バルトリアの拷問────いや、ここまでは尋問か。これまでに二度行っているが、どうも出てくる情報の質が悪い。
というのも、このヌノがどこに生息していたのか、親はいるのか、いるとしたら何者か、親とお前は何をしていたのかなど、身辺状況を突っ込んだが「言えません」の一点張りだ。
「知らない」ではなく「言えない」と述べているところに、やはりこの娘の知性としたたかな強情さを感じる。
昨日吐いた情報は自分が生きてきた年数くらいか。16年。ここに嘘はついていなかった。となるとやはりエルフの中でも幼体であり、人間の年齢に直すと8歳から10歳になる。
当然身体機能もまだまだ未熟であり、さじ加減を誤ればすぐに死ぬ。情報を〝持っている〟確率はかなり高いので、すぐに殺してしまうのは早計な上に惜しい。まぁ、今日の尋問で今後の方針を修正しよう。
「そろそろ時間か」
昨日と同じように、太陽が登ってしばらくしてから俺はバルトリアの収容室へと向かった。
余談だが、尋問は何時間にも及ぶケースもあるがバルトリアの場合は一、二時間で終わらせている。
身体的にも精神的にもまだ一日中拘束を続けられるほど強くない。あえて長時間に及ばせて疲弊させても良いが、リスクに見合う回収があるか甚だ疑問が残る。なので、さっさと聞くことを聞いたらひとまずは収容室に返している。片足のみ鎖に繋いで、あとは部屋の中を比較的自由に動けるようにしている。ベットで寝てもいいし、ベット前の少しの空間で適当に運動をしてもいい。壁には魔力拡散の魔石が埋め込まれているので魔法は使えない。
昨日まではあくまで様子見であり、恐怖心と服従心とのバランスを測っていた。やや恐怖心が強く、服従心は薄い。反抗心は…………どうだろうな。「言えない」という言葉選びから察するに、強い反抗ではないのだが少なくともこのままでは平行線で情報は吐かないだろう。
ゆえに今日は少し責苦を与えてみよう。損壊しない程度に。
そう思いながら収容室へと入り、ベットの上を見た。
「…………? バルトリア、時間だ。起きろ」
バルトリアの返事がない。コチラに背を向けて毛布にくるまっている。ベットまで歩み寄って、毛布にくるまった小さな体を揺する。しかし反応がない。荒い呼吸が聞こえてくるのみである。
「どうした」
横向きの体の肩に手をかけて、仰向けになおす。頬が赤い。長い金髪がマットレスの上で乱雑に散らばり、数本が口元で唾液と一緒に固まっている。
俺は革手袋を外して素手でバルトリアの額に手のひらを当てた。
「…………ずいぶん熱があるな。昨日あまりパンを食べなかったのはこれか?」
机の上を見る。昨日の夜に出した食事もほとんど手をつけていなかった。否、ベットから起き上がることもできなかったのかもしれない。
毛布をめくった。むっと立ち上る湿気と臭気。失禁している。部屋の隅にはトイレがあるが、そうかそこまでの移動も苦しかったのか。
いま現在も意識が朦朧としている。俺がここにいることにも気がついていないようだ。自分が起きているのか寝ているのかもはっきりしていない。熱にうかされて苦しげな呻き声が時折上がっている。
「仕方ないか…………」
俺はポケットから通信端末を取り出して魔力を送った。事務室に繋げる。すぐに馴染みの事務官から応答が来た。
『おう、どうした?』
「俺だ。今日のスケジュールを全てキャンセルしてくれ。管理番号10122が高熱を出している」
『了解。なんだ、あのガキの看病でもするのか?」
「そのつもりだ」
『変な疫病もらうなよ』
「心配するな。もらっても教会が浄化する」
『そういう話じゃなくてな…………仕事熱心なのは結構だが、コストがかかるようならとっとと殺してくれよ』
「わかっている。処分するには早計だ。いま死なれては丸損だぞ」
『まぁお前が言うならそうなんだろう。わかった、用務官に道具を準備させる。何か必要なものはあるか?』
「飲み水と清潔な布が数枚、んで氷水、あと代えの服とマットレスと毛布か。女児用の下着はあるか?」
『ねぇよんなもん。町にならあるぞ』
「取り寄せてくれ」
『うへぇ…………しゃあねぇな。そっちは自腹だぞ。給料から天引きするからな』
「構わん」
『あと今度俺に飯奢れ。買いに走るの俺なんだぞ』
「…………わかった。いいだろう」
『他には?』
「町に行ったついでに新鮮な果物を買ってきてくれ。それとすりおろし機だ」
『マジでガキの世話じゃねぇか』
「ガキの世話をするんだよ。なるべく早く頼む。とりあえず氷水と布と毛布だ」
『おう、もうそっちに向かわせている』
「仕事が早くて助かる」
数分後、用務官が布と飲み水と氷水を持ってきた。替えの服とマットレス、毛布はこれから持ってくる。
俺はバルトリアの左足首に巻いてある拘束具を外して、その辺に投げた。鉄のチェーンが音を立てる。
その音で目を覚ましたらしい。力無くベットの上で仰向けになったまま、目だけで俺の姿を追った。
「拷問官…………さん?」
「目が覚めたか。どんな気分だ」
「すごく……しん……ど……けほっ、けほっ」
咳き込み出した。頭の後ろを手で支えてやり上半身を起こさせる。少し待って咳がおさまってから、コップに入れた水を差し出し飲ませる。
しかし両手に力が入らないのか、どうもコップを持つ手が不安定である。
「待っていろ」
いつものようにストローを出して、コップに挿して口元まで持っていってやった。虚な目で一度こちらを見たあと、何も言わずにストローを咥える。ゆっくりとだが水が減っていく。
「薬を用意したいところだが、あいにくエルフ用が無い。体力を温存することを心がけろ。できることはしてやる。だが死んだら知らん」
「わかり……ました……」
コップの中の水を飲み干して、弱々しく返事をする。俺はハンカチを取り出してバルトリアの口元を拭ってやった。唾液でべたついていた頬が綺麗になる。ついでに張り付いていた髪も後ろへ回してなんとなくまとめた。ゴムも紐もないので結ぶことはできない。
コップを預かってゆっくりとベットに寝かせる。ちょうどそこへ用務官が服とマットレスと毛布を持ってきた。
「オロさん、新品で良かったですかね?」
「構わん。そこに置いといてくれ」
「オロ…………さん?」
閉じかけた細い目で、瞳を揺らしながらバルトリアがこちらを見つめてきた。用務官がしまったという顔をしたが、俺は手を挙げて許してやった。何か言おうとしたらしいが、結局口をつぐんで何も言わず、深く頭だけ下げて足早に退室して行った。懸命な判断だ。
本来であればヌノの前で拷問官の名前を呼ぶなど言語道断だが、今回は……というよりは、バルトリアの前ならばいいだろう。想定より少し早くなっただけだ。
「そうだ。俺の名前はオロトリス・ハウバーゲン。知恵の神オロトリスから両親が引っ張ってきた。仰々しすぎてあまり気に入ってはないんだがな」
「だから…………オロさん……?」
「そうだ。親しみやすいだろう」
「はい……とっても」
赤くなったほおを少しだけ上げて、バルトリアはにこりと笑った。それからすぐに表情を崩し、どこか悲しげな、同時に何かを迷っているような顔になる。なにか、言いたげな空気感であった。
「どうした。発言を許可する」
「あ……ありがとうございます。その…………アル、です」
「…………?」
濡れた瞳の、碧く澄んだその目には高熱のため力がなかったが、確かに目の前のヌノは────エルフ族の少女はそう言った。
弱々しい、今にも消え入りそうな声で続ける。
「アル・メルコス。それが……私の本当の名前です。魔王軍幹部、第三大隊付大魔法使い〝誘引のメルコス〟と〝断罪のメルコス〟夫婦の…………一人娘です」
「…………そうか。よく教えてくれた」
バルトリア────あらためて、アルは、先日勇者一行が山を一つ消し飛ばしながら殺害した大魔法使い夫婦の名を口にした。
その、一人娘であることも。
○
この施設には事務職として女性職員も勤めているが、基本的に収容室と尋問室、拷問室がある建物には入れないようになっている。拷問官と処刑人は全員男性であり、情報統制の観点からそのように取り決められている。
なので、たとえエルフ族の少女であろうとその着替えが自力でできないのであれば俺が行わなければならない。ヌノでありこの施設にいる以上、悪いが尊厳などというものは存在しない。
「脱がすぞ」
どのみちアルの意識は朦朧としており、先ほどまで会話を交わしていたのもだいぶ無理をしてのことだった。
汗と尿で汚れたブカブカの囚人服を脱がせる。鼻に引っかかる匂いが辺りに漂っている。俺は素直に顔をしかめながら、手早く清潔な布を水で濡らして硬く絞り、アルの体を拭いてやった。
男だろうと女だろうと、これまでヌノの裸体は幾度となく見てきた。傷つけるために、壊すために。しかし、今回のこのような目的で、しかもここまで幼い存在に対して施したのは初めてのことだった。
壊すためではなく治すため。
責めるためではなく癒すため。
「痛くないか?」
「ない、です。きもちいい……」
「晩は湯を用意してやる。今は我慢だ」
「はい。あ、いえ……ありがとうございます…………」
本当に心地よいのだろう。半分寝ながら俺にもたれかかって大人しく拭かれている。
あまり長い間肌を晒していては熱も上がる。手早く拭いて新しい囚人服を着させてやる。
「下着は今買いに行かせている。届いたら履くように。自力が無理なら履かせてやる」
「ありがとうございます」
意味がわかっているのかわかっていないのか、浮ついた意識の中でアルはそれだけを返した。
新品で清潔なマットレスに、ベットカバーもつけてやった。毛布も新しく厚手のもの。ベットの上の様子だけ見ると収容室にいるのが間違いのように思えてくる。相変わらず麻色の囚人服はサイズが合っていないので大変ブカブカだが、これも新品なので清潔であることは変わりない。
洗髪はできないのでそのままだが、やはり汚れた体でいるよりは心身ともに状態がいいのだろう。先ほどより少し落ち着いた呼吸でアルは寝息を立て始めた。
俺は簡素な椅子に座って足を組み、この後の予定を考える。
「昼には果物のすりおろしと…………ミルクでも飲ませるか。今日一日は様子を見てやろう」
にしても。
メルコスのクソ夫婦────誘引と断罪の娘だったとはな。
何万人と人族連合軍を殺しまくった大魔法使い夫婦の一人娘。なるほど……それは「言えない」というわけだ。
言ってしまえば、それを人族の前で言ってしまえば、もしかすると情報云々ではなく私怨で拷問にかけられるかもしれない。いや、そうなれば虐待か。ただただ責苦を受け、地獄を見ることになる。
やはりこの娘は頭がいい。アルは、自分の両親が人族の天敵であるということを理解したうえで、自らを守るために「言えない」と言っていたのか。「知らない」と言ったらそれが嘘であると俺にわかる。
俺は〝嘘を言ったらどうなるか〟までは言及していないが、考えれば凄惨な仕打ちが待っていることは容易に想像がつくだろう。
どこまでいっても、アルは自分が痛いことをされることに絶大な恐怖心を抱いている。本当に嫌なのだろう。回る頭を使って必死に苦痛から逃れようと言葉を選んでいるあたりからも、そうであることがよくわかる。
で、あれば。
「…………頭が回っていなかったんだな。俺の名前を知れたから自分も名乗ったと、子供らしい一面も持っているじゃないか」
俺が教えてくれたから、自分も本当の名前を教えたかった。そんな感じの短絡的な欲求を満たしてしまったのだろう。
まぁ、当初の予定では今日にも有効な情報がなければ爪の一枚や二枚は剥がすつもりであった。アルの気の迷いのおかげでその必要は無くなった。
それどころか殺してはいけないことが確定した。
魔王軍幹部の一人娘。そりゃ情報の宝庫だ。あるゆる手段を使って絞り上げる必要が出てきた。
「どうするかな」
上からの命令で命を奪う可能性は限りなくゼロに近くなったが、かわりにアル本人が恐れてやまない苦痛と損壊を伴う拷問の必要が出てきたぞ。
アルが情報を出し渋ったり、その結果俺ではない誰か他の拷問官に担当が変われば、もうアルの境遇は凄惨なものになる。
「…………」
いや、まて。別に問題はないのか。誰が担当だろうと、たとえ俺が担当だろうと情報を引き出すためならあらゆる手段を講じる。何を考えているんだ俺は。
情報を引き出せるならどんな方法でもいい。痛めつけてもいいし、つけなくてもいい。あくまで手段の一つだ。それだけにすぎない。
俺は腕時計に目を落とした。昼飯時までまだあと二時間ほどある。
本でも持ってこよう。束の間の休日のようなものだ。今日一日はこの部屋に滞在する。
ベットに寄って、アルの首元までかかっている毛布を少し胸の位置に調整し、額に乗せた布を氷水につけた冷たいものと交換する。
まだ息は荒い。顔も上気している。うなされるような声が少しマシになった程度か。もしかすると二、三日は診ておく必要があるかもしれん。スケージュール調整が必要だな。
俺は蔵書室から書物を持ってくるために、アルの収容室を後にした。
仕事中に女児パンツ買いに行かされる事務官さん、メシ奢られるくらいでは釣り合わないのでは……。