魔族の薬師が勇者一行に加わるまでの話   作:新人フリーレンファン

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えりのるさん、怪猫蜜佳さん。
誤字、脱字報告ありがとうございます。
指摘された誤字は適用させていただきました。


今年最後の滑り込み投稿です。


レアラがラカージュで何をしたかというと。
要するに友情、愛情、親愛、慕情その他もろもろを全部、絆とか好感度で一括処理して満遍なく上げました。

こんなやり方で人間関係を円滑に処理できる一般人を僕はFGOの藤丸立香以外に知りません。


問答 ヒンメル一行

『貴女に理解できますか? 出会ったばかりの赤の他人が突如として姉を名乗る不審者に変貌した時の私の恐怖が』

 

『この話には教訓があります。初対面の相手に対して不用意に「おねえちゃん?」なんて上目使いで言ってはいけないということです』 

 

『奴が『すべからく妹にする魔法』なんてものを使ってきた時、私は諦めました。人類を理解することを』

 

『ですがまあ、おかげで姉妹というか人の家族の概念を理解するきっかけにもなったんですけどね。理解を諦めた直後にこれなんですから、人生何が幸いするかわからないものです』

 

『………今思えば、グリュンもまた私の正体に気づいていたのでしょうね。その上で魔族の私に人の心を植え付けようとした? それも純粋な善意で………なんというありがた迷惑。ちゃんと糧になってるから今一歩憎みきれないのもたちが悪いこと………聞いてますか?』

 

『まだまだあるんですよ。そう、あれは負傷している旅人を偶然助けた時のことです。もちろん打算ですよ? 恩は売れる時に売っておけばそのうち巡り巡って私の利益になることもあるんですから。言わばこれはノーリスクの未来への投資です。それなのにあの男は何を勘違いしたのか………』

 

『他には、酒場の店主が無理やり………』

 

『まだ8歳の男の子が………』

 

『衛兵が………』

 

『修道女が………』

 

『騎士が………』

 

『何耳を塞いでいるのですか。これは貴女が始めた尋問でしょう。聞いてるんですか―――

 

 

 

 

 

 

―――フリーレン?」

 

ヒンメルの呼びかけにも答えることもなく、フリーレンは顔を赤くしたまま宿の部屋の隅に移動し膝を抱えてうずくまったまま動かなくなってしまった。

「そんなはずない、あるはずがないんだ………」「だってししょうは………」「まぞくはみんなうそつきだ………」などと壁に向かってぶつぶつ呟いているのが甚だ不気味である。

 

「さて、とりあえずフリーレンが認めた以上、件の魔族、レアラはある程度信じてもよいのでしょう」

 

そんなフリーレンを完全に無視して、ハイターは朗らかに笑いながら言う。

こちらも飲んだ酒が抜けてないのか顔は赤いままだ。

 

「あれは認めたと言っていいのか?」

 

「でなきゃ会いに行った時点でとっくに消されてますよ」

 

「ハイター、それは………いや、そうだね。その通りだ」

 

ヒンメルはハイターのやや過激な物言いを諌めようとし、しかし思い留まった。

実際、フリーレンはそうするつもりだったのだろうと今更ながらに気付き、無意識とはいえ損な役回りを押し付けていたことを自戒する。

 

「各々の情報をいったんまとめましょう。いやはや聞き込みが無駄にならなくてよかったよかった」

 

よかった、などと言ってはいるが実のところはハイターとしてもこの展開は割と予想外だった。

まさかフリーレンが魔族を見逃すなんてありえないと思っていたし、何よりハイターもアイゼンも人を襲わない魔族の存在をいまいち信じきれていなかった。

例外はヒンメルだけである。

 

「酒の肴に交友関係や交際遍歴など面白い話がいろいろ聞けましたよ。おかげで彼女の人となりがだいたい把握できました」 

 

「交友はともかく、交際だと?」

 

『交際』という言葉にフリーレンがビクッと反応したが、ハイターはこれも無視。

 

「もしかして種族の壁を超えた愛が………!?」

 

「まさか、流石にそれは無理だろう。ありえん、仮にできたとしても碌なことになるまい」

 

「ええその通り。かつて夥しいほどの数の変質者と修羅場を量産した彼女は『八岐(やまた)のレアラ』と呼ばれ大いに畏れられたのだとか」

 

「おおう、予想を斜め上に超えて碌でもなかった………」

 

「反応に困るね。何その………微妙に格好いいかもしれない二つ名は」

 

「実際はもっと多かったそうです。最多時には男女合わせて17又までいったらしいですよ?」

 

「17? ………しかも男女合わせて??」

 

「修羅場というか、もはや悪夢だ」

 

自称イケメンのヒンメルでもここまでではない。

生粋の戦士を自認する硬派なアイゼンからすれば全く笑えない、想像を絶する地獄絵図だ。

 

ちなみにこの時フリーレンは部屋の隅っこで「ひぃやあわわわわ」とかいうパーティの誰も未だかつて聞いたことのない奇声をあげて震えていた。

脳裏に蘇るのはレアラが語った過去200年分のラカージュ変態ベストセレクション。

恋愛感情はもとより性的欲求すらほとんどないはずの魔族のレアラにすら大きな爪痕を残した選りすぐりの赤裸々愛憎エピソードを延々と聞かされたフリーレンは茹だった頭で思い知る。

魔族は確かに悪なのかもしれないが、それに対する人間は別に善ではないのだと。

ヒンメルのナルシストなんて可愛いもの、ハイターの二日酔いも今なら笑顔で受け入れられる。

なんて素晴らしい仲間達、フリーレンはある種の悟りを開きつつあった。

 

「レアラは魔族らしく、その風貌は儚げで麗しい。少々抜けたところがあるのも考えようによっては親しみやすさと言う美徳でしょう」

 

そんな薄幸美少女なレアラが、人の心や恋愛感情に対する理解が足りない状態で無作為無差別八方美人した結果がこの大惨事ということなのだろう。

 

「意外なのは、それでも彼女は住人たちに嫌われてはいないということです」

 

「いや、別段意外でもないさ。それらの話もぶっ飛んではいるものの要は好かれ過ぎたが故の奇悲劇だろう?」

 

「………否定はしません」

 

酒場でこの話を笑いながらハイターに教えてくれたラカージュの住人たち。

その笑顔は決して嘲笑の類いではなかった。

 

「人気者だったんだね………」

 

「ハッハッハ! 法を犯していない以上、彼女は決して罪人とは言えませんが罪な女ではあったようです。魔族というより魔女ですよ」

 

「上手いこと言ってどうする」

 

「その気になればひっそりと目立たず暮らすこともできた筈………できたのかな? まあ何にせよレアラはそうせず魔族なりに本気で人間と向き合いぶつかり合う選択をしたのは確かだね。人間にも一定の理解があると見て………」

 

「いや、レアラは人間のことなんて何もわかってないね」

 

ここにきてようやく立ち直ったらしいフリーレンがヒンメルのセリフに待ったをかけた。

まだ若干顔が赤い。

 

「何故そう思うんだい?」

 

「だってあいつ―――

 

 

 

『統計的に見て、そのヒンメルという方は貴女に恋愛感情を抱いている可能性がありますね。そして貴女の方も満更でもない。ですがその自覚がない』

 

『早めに想いを告げることをお勧めしますよ。私が見る限り、貴女は大切な物の価値を失ってからじゃないと気付けないタイプの人間です』

 

 

 

―――とか言ったんだ。魔族の癖に。あいつが人間の、私やヒンメルの何を知っているって言うんだ」

 

聞いたヒンメルが膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

宿の一幕から1週間後、再びの地下牢。

フリーレンを除いた勇者一行、ヒンメル、ハイター、アイゼンの3人はようやくレアラと最初の邂逅以来の面会を果たしていた。

 

ちなみに、期間が空いた理由はヒンメルが立ち直るのにそれだけ時間がかかったからである。

 

「今度はパーティ全員で来ましたか………いえ、魔法使いが見当たりませんね」

 

さらにちなみに、フリーレンはまだ回復していなかった。

 

「フリーレンはお留守番ですか」

 

「………ああ、まだ当分君とは話をしたくないってさ」

 

フリーレン、とレアラがあまりにも自然に仲間の名前を呼んだことに戸惑いつつもヒンメルは仲間を代表して答える。

 

「やっぱりあの子には刺激が強すぎたみたいですね。同情は仮にできてもしませんが」

 

実際、レアラの忠告を無視して無理やり聞き出したのはフリーレンの方なので半分以上自業自得である。

 

「それで、貴方も私に恥ずかしい話をさせる気ですか?」

 

「え、いや僕はそういうつもりは………あれ? 何か雰囲気が変わった? まるで長年溜め込んでいた不満と愚痴を吐き出してスッキリしたみたいだ」

 

「なんのことでしょう? みにおぼえがありませんね?」

 

「………本当に下手なんだな」

 

レアラのあまりの片言ぶりに、口を挟まないつもりだったアイゼンが思わず言葉を漏らした。

人を襲うため、あるいは見逃してもらうためにウソをつくのが魔族ならば。

人を襲えない、逃げられない環境ではさっぱり上達しないのはある種当然のことなのかもしれない。

 

「レアラ、君に聞きたいことがある」

 

真面目な顔をしたヒンメルに対して、レアラもまた檻の中で佇まいを正した。

人の心は読めずとも、レアラは空気の読める魔族なのである。

 

「………おそらくフリーレンには、はっきりと言葉にしないと何も伝わらないと思われます」

 

「恋愛相談じゃないよ!?」

 

「………ふむ。冗談は通じるようですね」

 

「………僕も冗談をいう魔族は初めてだ」

 

このやりとりでヒンメルの人となりを大体把握するレアラ。

 

(初心ではある。しかし単なる臆病というわけではなさそうですね。想いを伝えられない理由が何か別にある? そういえば、フリーレンはエルフでしたか)

 

確かに、これほどまでに寿命差があるとたとえ相思相愛であったとしても番いとして成立するかは未知数だ。

他にも魔族である自分には想像もつかない問題があるのかもしれない。

そんなことを内心考えているレアラに対して、それを察したヒンメルは苦笑い。

 

「………ひょっとして、君は心が読める魔法が使えたりするのかい?」

 

「そんな魔法が使えるのはあなた方の方でしょう。共感、共和、協調。人間は皆生まれながらにそれが可能なんですよね。魔族の私からすれば人間は皆、同族限定の心を読む魔法使いです」

 

「読めなくてもわかりあえるのが人間さ」

 

「読めたところでわからないのが人間ですよ」

 

「なんだ。わかってるじゃないか」

 

「ええ。わからないことをわかってます」

 

両者の意見は重なり合わないまま一致していた。

 

「って、僕はこんな禅問答をしにきたわけじゃなくて」

 

「おや、言葉遊びはお嫌いでしたか? 対話そのものを目的として来た様子でしたので、話す内容はなんでもよいかと思ったのですが」

 

「凄まじいね。これが200年の経験値か」

 

「逆です。200年かけてこの程度なんですよ」

 

「………この話はそろそろ止めようか」

 

「そうですね。どこかの1000年の時を生きた自称お姉さんの立場がなくなってしまいます」

 

「本当に読めるわけじゃないよね!?」

 

「というより、貴方様がわかりやす過ぎるんです。なかなかに稀有ですよ。ここまでの正直者は」

 

そんな、ヒンメルとレアラのある意味小気味良いやり取りを側で観ていたハイターは内心驚愕しつつ嘆息。

 

(よもや、これほどとは………フリーレンが音を上げるわけですね。対魔族の定石が通じなさ過ぎる)

 

フリーレンは魔族のウソを見破ることに関しては天才的だが感情の機微に聡いわけではない、むしろ鈍い。

結界にハマって出られなくなったという間抜けな経歴からは想像も出来ないほどに聡明な上、人間の街にどっぷり染まり言動がほぼ人なレアラ。

対人能力に乏しいフリーレンではどうにもならなかったのだろう。

 

「僕は君みたいに人を食べずに200年も人と暮らした魔族を他に知らない」

 

求められるのはむしろコミュ力、つまりヒンメルの役割である。

 

「そんな君にこそ聞きたいことがあるんだ」

 

ヒンメルは話した。

かつて、魔族の少女の命乞いを聞き入れたこと。

人間の村に招き入れたこと、村長の家に住まわせて共存させようとしたこと。

その結果、魔族は村長を殺してしまったこと。

 

「何とまあ無駄なことを………」

 

レアラからすれば当然の帰結だった。

いや、レアラに限らず少しでも魔族に詳しい人間なら誰もが「そりゃそうなるわ」と納得する末路である。

 

「君がそれを言うのか………」

 

その返しにヒンメルは苦い顔をする。

失敗だったことは理解しているつもりだった。

だがレアラはそれを失敗ですらない無駄だと言う。

それなりに覚悟はしていたヒンメルだったが、それでも自らの行いを、それもよりにもよって『成功例』に切り捨てられるのは心が痛かった。

 

「すみません。無駄は言い過ぎましたね。百聞は一見にしかず。魔族に人の何たるかを学ばせたかったのであれば、共に暮らすのは決して悪くは………」

 

と、レアラはそこまで言いかけて………気遣いの一切をやめた。

 

「失礼、撤回します。無意味です」

 

レアラはヒンメルの感情をあえて無視して淡々と語る。

ことこの場において、この人間は共感や慰めを振りでも求めていないことを察した。

 

「私を超特殊な例外とすれば魔族と人が寄り添うことに魔族側にも人間側にもメリットがありません。その上リスクは甚大。人間も魔族も命懸けだった筈です」

 

ヒンメルは魔族としての意見と感想を求めている。

200年で培った人間らしい振る舞いをあえてやめる。

努めて、意識して魔族らしい物言いを心がける。

 

「そうまでして貴方様はいったい何を欲したのですか?」

 

「………償いの機会を与えたかったんだ。魔族にもその権利はあるだろうと」

 

「償いって、人間初心者の魔族の幼体にいきなりそれは難易度が高くないですか? ………そもそもなんの罪です?」

 

「その魔族は村の子供を殺して食べたんだ。だから」

 

「それのどこが罪なんですか?」

 

「………何だって?」

 

「おっと抑えてくださいよ。これは挑発ではなく純粋な疑問です。心優しき勇者様、それは当たり前のことだそんなこともわからないのかと憤る前にどうか質問にお答えください。どうして人を殺してはいけないのか」

 

レアラは問いかける、たたみかける。

 

「どうしてそんな、人の人による人の為の決まり事を魔族が守らなければいけないのか、そしてそれを破ることがいかなる罪になるのか。他の獣や家畜に魔物、そして魔族。それらは殺しても罪にならないのに何故人間だけはダメなのか。具体的に解説してください。人にとっては当然でも、魔族にとってはそうではないのですから」

 

問われて、ヒンメルはふと思い返す。

「村長はもういませんよ」などと、人の価値観からあまりにもかけ離れたセリフを放った魔族。

「お母さん」の意味を全く理解できず、ただただ人間に攻撃を躊躇わせることができる便利な音としか認識していなかった魔族。

 

そんな魔族に村長を、人を殺してはいけなかった理由を教えただろうか。

お母さんの正しい意味を説明したことはあっただろうか。

 

(そうだ。あの時僕は、ただ人と魔族の違いを思い知らされて愕然として、絶望し、それで………)

 

「その魔族も不憫ですね。おそらく死に際でも理解出来なかったことでしょう。ちゃんと人間の言うことを聞いていたのに何で私は殺されたのか………」

 

「待って、どういうことだ? その魔族は村長を………」

 

「食べてはいませんよ? 少なくとも話を聞く限りでは」

 

「………食べていない?」

 

「その通りです。村長の死体は残っていたのでしょう? 状況から察するにその魔族、食人を禁じられても殺人までは禁じられなかった………禁止するのを忘れたのでは? 家を焼いた理由までは謎ですが」

 

食べるなとは言われた。

だから食べなかった。

でも殺すなとは言われなかった。

だから殺した。

 

「村長を排除し、その子供を代わりとして差し出したのも、『償い』という言葉の意味を理解できないながら実行しようとした結果でしょう。年相応に浅慮であったことも否定しませんが、それでも彼女は魔族なりに人間に歩み寄ろうとしていたんです。もっとも、試行錯誤の時点で終わってしまったようですが」

 

「………歩み寄ろうとしていただって? あんなことをしておいて??」

 

「ただの一度の失敗も許容できないのであれば最初からそんな実験はするべきでは無かったですね」

 

およそ人間には理解が及ばない魔族の思考と理屈にヒンメルは返す言葉がない。

 

「人の命が失われたんです。それをただの失敗で片付けるわけにはいかないのですよ」

 

言葉を失ったヒンメルに代わってそう反論したのはハイター。

 

「それほどまでに村長が特別、いえ人間が特別ですか」

 

レアラもまた、ヒンメルから目を離してハイターに向き直る。

 

「人間はさもそれが当然の世界の真理であるかのように説きますよね。人の命は尊く、かけがえのない、何よりも守るべき大切なものであると」 

 

「魔族には理解できないと?」

 

「自分が大事、自分が特別ならわかるんです。死にたくない、自らを守りたいと感じるのは当然、そこは魔族も人も同じでしょう」

 

「ふむ」

 

「でも何でそれが全体、人間という種そのものが特別であるという発想に飛躍するのか。これがわからない。魔族からすれば非常に理解し難い思想なんですよ」

 

自分が特別であることと、自分達が特別であることは全く別の話であるというレアラ。

 

何故人間だけが特別なのか、特別扱いしなければならないのか。

仮に特別なのだとして、具体的にどこが特別なのか。

考えたこともなかった問いかけに言葉を詰まらせる。

 

「勇者であるが故の、善人だからこその盲点ですね。貴方様方は当たり前過ぎて思い至らなかったのでしょう。と言うよりは人を殺してはいけないのは当たり前、説明するまでもないと信じて疑わない人間を総称して善人と呼ぶのだというべきでしょうか」

 

人を助けるのに理由は必要ない。

ずっとそう思っていたし、事実これまでの旅でも息をするように人助けをしてきたヒンメル達である。

ヒンメルはもとよりこれにはハイターもアイゼンも咄嗟には答えられない。

 

「悪いことではないのでしょう、むしろ人にとっては善いことのはずです。人を殺してはいけない理由と理屈をごちゃごちゃ考えなければ、禁止されなければ人を殺さずにはいられない存在は人でなしと言っていいでしょうから」

 

「………貴女は人でなしですか」

 

「もちろん。ワタクシことレアラは魔族で人でなしですよ」

 

「………相容れないわけですね」

 

「これが魔族か」

 

改めてハイターとアイゼンは魔族という存在を思い知る。

ここまで長く魔族と話をしたのは初めてである。

それでも通じ合わない。

 

話せば話すほどに、わかりあえないことをわからされて………

 

「ならレアラは考えたんだね? 何故人を殺してはいけないのか」

 

それまで黙っていたヒンメルが真っ直ぐにレアラを見つめて言った。

 

「そして答えを出した」

 

言葉に確信が満ちていた。

 

「何故そう思うのですか?」

 

「君が人を殺さないでいるからさ」

 

「………? 私が人を殺していないのは結界が………」

 

「そう。結界があるからだ。でもそれは例えば………何かの魔道具や呪いで殺人行為を封じられた訳じゃない。理由は何であれ、君は自分の意思で殺さない選択をしたんだ。人を殺してはいけない理由と理屈をごちゃごちゃと考えてね」

 

殺せないのではなく、殺さない。

これらは似ているようで大きな差がある。

 

「………………なるほどです」

 

「どうか、聞かせてくれないか」

 

「魔族の出した答えですよ。およそ人間の考える模範解答とは程遠いかもしれませんが?」

 

「構わない。むしろ僕はそれが聞きたいんだ」

 

出会ったばかり、話したばかりの違う種族。

魔族のレアラを人間のヒンメルは理解しきることができないし、できるようになる日は永遠に来ないだろう。

それでも話をしていて、レアラについてわかったことが1つある。

 

「ならば私が答えましょう。なぜ人を殺してはいけないのか、そんな決まり事があるのか。魔族の視点で答えましょう」

 

聞けば、答える。

彼女は基本的に、人の頼みを断らない。

 

「人は群れる生き物だからです」

 

 

 

 

 

 

「かつて、産婆として人の子供の出産を手伝ったことがあります。なかなかに衝撃的な経験でしたね」

 

「いや、僕としてはその告白がすでに衝撃なんだけど」

 

「母親は本当に死にかねない程の苦痛を味わいながら文字通り命懸け、さらには周囲の介助が必要不可欠。それ以前に子供を身に宿すには別の人間の男性が必要で、宿してから出産可能になるのに約10ヶ月もかかる。パッと思いつくだけでもこれだけのリスクとコストを払ったにも関わらず生み出せるのはただただ泣くだけの小さく無力な幼体ですらない未熟体。これを成体に成長させるためにはこれまた周囲や親があれこれお世話しなければならない………」

 

他にもレアラは、人間の母体が、親が、子育てがいかに大変かをつらつらと語る。

 

「割に合わないにも程があるでしょう?」

 

(((同意を求められても困る………!)))

 

何せここにいる人間は皆、子を持ったこともない若い男性である。

レアラが語ったのは魔族の視点からみた人間の欠陥部分であり、親の大変さと偉大さだ。

 

「………今考えてもグリュンはやはり愚かでした。その身体で出産は無理だと散々警告したというのに」

 

そうこぼすレアラの顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。

本当に何も感じていないのか、あるいは………

 

「………話を戻します。とにかく人は孤立したら生きられない、成長できない、産まれてくることすらできない生物だということです」

 

人は独りでは生きられない。

故にこそ本能で孤立と孤独を恐れる。

 

「孤独を恐れる本能。集団を是とする習性。これこそが貴方方人間が思いやりや情などと呼ぶ感情の正体、その根源でしょう」

 

思いやりとは即ち、助け合いの精神。

 

「当たり前のように他者の助けを必要とし、当たり前のように他者を助ける。群を、秩序を、国を形成する社会性生物。それが人間」

 

人が群れるための必要絶対条件。

 

「だから人は人を殺してはいけないという共通のルールを必要としている。何故なら、いくら人が本能的に群れると言っても人は人殺しとは群れられないから。群れを維持するために、群れの和を乱す存在を許容できない。なればこそ和を乱す行為に忌避感を、すなわち罪悪感を覚える」

 

秩序を善とし、不和を悪と定義する人の法。

 

「これが人のいう心。人が人である限り誰もが必ず持っているもの、あるいは持たなければならないものであり………」

 

罪、罰、道徳。

全てはそこに起因する。

 

「………魔族が決して持ちえないものでもあります」

 

群れを必要とせず、独りで産まれて独りで成長し独りで死ぬ魔族が、人の心に決して共感出来ない理由。

個で完結しているが故に社会の概念がなく、秩序もない。

善悪がない、情がない、思いやりがない、罪悪感が理解できない。

 

「魔族は孤独の恐怖を理解できない………君でもかい?」

 

「もし私に孤独を恐れる感性が備わっていたらとっくに発狂しています」

 

言われて、ヒンメルは気づく。

レアラはラカージュという人の街でたった独りの魔族だったのだと。

それは無人島にたった1人で流されるのと、何が違うのか。

もし自分がそうなったらと、想像するだけでも恐ろしい。

 

「いえ待ってください」

 

反論したのは、ハイター。

 

「魔族にも組織の概念はある筈です。何故なら………」

 

「その通り。僧侶様、貴方様の言う通りこの話には1人だけ例外が存在します」

 

レアラもその反論を肯定する。

 

「魔族は群れない。この常識を覆して、魔族同士をまとめ上げ魔族の一大組織を作りあげた傑物」

 

「………魔王」

 

「はい。何千年も前から今なお君臨し続けるその例外を、仮に私たちは魔王と呼んでいるのですよ」

 

 

 

 

 

「………レアラ、ありがとう。君の話はとても興味深かった」

 

「どういたしまして。と返しましょう。恩が売れて何よりです」

 

「役に立てて、じゃないんだね」

 

「情けは人の為ならず、ですよ。経験からいって、貴方様は恩を必ず益で返すタイプの人間です。ただ喋るだけで私の生存率が少しでも上がるなら儲け物ですよ」

 

「高くつきそうだ。でも、少しばかり訂正させてもらうよ」

 

「?」

 

「例外は2人だ」




魔王に関しては原作でも情報がほとんどないのでほぼ捏造です。

原作で登場した「人間を最も理解した魔族」として、魔王と並んであげられたのがマハトです。
人間を理解する上で、マハトは正直強すぎたのが一番の問題点だと個人的に思ってます。
能力的に突出しすぎて何をどうやっても人間と対等になれない。
個で完結しているが故に裏切っても裏切られても毛ほども痛くない。

罪悪感を覚えたいのであれば、『破産したら死ぬ呪い』でも受けた状態で商売をしろと言いたい。
一人では絶対に成り立たず、信用とコネの重要さを十分に理解した上で、それを裏切る行為、裏切られることがどれほど致命的かを痛感し、それを忌避するようになればおめでとうそれが罪悪感です………ただ、この作戦だといくらでも金を生み出せる魔法が邪魔過ぎる。

真面目に考えれば考えるほど魔族という生物が分からなくなっていくジレンマ。
感想欄でもいろんな意見がありましたが、本当に生物か疑わしくなります。

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