モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月15日(2)

「成虫になったようね……」

 ブラウン管テレビに映し出された映像を見て、ジェニスは呟いた。臨時対策本部の一同も、その映像に釘付けだった。真矢は、あのドームの中で見た巨大な羽を持つ生物を描いた壁画を思い出した。

「……空自の戦闘機は今どこにいますか」

 小澤が空自幹部に訊ね、現在京都市上空を通過中と幹部は報告した。

「佐藤さん、念のため府民に対し避難勧告を出してください。万が一、あの生物が人口密集地帯に飛来した場合、撃墜が困難になります。仕留めるなら、なるべく人的被害の少ない地域でなければなりません」

「かしこまりました」

 佐藤はすぐ府の職員を呼び、該当地域に住む府民に対し通達を行うよう指示を出した。

「災いが起こる……」

 真矢は、独り言のように呟いた。その声をジェニスは聞き逃さなかった。

「何?」

「あの子たちが言っていたことです。目覚めたら、災いが起こるって」

「……人を襲うってことかしらね。でも、捕食生物には見えないけど」

「総理、現場から報告が入りました。正体不明の少女二名を確保したとのことです」

 陸自幹部は報告したのを聞いて、ジェニスはすぐ口を挟んだ。

「すぐにどこかへ隔離した方がいいと思うわ。彼女たちは貴重なサンプルでもあるんだから」

「それなら、ウチの大学の病院はどうですか? 万博会場とも近いですし」

 中條がそう進言した。大阪大学は万博会場と隣接しており、医学部附属病院もまた、その敷地内にある。

「わかりました、ではそこへ搬送してください。そして、厳重な管理下に置いてください」

 小澤は陸自幹部にそう命令した。そして、テレビに映し出された、極彩色の羽を持つ巨大な虫型生物に目を遣った。生物は太陽の塔にしがみついたまま、動いていない。その姿を見て思ったのは、花に群がる蝶というより、壁に貼りついた蛾の姿だった。

 

「一佐、少女たちの搬送作業完了です。攻撃準備も整っています」

 部下からの報告を受け、田島一佐は無言で頷いた。そこへ副官である緒方二等空佐も報告を入れに来た。

「間もなく戦闘機部隊が到着します。攻撃準備も完了です」

「わかった。陸と空から、奴を倒そう」

 田島は、戦闘機部隊が敵を捕捉した時点で攻撃を再開することにした。必ず仕留めるために。

 

 大阪大学医学部附属病院――阪大(ばんだい)病院は、すでに吹田市に発令されていた一部市民の避難勧告に従って受付外来を閉鎖し、出来るかぎり入院患者の移送も実施されていた。

 そこへ、異様な患者が二名運ばれて来た。検体、というべきかもしれない。ソレはかろうじて呼吸をしていたが、問いかけには何も反応せず、目はずっと閉じていた。しかし臨時対策本部たっての要請ということもあり、阪大病院は受け入れを拒否しなかった。ソレは人間の形状と似ていたが、明らかに地球人とは違う容姿をしていた。それに不可解なのは、あの猛毒物質であるオソニチンを吸引しても、まだ生命反応があるという点だった。オソニチンはわずか0.01ミリグラムの接種で死にいたる。常人ならばすでに死亡していて当然なのに、ソレはまだ心臓が生きていた。その時点でもう人間とは違うということを、担当医は理解した。

 

「対策本部より入電! 例の生物に羽が生えたとのことです」

 立花通信士が報告すると、護衛艦『まきなみ』のブリッジには緊張が走った。飛行可能となれば、洋上に出て来る可能性もある。その場合、『まきなみ』を旗艦とする三隻の艦隊は、その対処を担うこととなる。

「対空戦闘を準備しておくように」

 神宮司艦長は赤い艦長席に座りながらそう命じて、艦をさらに大阪湾内へと進めさせた。

 

「……私も、病院に行きます」

 真矢は、そう呟いた。やっと彼女たちを捕らえることが出来た。より詳しく話を聞く必要がある、彼女はそう思った。

「ちょっと待ってマヤ、まずは彼女たちを完全に隔離することが先決よ。それに容態だって意識不明、話しはまだ出来ないわ」

「……」

「大丈夫よ、必ず会えるように手配する。話すならあなたとの方が進みやすいかもしれないのは分かってるから」

 ジェニスは真矢の肩に手を置いて説得し、真矢は黙って頷いた。

「しかし、羽化が早いですね……普通の蛾ならせいぜい10日はかかるはずなのに」

 テレビの映像を見ながら野田は後頭部を少し掻きながら言った。

「何あなた、ゴジラ研究家だけじゃなくて虫博士でもあったの?」

「いえ、たまたま知ってただけです。ほら、かつて日本中で巨大生物の出現が相次いだ時に、昆虫も影響を受けた事例があったものですから、少しだけ調べたことがあったんです。こんな短期間で羽化するのは、やっぱり普通じゃないなと思って」

「そりゃそうでしょ、巨大生物と普通の生物とは何もかもが違うんだから」

 ジェニスに言われて、野田はさらに後頭部を掻いた。そんな二人をよそに、空自幹部が小澤総理に報告をした。

「間もなく戦闘機部隊が到着します。田島一佐より報告、地上と空からの同時攻撃で仕留めるとのことです」

「わかりました、承認します」

 小澤は、ハァと溜息をつきながら、テレビの映像を注視した。今度こそ仕留めなければならない、そう思いながら。

 

 石川県の小松基地から飛び立ったF-104J戦闘機3機は、大阪府内上空に差し掛かった。

 アメリカ製のその鉛筆を思わせる細長い機体は、製造母国では〝スターファイター〟の異名を持ち、日本の自衛隊では〝栄光〟という名で呼ばれていた。それをもじったコードネームで、一号機は無線通信を始めた。

「こちらエコー1(ワン)、目標を視認した。これより攻撃態勢に入る、送れ」

「作戦本部了解、命令を待て」

 F-104J戦闘機3機は、鶴翼(かくよく)の陣形を取りながら、大阪万博会場に機首を向けて、空を高速で駆け抜けていた。

 

「一佐、そろそろよろしいかと」

 部下に促され、田島一佐は頷いた。陸も空も、準備が整った。あとは指揮官の命令ひとつだった。

「……攻撃を再開する。戦車部隊に連絡、砲撃開始、送れっ」

 

 7台の61式戦車の砲門は、変わらず標的に向けられていた。すでに砲弾も装填されており、指揮官の命令をずっと待っていた。

「戦車長、命令を確認しました。砲撃せよとのことです」

 部下からの報告に戦車長は頷き、時は満ちたと身構えた。

「全車、砲撃開始っ」

 7台の戦車のうち、3台は徹甲弾、残りの4台にオソニチン搭載の特殊弾頭が装填されており、打撃と毒ガスによる二重攻撃で標的を仕留める算段をつけていた。

 戦車長の命令が伝わり、61式戦車7台は再び砲撃を開始した。轟音が辺りに響き渡り、弾頭は一直線に飛んで攻撃目標に着弾した。刹那、敵からは怒りをにじませるような甲高い鳴き声が聞こえ、太陽の塔の黄金の顔が地上に落下し、着弾地点は爆煙に包まれた。

 さらに空からも、F-104J戦闘機3機が投下した特殊弾頭が合計6発命中した。

 わずか0.01ミリグラムの接種で致死量という猛毒をこれでもかと浴びたのを見て、田島は勝利を確信した。

「やったか……」

 確信は、羽を動かして空へ飛び上がった敵の姿を見て、呆気なく崩れ去った。

「目標飛翔! 戦闘機部隊が追尾します!」

 部下からの報告を、田島は呆然としながら聞いていた。あのゴジラさえ倒した兵器が、まったく効いていない。

「バカな……」

 田島は我が目を疑い、空高く舞い上がっていく巨大な蛾をむなしく見つめていた。

 

 万博会場の外環状道路から様子を見ていた芸術家・岡本太郎は、我が作品が無残に爆撃されるのを見て絶叫し、「爆発だ、爆発だっ!」と狂ったように叫んだ。その瞬間、彼の頭の中では新たな新芸術のイメージが思い浮かんだが、その身柄は警察によって確保され、すぐに安全地帯へと移送されていった。彼はパトカーの車中でも「芸術は爆発だっ」という言葉を連呼していた。

 

「ありえない……あれだけのオソニチンを喰らって無傷だなんて……ありえません」

 テレビ画面越しに状況を見ていた野田は、明らかに狼狽していた。これまで幾度と、ゴジラ細胞に影響を受けて巨大化した生物が、オソニチンを使用して駆除されていく様を見てきた彼にとって、あの生物の強靭さに底知れない畏怖感を覚えていた。

「マヤたちの言うように、あれはただの生物じゃない。兵器なのよ……」

 ジェニスは野田の肩に手を置いて語りかけた。

「例の生物は、今どこにいるんですかっ」

 小澤が訊ねると、現在東淀川区方面へ移動中と空自幹部は報告した。つまり、南下して来ている。

「総理、まだ避難が完了していない地域上空ですが、戦闘機部隊がバルカン砲の使用許可を求めています。どうされますか」

「……やむをえません、撃墜ではなく誘導を試みてください。大阪湾方面へ」

 空自幹部は了解し、その旨を無線でエコー1に伝えた。

 

「エコー1了解、敵を大阪湾へ誘導する」

 F-104J戦闘機3機は、高度6000メートルの空をマッハ2で飛んでいた。

 だが眼前の飛翔体は、それよりも先を飛んでいる。巨大な体に似合わず、その動きは実に俊敏かつ超高速だった。

 F-104J戦闘機には、20mmバルカン砲が搭載されていた。戦闘機への搭載は史上初の兵器であり、最大装弾数は745発。

「奴を海に移動させる。左側から射撃する」

 エコー1は巨大生物の若干左側に移動し、機体前部の左下に装備されたバルカン砲の弾道を調整した。他の二機もそれに(なら)った。

「射撃開始」

 エコー1のバルカン砲が火を吹くと、あとの二機もそれに続いて射撃を開始した。弾丸は目標に着弾していたが、まるで効果は見られなかった。

「諦めるな、続けろ!」

 三機の戦闘機はなおも射撃を繰り返したが、巨大な羽をはばたかせながら飛び続ける飛翔体には、かすり傷ひとつ付けられなかった。

 すると、飛翔体の羽から何かが舞い散って来たのをエコー1のパイロットは確認した。それは金色に輝く粉のようなもので、三機の戦闘機にも降りかかったが、特に異常は起きなかった。

 パイロットたちは知らない。その粉が地上にも降り注いで、淀川河川敷の草むらにあった、カマキリの卵鞘(らんしょう)に降りかかっていたことを。

 飛翔体はそのまま淀川を越えて、旭区上空に差し掛かっていた。

 

「こちらに来るのですか?」

 飛翔体の現在地を空自幹部から報告された小澤総理は、困惑した。大阪市内に来るとなれば、まず撃墜は出来ない。大阪市にも避難勧告が出されていたが、ほとんどの市民はまだ街中にいる。その状況でもし撃墜などすれば、一般市民に多大な犠牲をもたらすこととなる。それだけは何としても阻止しなければならなかった。

「誘導はどうですか、出来ませんか」

「それが、バルカン砲はまったく効果なしとのことです……あとは各機に一つずつ特殊弾頭が残っていますが、市街地で使用するとなれば……」

 それはそれで恐ろしい事態になる。空自幹部が言わんとすることは小澤にもわかっていた。オソニチンはもちろん、人間にとっても有毒であり、それを市街地上空で使用するとなれば多少なりとも人的被害が発生する恐れがあった。しかもあの生物には、まるでオソニチンが効いていなかった。使っても無意味だと思い、小澤は特殊弾頭の使用を禁じた。

「ともかく、何としても人気(ひとけ)のない場所に誘導しなければ……」

「あっ!」

 雅美が窓の外を見て、思わず声をあげていた。一同は窓辺に寄って空を見上げた。巨大な蛾が、大阪城の上空を飛び去って行くのを、彼らは目撃した。そのあとを三機の戦闘機が追っていく姿も。

「……ねぇ、アレは何かしら」

 飛翔体が飛び去った後の空から、何かキラキラとしたものが降ってきたのをジェニスは見つけた。まるで一昨日の雪のように降ってくるそれは、地上へと落ちていった。

 彼女たちはまだ知らない。その粉が、大阪城公園内で巣を作っていたジョロウグモに降りかかったことを。

 

 人間たちの願いが通じたのか、それとも偶然か、巨大な飛翔体は天王寺区上空で向きを西側に変えて、大阪湾方面へと進み始めた。

 そして羽から舞い散る粉にも、変化が見られた。それは金色から赤紫色に変色し、大阪市街地に降り注いだ。

 そんなことなど露知らず、通天閣がそびえる新世界の食堂で昼間から酒を煽っていた安東は、これから先どうするかを考えた。もう会社にはいられない、というより会社自体がいずれ倒産することになるだろう。そうなれば当然失業するし、あの遺跡を誘致した責任問題で訴訟沙汰にだってなるはずだ。そうなれば自分も被告人となり、下手をすれば刑務所行き……もう考えたくない、何も考えたくない。彼は仕事も放棄して、ひたすらビールを飲んでいた。

「あんちゃん、もうその辺にしときな。そろそろ店閉めたいんよ」

「何で? まだ、お天道様も出てるでしょ……」

「いやな、お役所から避難しろって言われてるの聞いてないんか? まぁこっちまであの万博の怪物が来るとは思えへんけど、念のためな。だから早く勘定しておくんなはれ」

 安東は、笑った。そうか、俺のせいでこんなことになったのか。この安っぽい店でさえ影響を受けるほどのことをしてしまった……いや、そればかりか、日本初の万国博覧会を台無しにしてしまった。今後訴訟を受ければ、確実に名前と顔は全国に知れ渡り、もうろくな人生を歩めないことはわかりきっていた。そう思うと、自分のことを笑うしかなかった。何て哀れなんだろうと。店主は、そんな安東の姿を見て、怪訝な顔をした。

 その時、外が何やら騒がしくなった。何事かと千鳥足で外に出てみると、天王寺方面から巨大な蛾が空高くを飛んでくるのが見えた。初めて見た生物だが、安東はすぐに分かった。あの万博を破壊した生物の成れの果てだと。安東は、思わず怒りが込み上げた。

「お前のせいだ! お前のせいで俺は、俺はっ……」

 安東の叫びは、もちろん飛翔体には聞こえていないし、聞こえていたとしても、何も意味はなかった。ソレはすぐに上空を飛び去り、大阪湾の方へ行ってしまった。

 そのあと、空から妙なものが降って来た。それは赤紫色をした粉雪のようなもので、安東は体に付着したそれを手で払った。

「ふざけやがって……」

 安東はその場に膝から崩れ、泣き(わめ)いた。なぜだ、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか。亡き父と同じ会社に入り、まっとうな会社員人生を送るはずだったのに……。

 安東は、急に息が苦しくなってきた。彼に喘息(ぜんそく)はない。風邪も引いていない。だが、体の調子が急におかしくなってきた。具合が悪いというよりも、体内で何かが起きているような感じだった。そしてそれは、他の外に出ていた人々にも現れた症状だった。他にも息苦しそうに倒れ込む人々が、路上にたくさんいた。

「おい、あんちゃん! どうしたんや」

 店主が店の中から出て来て安東に声をかけたが、彼は周囲の異様な光景に目を奪われた。外に出ていた人々が一様に胸や喉をおさえて、苦しみもがいている。

 店主は、白い前掛けを安東に掴まれてビックリした。そして彼の顔を見て、悲鳴をあげた。

「た、助けて……くれ……うぅ……」

 安東の顔は、まるで全体に(こぶ)が出来たように変形し、その指もまた腫瘍のようなものがブツブツと盛り上がっていた。店主は思わず安東を突き飛ばし、悲鳴をあげて店の戸を急いで閉めた。安東は力なく倒れたまま、体の変形が進行していった。そして安東は安東でなくなり、別の生き物に生まれ変わろうとしていた。

 

「報告! 巨大飛翔体が大阪湾へ向かいつつありとのことです」

 立花が対策本部からの報告を伝え、神宮司一佐は砲雷長に対空戦闘用意を命じた。すでに『まきなみ』ら三隻の護衛艦は大阪湾内で待機していた。

「現在、目標は高度3000メートル付近を飛行中とのことです」

「よし、それならば本艦の主砲も充分届く」

 立花からの報告に、神宮司は自信に満ちた口調で返した。『あやなみ』型護衛艦には、艦首側に二基、艦尾側に一基、3インチ連装速射砲が備えられている。全部で6門。最大射程距離は12000メートル。1分間に45発の連射が可能だった。

「敵はどうやらオソニチンが効かないようです。徹甲弾と榴弾のダブル攻撃を進言します」

 副長である水島の言葉に神宮司は同意して、第一主砲に徹甲弾、第二主砲に榴弾を装填するようあらためて指示を出した。

「……目標を確認! こちらに向かってきます!」

 航海士がそう叫び、神宮司と水島は首からさげていた双眼鏡を手に取った。蛾のような巨大生物が、全速力で飛びながら艦隊に向かって来ていた。

勿怪(もっけ)の幸いとはこのことだな。対空戦闘、用意っ」

 

 カヨ・クロフォードは、大阪ロイヤルホテルの一室で独り過ごしていた。科学者でも戦術家でもない彼女は、愛するパートナーの帰りを心待ちにしていた。昨夜はベッドで濃密な時を過ごし、二人の匂いがまだほのかに残るシーツに顔を(うず)めたりしていた。

 一人は寂しい。早く帰ってきてほしい。そして無事に仕事を終えて、大戸島に墓参りをしてから帰国したい。太平洋の楽園たるハワイに。シーツを撫でながらそんなことを考えていた時、突然階下から激しい物音が聞こえ、カヨは窓辺に立った。

「何?」

 下を見遣ると、ホテルの入り口に一台の青い車が衝突していた。車からは煙が上がっており、周りにホテル関係者が集まっていた。

 そして、なぜか逃げ出した。カヨは持参していた小型の双眼鏡を持って来て、あらためて下を見た。

 その車が新世界から走ってきたことを、カヨは知らなかった。

 事故を起こした車からは、人間ではない何かが姿を現していた。人型をした、不気味な生物。表皮は茶色と赤紫のマーブル色で、手足に腫瘍のような大きな瘤があり、そして頭が……大きかった。上からなのでそれがどんな顔をしているのかまでは見えなかったが、とにかく頭部が大きかったのはわかった。

 怪物、怪人……カヨには詳しいことはわからなかった。もし黒くて背鰭が生えていたなら、ゴジラの細胞によって突然変異し、大戸島で殺戮のかぎりを尽くしてしまった弟の佐吉と同種であるとわかったが、階下にいたそれは、どうやら違う種類の怪人のようだった。その怪人は、ホテルの中に入って行った。カヨのいる建物の中に。

 カヨはすぐ、臨時対策本部にいるパートナーに連絡を入れることにした。彼女なら、何か知ってるかもしれないと思って……いや、必ず助けてくれると信じて。

 

「距離、8400!」

 航海士が叫びながら、敵との距離を報告した。すでに主砲の射程圏内だが、なるべく引きつけて近い距離にした方が効果はあると踏んで、神宮司はまだ攻撃命令を出さなかった。

「まだだ、4000を切ったら砲撃を開始する」

 両者はじりじりと距離を詰めていった。7000、6000、5000……。

 距離4700を航海士が叫ぼうとした直前、巨大な飛翔体は急に高速落下し、そして海面すれすれを飛び進め、そして『まきなみ』との距離3800メートルのところで羽を大きく上下させて急速浮上した。その衝撃が、津波を引き起こした。高さはどんどん増していき、8メートル近い津波が艦隊を襲った。『まきなみ』ら三隻は艦首から大きくその波の直撃を受け、転覆こそ免れたが、大きな揺れによる衝撃で艦内の隊員に何人か負傷者が出た。

「奴は、奴はどこへ行った!」

 神宮司が叫んだが、答える者は誰もいなかった。すでにソレは、彼らの視界から消えていた。

 

「……目標を見失いました」

 臨時対策本部の空自幹部は、無念そうな顔をしながら小澤総理にそう報告をした。蛾のような巨大生物はひたすら上昇を続けて、大気圏外に出てしまった。戦闘機は、もちろん追えない。

「……わかりました。引き続き探索と、被害状況の確認に全力を注いでください」

 まるで成す術なく、ただ飛び去るのを見届けたに過ぎない結果に終わったことに、小澤は静かに椅子に座り頭を抱えた。オソニチンも、通常兵器も効かないとなれば、今後どう対処すればいいのか彼女にはわからなかった。

「クロフォードさん、お電話が入っています」

 通信係がジェニスを呼んだ。誰からと訊ねると、カヨ・クロフォードだという。カヨには緊急連絡先としてここの番号を教えていた。ジェニスはすぐ受話器を受け取った。

「どうしたのカヨ?」

「あの、何か不気味なのがホテルに入って来たのっ」

「どういうこと? 巨大生物?」

「違う、何か人の形をしてるんだけど、違うの。何かこう、皮膚がブクブクしてるっていうか……とにかくそれがホテルに入って来たのっ。私、どうしたらいいの……」

 カヨの悲痛な言葉に、ジェニスは戸惑った。一体どういうことなのか、まだ把握しきれていなかった。

 その答えを、対策本部の職員が告げた。

「総理、天王寺区から浪速区にかけて奇妙な報告が相次いでいます。その……キノコのような怪人が多数出現していると」

 その報告に一同が耳を疑い、どういうことなのか小澤は訊ねた。報告では、あの巨大な蛾が去った後に降り注いだ赤紫色の粒子を浴びた人が体調不良を訴え、そして体に突然変異が起きたという。その詳しい容姿についてはまだ情報が錯綜していたが、頭がキノコのように盛り上がった怪人になったというのは、共通した目撃情報だった。それを聞いたジェニスは、すぐカヨに告げた。

「カヨ、今から迎えに行くっ。何とか屋上に出て、ヘリで迎えに行くから」

「で、でも私……怖い」

「大丈夫よ、私がすぐそっちに行くから。あなたは強い女性よカヨ、私は誰よりもあなたをよく知ってる、そうでしょ?」

「……うん、わかった」

 カヨは、泣いていた。怖いのだ、一人で行動するのが。だが行動してもらわないと、救出には行けない。

「いいこと、その怪物は体に害のある物質を持ってる可能性がある。スカーフでも何でもいいから、口に巻いておいて、マスクのように。いいわね?」

「わかった……必ず来てっ」

「わかってる、必ず行く」

 通話を終えたジェニスは、すぐショルダーバッグを手に持った。

「ボス、緊急事態なの。ヘリを貸してちょうだい、人命救助なの」

 大阪府庁の駐車場には、日本政府専用のヘリコプターが待機していた。小澤は、使用の許可を与えた。ジェニスは礼を言う暇もなく背中を向けた。

「カヨさんが危ないんですか?」

 野田が訊いてきたが、ジェニスは「ここは任せたわ」とだけ言い残し、臨時対策本部室を足早に出て行った。

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