猫の記憶・2   作:如月駅の猫


原作:あるけみすと
タグ:
猫の過去の記憶。辛く、苦しく、救われない記憶。

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猫の記憶・2

どうやらこれも、猫の記憶のようだ。

どんな記憶よりも強く頭に焼き付けられていて、どんな幸せよりも深く、心に根付いている記憶。

 

 

猫がまだ、はじまりの町を知らない頃。

当時、猫は人間の言葉を理解はしていたが、話す事は出来なかった。

それも当然、同じ体ではないからだ。あらゆる構造が人間のそれとは異なる。

 

人でもないが、猫としても不完全なこの体。

まるで、猫の形をした、なにか……。

 

ナニカ……アレらと似た、アレと同じ……?

 

〈まも"なク、ョん番セ------、電------------ィ---線の、--------イ〉

猫が微睡んでいると、お馴染みの、途切れ途切れで意味不明なアナウンスが流れた。

 

また誰かが来たんだ!

そう思った猫は、体を起こし、やってくる綺麗な電車を見守る。

 

電車が不自然な挙動で止まると、扉が空いて、現れたのは……。

 

 

「……ここっ、どこ……?」

若い女の子の人間だった。少女と呼ぶのがふさわしいだろうか。

 

これくらいの人間は大抵猫が好きだ。だから、蹴られたり、罵倒される不安もないだろう。

安心した猫は、不安そうに駅を見回す彼女の前にぴょんと飛び出し、

「ニャァッ」

と鳴いた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

想像の5倍悲鳴をあげられ、猫も思わずその場で飛び上がる。

 

「あ……ごっ、ごめん、びっくりしちゃったよね。」

少女は猫を優しく撫でた。

 

ゴロゴロ……と喉を鳴らす猫を見て、少しではあるが、不安が紛れたようだ。

 

「……ねぇ、きみ、ここがどこか知ってる?」

 

「ニャーァ!」

 

「……なんて言ってるか、わかんないや。ごめんね……。」

 

「ニャ~……」

 

「とにかく家に帰らなきゃ。帰る方法を探さなきゃ」

 

歩き出す少女の後について行こうとしたとき、ふいに猫は違和感を覚えた。

ふわっと香った少女の匂い。その匂いを嗅いだ時、猫は、こう思ったのだ。

"美味しそうな匂い"だなぁ、と。

 

猫が徐々に狂い始めたのは、ここからだった。

 

「うーん、エレベーターは止まってる……線路を歩いて出るしかないのかなぁ……」

 

少女は一通り駅を隅から隅まで歩き回り、出口がないか探していた。

状況は芳しくない。

階段は見つかったものの、その先の改札らしきところはモヤがかかっていて何も見えず、反対側のホームに向かうこともできない。

少女は途方に暮れていたが、諦める様子はなかった。

 

「ううん……電車で来たんだから、帰りも電車で帰れるはず。そう思うよね、猫ちゃん!」

 

「ニャーン!」

猫が元気よく返事すると、少女は微笑み、電車を待つためベンチに座った。

 

 

 

 

……それから、どれだけの時間が経っただろう。

昼も夜もないこの空間で、猫と少女は遊んだり話したりしながら電車を待ち続けたが、電車は一向に来ることはなかった。

 

それまで無言だった少女が、ついに口を開く。

「……おなかすいた……。」

 

それもそのはず。彼女と猫は気付いていないが、もう1日は経過しているのだ。

 

「……ニャーッ!」

猫はベンチから降りて、駅の床に放置されていたリュックの中からいちばん新しい見た目のものをくわえて、少女の近くに置いた。

 

「え……リュック?この中に、なにかあるの?」

 

「ニャァ。」

 

少女は猫が持ってきたリュックを開け、中を探る……。

 

「ん……おにぎり?」

 

そこには、アルミホイルに包まれたおにぎりが入っていた。

冷えきってはいるが、腐っている様子はない。

 

「猫ちゃん、ありがとうね。いただきます……」

 

おにぎりを食べる少女を見て、猫はなぜかひどい空腹を感じていた。

何故だろう?おいしそうにおにぎりを食べる少女の腕が、頬が、足が、

 

とても、とても、

おいしそうに……

 

「ごちそうさま!」

少女はおにぎりを食べ終わると、アルミホイルをゴミ箱に捨てた。

 

「……。」

 

「どうしたの?猫ちゃん」

 

どうしておいしそうに見えるのだろうか?

人間は、食べ物ではないのに……?

 

どうして、急にそう見えるようになったのだろう。

どう考えても食べるものではない……。

 

そういえば、ここに現れる人間以外の生き物は、皆人間を連れて行ってしまう。

……いや。

 

"捕食"している。餌としているのだ。

物心ついた時からここにいる私も、それらと同じだと言っても、過言ではないのだろう。

 

だとしたら、私は……、

 

「猫ちゃん?」

 

はっと顔を上げる。いつの間にか考え込んでしまっていたようだ。

 

「うとうとしてたの?かわいいねぇ〜」

 

少女は猫を撫で回したが、猫は喜ぶ所ではなかった。

そんなに手を近付けられたら……。

 

「ニャ!」

 

ぺしっ。

猫は少女の手を前足で払い除け、なんとか難を逃れた。

 

「あ……ごめんね、しつこいのは嫌だったかな」

 

「……ニャォ」

 

そういうことではないが、触らないでおいてくれるなら、それに越したことはない。

 

「私、ちょっと線路の先なら行けるか、見てくるからね。」

 

「ニャ。」

 

少女が線路におりていくのを見届けた後、また猫は悩み始めていた……。

 

 

ここは人間にとって普通の場所ではない。……猫も、例外なく普通の存在ではない。

人間を捕食してしまうあれらと性質が同じでも、不思議ではない……。

 

喉元まで出て飲み込んだ結論。

……私も、あれらと同じように、人間を食べてしまうのではないだろうか?

 

仲良くしたいのに……こんなに仲良くしたいのに、人間を傷付け、食べてしまうなんて……!

 

冷や汗が止まらない。

食べる?

私が?

人間を?

 

じわりじわりと不安が広がって行く。焦りが止まらない。

あの子を早く帰さないと。でも、どうやって?どこに帰せばいい?

 

思考がまとまらない。

私はどうしたら?

 

どうしたら、どうしたら、おなかすいた、どうしたら、

おなかすいた……。

 

 

……?

 

どこからか美味しそうな匂いが……!

 

「猫ちゃん……!!」

 

「……!」

 

少女は、怯えた顔をしながら猫に駆け寄ってくる。

 

「あのね、線路の先、やっぱりなにも見えなくて……。それでね。帰ろうとしたら、後ろから、おおきな兎が私をた……べ……」

 

「フシャーーーーッ!」

 

猫は後ずさりしながら威嚇をする。

今は耐えられそうにない。でも、それでも私は、人間と仲良くしたい。

 

食べるなんて、そんなこと、したくない……!

 

「ど、どうしたの、猫ちゃん……?」

 

「ウ"ゥ"ゥ"…………!」

 

「どうしたの?怖いの……?大丈夫、おいで。」

 

「……ゥ"~……」

 

ああ、目の前のそれが、今、どうしようもなく、おいしそうで、おいしそうで、

 

「猫ちゃん……大丈夫……?さっきのうさぎはね、いなくなったから、大丈夫だよ?」

 

「……。」

 

 

お腹が、空いた。

 

少女は、様子のおかしい猫に気付かず、そのまま近付いていく。

 

「猫ちゃん、大丈夫?猫ちゃん……!」

 

……おいしそうなごはんがある。

 

 

 

 

 

 

 

「ねこちゃ」

 

猫に少女の手が触れたその刹那、彼女の手首が消えた。

 

「ぇ、ぁ"」

 

その場に崩れ落ちる少女。痛みのあまり、涙を流し泣き叫ぶ。

……苦しんでいるのは少女だけではなかった。

 

猫は、今自分が何をしたのか理解が追いついていなかった。

今、何をした?

溢れる血、口の中で広がる味、食感、罪悪感、後悔。

そして、それらを感じながら、同時に、私は……。

 

 

"おいしい"と思ってしまっている……!!!!!

 

 

ふらふらと猫は少女に近付く。

「ニャ……ニャァ…………」

 

少女はしばらく泣きじゃくっていたが、少し落ち着きを取り戻した。

そして、未だ痛みに苦しみながらも、少女のそばに座り込んでいる猫に語りかける。

 

「ごめん、ね、猫ちゃん。猫ちゃんも、おなか、空いてたんだね。」

 

「……ニャ……」

 

「でも、私を、食べちゃわないように、我慢してくれたんだよね。」

 

「……ニャァァァ~……」

 

「大丈夫だよ。猫ちゃんの優しさ、伝わったから。」

 

「……。」

 

少し間を開けて、少女は意を決したように口を開く。

「うん、決めた。……あのね、私、帰る方法を探すの、諦めるよ。」

 

「……!!」

 

「私ね……本当は、お家に帰りたくなかったんだ。ずっと、いつか、ひっそり居なくなれないかなって、思ってたんだ。」

 

伝う涙を拭いながら、少女は猫に最期の頼み事をする。

 

「猫ちゃん。お願いがあります。このまま、あなたが私を食べて。」

 

「ゥニャ……!?」

猫は動揺し、一瞬目を見開く。

 

「……それから。あと1つ。辛いと思うけど、私以外の人をなるべく傷付けたりしないで、これからも、人間と仲良くしてくれる?」

 

猫は、黙って頷いた。

 

……きっと、ここで猫が見逃しても、いずれ死んでしまうか、捕食されてしまうだろう。

 

ならせめて自分が、痛くないように、辛くないように、してあげないと……。

 

「おいで。覚悟は出来てるから」

 

「ニャア」

 

……猫は、なるべく早く終わるよう、急所を狙って飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……全てが終わった。

跡形もなく、食べ尽くした。

残されたのは、彼女の持ってきたカバンだけ。

 

……猫は、カバンについているキーホルダーを牙と爪で何とか外し、大事なものをしまう箱に入れた。

これは、あの子との約束の証だ。

 

涙を流しながら、猫は決意を固めた。

二度と、生き物は傷付けないと。

 

 

 

 

 

記憶はここで途切れている。


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