後宮シェヘラザード   作:釘豆腐3世

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「紗礼を殺す……? さて。何のことか分からないわ」

 

 突然乗り込んで殺害未遂について問うてきた蓬翠に対し、白蘭夷は知らんぷりを決め込むことにしたようだった。

 

「あ、そうだった! ここでは直接聞いても答えないのが普通なんですよね~!」

 

 蓬翠はうっかりしたとでもいうようにはにかみの表情を浮かべる。凛凛は、浅黄色の礼服をしどけなく身に着けた彼女を軽く睨んだ。

 

(……怪物め)

 

 蓬翠。彼女は帝国西の高山地帯にいる「丁部(ていべ)族」の出身だ。栗色の髪をたなびかせる美人だが陰謀を巡らせるのは苦手で、侍女も2、3人程度なので隙も多い。

 

 普通ならそんな美女は秒で白蘭夷に殺害される。にもかかわらずなぜ蓬翠が生きているのか──それは、単純に生物として強すぎるからだ。

 

 食事に附子(トリカブト)を盛っても、顔剃りの剃刀に五歩蛇の猛毒を塗ってもまるで効かない。武芸のたしなみもあるらしく、宦官に扮して寝込みを襲った刺客は返り討ちに遭った。

 

 ちなみにその刺客の一件でようやく蓬翠は白蘭夷が敵対しているということに気づいたものの、凛凛が白蘭夷と暗殺を結び付ける証拠を一切残さなかったので公的なお咎めはまだない。

 

 そのため今のところ蓬翠とは膠着状態にあったのだが……一体何を目的として踏み込んできたのだろうか。凛凛が訝しんでいると、蓬翠はにこにこ笑いながら、口を開いた。

 

「まあいいか~。紗礼ちゃんが生きてるかどうかは、直接行けば分かるわけだし……ここはクギを刺すくらいで」

 

「釘?」

 

 白蘭夷が聞き返すと、蓬翠の口角は、さらに上がった。

 

「白蘭夷さんお得意の暗殺をやめていただきたいんですよ。私には効きませんけど~紗礼ちゃんはひ弱そうだし、簡単に殺せそうじゃないですか」

 

「……私がそんな真似するわけないじゃない。それより、『仮に』誰かが紗礼を殺したいと考えていたとして、貴方が彼女を守ろうとするのはなぜ?」

 

 蓬翠の挑発には一切乗らず、白蘭夷は静かに訊き返す。

 

「だって~可哀想じゃないですか。ここに来てたった数日ですよ」

 

「……貴女、別にそういう新入りを助けたがるような性格じゃないでしょう」

 

 実際、白蘭夷に暗殺されたり顔を焼かれたりする「新入り」を、蓬翠が助けようとしたことはない。何もしない方が勝手に敵が減る分、蓬翠にとっても得だからだ。

 

 にもかかわらず、今回に限って紗礼の肩をもつ理由が分からない。そう思っていると、蓬翠は両手の指をからませ、顎を乗せた。

 

「白蘭夷さん。あなたは、紗礼ちゃんがただキレイだから、一晩も皇帝と夜を過ごせたと思っているのですか?」

 

「……」

 

 否。答えは当然、否だ。

 

 皇帝は激務なので、夜伽でそうそう徹夜などするわけがない。それにいくら美女といえどもよりどりみどりで好きなだけ抱けるのだから、彼を引き付ける「何か」がなければ夜を通じて求められるとは思えない。

 

「私は、それが知りたいんですよ~。ですから、その前に彼女を殺されちゃ困ります」

 

「なるほど、そういうこと」

 

 白蘭夷は紗礼を脅威だと感じ真っ先に排除しようとしたが、むしろ蓬翠は紗礼の武器を知って、あわよくば己の力にしようと考えているのだろう。

 

「でも、あの子は一筋縄ではいかないわよ。そう簡単に教えてくれるとは思わないけど」

 

「……ふふ、私は誰かさんみたいに、人殺しの臭いはしないですから。あんがい簡単に教えてくれるかもしれませんよ?」

 

 蓬翠は鼻を軽くつまんで含み笑いをすると、立ち上がった。

 

「さてと、もう用件は済んだし、帰らせてもらいますね」

 

 来たのと同じく、帰りも唐突。こうして蓬翠は白蘭夷に牽制をかけるだけかけると、嵐のように去って行った。

 

「……しばらく手出しは出来ませんね、白蘭夷様」

 

「ええ」

 

 蓬翠と対峙したのは短時間だったが、どっと疲れた気がする。白蘭夷も長々とため息をついていた。

 

 

 

 

 

 夜伽二日目。

 

「こうして、バビロンに戻って来たアレキサンダーは熱病に倒れ、32歳の若さでこの世を去りました」

 

「どんな強者も病には勝てぬということか」

 

「ええ、大王といえども人の子、天命だったのでしょう。しかしその偉業は西方の人々の心に刻み込まれ、歴史に記憶されるようになりました」

 

「歴山はさぞ悔しかっただろうな。名が残ったことはせめてもの慰みか」

 

 皇帝は少し目を潤ませながら、しみじみとつぶやいた。

 

(めっちゃ感情移入してるなあ)

 

 きっと、根が単純でいい人なのだろう。まあ斜に構えられるよりもそちらの方が語りがいもあるというものか。

 

 思わず微笑したそのとき、皇帝はほうとため息をついて私を見た。

 

「ああ、痛快な話だった。さて、遅くなったがそろそろ……」

 

 皇帝は隣に座る私の肩を抱き寄せてくる。来た、と私は思わず身を縮めた。

 

 正史の続きはグダグダで語りづらい。かといって歴史を歪めてアレキサンダー復活!アラビア・インド征服編!をやるとしても私に小説家(ホラふき)の才能はない。あっという間にボロが出る。

 

 そういうわけで結局主人公の死で締めることにしたのだが、となるとこのように当然夜伽タイムに突入してしまう。では、このまま純潔を死守するにはどうすべきか?

 

 答えは一つ。新連載をスタートするしかない。

 

 私は、事前に練習していた通りの心底残念そうな声をだした。

 

「今日は、もっと面白いお話をもってきていますのに……お聞きにならなくてよろしいのですか」

 

「なに?」

 

「アレキサンダー大王はただ自らの武と知を信じ、覇道を突き進んだ方でした。しかし、その逆──武や知を持つ仲間を人徳で集め、一国を築いた者もいるのです」

 

 皇帝は私の胸元をちらりと見てから考え込んでいたが、やがて「聞かせよ」と答えた。私は内心冷や汗をかきながら、うなずいた。

 

「わかりました。彼の名は劉備玄徳。小豪族の若者でした」

 

 二番目に選んだ小説は、「三国志演義」。人たらしの劉備玄徳が諸葛亮(孔明)や関羽、張飛とともに王を目指す、確か日本でもコアなファンの多い話だったはずだ。

 

 人物名や文化は煉華帝国と似ているものの、内容と人物があまりにも多いので最初は語らなかった。しかし今回は何とかタイムラインを整理して来ることができたので、満を持して話せる。

 

「劉備か。この国の名前だな」

 

「そうですね。家の近くにいた長老から聞いたのですが……かなり昔の話ですので、ほぼ失伝しているのだと思います」

 

 適当なことを言いながら物語を続けると、「王朝の血を引く高潔な」主人公劉備に、皇帝は少しずつ共感していっているようだった。

 

(よし、うまいぞ)

 

 主人公に共感させるのは最重要事項だ。そうしなければ主人公がピンチになっても「ふーん、そのまま死ねば?」くらいの興味しかもたれなくなる。デ○ノートのような例外はあるが、ジャンプ主人公に悪人が少ないのと同じ理屈だ。

 

 まあ歴史人物なんてたいてい悪どいことをやっているものだが、今回は史実からだいぶ脚色された「きれいな劉備」の話なのでその心配はない。私は用意していた通りにストーリーを進めていく。

 

 そして関羽・張飛と「桃園の誓い」をかわしたあたり、まあ序盤も序盤で、嬉しい誤算が起きた。

 

「それで……杯をかわした、後……はどうなった………」

 

 皇帝が寝てしまったのである。

 

 考えてみれば当たり前だ。彼は私と違って一睡もせず仕事を始めていたのだから。流石に連続して徹夜で物語りを聞く体力は残っていなかったのだろう。

 

(……よかった、何とか今日もしのいだ)

 

 私は皇帝を寝台に寝かせると、そのまま閨を出た。そして自分の部屋に舞い戻ると、そのまま自分もぐっすりと朝まで眠らせてもらった。

 

 

 

 

 

 

 次の日、早めに起きて朝食をとり、午前中のうちに次に話すことになるであろう「黄巾の乱」編を頭の中で整理し終えることができた。

 

 これで少なくとも、夜まではごろごろできる。私が椅子に座ってほうとため息をついていると、楚花が部屋に入ってきた。

 

「何? もう昼ご飯だっけ」

 

「いえ……ちょっと、人が来てます」

 

「人? 誰?」

 

「蓬翠妃です。何でも、紗礼様とお話がしたいとか」

 

 蓬翠。直に会ったことはないが、確か四后の一人だった。そんな彼女がいったい私に何の用があるというのだろう。

 

 私が首をかしげていると、楚花は声を抑えて耳打ちした。

 

「蓬翠妃は比較的温厚な方ですが、何を考えているかはわかりません。注意を怠らないようにしてください」

 

「わかった。通して」

 

 白蘭夷妃は親切だったが、皆が皆そうではないということなのかもしれない。私はうなずき、蓬翠妃を迎えた。

 

「こんにちは。もう楚花ちゃんから聞いてるかもしれないけれど、私は蓬翠。よろしくね~」

 

 後宮だから当然なのだが、蓬翠も目を引く美人だった。白蘭夷ほど肌は白くないが、健康的な肌色には弾力があり、髪質のせいか羊のような柔らかさを感じる。

 

「こちらこそよろしくお願いします。ところで、どうして蓬翠様がこんなところまで足を運びになったのですか?」

 

 挨拶も早々に、気になっていることを聞いた。まさか、おせっかいな部活のOGが後輩の面倒を見てやるような文化が後宮にもあるのだろうか。

 

「誰かさんと違って、話が早くて助かるわ~。じゃあこっちもそのまま聞くわ。あなた、二日連続で皇帝陛下の寝所に呼ばれたでしょう。その秘訣を聞きに来たの」

 

(……な~んだ、そんなことか)

 

 そう言われ、私はほっとした。ひょっとして、どこかで彼女の逆鱗に触れるようなことをしたのかと思っていたのだが、そんなことが気になっていただけだとは。

 

 しかし楚花の方は少し心配しているようで、私に耳打ちしてくる。 

 

「紗礼様。物語の件は、あまりお伝えにならない方がいいかと。陛下が寝物語を好まれるという話をしてあちらも同じことをしだしたら、相対的に紗礼様の価値が下がって呼ばれなくなるかもしれません」

 

「そっか、じゃあやめ……」

 

 とこうかな、と言いかけて、私は思いとどまった。今私が苦労しているのは毎晩呼ばれて話をさせられるからで、このお呼びがかからなくなる方が私にとってははるかにありがたいのだ。

 

 もし蓬翠妃が私と同じようにお話を語れるようになれば、私は寝所に行かなくてよくなるかもしれない。そんな打算から、私は首を振った。

 

「いや、やっぱり話すわ」

 

「しかし紗礼様……」

 

「私の『語り』なんて、秘密にしていてもいずれ分かることよ」

 

 楚花にそう返すと、私は蓬翠に向き直った。

 

「あら~、内緒話はもう終わり?」

 

「ええ。まあ、別に私は教えても構わなかったのですが。率直に言うと、寝物語です」

 

 私が皇帝の寝所でやっていた今までのことをかいつまんで話すと、蓬翠はなるほどと言って笑った。

 

「物語ねえ。それを聞いたところで一朝一夕で真似するのは難しいわね~……」

 

「そうでしょうか。私の素人語りでも面白がってくれていましたよ」

 

「ふふ、たぶん貴方にはお話しの才能があるのよ~。筋を覚えていても、普通は最初からそんなにすらすら話せないもの」

 

 そりゃこっちだってすらすら話せないよ。貞操がかかってるから変な力が出るだけで。

 

 私がそう思っていると、蓬翠はぽんと手を打った。

 

「……そうだ、取引しましょう!」

 

「取引?」

 

「ええ。紗礼ちゃんが私に、物語を教えるの」

 

「私が……教える?」

 

「ええ。私も紗礼ちゃんと同じようにお呼ばれしたいから~」

 

 願ってもない話だ。もし彼女が私の頭の中にある膨大なネタを吸収して私の代わりになれば、毎日話すネタを用意しておく苦労はなくなるかもしれない。

 

「ちょっと待ってください、蓬翠妃」

 

 そんなことを考えていると、楚花が話に割り込んできた。

 

「物語は紗礼様の武器ですし、蓬翠様に教えるのだって時間がかかります。それだけの仕事をして、紗礼様に何の得があるっていうんです?」

 

(余計なこと言わなくていいんだよ~!)

 

「お呼ばれを代わりに引き受けてくれる」という得があるが、もちろん楚花には言えない。私が口をもごもごさせていると、蓬翠はもっともだとばかりにうなずいた。

 

「確かに、そうね~。他の王妃から守ってあげるって言っても、たぶん紗礼ちゃんは『自分で何とかできる』ものねえ」

 

「?」

 

「ふふ、とぼけちゃって。まあいいわ。何かをいただくときは、当然それに見合う対価を渡すのが道理だもの。楚花ちゃん、紗礼ちゃんは、まだ床の技がイマイチでしょう?」

 

 突然水を向けられ楚花は少し戸惑っていたが、小さくうなずいた。

 

「しかし、それについては私がいろいろ調べようかと……」

 

「必要ないわ」

 

 蓬翠はそう言うと、私と目を合わせる。

 

「紗礼ちゃんにお話を教わる代わりに、私は一つずつ床の技を教えてあげる。これでも1年くらい夜伽に行ってるから、陛下のお気に入りの仕草も知っているわ。それが交換条件よ。どう? 悪くないでしょう?」

 

 彼女はそう言って、ちろりと濡れそぼった舌を出した。

 

「床の技……ですかぁ」

 

(いらねー!! 心底いらねー!!!!!!)

 

 何が悲しくて皇帝のあそこの舐め方なんて勉強しなくてはいけないのか。しかし楚花の眼がある以上これで手を打たないのは不自然なので、結局はうなずくしかない。

 

「じゃあ、早速教えていただくわ~紗礼センセ♪」

 

「……ハイ」

 

 こうして私は知りたくもない房中術と引き換えに、彼女の寝物語指南役をすることになったのである。

 

 

 

 

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