無知さにため息が出る。

 だが、男も内心ではもう潮時とも考えていた。施設の周りには非合法ではあるが守るだけの戦力は揃えている。だが、中への干渉はまた別の話だ。

 この施設は統制機構の法に照らし合わせるならば、非合法であるわけではない。なぜならこの施設は今なお、統制機構の管理下の場所なのだから。無論、実験が合法であるわけではないのだが。

 本来この施設は窯の調査と、魔素に関する研究を行う場所だった。だが窯の存在とその叡智、『蒼』へと惹かれてしまった男が居た。それが、この研究所の所長だ。

 研究者としての探究心、そして蒼の引力によって魅せられた。そこから実験はエスカレートしていったと考えてもいいだろう。

 

「……所長!聞いているのですか!」

 

「聞いておる。少し黙るといい」

 

 ほかの連中はとっくに地下の避難所へと行っているのだろう。傭兵たちもそこへと行ってしまった、もしくは逃げたかもしれない。どちらにしても無駄なことだと考えた。統制機構の汚物は統制機構が処理をする。

 今更逃げる程度であの師団から逃げられるとは到底考えることなどできようもない。帝の近衛となるための衛士が経験する場所、その師団の戦力は他の物とは比べ物にならないのだから。

 

「ふむ……今宵も蒼へと到着することは叶わんか」

 

 境界を除いた結果知りえたことはどれも同じだった。ただこの世界がいつまでも繰り返し、いつどの場面でも自分という存在はこの場所で朽ちていく。変えようのない事実。そこまで気が付いただけでも、この所長は世界の真実に近づいていたともいえる。

 ただ、今回侵入者がひそかに入り込んでいたのは想定外ではあったが。あの師団ならば隠密なんてものは関係ない。処理のために時には殺害さえも辞さないだろう。本来そういった部隊なのだから。

 となりで何か話しかけてくる研究員の声が無くなった。見れば、その喉からは鋭利な刃の切っ先が顔を見せている。

 その数秒もたたないうちに、それを取ろうともがく研究員の頭に新たなナイフが突き刺さった。

 

「こーんにーちわー。ちっとゴミ処理に来たんだけど、まだ生きてっかジジイ?」

 

 横にスライドするタイプのドアをわざわざ蹴破り、入ってくる声が一つ。

 毒々しい緑の頭は帽子で覆われており、身体はダークグレーのスーツで着こまれている。

 印象に残ったのは男の顔に張り付いている三日月の笑みだ。相変わらずだ、と男はごちると、椅子を回してゆっくりと対面した。

 

「ふむ……今回は些か早かろう。前回よりも十八分二十五秒も速い。私用でもあったかな?」

 

「今回も、ってことはジジイも相変わらず辿り着いたわけだな。ま、ベタな言葉で言うなら、これから死ぬのに能書きもなにも必要ねぇってことだ」

 

「カカッ、それもそうだ。テルミ、悪党らしいセリフは貴様が言うとやけに様になる」

 

 男は理解していた。

 自分はこの世界を微塵とも動かすことはできず、ただ蒼に魅せられた愚か者が居た、という記憶だけがこの世界に残ると。

 蒼に惹かれ流れ込む知識に意識も体も崩壊した者を今回の実験に用いた。殆どの者は既に汚染はC、もしくはDまで進んでいる。もとに戻る術は存在しないだろう。

 

「テルミ知ってるか? この研究所は魔素を使った人間の進化実験を主としていた」

 

 片手で椅子の横にある情報端末を操作する。

 

「だがそれは、他の実験動物で成功例が出たからこそ、進化できるという仮定は存在する」

 

 辺りに紫色の警告灯が視界を埋め尽くした。

 瞬間、壁だと思われていた場所が上下に開き、そこに空洞ができる。

 そこから見えたのは無数の光る眼、生きたものの存在がそこから溢れテルミの周りへと姿を現した。

 

「……魔獣、ねぇ。俺様が獣クセェのは嫌いだってわかってやってんのか?」

 

 そこには、黒く汚染されたオオカミ達がいた。

 大戦期、黒き獣の存在によって汚染された獣たちの末路。現在は魔素に対して抵抗のある動物も増えたが、それを無視して人工的に魔獣をつくっていた。

 呆れが全部で埋め尽くされたテルミは、大きくため息を吐いた。スーツのクリーニングだってただではない。汚したくはないというのが本音である。

 

「ああ。この世界に不要な、どこにも棄てられない廃棄物たちだ。貴様も暇だろう。これらの処分は貴様に任せるとしようか」

 

「ケッ、まあジジイがここで死ぬことは変わり無ぇんだけどな。さっさと死んどけクソジジイ」

 

 なんの殺意も無くテルミの手から放たれたナイフは、吸い込まれるように男の頭へと突き刺さる。

 自分にナイフが刺さった、と気が付いたのは死ぬ直前にテルミがため息をついているのを見た時だ。

 この体も、魂も、蒼へと回帰する。なれば今度こそ蒼へとたどり着けるかもしれない。

 男が思考を動かすより先に、体のすべての身体機能が止まるほうが早かった。

 

「さてと、窯の情報も研究員も全部殺った。あとは……ゴミ処理部隊に任せるとするか」

 

 テルミは周りの魔獣たちを一目見て、大きく溜息をついた。

 


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