モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月16日(1)

 1970年3月16日

 

 目を覚ますと、そこは物寂しい風情の四角い部屋の中だった。

「お目覚めね、ガールたち」

 声の主に目を遣ると、背の高い色白の女だった。この国の人間とは違うと、少女たちはすぐに見抜いた。

「話せる?」

 そう訊いてきたのは別の女。あの女だった、自分たちを悠久の眠りから覚ましてくれた女。少女たちはベッドに寝かされたまま頷いた。二人は体を完全に拘束されていた。念力を使えばどうということもないが、まだ目覚めたばかりで力が回復しきっていないため、二人は拘束を甘んじて受け入れた。

「生きてたのね」

「運のいい女」

 少女たちが喋ると、その肉声を初めて聞いた者たちは少し驚いた。阪大病院霊安室には、ジェニス、野田、真矢、原田、中條のほか、政府、自衛隊、医療関係者たちが詰めていた。

「あなた達こそ、あの猛毒を吸ってよく生きてられたわね」

「私たちは耐えられる」

「初めて吸ったけど、死ぬことはない」

「あなた達は今、国に拘束されてる。こちらの言うことを聞いた方がいいと思うけど」

「交渉? それとも命令?」

「どちらにしても断る」

「そう、じゃあ仕方ないわ」

 すると真矢はショルダーバッグから杉浦式自動拳銃を取り出し、チェンバーを引いて銃口を異星人の頭に向けた。一同は騒めいた。

「いくら丈夫でも、脳をやられたらまずいんじゃない?」

 少女たちは拳銃を見据えた後、お互いの目線を合わせた。

(どうする?)

(今は抗えない)

(……仕方ないわ)

(うん、仕方ない)

「さぁどうするの? 私は本気よ」

 真矢は両手で拳銃を構え直した。指は引鉄に当たっている。

「わかった」

「話をする」

 それを聞いて、真矢は肩の力を抜き、拳銃をバッグに戻した。

「利口なやり方よ、ミス・マヤ。私でもそうする」

 ジェニスが微笑しながら言うと、真矢は苦笑して返した。

「藤戸君、そんなもん持ってたんか……」

 原田が驚愕した顔のまま言った。

「祖父の遺品です。すいません隠してて」

「単刀直入に訊くわ。あの蛾のような生物は何?」

 ジェニスが少女たちに訊ねると、少し間を置いてから、二人同時に口を開いた。

「モゥスァーラァー」

「それがアレの名前?」

 二人は頷いた。野田はすぐメモに書き留めた。

「アレは、あなた達が造ったの?」

「そう、星を守るため」

「私たちの守護神」

「あなた達は、アレを操れるの?」

「私たちの言うことは聞く」

「でも道具が必要」

「道具って……これ?」

 真矢がショルダーバッグから取り出したのは、あの金属製の土偶だった。それを見た少女たちは無言で頷いた。

「じゃあ、アレを使ってその……モサラ、だっけ? まぁモスラだかどっちでもいいけれど、とにかくあのでかいmoth(蛾)を止めたいのよ。力を貸してちょうだい」

 ジェニスが語りかけると、少女たちは内々に相談をした。

(どうする?)

(……今は従っておこう)

(そうね、それがいい)

(うん、それがいい)

 少女たちは口を開いた。

「わかった」

「でも条件がある」

「何かしら?」

「拘束を解いて」

「自由にして」

「それは出来ない相談ね。あなた達、体を透明に出来るでしょ。逃げられたら困るもの」

「でも拘束されてたら、操れない」

「それでもいいの?」

 主導権を握り返されたジェニスは、いちど考えてから交渉することにした。

「もう一個あったはず」

「もう一個はどこ」

「この土偶のこと?」

 真矢が鉄偶を見せながら訊くと、二人は頷いた。真矢は万博会場に入っていないため、会場に展示されていた鉄偶がその後どうなったのかは知らなかった。

「ああ、それならこちらで回収済みですよ。ただ、あの巨大生物の出現時に割れてしまいましたが……」

 野田は少女たちの反応を(うかが)ったが、顔は依然として真顔のままだった。

「もう一個そろわないとダメなの?」

 ジェニスが訊いた。

「いいえ、別に」

「一個あればいい」

「そう……あの生物だけど、弱点はあるの?」

 彼女たちは声をそろえて「ない」と答えた。たとえあったとしても、そう答えていたかもしれない。ジェニスはそう思った。

「ところで、あなた達の名前は?」

「……イー」

「エー」

「イーとエー……わかった。私はジェニス、ジェニス・クロフォード」

「元核物理学者」

「兄は国家元首」

 一同が少しどよめいた。

「……よく知ってるわね。何も話してないのに」

「調べた、色々と」

「ポッドから目覚めてから、ずっと調べてた」

「今のこの星のこと」

「色々」

 あの遺跡から目覚めてからあちこちに出没していたのはそういうことだったのかと、真矢は納得した。確かに原田の研究所に行けば日本の歴史は網羅できるし、中條のいた大学施設に行けば色んなことが知れるだろう。それに図書館に行けば新聞だって置いてある。情報を得るには格好の場所だ。

「二人は、姉妹?」

 ジェニスの問いに二人は頷いた。

「ずいぶんと頭が良いのね。まだ子供なのに」

「違う、私たちはもう大人」

「この星の種族とは背丈が違うだけ」

「あら、それは失礼。知らなかったから」

 するとイーとエーは、視線を真矢に向けた。

「あなたはどうしてメスと交尾するの?」

「あれだけは理解できなかった」

 唐突な問いかけに、真矢は困惑した。まわりの視線も集まりだし、「な、何のことよ」とはぐらかすだけだった。

「してたじゃない、同じ年頃のメスの人間と」

「ねぇなぜ? それだけがわからない」

 まさか、見てたというのか。雅美と自分が営みをしていた場面を……真矢は堪らず、霊安室から出て行ってしまった。

「妙な女」

「変な女」

「あら、その発言は許せないわね。私だってするのよ?」

 イーとエーの視線がジェニスに移った。

「本当?」

「なぜ?」

「好きだから。相手のことを愛してるから。他に理由なんてない、以上」

 ジェニスが断言すると、二人は黙った。

(理解不能)

(意味不明)

 そう交信し合っていたのを、部屋にいた人々は知らない。

 

「じゃあカヨさんは、実質同性婚をしてるってことですか?」

「そうですね、実質そんな感じです。苗字も一緒だし」

 雅美とカヨは病院の廊下に置かれたベンチに座り、そんな話をしていた。

「いいなぁ……実は私も、同性の恋人がいるんです。結婚したいぐらい大好きな」

「あら、じゃあ私と一緒ね。私も早く正式に結婚したいと思ってるの。パートナーのお兄さんが頑張ってくれてるけど、なかなか大変みたい」

「アメリカでも大変なことってあるんですね」

 二人は顔を合わせて笑った。そこへ廊下に足音を響かせながら近づく人影が見えた。

「真矢ちゃん、もう終わったの?」

 ベンチから立ち上がった雅美に対し、真矢は何だかよそよそしい態度を取りながら「ちょっと、煙草吸ってくる……」とだけ言い残して去って行った。

「何か、あったのかしらね……」

 カヨが心配そうに言って、雅美も黙って真矢の背中を見つめた。

 

「矢口君、矢口君」

 国会議事堂の廊下で秘書官たちと話し込んでいた矢口林堂(やぐち りんどう)官房長官に、五十嵐隼男が声をかけてきた。矢口は秘書官たちを人払いさせた。

「何ですか、五十嵐先生。体調が優れなかったはずでは?」

「ああいや、もう大丈夫だ。それより君、総理が安否不明とのことじゃないか。彼女なしでは内閣も大変だろう、私が力を貸そう」

 矢口は黒縁の眼鏡を少しかけ直しながら「どういう意味ですか?」と返した。

「いや、私だってあの万博事件の責任がある。罪滅ぼしがしたいんだよ。なぁ矢口君、ここはひとつ頼むよ」

 五十嵐は、まだ政治家としての自分に見切りをつけていなかった。この機に乗じて内閣に戻り、ちゃんと責任を果たす政治家として国民にアピールをしたかったのだ。

「それにほら、君は私の派閥出身だろう。持ちつ持たれつとも言うじゃないか」

「総理の心配など微塵も感じられませんね、前大臣」

 矢口は突き放すような口調で言った。五十嵐は、当惑した。

「いや、そんなことはないよ君……とても、心配してるとも」

「そうですか。でしたらその旨、総理にも伝えておきます」

「はっ?」

「たった今、総理の無事を確認したところです。左腕を骨折されてるようですが、ご無事です」

「そ、そうだったのか……ああいや、それはよかった。うん、よかったな!」

「なのであなたの役目はありません。それと、派閥にはすでに脱退届を出してあります。あなたの尻拭いをするつもりはありません」

「なっ⁉ や、矢口君……」

「失礼します。総理代行の職務もありますので、多忙なんです。あなたと違って」

 五十嵐を完全に突き放す形で、矢口はその場を去って行った。

 五十嵐はしばらく呆然と立ち尽くし、フラフラとした足取りで議員会館に戻ろうとした途中、大勢の記者団に詰め寄られて精神を病み、再び入院した。

 

「えー、では対策会議を始めます。なお日米両政府の提案により、在日米軍の高官、それと米国の巨大生物研究機関であるモナークから派遣された研究者の方にも同席していただきました」

 野田がマイクを持って司会進行を行い、その声は伊丹駐屯地の講堂に響き渡った。

「またですね、その……大阪府知事が現状不在のため、副知事の(いかり)さんに知事代理として出席していただくこととなりました。よろしくお願いいたします」

 紹介を受けて立ち上がった碇軍平(いかり ぐんぺい)大阪府副知事は、一同に対し礼儀正しく一礼した。彼は元海軍のパイロットだった。

「ではまず、我々の敵についてあらためて説明いたします。あの万博会場に設置されていた『未知との遭遇館』から出現した生物ですが、現在は形状がこのように変わっています」

 スクリーンに投影されたのは、太陽の塔にしがみつく巨大な蛾のような生物の写真だった。羽は極彩色で彩られ、巨大な目玉のような模様が特徴的だった。

「最初は、いわゆる幼虫のイモムシのような形状をしていたのが、現在はこのような姿に変化しています。翼長はおよそ180メートル、体長はおよそ40メートルです。飛行速度はマッハ2を超えており、戦闘機ですら追い着くのがやっとというスピードです。なお、この巨大生物の名称ですが……モスラと呼称したいと思います。正式名称は少し言いにくいので、今後はこの名前に統一します」

「ゴジラみたいに厄介なmoth(蛾)ってわけね。いいじゃない」

 となりに座るジェニスが小声で横槍を入れてきたが、野田は構わずに続けた。そもそもモスラと最初に発言したのは、ほかならぬジェニスだった。

「このモスラですが、地球上に存在する生物が由来ではなく、地球外から来た生物である可能性が極めて高いです」

 それを聞いた対策本部の面々からは騒めきが起きたが、野田は「静粛にお願いします」と冷静に制した。

「私も最初は懐疑的でしたが、あらゆる事実を統合した結果、そう信じざるをえないことになりました。しかもこのモスラは、地球に何万年と前から土の中で眠っていたのです。その時点でまず、地球上の生物とはまるで考えられないことが分かります。遺跡が埋まっていた地質年代なども調べた結果、おそらく縄文時代頃にはすでに、モスラは地球に飛来していた可能性が高いことが分かっています。そうですね、深澤教授」

 名前を呼ばれた深澤は、マイクを持って「そうです」とのみ答えた。彼は因羽島の遺跡研究チームの責任者として、この対策本部に招聘されていた。それは隣に座る原田も同じくだった。

「……また、これも信じがたい事実ですが、このモスラの卵が出土した場所と同じ遺跡から、二人の少女が現れました。彼女たちは……インファイト星という違う星から来たと主張しています。この惑星の詳しい所在地は不明ですが、おそらく現時点での人類の科学力では、到底たどり着けない遠い星であると思われます」

 スクリーンの写真が変わり、白い髪をした二人の少女の姿を投影した。尖った耳に白人よりもさらに白い肌、アルミのような光沢を放つ銀色のタイトな服という異様な姿に、また会場から動揺の声があがった。

「つまり今現在、我々が敵と認識しているのは、宇宙から来た生物なのです。まったくもって未知の生物です。その能力も、極めて異質としか言いようがありません。たとえば……」

 講堂のドアが開く音がして、野田は発言を中断した。一同の視線が入室してきた人物に集まり、自衛官たちは一様に起立して敬礼した。

 頭と左腕に包帯を巻いた小澤総理が、ゆっくりと歩きながら臨時対策本部に戻って来た。白いYシャツに黒のパンツスタイルで、野田はその痛々しい姿を見て胸が痛み、自衛官たちのように敬意を表して頭を下げた。

「……どうぞ、続けてください。野田所長」

 席についた小澤は、野田にそう促した。野田は「はい……」と小さな声で言って、報告を続けた。

「……このモスラの能力ですが、まずは超高速での飛行、通常攻撃が効かない強靭さ、そして羽から発生する粉です。蛾で言えば鱗粉(りんぷん)にあたるものですが、モスラのそれは普通の鱗粉ではありません。この鱗粉を浴びた虫が巨大化し、カマキリやクモが人的被害を出していることは、皆さんもご存知でしょう。最新の報告では、体長が10メートルを超える個体も確認されているとのことです。またこの他に、人間に突然変異を起こさせる粉もモスラは発生させることが出来ます。その姿というのが……こちらです」

 再びスクリーンの写真が変わり、講堂の騒めきは一際大きなものとなって伝播した。それは交戦した陸上自衛隊の部隊が撮影したもので、ヒト型の不気味な生物の姿を捉えたものだった。手足がブクブクと膨れ、頭にはキノコの傘を思わせるモノがあり、人面は原型をほとんど留めていなかった。〝醜悪〟の一言に尽きた。

「この怪人を何と呼べばいいのか、現時点でも分かりかねるところなのですが、この怪人は口から胞子を吐き、その胞子を浴びた人間は、このような姿に変わってしまいます。また陸自からの報告では、手足の膨らんだ部分にも胞子が溜まっているようで、銃撃した際に怪人の手が破裂し、胞子が飛び散るのを確認しています。弱点は頭部、特に脳の部分だということが分かっています。この怪人は、大阪市内の至る所に跋扈(ばっこ)している状態で、カマキリとクモと同じく、モスラの影響による二次災害と言えます。……以上が、現時点で把握している我々の敵に関する情報です」

 野田がマイクを置いていったん席に着こうとした矢先、アメリカ側の席から発言があった。

「野田所長、モスラには通常兵器は効かなかったとのことですが、オソニチンの弾頭もですか?」

 モナークから派遣され、巨生研に出向中だったサン・リン博士が訊いた。彼女は本国からの指示を受けて、この臨時対策本部に出席していた。

「ええ、オソニチンは効果がありませんでした。地球由来の生物に効果はあっても、地球外の生物には、オソニチンは効かないようです」

「では、物理的攻撃でしか対処法はないということでしょうか」

「……ですが、戦車砲やバルカン砲の直撃を受けても傷ひとつ付かない様子から見ても、たとえ超弩級戦艦の砲弾が命中したとしても大した効果は得られないと思います」

「体を(えぐ)るのはどうでしょうか」

 その発言に一同の目がサンに集まった。三十路ほどの中国出身の学者に。

「どういう意味ですか?」

「虫が原型となっているなら、腹部は表皮よりも柔らかいと思います。そこにD―ボムを撃ち込んで、体を抉り体内から爆破もしくはオソニチンを直接体内に注入する、というのはどうでしょうか。資料をスクリーンに」

 係の者に資料を渡して、サンは野田と目を合わせた。その兵器の存在は、野田も伝聞ではあったが知っていたものだ。やがてスクリーンに、兵器の設計図が映し出された。それは弾頭部分にドリルの付いたミサイル兵器で、モナークが米軍と共同開発している対巨大生物用兵器だった。

「D―ボムは、目標に着弾する直前にカバーが外れてドリルがむき出しになり、それが目標に突き刺さって自動で回転し、抉ります。そこへ内蔵された薬品や物質、もしくは爆薬を注入して起爆させる仕組みです。まだ試作品ではありますが、第七艦隊で保有しています」

 サンはそこまで言って口を閉ざし、あとの発言を野田に委ねた。野田は、小澤総理に目を向けた。視線に気づいた小澤は、マイクを持った。

「野田所長は、有効だと思いますか?」

「……通常兵器が効かない以上、出来ることは何でもすべきだと、自分は考えます。ゴジラの時のように」

 その発言に小澤は深く頷いて、静かな口調で言った。

「では、第七艦隊に協力を要請します。D―ボムの供与をお願いできますか?」

 通訳が小澤の発言をクレイ・ハーマン海軍中将に伝え、彼は了承する旨を告げた。

「ご協力感謝します……他に、何か有効策がある方はいますか?」

 小澤は、少し虚ろな目をしながら、誰ともなく言った。

 挙手をしたのは、真矢だった。

「あの……少女たちにモスラを操らせて、大人しくさせるというのはどうでしょうか」

「……現時点では、駆逐を最優先としたいところです。すでに多大な人的被害が出ている以上、やむをえません。ただその件に関しても、考慮はしておきます。ご意見をありがとう、藤戸さん」

 小澤の、あまりにも消沈した姿を見て、真矢はそれ以上の発言はしなかった。

「……そうだ、あとこちらをご覧ください。イギリスのグリニッジ天文台が撮影した、月の写真です」

 スクリーンには、月の表面に留まる物体の写真が投影された。それは羽を広げた蝶、もしくは蛾にとてもよく似ていた。こんなものは通常、月にはない。講堂からはまたしても動揺の声があがった。

「現在、モスラは月にいるものと考えられます。何をしているのかは不明ですが、とにかく地球に奴がいない今が、我々にとって態勢を立て直すチャンスです。この機を逃したら、また我々はモスラに翻弄されるだけです。それだけは……何としても阻止しましょう」

 野田の発言に、誰も異議はなかった。ハーマン中将は、D―ボムを今日中に横須賀から空輸させることを確約した。作戦は、モスラを駆逐する方針で固まった。

「あの少女たちの証言によれば、モスラは再び大阪へ戻ってくる可能性が極めて高いです。いわば縄張りです。我々は一日も早く、迎撃態勢を整えておきましょう。幸い巨大化したカマキリとクモには、通常兵器が効きます。キノコ型の怪人にしてもです。これらの駆逐も含めて、作戦を考えていきましょう。もうこれ以上の人的被害の拡大は、なりません」

 

「覇気がないわね、ボス」

 伊丹駐屯地の庁舎屋上で、ジェニスと小澤はベンチに座りながら煙草を吸っていた。

「生き残れただけ、よかったじゃない」

「……誰も、救えなかった」

 小澤は、絞り出すような声でそう言った。

 巨大カマキリの襲来を受けて墜落した小澤の乗る輸送ヘリは、淀川に墜落した。その際の衝撃で小澤は左腕を骨折しながらも、何とか機体から脱出できたが、自衛隊員、政府と府庁の職員、そして佐藤府知事は、機体と運命を共にした。

 海面に浮上した小澤は、気を失った。そのまま漂流し、大阪湾内にいた護衛艦『まきなみ』が偶然見つけ、身柄を保護された。一時は情報が錯綜して死亡説も流れていた中、今日の昼前になって小澤首相が存命だったことが全国に報じられた。

「……私だけ、生き延びてしまった」

「そんな風に考えないでボス。亡くなった人たちの分も、あなたは強く生きなくちゃ。あなたはこの国のボス、リーダーなのよ? しっかりしないと、みんなも気合が入らないわ……泣くなら今のうちよ。私以外に誰もいないから」

 その言葉を聞いた小澤は、静かに涙を流した。万博も台無しにして、大阪を怪物が跋扈する都市にしてしまい、挙句の果てに避難中のヘリが襲われて、生き残ったのは自分だけ……彼女は、重い十字架を背負っている気分だった。取り返しのつかない罪だとさえ感じていた。いっそあのまま死んでいたら、泉下(せんか)にいる夫にも再会できただろうに……小澤は身を震わせて泣いた。その肩をジェニスは黙って抱き寄せて、優しく(さす)った。

 

 部屋の扉が開けられた。

 イーとエーが目を向けると、あのメス同士で交尾をするのが好きな女が入って来ていた。

「何か用?」

「話でもする?」

「……もう二度と、人前で私のことは話さないでちょうだい」

「なぜ?」

「どうして?」

「どうしてもよ! とんだ赤っ恥だわ、他人には知られたくなかったことなのに……」

「恥ずかしいことなの?」

「じゃあなぜするの?」

「そんなの、相手のことが大好きだからよ。あんた達みたいに冷血な民族にはわからないでしょうけど」

 少女たちは黙った。〝冷血な民族〟という言葉を、頭の中で何度も反芻した。

「それはあなた達の方よ」

「そう、あなた達の方」

「よく言うわよ。あんなおぞましい生物兵器を持ってるあんた達はどうかしてる。しかも何万年と時を越えても生きていられるなんて、ありえない……ねぇ、他にも仲間はいなかったの? 家族とか」

 真矢の問いに、少女たちは答えなかった。堅く口を閉ざし、目を閉じていた。

「……もういいわ。とにかく二度と、私と雅美のことは口にしないで。もし今度口にしたら頭を吹き飛ばすわ」

 そう言い捨てて、真矢は霊安室から出て行った。

 二人は目を閉じながら話した。

「変な女」

「おかしな女」

「それに冷血なのはあいつら」

「うん、あいつらの方」

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