モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月14日(2)

「何てこと……」

 東口駐車場の橋上通路から会場の様子を見ていた真矢は、あの球体から信じがたいモノが出現したことに唖然としていた。あれは宗教的な遺物ではない、卵だったのだ。中からイモムシのような巨大生物が出現し、パビリオンを破壊しながらシンボルゾーンへと向かっていく。会場からは悲鳴が響き渡り、東口ゲートからは逃げ出す人々が続々と出て来ていた。

「……雅美、雅美が危ないっ」

 真矢は急いで橋上通路を離れ、駐車場の隅に停めていたバイクにまたがり、ペプシ館のある万博会場南側エリアへと向かった。

 

 雅美もまた、日本館の方から感じる騒然とした様子を察して、その方へ目を向けて、例の生物を目撃していた。

「な、何なのアレ……」

 巨大な茶色のイモムシのような生物が、太陽の塔があるシンボルゾーンへと向かうのが見えた。その生物はお祭り広場の屋根を支える柱を破壊し、ガラスの割れる盛大な音が響く中、そのまま西側エリアへと進んだ。

 雅美がいるペプシ館や遊園地・エキスポランドのある南側エリアにも、避難勧告がアナウンスされて騒々しくなった。とにかく会場から出ないといけない、雅美は無我夢中で出口に向かって走り出した。

 

「な、何なんだ。何が起きたんだ一体⁉」

 万博担当大臣である五十嵐は、会場内で起きた事態をまだ完全に呑み込めていなかった。巨大生物が出現したとのことだが、最初は信じられなかった。だが目撃した護衛官が強く避難を進言した。

「未知との遭遇館から、虫のような巨大生物が現れたんです。大臣、とにかく避難を!」

 それを聞いて五十嵐、丸菱観光常務の友兼、そして安東は言葉を失った。自分たちが誘致したパビリオンから巨大生物が出現したという事実に、驚愕するしかなかった。

 唖然とする彼らの動揺は、お祭り広場の屋根が崩れる轟音によってさらに激しくなった。

「と、とにかく逃げよう、逃げようっ!」

 五十嵐は責任問題より、まずは自分の命が危ういと感じ、生存本能からそう叫んだ。一行は逃げ惑う群衆と共に、出口へと走り出した。

 

「一体、アレは何なの……」

 先ほどまで真矢がいた東口橋上通路に立ったジェニスは、万博会場に目線を向けていた。ソレはすでに西側エリアへと進行していた。

「わかりません……あんなのは、今まで未確認です。それに遺跡から出現したことを考えれば、ゴジラとはまた違う種類の生物としか……」

 となりに立つ野田がそう返答し、持参していた双眼鏡で生物の動きを(うかが)っていた。

「とにかく、今は避難しましょう。それしかないわ、さぁ!」

 ジェニスはまた野田の腕を掴んで、敷島たちと一緒にバスへ乗り込もうとした。

「明子、明子は無事かしら……」

 典子は娘の安否を心配した。それは夫も、野田たちも同様だった。だが今は、逃げるしかない。

 

 そのころ明子は、走っていた最中にブーツのヒールが折れてしまい、転倒した。

「大丈夫ですかっ。……失礼します!」

 立花はすかさず明子を抱きかかえ、そのまま走り出した。明子は体を立花に(ゆだ)ね、恐怖感に怯え続けていた。こんなに恐ろしいと感じたことは、16年前のゴジラ襲撃以来のことだった。

 

 雅美は、緊急開放された車両専用出入り口から会場内から脱出し、バスに乗り込もうとした。だがどのバスにも人が詰めかけていて、とても乗り込める様子ではない。その間にも会場内からは、何かが崩れる轟音と、今まで聞いたことない甲高い生物の鳴き声が轟き、恐怖感を煽った。思わず雅美はその場にうずくまってしまった。怖い、怖い……。

「手塚さん!」

 声をかけてきたのは、安東だった。

「さぁ、一緒に逃げましょう! ウチの会社の車がありますから、さぁ!」

 先ほど拒絶したことも忘れて、雅美は差し伸べられた手を掴んで走り出した。死にたくない、生きたいという生物としての本能がそうさせた。

 そんな二人の前に、一台のバイクが停まった。

「雅美っ! …えっ? アンタ……」

 真矢は、雅美の手を引く安東の姿を見て驚きを隠せなかった。それは相手も同様だったが、雅美はすぐに安東とつないでいた手を放して真矢に抱きついた。

「真矢ちゃん! 怖かった……」

 雅美は堪えきれず泣いてしまった。真矢は雅美の背中を優しく撫でて、後ろに乗せた。

「……アンタも、早く逃げな」

 そう安東に言い残して、真矢はアクセルを回してバイクを走らせた。

 独り残った安東は、またしても膝から崩れ落ちた。まさか、手塚雅美が好きな人というのは……あの女? 嘘だろ……。

「おい、何してるんだ安東君! 早く行くぞ!」

 友兼常務に腕を掴まれて、安東は力なく車へ誘導された。

 もう散々すぎる一日だと、彼は思った。

 

「東京へ連絡を入れてください。それと河津(かわづ)長官に連絡、速やかに自衛隊の出動を命じます。大阪府警にも連絡してください」

 日本政府が用意したリムジンの中で、小澤総理は冷静であることに努めて、部下にそう命じた。

「小澤総理、在日米軍の出動も可能です」

 ゲイリーは通訳を介さず、日本語でそう伝えた。

「ありがとうございます大統領。ですがまずは会場内の人々の避難が優先です。協力が必要な際には必ず要請いたします」

 小澤の主張にゲイリーは異議を唱えなかった。確かに、人命が何より優先だった。

「まったく、モンスターはどこにでもいるということですね……」

 ゲイリーが嘆くように呟くのを、小澤は複雑な思いで聞いていた。せっかくの、日本初の万博が……台無しだった。

 

「さぁ、乗ってください!」

 立花は抱きかかえていた明子を下ろし、赤いホンダ・S800に乗り込んだ。大阪に住む友人から借りたもので、あわよくば彼女と乗れたら……という淡い期待をほんの少しだけ抱いていたが、まさかこういう形で同乗することになるとは夢にも思わなかった。

「ど、どこへ行くんですか……」

「とにかく、いったん会場から離れましょう。今はそれしか出来ることがありません」

 二人はシートベルトを付ける余裕もなく、そのまま赤いスポーツカーに乗って万博会場から離れて行った。

 

「こりゃあ、すごい……」

 万博取材班として会場にいた大阪日報の福田は、まだ会場内に留まっていた。『未知との遭遇館』から出現した巨大生物のことを、ずっと後ろから追っていた。そしてカメラでその様子を撮り、フィルムにはもう何枚も万博会場を破壊する巨大生物の姿が収められていた。

「こんな特ダネ、滅多にないぞ……」

 彼は命の危険も省みず、イモムシのような生物が残した瓦礫に気をつけながら、その動く特ダネを独占し続けた。ソレはお祭り広場を抜けてから会場西側を進んで、〝大地の池〟と名付けられた人工池に入り、その側に設置されたロープウェイの支柱を破壊した。ロープウェイに乗っていた人々は無残に落下して、福田はおそらく、乗客たちはみんな死亡したと感じた。その様子も、手を震わせながらシャッターを切った。生物はそのまま進み続け、スイス館を破砕した。それから方向転換し、〝水すましの池〟と名付けられた人工池に入り、そのまま再び上陸してスカンジナビア館を破壊した。そしてその先にある、古河パビリオンを前にして一度停止した。それは天平(てんぴょう)の昔に建てられた七重塔(ななじゅうのとう)を再現した建物で、中には外見に似合わず最先端のコンピューター技術が紹介されている施設だった。すると巨大生物は体の半分を大きくのけ反らせ、その建物に寄りかかるようにして倒れ込んだ。七重塔は、最初は耐えていたが、やがて生物の重みに耐えきれず、呆気なく瓦解した。その様子もまた、福田はしっかりとカメラで撮影していた。彼は恐怖と歓喜の入り混じった混沌とした精神状態にあった。眼前で起きているのは悲劇であり、それを撮影出来ていることは報道の世界に生きる者としてこの上ない幸運でもあった。

 七重塔を破壊した巨大イモムシは、空に向かって甲高い鳴き声をあげた。まるで勝ち誇るかのように。

 

「来てくれると思ってた」

 真矢にしがみつく雅美は、疾走するバイクの上でそう言った。

「気になってたのよ。あの因羽島の遺跡に、何が起きるのか」

「え? 真矢ちゃん、何か知ってたの?」

 真矢は、あの少女たちのことを雅美に話そうかどうか悩んだ。到底信じられないことだが、雅美なら、きっと分かってくれるとも信じた。だが今は、説明よりも逃げるのが先決だった。

「あとで話すわ。しっかり掴まってて」

「うん……」

 雅美は真矢の腰にまわす腕の力を強めて、体をさらに密着させた。

 

 万博会場を蹂躙する巨大イモムシは、再び太陽の塔があるシンボルゾーンへと向かっていた。ビルマ館、サントリー館、ガスパビリオンといった建物を次々と破壊しながら進行し、その後を福田は追い続けた。

「……一体、何がしたいんだアイツは」

 ひたすら破壊を繰り返す生物の行動に、一介の記者である福田にはてんで見当もつかなかった。ともかく、その背後につきとまとって写真を撮ることしか出来なかった。

 やがて生物は、シンボルゾーンに到着した。屋根を支える支柱を破壊したことで、ガラス製の屋根は次々と割れて瓦礫に変わった。

 巨大イモムシは、太陽の塔の前で停止した。異形の像と異形の怪物が対峙する様を収めたくて、福田は走り、二つが横向きに並ぶアングルを撮りたかった。

 だが怪物は、大人しく待ってはくれなかった。あの古河パビリオンの時と同じように体をのけ反らせて、その体が太陽の塔にのしかかった。

 太陽の塔は、耐えた。

 のしかかった際の衝撃で割れたガラス屋根の破片が福田を襲い、40センチほどの破片が右足に刺さった。だが彼はそれでも、カメラを持つ手を放さなかった。こんな光景は、おそらく二度と見られない。何としても撮らなければ。彼は記者としてより、一人の人間としてそういう使命を帯びたのだと勝手に感じ、太陽の塔と体を密着させる怪物の姿をフィルムに収めた。

 巨大イモムシは、空に向かっていちど咆哮した後、その口から白い糸を吐き出した。それは重力によって地上に落下し、糸を吐く(ぬし)に降りかかった。糸は絶え間なく吐き続けられ、だんだんと怪物の体はその糸に包まれていった。そして10分もしないうちに、怪物の体は完全に白い糸で覆われていった。

「……何を、してるんだ?」

 福田はその光景に、まったく理解が出来なかった。自己防衛なのか、それとも別の意図があっての行動なのか。

 ともかく謎の虫型巨大生物は、太陽の塔と融合するように白い糸に包まれ、万博会場の破壊活動を終えた。

 

「明子! 明子っ!」

 敷島夫妻は、赤いスポーツカーから降りてきた娘の名前を叫び、無事に再会した三人は抱擁した。

 明子が、もし両親が避難しているなら宿泊しているホテルだと言ったので、立花は新大阪駅近くにあるシティホテルへと向かい、明子の予想は見事的中していた、というわけだった。

「よかった、無事でよかったわ……」

 典子は涙を流しながら娘の後頭部を優しく撫でた。

「……どうもありがとう、君のおかげだよ」

 敷島は、明子を連れて来てくれた若い海上自衛官に礼を言った。立花は恐縮して頭を下げた。

「立花さん、ありがとう……本当にありがとう」

 明子も泣きながら立花に謝意を示し、立花の手を包み込むように両手で握った。明子の温もりが、立花に伝わった。

「いえ、自分は……当然のことをしたまでなので。では、失礼いたしますっ」

 立花は敷島たちに礼儀正しく一礼をして、車に乗り込んで去って行った。その姿を明子は見えなくなるまで見送った。

「あらまぁ、ナイスガイじゃない彼?」

 その光景を見守っていたジェニスは、明子の側に寄ってそう語りかけた。

「うん……また、会えるかな」

「ふふ、すっかり心を奪われてるわねシャイニー」

 ジェニスは明子の肩を抱き寄せた。明子は、いつもの柔らかな笑みを浮かべて、黙って頷いた。

 ふと、あの立花という海上自衛官が、自分の下の名前を知っていたことを思い出した。立花は呉地方隊所属、憧れの人だった水島も呉にいる……これは、ただの偶然ではないなと感じながらも、明子の心の中で、立花を想う気持ちが芽生えつつあったのは、確かだった。

 

 大阪市に入った小澤総理は、大阪府庁に臨時の対策本部を設置して指揮を執っていた。

「とにかくまずは警察と消防、そして自衛隊が協力して会場内に取り残されている人がいないか確認してください。なお、武力行使については巨大生物対策法に基づき全面的に許可します。ただしまずは人命優先です、そのことを各部署に通達してください。佐藤知事、あなたに副本部長をお願いしたいのですが、引き受けてくださいますか」

 指名を受けた佐藤義太郎(さとう ぎたろう)府知事は元国会議員であり、第一次小澤内閣の閣僚経験者でもあった旧知の人物だった。

「もちろんです、お引き受けいたしますとも」

「ありがとうございます。では、各自すみやかに職務を遂行してください。全責任はこの私が取ります! よろしくお願いいたします」

 小澤の力強い一声を受けて、臨時対策本部の面々は(かつ)を入れられた気持ちになり、それぞれの職務に全力で当たった。

「あ、あのう総理。私は何をすれば……」

 万博担当大臣の五十嵐がおずおずと声をかけてきたが、小澤の猛禽(もうきん)のように鋭い目つきに、思わず怯んだ。

「……あなたは、あの遺跡に怪物が眠っている事を知っていたのですか?」

 すでに小澤は、あのイモムシのような巨大生物が『未知との遭遇館』の球体から出現したという情報を得ていた。五十嵐は「いえいえいえいえ!」と何度も首を振った。

滅相(めっそう)もないことです。私も、今日の今日知ったことでして、はい……」

「そうですか。でしたらあなたはすぐ東京に戻ってください。辞表を書いて、矢口官房長官に提出してください。万博担当大臣だけではなく、通産大臣職もです」

「そ、総理っ!」

「異議は認めません。これは、内閣総理大臣としての命令です……早くここから出て行きなさいっ!」

 小澤の怒号が大会議室に響き、一同の視線が小澤と五十嵐に注がれた。五十嵐は体を硬直させ、黙って頭を下げてから、弱々しい歩みで臨時対策本部を辞した。

「……あなたのそういう、男勝りなところ。ちっとも変わってませんなぁ」

 第一次小澤内閣で官房長官を務めた佐藤が、微笑しながら言った。

「誉め言葉と受け取っておきますわ」

 小澤もまた、苦笑しながら言い返した。

 

「すぐ万博に参加したアメリカ人の安否確認を急ぐんだ。それとグリーンバーグとハーマンに連絡、警戒態勢の準備を命ずる」

 駐大阪米国総領事館に入ったゲイリーは、総領事のボブ・デラードにそう命令した。在日米軍司令官と第七艦隊司令官に連絡をしろと。

「まったく、まさか古代遺跡からモンスターとはな……」

「大統領、こちらは我々で対処いたしますから、ひとまずエアフォースワンでお戻りください」

「デラード、私は現場にいたんだぞ。それにあの怪物を、少しだけだが目撃した。このまま国に直帰など出来ない。私も日本政府と協力して、あのモンスターが何なのかを突き止めてやる」

「大統領、お言葉ですがあなたは、偉大なる合衆国のリーダーです。万が一の事があってはなりません。どうか、ご帰国してください」

「だが……」

 その時、事務職の女性が声をかけてきた。ジェニーと名乗る女から、総領事を出してほしいと。ゲイリーとデラードはすぐにその女性が誰かを察し、受話器を取ったのはゲイリーだった。

「あら、あなたいつから総領事も兼務するようになったの?」

「無事だったんだな、安心したよ。今どこだ?」

「今はシキシマたちと一緒、大阪市内のホテルよ。あなたも無事でよかったわ閣下」

「そうか。なぁ、あの生物についてどう思う?」

「……まだよく分からないわ。とりあえずノダが臨時対策本部に呼ばれることになったから、ついて行くつもりよ。ゲイリー、あなたは早く帰国しなさい。こっちはこっちで何とかするから」

「いや、だがなジェニー……」

「あなた、それでも合衆国の大統領? 自分の立場をよく考えなさいよ。あなたはただ一人の存在なのよ? 合衆国の統治者であり、ボタンひとつで核兵器も使える人間。お人好しのあなたのことよ、きっと総領事を困らせてるでしょ。いいから早くエアフォースワンに乗ってちょうだい。口やかましい妹のわがままだと思ってさ」

 ゲイリーは、ジェニスの説得に応じることにした。冷静になって考えれば、デラードとジェニスの言うとおりだった。自分は合衆国大統領というただ一人だけの存在であり、合衆国政府機能の一部なのだと再認識した。

「わかったよ、くれぐれも気をつけるんだぞ。カヨのこともよろしくな」

「言われなくてもそうするわよ。カヨは私の一部なんだから、何が何でも守るに決まってるでしょ。じゃあね兄さん」

 通話は一方的に切られ、ゲイリーは受話器を置いた。口やかましいが、いつも正論を吐く点は、昔から変わらないなと感じながら。

「……デラード総領事、ここを頼む。私は空港に向かうよ」

 デラードたちに見送られながら、ゲイリーは用意された車に乗り込んで、日本の警察に護衛されながら大阪国際空港へと向かった。

 

 車を友人に返却した立花は、すぐ電話を借りて呉地方隊に連絡した。出たのは幸運にも、上官である水島だった。

「おい、大丈夫だったか立花」

「はい、こちらは無傷です。明子さんも……無事にお守りいたしました」

「そうか、それは良かった。よくやったぞ。すぐに戻れ、政府から緊急配備の指示が出た」

 予想したとおりだった。巨大生物現出の際には、自衛官たちは否応なく召集されるのが常だった。

 通話を終えた立花はすぐに新大阪駅に向かい、広島行きの新幹線の切符を購入した。例の生物が今後、どのような行動を取るかはわからないが、万が一沿岸部に来るようなことがあれば、その時は海自にも出番が訪れる。

 ふと、明子と手をつないだ瞬間が脳裏によぎり、あの温かみがまだ手の中に宿っている感じがした。

 あの人を護りたい。立花はそう決意を固めていた。自分に出来ることは、何でもしようと。

 

「……怖かった。本当、どうなるかと思った」

 円谷荘の藤戸家に着いた真矢と雅美は、あたたかいコーヒーを飲みながら気持ちを落ち着かせていた。

「ありがとう、真矢ちゃん」

「いいのよ。それより、あの怪物……これからどうなるのかしら」

「そんなの、自衛隊が倒すに決まってるじゃない。でないと、万博が再開できないよ」

「……万博どころじゃないわ。何かこう、もっと恐ろしいことになりそうな気がするのよ」

「どういうこと? ……ねぇ真矢ちゃん、あの遺跡のこと、何か知ってるんじゃない?」

 真矢は、煙草に火を点けてから、例の少女たちのことについて雅美に打ち明けた。雅美は、最初は懐疑的な顔をしたが、真矢の真剣な姿を見て、否定はしなかった。

「……その遺跡から出て来た子たちが、予言してたっていうのね。あの怪物が目覚めることを」

「うん。人の騒めきと、太陽の光。それで条件が揃うって」

「まさに今日、揃ったってわけね……その子たち、今どこにいるんだろう」

「さぁね。何せ体を透明に出来るんだから、探しようがないわ。不意に現れては消える、今までその繰り返しだったもの」

「……その子たちが、もし本当に違う星から来たなら、何をしに来たんだろう。地球に」

「避難場所を確保するためと言ってたわ、自分たちが住む星が住めなくなった時のためにって。用意周到な民族のようね」

「……じゃあ、何であんな生き物を連れて来たんだろう。住むのが目的なら、あんな生き物、別に必要ないよね? ペットじゃあるまいし」

「それは分からない……ん、待って。彼女たちは言ってたわ、命令をしないと止めることは出来ないって……つまり、操れるってこと?」

 二人は顔を見合わせた。それはペットというより、兵器のような表現だと二人は感じた。

「あれは、ただの生物じゃない。彼女たちを守るための兵器……だとしたら、一緒に土の中で眠っていたことも理解できるわ」

「生物兵器……なんか、怖いね」

「私たちとは文明が違うのよ。考え方や価値観だって違うはず。科学力だってそうよ。そもそも違う星からやって来た時点で相当な技術力を持っていることを証明してるわ。体を透明にさせてることもね」

「じゃあ……これから、どうなるの? 命令しないと止められないってことは、あの怪物はずっと暴れ続けるの?」

「私に聞かれても……でも、その可能性はゼロじゃない。それにあの蝶の絵……まさか」

 刹那、帰宅してからずっと点けっぱなしにしていたラジオから臨時ニュースが流れ出した。

「臨時ニュースを申し上げます。日本政府は先ほど、大阪万博会場に出現した巨大生物に対し、大阪府庁内に臨時の対策本部を設置したことを明らかにしました。本部長には小澤首相が就任し、まずは会場内に取り残されている人がいないかを確認し、その上で巨大生物に対する対策案を実施していくとのことです。繰り返しお伝えします……」

 

 壊滅的被害を受けた大阪万博会場では、取り残された人がいないか、警察、消防、そして陸上自衛隊が出動して現場に踏み込んだ。

 そこは『人類の進歩と調和』のキャッチコピーとはかけ離れた、禍々(まがまが)しい災害現場だった。

 まず最初に救出されたのは、万国博中央口駅の構内でうずくまっていた女性だった。彼女は恐怖のあまりトイレに逃げ込み、そのまま怯えて時を過ごしていた。警察に救助された時には、すでに外は茜色に染まり始めていた。

 次に救出されたのは、右足にガラス片が刺さった新聞記者の男だった。彼は大阪日報の福田であると名乗り、担架で運ばれたが「このカメラを至急会社に送ってください! 特ダネなんです特ダネ!」と叫び、消防隊員たちは正直呆れていた。

 救命できなかった者もいた。ロープウェイに乗っていた客たちは、支柱が破壊されて地面に激突し、死亡していたのだ。自衛官らは遺体に合掌してから、それを白い布で包み運び出した。

 例の生物は、謎の白い物体に覆われて太陽の塔と一体化していた。

 太陽の塔には三つの顔がある。腹部には〝現在〟を表す太陽の顔、上部には〝未来〟を表す黄金の顔、そして背面には〝過去〟を表す黒い太陽が描かれている。

 巨大生物と一体となった太陽の塔は、太陽の顔を完全に隠し、〝未来〟と〝過去〟の顔しか見えなくなっていた。

「何だこりゃぁ……死んだのか?」

 一人の自衛官が呟き、この光景を何と言えばいいのか分からなかった。

 とにかく巨大生物は、完全に沈黙していた。その間に救出部隊は、会場内を隈なく捜索して、救助者がいないか夜を徹して活動した。

 

「えー、例の巨大生物ですが、集められた情報をもとにすると、全長は約16メートル、最大体高8メートルと推察されます。形状は、いわゆるイモムシに酷似しており、表皮は茶色。出現したのは、因羽島から出土した球体から……現時点では、これぐらいの情報しかございません」

 大阪府庁内に設けられた臨時対策本部の会議で、招聘された野田健治巨生研所長はそう述べるに留まった。

「これまで、ゴジラ細胞の影響を受けた昆虫が巨大化した例は何度かありましたが、この生物に関しては……おそらくそれはないと考えられます。何せ土の中でずっと埋まっていたわけですから、ゴジラとは別系統のものと考えて差し支えないと思われます」

「わかりました、報告をありがとうございます野田所長。放射能は検知していますか?」

 小澤は陸自幹部に訊ね、現場からは有害な放射能は検知しておらず、例の生物にしても異常な反応はなかったことを幹部は報告した。

「では、何なのでしょうか……古代から生き延びた、恐竜のようなものなのでしょうか」

「現時点では何とも……恐竜なら大戸島の呉爾羅や、16年前に出現した首長竜の例がありますが、虫が太古から生き延びるというのは……何とも考えにくいです」

 野田は自信なさげにそう語り、会場には気まずい空気が流れた。

「いいかしら」

 挙手をしたのは、長身の白人女性。服装は万博にいた時の黒いドレスから、カーキ色の軍服仕様に変わっており、野田の付き添いという形で同席を認められていたアメリカ人だった。その姿は小澤総理にもよく見覚えのあるものだった。

「どうぞ、ジェニーさん」

「ありがとうボス。あの生物はいまTower of the Sun……失礼、太陽の塔のところで停止してるのよね? 白い物体に包まれて」

 返答を求められた陸自幹部は「ええ、そのように聞いております」と率直に答えた。

「あの生物は、虫の幼虫によく似ていた。もしも本当に幼虫だとしたら、このあとのフェイズは?」

 ジェニスが両手を広げる仕草をして、誰かに返答を求めた。答えたのは、野田だった。

「……羽化(うか)だ。そうか、今は(まゆ)の中にいる」

「そう。その証拠に、あの球体には巨大な蝶のような絵が描かれていたでしょう。おそらくあんな姿になる可能性がある、と私は考えてるわ」

「つまり、進化するということですか……空を飛ぶようにでもなれば、さらに厄介ですね」

「そうねボス。人を襲う習性があるのかはまだ分からないけど、仮にそうだとしたら困ったことになるわね。あのサイズの幼虫なら、成虫はその倍以上はあるでしょうし」

「総理、大阪府知事として進言いたします。現在、吹田市民の半数以上が避難をしている現状を鑑みまして、早期にあの生物の駆除すべきと考えます。府民は今、とても不安を感じております」

 対策本部の副本部長である佐藤の言葉に、小澤も同意して頷いた。

「相手が虫ならば、火炎放射器なども有効でしょう。それに我が国には、オソニチンを使用した対巨大生物用兵器も多数保有しています。必ず仕留められます。明日までに駆除作戦の立案を自衛隊に要請します」

 同席している陸海空の幹部たちは、小澤の発言に対し一様に頷いた。

「では例の生物に対しては、可及的速やかに駆除を行う方針とします。以上散会とします」

 

「上手くいくといいんだけど」

「え、何がですか?」

 府庁舎の階段を下りながら、ジェニスと野田は話していた。

「駆除よ。あの生物は、どうも地球上に存在するものとは違う気がするのよね」

「でも、虫は虫でしょう」

「金属製の卵から生まれる虫がいるの?」

 その指摘を受けて、野田も「た、確かに……」と困った顔をした。

「あれは、人為的にあのボールに収められてた。私はそう思ってる」

「……つまり、ヒトが造った生物だと?」

「あくまで仮説よ、自分でも半信半疑。でも、自然界にあんな生物はまずいないでしょ。それにあの虫はゴジラ細胞とは関係なさそうだし。だとしたら、なぜ巨大なのか、なぜ金属で出来たボールに入ってたのか……そうだ、あの妙な女の子たちを覚えてる?」

「え? ああ、あの白髪の子たちですか」

「あなたは見たかどうか分からないけど、あの子たちは一瞬で姿を消したのよ。あのボールが動き出して、群衆が離れた直後。奇妙だと思わない?」

「……彼女たちが、あの生物と何か関連があると?」

「さぁね。もう分からないことが多すぎて頭がパンクしそう。……ふふ、まるで昔みたいだわ。あなたとカヨの三人でゴジラの謎を追ってた頃みたい」

「もう、16年前ですか……懐かしいですね」

「16年の間に私はカヨとカフェを開いて、あなたは国立機関のボスになった。雲泥の差ってやつね」

「あなたの国にもあるじゃないですか、研究機関が。なぜ入らなかったんですか?」

「ああ、モナークのこと? 私はもう宮仕(みやづか)えは勘弁よ、自由でいたいの。それにどうもあの連中は変態が多すぎて、何回か会ったことあるけど好きじゃないわ。怪獣オタクの集まりみたいな奴らなのよ」

 16年前に辻堂で駆逐されたゴジラの骨をアメリカが保有したのをきっかけに、アメリカ政府は独自の巨大生物研究機関である、巨大生物全国調査省(Ministry of Monster National Research)を設立した。通称はモナーク(MONARCH)。日本の巨生研とは友好関係を構築しており、年に何度か意見交流会も実施されている。ゴジラ出現以来、アメリカ沿岸でも黒い背鰭の生えた大型生物の報告が上がっており、その調査研究と対処法の確立、そしてゴジラの研究が主な目的の組織だった。

「私も何度か誘われたけど、その都度断ったわ。だって引き受けたらハワイに住めなくなるのよ? 嫌よ、楽園から離れるなんて」

「ははは、まぁあなたらしいと言えばあなたらしいですね」

「そうは言っても、一応連絡を取り合ってる関係ではあるわ。まぁオブザーバー的な感じかしらね。まぁそんなことより、今はあのイモムシちゃんのこと考えましょ。無事に駆除できればそれに越したことはないけどね」

「ですね……もう、巨大生物によって人々の営みが破壊されるのは、見たくありませんから」

「まったくだわ、もうたくさんよ。じゃあまた明日ね、ミスター・ノダ。いや、Manager Noda(野田所長)と呼んだ方がいいかしら?」

「いいですよ、呼び慣れた方で。僕もその方が好きですから」

 ジェニスは笑みを浮かべながら「そうよね、私もそう思ってた」と返し、二人はそれぞれ別のタクシーに乗って別れた。空には雲間から月明かりが漏れ、大阪の街を照らしていた。

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