アルがこの施設に来てから丸三日が立ち、今は日付が先ほど変わって四日目に入った。
口に咥えさせた体温計を取り上げ、温度を見る。
熱は下がっていない。エルフ族も人族も基本的な身体的構造はほとんど一緒であり、体温や血液量も年齢こそ乖離しているが体格が同じであれば同種のものとして扱える。
ただし違うのは魔力量や魔法適正である。体内の分泌物のうち魔力に触発されているものが存在しているという研究が近年発表されており、このことから従来の薬は人族には有効であるが他の種族には効きずらいという報告がある。
だが…………。
「アル、調子はどうだ」
体温計を取り上げる時に目を覚ましたアルに、今の状態を直接尋ねた。
アルは上気した頬をわずかに上げて、少しでもにこやかに答えようとした。
「しんどい、ですけど…………りんごとハチミツ、おいしかったです。あったかい布も……。あり……がとう、ございます……」
息も絶え絶えでそれだけを言うと、再び気を失うようにして眠りについた。
あまりにも熱の高い状態が続いている。昼食と夜食には果物をすりおろしてペースト状にしたものと、ハチミツを混ぜて食べさせてやった。温かいミルクも飲ませた。夜には湯に浸した布で体を拭いてやり、これで衛生面と接種している栄養自体の不足はなさそうだが。
いかんせん体に入っている疫病の原因がしぶといのだろう。アルが自力で回復できる気配がない。
高熱が続く状態を放置していて良いわけがないのは、医学に明るくない素人でもわかる。
「…………」
かくなる上は人族が使う解熱剤を使用してみるか。効果はなるべく早く、そして高い方がいい。
通信端末に魔力を流して用務官に連絡を取る。
「持ってきてもらいたいものがある」
『なんなりと』
「解熱剤を頼む。坐薬タイプのものだ。あるか?」
『ございます。しかし、エルフ族用のものはありませんよ』
「人族ので構わん。大人用のものを持ってきてくれ」
『かしこまりました。すぐにお持ちします』
○
用務官が持ってきた坐薬を、清潔なナイフで斜めにカットした。
ひとつ丸ごとは大きすぎる。副作用もどれほど出るかわからんし、そもそも効く保証はない。
だがやるなら経口接種のものよりこちらの方がマシだろう。口から飲ませたのでは本当に効果が期待できない。
「アル、薬を入れる。横向きにするぞ」
返事はない。意識が完全に刈り取られている。かえって都合がいいかも知れない。
この年齢のエルフに羞恥心というものは薄いように感じる。体を拭いていても嫌がる様子は微塵もなかった。
熱のために判断力が落ちている可能性もあるし、個体によって程度の差はあるだろうから一概に断定はできないが。
何にしてもエルフ族について研究している機関に報告しても良い事案かもしれない。
ズボンと下着をずらし、足を抱き抱えるように折り曲げさせてから坐薬を入れる。数秒抑えて手を離し、出戻りしないことを確かめてから服を着させて仰向けにした。
「…………」
アルの顔を見ると、起きていた。浅い呼吸で胸が上下している。俺は毛布を首の下まで掛け直してやり、湿った布で自分の両手を拭った。
「…………な、何を……?」
アルの力無く開かれた目に困惑と動揺と恐怖がない混ぜになったものが浮いている。毛布の下で右手をゴソゴソと動かしている。
「下着の中は触るな。薬が出るぞ」
「え…………え……? 薬……ですか?」
「坐薬という言葉に聞き覚えは」
「あ、ありません……薬、なんですか…………?」
「そうだ」
アルの表情から恐怖心と動揺は薄れていった。しかし未だに自分の身に何をされたのかを理解していない様子であり、毛布の下ではゴソゴソと手が動いている。
「あの、薬って……飲むんじゃ……」
「坐薬は肛門に挿入して直腸から吸収させる。口からでは肝臓を通すため成分が全身に届きにくい。そして遅い。あまり長く苦しみたくは無いだろう?」
「え……お、おしり……」
アルの顔が赤くなっている。一瞬薬の副作用かと焦ったが、すぐにその表情変化が羞恥によるものであるとわかった。
そうか、この年齢でも羞恥心はあるのだな。研究所への報告はもう少し観察結果が溜まってからにしよう。
「あ、の…………おしりに……え…………?」
「エルフ族にはそのような使い方をする薬がないようだな。入れたのは当然人族のものだ。効果が出れば明日の朝には熱が下がる。副作用が出たら…………そうだな、その時は最終手段だ。教会の連中に世話になるだろう」
「う……いや……その…………オロ……さん? あの……えっと……」
熱に浮かされている頭で必死に言葉を選びながら何かを訴えようとしている。何を主張しようとしているのかあらかた予想がつくので、先に黙らせておこう。
「お前はこの施設の囚人であり、残念ながらお前に外の世界のエルフ族と同じ扱いはできない。人族の言う〝人権〟はお前たちに適用されないし、必要があると認められればお前は全裸で過ごすことになる。辱めを受けることは、囚われた者の運命にあるとも言える。諦めろ」
「…………はい」
熱のためか、それとも羞恥のためか、ひどく赤面した顔に毛布を被りながらアルは表情を隠した。しかしすぐに透き通った碧い目だけを出して俺を見上げ、消え入るような声で静かに呟いた。
「でも…………貴重な薬を使ってくださって、ありがとう……ございます。頑張って、元気に……なれるように、します」
「五時間経っても熱が下がらなかったらもう半分を入れるだけだ」
俺の一言に、目に涙を浮かべながら今度こそ顔がすっぽり隠れるように毛布を引き上げたアルは、小さく震えながら押し黙った。
俺はベット脇の簡素な木椅子に腰掛けて、蔵書室から持ってきた本の続きを読むことにした。
「…………窒息するから顔は出しておけ」
アルの毛布をずらして顔を出させる。両手で顔を覆っていたが、気がつくとそのまま寝息を立てていた。
子供に解熱剤飲ませても熱が下がらなかったときはだいぶ焦りますよね。
39℃超えてたら坐薬使うイメージです。苦しむ時間は短いほうがいいからねぇ。
でもエルフに効くかな……?