モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月16日(2)

「まさか日本で再会できるとは思わなかったわジェニー」

 少し気力を取り戻した小澤と別れた後に待っていたのは、中国出身でアメリカ国籍を持つモナークの女学者だった。

「……あなたにそう呼ばれるのは嬉しくないわサン。クロフォードにしてちょうだい」

「素っ気ないのね。日本人女性(ジャパニーズ)にはゾッコンで中国人(チャイニーズ)には魅力を感じないの?」

「何、抱いてほしいの? 言っておくけど私との一夜はプロレス並に激しいわよ」

「何事も体験するのが一番だけど、やめておくわ。それよりあなた、万博会場にいたんでしょ? あの巨大生物の幼虫も見たって聞いたけど」

 生物学者であるサン・リンは、根掘り葉掘りジェニスから情報を聞き出そうと躍起になっている様子だった。がっつく女は苦手だった。そんなのは自分一人で充分だから。

「すでに資料はあるでしょ? ええそうよ、トラックよりも大きいイモムシを見たわ」

「これまでの巨大生物といえばゴジラ細胞に影響受けたものばかりだったけど、今回はまったく違う種類ってわけよね。地球外生命体なんてすごい発見よ」

「まぁね。友好的でないのが残念だけど」

「それにあの少女たちもそうよ。私もあとで接見するんだけど、どんな星なのかどういう民族なのか……質問するのが楽しみだわ」

「素直になってくれるとは限らないわよ。あの子たち、どうも人類を敵視してる節がある」

「それも興味深いわね、人間に対してどう思っているのかも質問してみる……ねぇジェニー、モナークに来ない? あなたみたいな切れ者がいると頼もしいのよ」

「クロフォード博士」

「ああ失礼、ミセス・クロフォード。モナークにハワイ支局を作る構想があるの、それならどう?」

「あのねぇサン、私は巨大生物の専門家じゃないのよ? ただの元核物理学者、そして今はカフェの共同経営者。それがどうして国立機関に入るっていうのよ」

「だって、16年前にゴジラを倒したのはあなたの功績も大きいじゃない。オペレーション・デストロイ……未だにゾクゾクする響きだわ」

「サン、いい加減にしてちょうだい。16年前に日本に来たのは、ゴジラについてよく知りたかったから。私の父を殺したゴジラのことを……いいことサン、あなたはモンスターが大好きだからモナークの仕事は天職かもしれないけど、私は違う。私は遺族として、そしてゴジラを生み出した核実験に携わってきた自分への贖罪のために、オペレーション・デストロイに参加しただけ。好きで巨大生物と関わってるわけじゃないのよ」

 そう言い残して立ち去るジェニスに、サンは何も言わずその背中を見つめた。

 だからこそモナークに必要な人材なのに……そう呼びかけたかったが、ジェニスの言葉を受け止めたサンには、その勇気が持てなかった。

 

「藤戸君」

 わざわざ阪大病院に小言(こごと)を言いに行って、バイクで駐屯地に帰ってきた真矢に声をかけたのは、深澤だった。あの因羽島の遺跡に関係する人物として臨時対策本部に招かれていた彼は、真矢の印象よりも少しやつれた風貌になっていた。

「……私はオカルト的なものは否定的な立場だったが、今回は別だ。あの遺跡も、日本から発掘されてきたものとはまるで違う。あの金属の土偶にしてもそうだ。宇宙由来だとするならば、納得できる……うん」

「何ですか? もう私はあなたの部下でも何でもないんです。気安く話しかけないでください」

 真矢は侮蔑するような目つきでそう言いながら、政府が用意してくれた宿舎に向かおうとした。

「……申し訳なかった」

 その発言を聞いて、真矢は立ち止まった。振り返ると、深澤が頭を下げていた。

 二人の間に、しばらく沈黙があった。

「……許してくれとは言わない。ただ、やはり私は間違っていた」

「……いまさら」

 真矢は吐き捨てるように言って、その場を後にした。深澤はいつまでも、頭を下げたままだった。

 

「総理、東京へお戻りになりませんか? その方がよろしいかと思います」

 矢口官房長官は、電話を通じて小澤の説得を試みていた。

「矢口さん、私はもう腹をくくりました。あの怪物を倒すまで、私は東京に帰りません」

「しかし……万が一ということもございます。総理には、まだまだこの国を引っ張っていただかなくては困ります」

「……どのみち、総辞職は避けられないでしょう。最終的にあの『未知との遭遇館』の設置を認めたのは私ですし、大阪が機能不全に陥ったのも、私の落ち度です」

「そんなことは……」

「矢口さん、これは私の政治家としての最後の仕事です。無理を言ってごめんなさい」

「いえ……」

「矢口さん、後のことをよろしく頼みます」

 通話は終わった。東京の官邸にいる矢口は、溜息をつきながら受話器を置いた。

「あなたなら安心して内閣の番頭を任せられます」

 第三次組閣の折、官邸に呼ばれた矢口は首相に返り咲いた小澤にそう言われたのをよく覚えていた。まだ40代と、政治家としては若手に入る自分に内閣の要を任せてくれたことに、矢口は恩義を感じていた。

 一方で、今回の大阪で起こった災害に関しては、内閣にも責任があるのは事実だった。何せ災害の元凶を誘致したのは五十嵐前大臣であり、その誘致を最終決定したのは小澤総理だった。大阪の災害を無事に収めたとしても、内閣はいったん解散しなければならないだろう。

 矢口は小澤との通話で、引導はすでに渡されたものだと理解した。

 そして彼は、総理代行としての職務に徹することに決めた。彼は五十嵐のような意地汚い政治屋(・ ・ ・)ではなく、日本国家に奉職する政治家だった。

 

「んっ……んぁ……」

 布団の上で重なる真矢と雅美は、雅美が受け身、真矢が攻め手になって、営みに励んでいた。

「今日は、何だかいつもより激しいね……」

 真矢の愛撫の仕方に、雅美は敏感に感じ取っていた。神経が(たかぶ)っていると。真矢は何も言わず、雅美の乳頭を吸い、下腹部をまさぐる手の動きを止めどなく続けた。雅美は、宿舎の壁が薄いことを見越して、手を甘噛みして喘ぎを抑えた。

 真矢の頭には、あの異星人の少女たちのこと、モスラのこと、そして突然謝罪をしてきた深澤のいけ好かない顔が回転木馬のように次々と現れ、それを振り払うように雅美の体を支配した。雅美もまた、この緊急事態の最中、一時でもいいから愉楽の時を過ごしたいと思っていたので、体を完全に真矢に委ねていた。

 

「ジェニーさんたち、大丈夫かなぁ……」

 夕食の洗い物を手伝いながら、明子は呟いた。

「大丈夫よ。野田さんだっているんだし、ゴジラの時みたいにきっと上手くいくわよ」

 そう返す母親の右首筋には、生々しい傷跡が今なお残っていた。かつてそこには、黒い痣があった。そのせいで母親がどれだけ苦しみ、一命を賭す覚悟で16年前にゴジラを倒したか……ふとそのことが脳裏によぎって、集中力が欠いて明子は皿を落としそうになった。

「何やってるのよ、もうこの子ったら」

 母親はうふふと笑いながら娘をたしなめた。明子もつられて笑った。

「……あの人も、出動してるのかなぁ」

「あの人? ああ、あなたを万博から助けてくれた人ね。立花さんだっけ?」

「うん……」

「……好きなの?」

 典子が詮索するように訊くと、明子は口元を緩ませるばかりで答えなかった。

 まだ明確に好意があるのかどうか、自分自身でも分別がついていなかった。

 だが、心の内では、やはり淡い想いがあったのも事実だった。

 

 立花は、艦尾甲板に立って月を見上げていた。

「おい、立花ぁ」

 後ろから声をかけられて振り向くと、水島が近づいて来た。

「もう消灯はとっくに過ぎてるぞ」

「申し訳ございません……どうも、気になってしまって」

「まぁな。あそこに敵がいるんだと思うと、途方もない相手と俺たちは(いくさ)してるんだなって思うよなぁ」

 水島も一緒になって夜空に顔を向けた。雲のない空には、月が煌々(こうこう)と輝いていた。

 立花たちが乗る護衛艦『まきなみ』ら三隻は、神戸港に着岸していた。大阪港は機能不全状態のため、神戸港が臨時の軍港となっていた。夕方にはアメリカ海軍から供与されたD―ボム弾頭も到着し、神戸港の倉庫を借りて、3インチ砲でも使用できるよう夜を徹した改良作業が行われていた。明日の午前中には作業が終わり、艦に配備される予定だった。

「倒せるでしょうか……」

「バーカ、倒すんだよ必ず。アレがもし東京にでも行ってみろ、もうこの国は終わりだよ。何としても阻止するんだ」

 水島は立花の頭を小突きながらそう言った。その光景は、若い頃の水島が機雷掃海艇新生丸艇長だった秋津によくされていたものとよく似ていた。

「今度は米軍も戦闘に参加する、昔ゴジラを倒した時みたいにな。たとえ刺し違える形になったとしても、必ず倒すんだ。いいな?」

 水島の声掛けに、立花は規律正しく敬礼して答えた。

 

 その頃、月の表面にぺったりと貼りついていたモスラは、太陽光を浴びていた。

 それはモスラにとって充電に近い行為だった。極彩色の羽は、血管に血が流れるような色の動きが浮き出ていた。

 さらに言えば、その体も少しずつ大きくなっていた。

 そのことをまだ、地球の人々は知らない。

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