モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月17日(1)

 1970年3月17日

 

「野田所長、ちょっとよろしいですか」

 少しアクセントのついた日本語で呼びかけられた野田は、神戸港倉庫の入口に立つサン・リンの姿に気づいた。

「何でしょうか……」

 野田は大欠伸(おおあくび)をしながら両腕を伸ばした。彼は自衛隊や在日米軍の技官たちと一緒に、D―ボム弾頭の改良作業を徹夜で手伝っていた。彼は元海軍の技術士官であり、自分で出来ることは何でもしたかったのだ。巨生研でも実際、対巨大生物用兵器を開発する際は、最高責任者としてより一技術者としての顔を見せることが多く、欠陥点などを見抜く目はまだまだ衰えていなかった。

「あのモスラですが、とても貴重なサンプルです。捕獲も視野に入れた作戦は無理でしょうか」

「いや、それは……無理でしょう。なにせ大阪が自治体機能を失うほどの損害を受けているし、それに現在進行形なわけですよ。あのカマキリやクモ、あとキノコ怪人ならまだしも……モスラは無理ですよ」

「ですよね……すいません、私は生物学者なので、つい」

 サンは申し訳なさそうに頭を下げたが、野田は気にしてないという風に手を振った。

「まぁ可能なら、どんな生態なのか僕だって解剖して調べてみたいですよ。でも、あれはただの生物じゃない、生物であり兵器なんです。まずは駆逐するのが先決でしょう。それに武力による討伐を進言したのは、ほかでもない貴方じゃないですか」

「ええ、そうでした……作業は、終わったんですか?」

「まぁ何とかね。徹夜で頑張った甲斐がありましたよ」

 倉庫の中央には、すでに改良作業を終えた弾頭が整然と並べられていた。試作兵器とはいえ、もうすでに実戦でも使えるレベルであったのが幸いし、後は護衛艦や戦車といったそれぞれの発射装置に装弾して撃てばいいだけ。

 野田は、愛しい我が子を愛でるようにD―ボム弾頭を撫でた。

「人を殺す兵器ではなく、人を守るための兵器を作るのは、気分が良いものですよ」

「あとは、これがモスラに効果があるかどうか、ですね」

 サンの言葉に、野田は黙って頷いた。あとはもう、ぶっつけ本番だった。

「失礼します!」

 声を張り上げて倉庫に入って来たのは、まだ二十代そこそこの若い海上自衛官だった。

「護衛艦『まきなみ』の立花と申します。D―ボム弾頭の受け取りに参りました」

「ああ、それはどうもご苦労さ……あっ」

 野田は、立花の後方に立って「よっ」と片手を挙げる顔馴染みの姿に気づいた。

「水島君!」

「久しぶりっすねぇ野田さん。いやぁ、老けましたねぇ」

 二人は笑い合いながら再会を喜んだ。

「まぁ、還暦を過ぎればこんなもんだよ。君はずいぶんとたくましくなったなぁ」

「それ、今度艇長に会ったら必ず言ってくださいよ。……例の兵器、出来ました?」

「ああ、もう使える状態だよ。あとは効果があるかどうかだなって、こちらのサン博士と話してたところなんだ」

 初対面のサンと水島は軽く会釈をした。

「まぁ、どんな手段を使ってでもやるしかないっすよ。ゴジラの時と同じでしょ」

「そうだね……よろしく頼むよ、水島中佐」

「ハハハ、海軍みたいでいいっすね。やっと俺も、敷島みたいに活躍できる時が来たって感じっすよ」

「……くれぐれも、無茶はしないでくれよ。また新生丸メンバーで吞みたいんだからさ」

「わかってますよ。でもこっちだって、死ぬ気でやらなきゃ勝てないでしょ、あんな怪物」

 野田は水島の決意に同意して、二人は黙ってD―ボム弾頭に眼差しを向けた。オソニチンに代わる希望となることを、四人は願った。

 

「いいこと? もし妙なマネをしたら、あなた達の体には電流が流れることになる」

 ジェニスがそう言って、イーとエーはベッドから起き上がることを許可された。

 二人には、首、手首、腹部にそれぞれベルトが巻かれており、それには電線が繋げられ、ジェニスが持っているスイッチをひねれば、最大1万ボルトの高圧電流が流れる仕組みになっていた。元々は大阪大学の理工学部が所有していた実験装置が元で、それを拘束器具に改良した代物だった。イーとエーに歩行での移動を認める際に、何も対策が無いのは危ういと感じた臨時対策本部が、大阪大学に要請して急遽開発させたものだった。

「体を透明にしたら、すぐに流す。抵抗してもすぐに流す。黒焦げになって死にたくはないでしょ?」

「冷血な女」

「残忍な女」

「誉め言葉として受け取っておくわシスターズ。私は目的のためなら手段を選ばない人間なのよ。ゴジラを倒した時だってそう、元ゼロファイターの男性とその奥さんに希望を託したぐらいなんだから」

「ゴジラ……この星の奇妙な生物」

「モゥスァーラァーに匹敵するほどの生物」

「ゴジラについても調べたのね。もしゴジラとモスラが戦ったら、どっちが強いと思う?」

 それは単純な興味本位の質問だった。二人は、少し間を置いてから答えた。

「ゴジラ」

「たぶん」

「そう……まぁいいわ、そんな怪獣同士のバトルなんてありえないんだから。もうゴジラはいないのよ。さぁトークはおしまい、行きましょうシスターズ」

 ジェニスがまわりに目配せをして、イーとエーは屈強な自衛官たちに取り囲まれながら歩き出した。

 

「ねぇ真矢ちゃん、私も一緒に行ったらダメ?」

 宿舎で待っているよう告げられた雅美は、真矢にそう言った。

「ダメよ、危険だもの。何が起きるかわからないし」

「でも真矢ちゃんだって自衛官でもないんだし、わざわざ現場に行く必要はないんじゃない? ……一人で待ってるのは、嫌」

「わがまま言わないでよ。あの双子、モスラの誘導に協力すると言ったけど、どうも信用できない。いざという時は、脅してでも従わせないと」

「話し合えば、分かってくれるんじゃない?」

 真矢は、それには同意しかねた。あの異星から来た双子は、交渉で心を開いてくれる素振りはまったく見せていない。あの鉄偶を使ってモスラの誘導を試みるため、前線基地に身柄を移されることになったのだが、もしも抗うようなら、頭に鉛玉を撃ち込んでやる。真矢はそこまで覚悟していた。

「……とにかく、ここで待ってて。必ず戻って来るから」

「約束よ……」

 やっと説得に応じた雅美は、真矢と口づけを交わした。お互いの舌がねっとりと絡んで、もう少し続いていたら、欲情が優って雅美を押し倒すところだった。

「……じゃあ、行くから」

 濃厚な接吻を終えた真矢は、宿舎を後にして陸自のトラックに乗り込んだ。

 その姿を雅美は、宿舎の玄関から見送った。彼女は戦争の経験がほとんどなかったが、出征兵士を見送る気分とはこういうものなんだろうなと感じた。

 カヨも雅美と同じように、イーとエーたちを乗せたトラックに乗り込んでいくジェニスを心配しながら見送り、無事の帰還を心から願った。

 

「はてさてどうなることやら……無事に駆逐できればええんやけどな。なぁ藤戸君」

 声をかけても、真矢は返答をしなかった。

「なんや、そんな小難しい顔して。今度は最新兵器も投入されるっちゅうことやし、何とかなるやろ。なぁ中條君」

「え。ええ、そうですね……」

 中條の前には、深澤が座っていた。絶縁を言い渡してからというものの、こうして顔を合わせるのは初めてで、どういう顔をすればいいのか分からなかった。一方の深澤は、特段気にしてはないようだった。

「なぁ藤戸君。あの子らが言うてたことって、どういう意味なんや?」

「……何がです?」

「あのほら、メス同士で交尾……」

 刹那、真矢が殺気に満ちた目を向けてきたので、原田は「あ、いやいやいや。何でもないわ」と苦笑いした。それからトラックの中で会話は一切なく、前線基地に粛々と向かった。

 

 淀川西岸の河川敷を陣地とした前線基地には、続々と戦車などの軍事車両が集結していた。陸上自衛隊だけでなく、在日米軍の戦車も集結していた。河川敷にはテントが建てられ、そこが前線基地本部となった。

「間もなくすべての車両の配置が完了します、総理」

 田島一佐が報告すると、小澤総理は「わかりました」としっかりと頷いた。

「……今度こそ、敵を撃滅いたします」

 万博会場での苦い経験がまだ残っている田島は、決意表明のようにそう言って、職務に戻った。

「……私も、もう少し若ければ戦闘機に乗れたんですけどね」

 小澤のとなりに座る碇副知事が呟いた。彼は敷島浩一と同じく元特攻隊員だったが、出撃の直前になって終戦を迎え、生き延びた人間だった。

「そんなこと言わないでください、碇さん。戦闘は彼らに任せましょう」

「……お忘れください。知事の(かたき)を討ちたいという思いが、ありましたもので…」

「それは私も同じです。佐藤さんは……本当、残念でした。だからこそ本作戦にすべてを懸ける必要があります。府民の避難誘導も、出来る限りのことは出来ました。それはあなたのおかげでもありますよ、碇副知事」

 碇は黙って頭を下げた。

 やがて、前線基地に数台のトラックが到着した。中から真矢たちが降車し、さらにジェニスと共にあの異星人たちも連行されてきた。

 イーとエーは、テントの中央に置かれた二人分の椅子に座らされた。

「……もう一度お訊ねします。あのモスラですが、本当に誘導は出来るんですね?」

「ええ」

「うん」

 対策本部長である小澤の質問に、二人は素直に答えた。

「モスラが、攻撃するのを止めることは可能ですか」

「それは無理」

「あの子は怒ってる」

「そうですか……まぁ、誘導が出来るだけ結構です。あの生物のせいで、多くの人命が奪われました。日本国の首相として、あの生物は必ず駆逐します。そのことをあなた方にも理解してほしいです」

「どうぞ勝手に」

「好きにすればいい」

「少しは愛想よくしたら? 可愛いルックスが勿体ないわよ」

 傍らで電流のスイッチを持つジェニスが言っても、イーとエーは無反応だった。

「いやぁ、遅くなりました」

 神戸港から戻った野田とサンがテントの中に入って来た。

「D―ボム弾頭ですが、無事に改良作業が終わりました」

「お疲れ様です、野田所長」

 小澤がねぎらいの言葉をかけた直後、田島一佐が配置完了の旨を報告し、小澤は少女たちに顔を向けた。

「では、モスラの誘導をお願いします」

 二人の前にアタッシュケースを持った自衛官が立ち、ケースを開封した。そこには真矢が持っていた鉄偶と、万博会場に置かれていたもう一体の鉄偶が収められていた。万博会場にあったものは、モスラの幼虫が出現した際の衝撃で破砕してしまっていたが、接着剤で何とか修復することに成功していた。イーとエーはそれぞれ一体ずつ、鉄偶を持った。

 二人は目を閉じて、それぞれ念じ始めた。

 修復された方を持っていたのはイーで、彼女は気を集中させて、鉄偶にエネルギーを送った。すると、鉄偶の目が赤く光り出して、その場にいた者たちはどよめいた。

(……活動を再開せよ)

 その念は、地球のまわりを旋回する月に留まっていたモスラに伝わり、甲高い鳴き声を発したあと、その巨大な羽をばたつかせた。

 真矢が持っていた鉄偶を握るエーもまた、鉄偶にエネルギーを送り、鉄偶の目が赤く光った。さらにエーは、自身の記憶を蘇らせた。万博会場で人々が騒めいた声……それを電信のように或る場所へ送った。

 そして、鉄偶の目が再び光を失うと、イーとエーはそろって目を開いた。

「これでいい」

「これで来る」

「対空戦闘用意っ!」

 田島一佐が号令をかけ、隊員たちは慌ただしく動き始めた。

「小松と厚木、横田からも、合計15機の戦闘機が来ます。今度こそ奴を仕留めます」

 空自の緒方二佐は小澤にそう告げて、敬礼し下がった。

「妙なことしなかったでしょうね」

 ジェニスがイーとエーに訊ねると、二人はジェニスに顔を向けて言った。

「もちろん」

「してない」

 ジェニスは、その言葉を鵜吞みにしていいものかどうか、判断できなかった。

 それはテントの端にいた、真矢も同じだった。本当にそうだろうか、と。

 

 モスラは、月の地表から離陸した。その衝撃波が月の大地に広がり、1969年7月20日、人類史上初の月面着陸を果たしたアポロ計画の遺構である星条旗が、呆気なく吹き飛ばされ、無限の彼方へと消えた。

 そしてモスラは、青と緑が豊かな惑星に向けて、飛び出した。

 

「今度は、主砲の射程圏内に入り次第、早期に砲撃を開始する。総員配置につけ!」

 護衛艦『まきなみ』艦長の神宮司はそう咆えて、乗組員たちは戦闘配置についた。

 艦艇の数はさらに増え、在日米軍の巡洋艦や、横須賀から駆けつけた『はるかぜ』の姿もあった。かつてあの艦に乗り、ゴジラと対峙した時のことを、水島はふと思い出した。当時艦長だった堀田はすでに定年を迎え、郷里で農家をしている。水島は堀田から訓導を受けて成長し、その意思を次の世代にも受け継がせようと頑張っていた。部下の立花もまた、その一人だと水島は認めていた。

「今度こそ撃ち落としてやるからな……」

 水島は艦橋ウィングに立って、空を見上げながら言った。

 

 大阪市街地は、すでに郊外から陸上自衛隊、在日米軍、警察が連携して包囲網を形成していた。幸い巨大カマキリやクモといった巨大生物には通常兵器が効いたため、駆逐は容易に進んだ。あのキノコ怪人たちにしてもそうだった。

 市街地の住民救出も完了し、〝日本の台所〟の異名を誇る経済都市・大阪は無住の地となった。

 あとは月から元凶が舞い降りて来るのを待つばかりだった。

 

「オペレーション・バグズエンドっていうのはどう? ボス」

「害虫駆除で充分でしょう」

 ジェニスと小澤は河川敷に立ち、顔を見合わせて笑った。戦の前の緊張から、二人は一時だけ離れられた気がした。

「……あの日のようですね。16年前の」

「そうね。服も同じだし」

 ジェニスはカーキ色の服に腰にはホルスター、小澤は復活した国民服スタイルだった。16年前の10月、二人は同じ服装でゴジラと立ち向かい、そして勝った。

「今回も、勝てるわよ。たとえ相手がエイリアンでも何でもね」

「ですね……勝たねばなりませんもの」

 そこへ緒方二等空佐が駆け寄り、報告した。

「アメリカの宇宙機関から連絡が入りました。地球を周遊している人工衛星が多数、消息不明になったとのことです。おそらく、モスラの仕業かと……」

「……わかりました。迎え撃ちましょう」

 小澤は静かに頷いて、〝その時〟を待った。空を見上げながら。

 

「……ん? も、目標を確認っ! 急速降下中です!」

 護衛艦『まきなみ』の艦橋ウィングから空を監視していた航海士が叫び、ブリッジに緊張が走った。神宮司と水島も双眼鏡を手にウィングに出て、空を見上げた。まだ豆粒ほどの大きさだが、ソレは確実に、地球に降下していた。

「全艦に通達、対空戦闘を厳となせ。まずは発信マーカーを撃ち込むぞ」

 D―ボム弾頭は、発信機での誘導飛行が可能となっており、発信マーカーに向かって着弾する。D―ボム弾頭の数は限られているため、確実に敵を仕留めるには、敵に発信機を撃ち込む必要があった。すでに発信機内蔵の弾頭も、第二主砲に装填されていた。かぎ針状に加工された徹甲弾が突き刺されば、発信マーカーの機能が発動される。

「艦を少し後退させよ、主砲の弾道上に奴を捉える」

 神宮寺は航海長に命じ、『まきなみ』は微速しながら少し後ろに下がった。

 第二主砲も最大仰角で、敵を待ち構えていた。

 やがてモスラは、目で見てもその姿が分かるほどに降下して来ていた。

「……前より、でかい気がする」

 水島は双眼鏡を覗きながら、モスラの巨体がさらに巨大さを増している気がしていた。

 だがそれでも何だろうと、攻撃することに変わりはない。

「間もなく主砲射程圏内です!」

「撃ち方用意っ!」

 航海士の報告を受け、『まきなみ』らの艦艇は砲撃態勢に入った。

「高度8000! 7500! 7000!」

 神宮寺は、決断した。

「撃ち方始めぇっ!」

 発信マーカーが内蔵された弾頭が、各艦から一斉に放たれた。

 何発かは反れたが、着弾した弾頭もあった。

「……発信機反応あり! 命中しました!」

 砲雷科員が叫ぶと、水島は「よぉしっ!」と拳を握った。

「目標、大阪市方面へ移動! 主砲射程圏外に出ます!」

「艦を陸地に近づけよ!」

 神宮寺の一声によって、艦隊は前進した。

 

「発信マーカーが目標に着弾しました。戦車部隊も射程圏内に入り次第、D弾頭を発射します」

 田島一佐の言葉に、小澤総理は頷いた。

「戦闘機部隊も間もなく到着します。目標を確認し次第、攻撃を開始します」

 緒方二佐も田島に続いた。

「よろしくお願いします」

 小澤は右手で机に掴まりながら立ち上がり、自衛官たちに頭を下げた。

 

「……来たぞ、奴だ」

 戦車長は、攻撃目標を視界に捉えた。

「前よりも、大きくなってませんか?」

 部下が気になって訊ねた。言われてみれば、確かに羽の大きさが以前よりもひとまわり大きくなっている気がした。

「……構うな、とにかく砲撃準備だ。奴にはマーカーが付いてる、外れる前に止めを刺すんだ」

 

 空からも、小松から飛び立った〝栄光〟ことF-104J戦闘機5機、厚木と横田から飛び立った在日米軍F―100戦闘機計10機が、すでに大阪府内上空に差し掛かっていた。F―100戦闘機は世界初の超音速戦闘機であり、ハンドレッドを略して〝ハン〟の通称で知られた高性能機だった。

 

 モスラは、大阪市街地に再来した。

 その翼長は250メートル、体長80メートルにまで成長していた。

「……またずいぶん成長したわね。月にいたのはエネルギー充電してたわけ?」

 双眼鏡から目を離したジェニスは、イーとエーに訊ねた。二人は頷いて答えた。

「太陽光」

「栄養補給」

「なるほど……それで月に移動したのね」

「総理、空陸ともに攻撃準備完了です」

 田島一佐が言うと、小澤は一幅おいてから命令を下した。

「害虫駆除を始めましょう」

 

「総理の下命を確認した。砲撃用意っ」

 戦車長は無線機で他車に命令し、61式戦車10台とM4中戦車8台の砲門が、3キロ先の空中にいる敵に向けられた。全車準備完了の報告が入るや、戦車長は咆えるように命じた。

「撃てっ!」

 それぞれの砲門が火を吹き、ドリルの付いた特殊弾頭が発射された。それは空中でロケット噴射を開始し、発信マーカー目がけて飛んだ。

 モスラは、接近してくる物体に気づいて回避行動を取ったが、わずかな隙をついて数発が体の腹部に命中した。そこはサン・リンの予想どおり、表皮全体の中では柔らかく、着弾したD―ボム弾頭のドリルがモスラの体を(えぐ)り始めた。モスラは、悲鳴のような鳴き声をあげた。

 さらに、大阪市街地上空に着いた戦闘機部隊からも、D弾頭が発射された。痛みに(うめ)くモスラは、それを避けることが出来ず、15発発射して5発以上が腹部に命中した。

 弾頭の内部には、液状オソニチンの他に爆薬、さらに可燃性ガスを封入したものもあり、毒素と爆破の二重攻撃でモスラを苦しめる算段だった。

 そしてそれは、的中した。高濃度のオソニチンが体内に侵入し、内臓が冒された。さらに爆破による物理的な攻撃によって、モスラの体には大きな穴が空いた。

 モスラは、降下した。それは自らの意思によるものではなく、飛行能力を喪失していたからだった。羽を動かす力が、モスラにはなくなっていた。そのまま大きな体が、巨大カマキリ、巨大グモ、そしてキノコ怪人たちが跋扈する大阪市街地に落ちていった。そしてその体は、国鉄大阪駅に落下した。轟音は淀川西岸の前線基地にも届き、小澤は「はぁ……」と感嘆の声を漏らした。

「仕留めました、総理っ」

 田島一佐が力強く報告すると、小澤は黙って頷いた。よかった、これで終わった。とても速やかに片が付いた。あとは市街地の怪物たちを一掃すれば、大阪も再び人の住める土地に……。

 刹那、金属製品が割れる音がして、小澤たちはハッとして音の鳴った方へ顔を向けた。

 あの異星から来た少女たちの足元に、無残に破砕した鉄偶の欠片が散らばっていた。それはイーが持っていた、修復されたモノの方だった。

「どうしたのよ……」

 ジェニスが訝しんで声をかけても、二人は何も反応しなかった。ただ黙って、黒煙が立ち昇る大阪駅の方面を見つめていた。

「そんなにショックだった? 可愛いペットが殺処分されて。でもね……」

「愚か」

「哀れ」

「何ですって?」

 ジェニスは電流のスイッチに手をかけた。だが彼女たちは、別に逃げようともしていないし抗ってもいない。良心から、ジェニスは電流を流すことはしなかった。ただ人間を小馬鹿にしているだけだ、そう解釈して。

 

 その頃、淡路島に住む漁師の小杉は、自分の船である玄洋丸(げんようまる)を操船して、因羽島の沖合にある定置網の様子を見に行っていた。

 彼は、大阪で大変なことが起きていることは知っていた。だが対岸の火事という言葉があるように、それはそれ、これはこれで、彼は金を稼ぐために船を出していた。役人からは「島から離れての漁は控えるように」という通達が届いていたが、従う漁師はほとんどいなかった。じゃあその分の金を役所が補填してくれるかといえば、そうでもない。来年には子供が出来る小杉にとって、一円でも多く稼ぎたい気持ちの方が、役人の言葉より重かった。

「うーん、あんまし入ってねぇなぁ……ん?」

 網を確認した後、小杉は因羽島の異変に気づき、船を進めた。

 大部分が削られてしまった大山(おおやま)の反対、小山(こやま)

 そこの斜面が、これまた大きく削られていた。

 そしてその斜面から、銀色の球体が露出していた。

 それは、まるで中から爆発でもしたのか、それとも何かが出て来たかのように、半壊していた。

 あの島で発掘された球体から、巨大生物が出現したということも、小杉はニュースで知り得ていた。

 だが、もう一個の球体があるとは、聞いてないし知らない。

 だとしたら……。

 突然、船底から大きな衝撃が起き、小杉は危うく海に落ちそうになった。

「な、何だぁ⁉」

 急いで海面を見遣ると、そこには巨大な物体が遊泳しているのが見えた。

 クジラではない。サメでもない。潜水艦でもない。

 それは、イモムシに似ていた。

 

 ガスマスクを着けた陸自隊員たちは、大阪駅に近づいてモスラの様子を確認しに向かっていた。

 その途中、何度もキノコ怪人たちが行く手を(はば)み、隊員たちは頭部目がけて小銃を発砲し倒した。巨大カマキリにも襲われかけたが、火炎放射器で焼き殺した。空からはヘリコプターの応援も来ていたため、彼らは進軍を続行できた。

 やがて一行は、大阪駅に着いた。駅舎を半壊させる形で墜落したモスラは、目の色が黒くなっており、動く素振りもなかった。

「よし、死んでるな……ん?」

 隊長がそう確信した直後、モスラの腹部あたりに何かが(うごめ)いてるのが見えた。双眼鏡で確認すると、それはあのキノコ怪人たちだった。

「何をしてるんだ?」

 隊長は最初わからなかったが、その様子を(うかが)ううちに、彼は知った。

 大きく(えぐ)られたモスラの腹部が、どんどん再生していた。

 キノコ怪人たちは、自らを(かて)としてモスラの肉体の一部に変化していた。地球上の生物では、ありえない治癒の仕方だった。

「まずい……奴らを撃て! 撃ち殺せ!」

 隊長の号令のもと、隊員たちは一斉射撃を始めたが、すでにモスラの腹部は大部分が回復し、やがて穴がふさがった。

 瞳に、赤い輝きが戻った。

 

「現場より報告! モスラ、蘇生しました!」

 通信係の報告に、前線基地の面々は一様に驚いた。

「バカな……だ、第二次攻撃準備、急げっ!」

 田島一佐が叫び、隊員たちは慌ただしく動き始めた。

「あとD弾頭はどのくらい残ってますか?」

「……第二次攻撃で、すべて使い切ってしまうものかと」

 小澤の問いかけに、田島は苦い顔をして答えた。もし第二次攻撃が失敗すれば、あとはもう通常兵器しかない。

 さらなる悲報が、前線基地にもたらされた。

「ほ、報告します! もう一体のモスラ幼体が、因羽島沖合に出現しました……」

「何ですって⁉」

 通信係からの報告に、小澤は驚愕の表情を隠せなかった。一体でさえ手こずっているのに、さらにもう一体……勝ち目が、見えなくなってきた。

「あなた達は知ってたの?」

 ジェニスがイーとエーに訊ねると、二人は初めて口角を少し上げた。

「ええ」

「うん」

「どうして、教えてくれなかったのよ……」

「聞かれなかった」

「そう、聞かれなかった」

「誰が一匹だけだと言ったの?」

「決めつけたのはあなた達の方」

 それは、確かにそうだった。だがジェニスは直感した、彼女たちは協力する意思など微塵もなく、最初からこの時を待っていたのではないかと。

「……それを落としたのは、わざとでしょ」

 ジェニスは、二人の足元に散らばる鉄偶の破片のことを言った。

「鋭い女」

「賢い女」

「誉め言葉なんか要らないわ。もうアイツの制御は出来ないってわけでしょ? だったらもう一体の制御をしなさい、今すぐに」

「断る」

「嫌よ」

「そう……なら仕方ないわ」

 ジェニスは電流のスイッチを入れようとした。

 その瞬間、イーとエーの半径5メートルのモノが、見えない力によって吹き飛ばされた。人も、資材も、車も。前線基地本部の機能を担っていたテント小屋も半壊した。ジェニスは草むらに体を強く打ちつけたが、幸い怪我はしなかった。だが手に持っていた電流のスイッチボックスは、すでにどこかへ消え失せていた。そればかりか、電線はすでに切られており、イーとエーの体に取り付けられた電流ベルトも外れていた。

「やっと力が戻った」

「もう拘束は受けない」

「動くなっ!」

 声をあげたのは、真矢だった。手には祖父の遺品である杉浦式自動拳銃が握られ、銃口はイーとエーの方に向けられていた。

「バカバカしい」

「くだらない」

「うるさいっ!」

 真矢は彼女たちの足元に向けて発砲し、弾丸が地中に埋まった。

「次は頭よ」

 真矢は両手で拳銃を構えながら、殺気立った目をしながら言った。

「やればいい」

「撃てるものなら」

「ダメよマヤっ! 挑発に乗っちゃ!」

 野田とサンに支えられながら起き上がったジェニスが叫んだ。それで自制心が働いていたが、イーとエーはわざとらしく真矢に言った。

「オスよりメスが好き?」

「変なメス」

 頭の中で、何かが切れた音がした。

 真矢は無意識のうちに引鉄を引き、撃鉄が弾丸の信管を叩いて火花を散らせ、発射された弾丸がイーの頭を貫通……しなかった。

 弾丸は、イーの1メートル手前で空中停止していた。そしてイーの思うままに、弾丸の向きが逆向きに変わり、そのまま超高速で飛ばされた。それは真矢の左頬をかすめ、真矢の後方にいた人物の喉を貫いた。

「う……ぐぅ……」

 深澤は、喉から吹き出る血を手で押さえながら、その場に倒れ込んだ。

「教授……教授っ!」

 真矢がすぐに駆け寄り、中條が持っていた手拭いで深澤の喉を止血した。だが出血は、止まらなかった。誰もが呆然としながら、その光景を見つめていた。イーとエー以外は。

「何てこと……どうしよう……」

「人間は変わらない」

「愚かで哀れな民族」

 イーとエーは狼狽する真矢をよそに、周囲を睥睨(へいげい)しながらそう言った。

「……人類が、あなた達に何をしたっていうのよ」

 ジェニスが問いかけると、イーとエーは口角を少し上げながら言い返した。

「あなた達に見せてあげる」

「かつて何があったのか」

「あなた達の祖先の姿」

「私たちに何をしたのか」

「思い知ればいい」

「哀れな民族の末裔であることを」

 すると二人は目を閉じて、内なる力を発揮した。すると二人から曇りガラスのような球体が現れ、それは周囲の人々を包み込んでいった。

 中にいる人々は、暗闇に包まれた。

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