拷問官が拷問をためらう話   作:奥の手

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翌日に更新しちゃう不定期更新。


第二日目 バランスのいい恐怖心

 昨日新しく担当することになったヌノの名は「バルトリア」という。

 明らかに偽名だ。バルトリアというのは人族の治める土地の南側に伝わる神話に出てくる神の名だ。確か復讐を司っていたはずだ。

 

 どのような意図でそう名乗ったのかはわからなかったが、名を吐いた時の表情でそれが嘘だということはわかった。

 そして家名は言わなかった。家名がわかれば周辺地域の捕らえたエルフ族と照合して、関係性を割り出せるのだがそう簡単な話ではなさそうだ。

 

 先は長いが、焦る必要はない。すでに前線の勇者一行は先日よりだいぶ先へ戦線を押し上げているらしい。山一つ消し飛んだ大魔法使いとの戦闘の甲斐もあってか、魔王軍幹部クラスとの戦闘はここ数日起きていないそうだ。

 

 だからと言ってあぐらをかくつもりはないが、ひとまず焦って情報をかき集める必要性はないということだ。その分正確で上質な情報を望める。

 

「さて……とりかかるか」

 

 バルトリアを収容している部屋の前についた。

 尋問室と収容室は別になっている。多くの場合ヌノは尋問中に体液を垂れ流すので、疫病対策の一環として分けてある。

 バルトリアも例に漏れず収容室と尋問室は分けてある。尋問室はこの部屋から出て廊下を挟んだ向かい側なので、囚人服の袖や裾が余って歩きずらかろうと大した問題にはならない。

 

 収容室の扉の鍵を開けて、ゆっくりと開いた。

 

「起きろ、バルトリア。尋問の時間だ」

「あ…………はい。おはようございます」

 

 薄汚いマットレスを置いただけの鉄製のベットに、擦れた小汚い毛布にくるまってバルトリアは横になっていた。相変わらず麻色の囚人服は大きすぎるのか、手も足も露出していない。かえって暖が取れていいのかもしれないが。

 

「眠れたか」

 

 俺の質問に、バルトリアは起き上がりながら返事に困った。左足首に取り付けられた鉄製の足枷が音を鳴らす。

 

「…………あまり、眠れませんでした。その、他の方の悲鳴が……」

「そうだな。この施設にはお前以外にも大勢の魔族が収容されている。昼だろうと夜だろうと、スケジュール通りに尋問は行われる」

 

 バルトリアの目元には、確かに若干のクマが浮いている。前線からこちらに運ばれてくる時にも満足な睡眠など与えられなかっただろう。

 他者の悲鳴を耳にすることは、それだけでヌノの精神力を削る作用がある。尋問室には防音機能の切り替えがあり、わざと部屋の外に悲鳴や嬌声を響かせることも、逆に一切の音を部屋の中に止めることもできる。

 

 バルトリアの部屋の付近の尋問室が、たまたま防音機能を切っていたのだろう。昨日の夜中はさぞかしうるさかったに違いない。

 

 俺はバルトリアの足枷を外し、代わりに両手を後ろに回させて手枷をかけることにする。革製の軽い仕様のものだが、縄より頑丈なためこの体躯のヌノが引きちぎることは不可能である。

 

 ベットから降りて壁に体の前面を向けるよう指示する。袖のかなり余った両手を腰の後ろでクロスさせる。

 

 バルトリアは素直に応じた。昨日初めて顔を合わせた時よりかは幾分か恐怖心が薄れているのを感じた。

 それもそうだろう。昨日行った尋問は全く苦痛を伴うものではなかった。拘束こそしたままだが、俺は口頭で質問をし、それにバルトリアが答えただけだ。あえて手にはナイフを握っていたが、それを使う場面はなかった。

 

「あの…………」

 

 低い位置の両腕に合わせるように俺も腰を落として革の拘束具をはめていると、おずとおずとバルトリアが口を開いた。

 昨日伝えたルールの二つ目には、俺が質問をしたこと以外には喋るなと伝えている。忘れているのかもしれない。

 

「お聞きしたいことがあります。発言してもいいですか……?」

 

 どうやら覚えていたようだ。許可を求めてきた。

 

「簡潔にしろ」

「はい。なぜ私を番号で呼ばないのですか……?」

 

 なるほどな。夜中に行われていた他の部屋の尋問の声が聞こえていたのだろう。

 この施設では普通、ヌノに対しては管理番号で呼称する。体のどこか見える位置に管理番号を焼印して、その番号で呼び続ける。

 名前は人族も魔族も一種の尊厳であり、その者の存在を肯定する意味がある。それを奪い、単なる数字で呼び続けることは大なり小なりヌノの尊厳や精神力を削ぎ落とす効果がある。

 

「この施設にきた捕虜や囚人には、まず体の見える位置に焼印をする。それが管理番号であり、その者は以後死ぬまで番号で呼ばれ続ける。最初の焼印が一種の儀式のようなものだ」

「…………」

 

 バルトリアが少し震え出した。

 腕の拘束が終わったので、そのまま弱い力で二の腕を掴み、ゆっくりと華奢な体を俺の方に振り向かせる。俺は膝を折って目線をバルトリアの高さに合わせたまま、その表情を観察した。

 

 青い瞳に、昨日のような恐怖心が見えていた。俺はあえて言葉を続けた。

 

「…………焼印を押されたいか? そうすれば、他の魔族と同様に俺も管理番号で呼ぶ。真っ赤になるまで熱した鉄を、そうだな、お前の場合は首に押すのがいいだろう。番号の数だけ一桁ずつ押していく。今押すなら、管理番号は五桁になる」

「あ…………い……」

 

 目に涙が浮かんできた。言葉が出なくなっている。体の震えも先ほどより大きくなった。やりすぎたかもしれない。

 俺は立ち上がりながら、バルトリアの頭に手を置いた。柔らかく、まだ艶のある髪を少し撫でる。

 

「その必要がないと俺が判断した。ヌノをどうするかは拷問官である俺の裁量に任されている。管理番号を押すもよし、名を呼ぶもよし。名を与えて呼ぶもよしだ」

「…………はい」

「お前の本当の名前がなるべく早く聞けることを願っている」

「っ!?」

 

 涙を浮かべているバルトリアの目が大きく見開かれた。俺を見上げる。瞳は揺れ、先ほどとは比較にならないほどの恐怖の色に染まっていく。

 

「バレていたのか、みたいな顔だな。残念ながら俺は拷問官としての経歴が長い。お前たちとの戦争が始まる前から、人族も魔族もこの手で搾り上げてきた。嘘を言っているのか、本当のことを言っているのかはある程度わかる。そのつもりでいろ」

「は…………はい。ごめんなさい」

 

 ひどく震えた声で、バルトリアはそれだけを押し出した。

 嘘が通用しない。しかしやろうと思えば本当の名前を無理矢理にでも聞き出せるのに、それをしてこない俺のやり方に、底の見えない恐怖を抱いている。

 

 なまじ頭の回る小娘だ。さまざまな可能性を自分でこねくり回しているのだろうが、経験と知識に裏打ちされた〝尋問〟のやり方には疎いだろう。

 

 本当の名前をいま聞き出さないのは、その必要がないからだ。偽名を名乗ったということは、このヌノは〝本当の自分ではありたくない〟と心のどこかで思っている。それは一種のこの状況に対する反抗であり支えである。

 その支えをへし折るのは容易い。しかし、精神的に未熟な者のそれを折り、取り上げることはどのようなリスクにつながるか未知数である。

 

 端的なところ、追い詰めすぎると壊れる可能性がある。そうなっては厄介なのだ。精神が壊れたら情報は抜き出せない。壊してはいけないのだ。

 バルトリアにそこまでの事情は汲み取れないだろう。それを教える必要もない。ちょうどいいバランスで怖がっているくらいが望ましい。

 

「いくぞ。足元に気をつけろ」

「はい……」

 

 バルトリアの背中を押して、収容室から向かいの尋問室へ移動させる。

 数十センチ余ったズボンの裾を引きずりながら歩き始める。俺はバルトリアの背中から手を離し、拘束している腕に右手を回した。

 

 転けたら顔面から打ちつけることになる。…………一応支えておくか。

 

 尋問室に入る。防音機能をオンにした。外には俺の声もバルトリアの声も聞こえない。

 

 安っぽい木製の椅子に座らせる。背もたれの後ろ側に拘束した両手を回して、錠前で椅子と拘束具をつなぐ。これで自力で立ち上がることもできない。

 

 足はそのままでいいだろう。

 

「さて、今日の尋問を開始する。素直に答えたら、後で飯を食わせてやる。…………その前に、喉乾いてるか?」

「え、あ…………はい。飲みたい、です」

「待っていろ。用意してやる」

 

バルトリアはこくりと頷いた。瞳から少しばかり恐怖の色が薄まったのが、よくわかった。




ちなみにバルトリアは男神です。イカつい名前だし復讐の神なので、エルフの女の子には似ても似つかない名前ですね。なんで名乗ったん……?
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