モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月17日(2)

 真っ暗闇だった視界が一気に開けると、そこは……空中だった。

 眼下には、大地と緑が広がっており、周囲には白い雲と青い空があった。

「ここは……」

「私たちが来た頃の地球」

「まだ日本という国さえなかった頃」

 真矢の呟きに、イーとエーが答えた。

「縄文時代の、日本……」

「遠い昔」

「過去のこと」

「私たちは着陸した」

「調査のために」

 すると頭上から、何かが降って来た。それは高速で地表に激突し、停止した。

「……宇宙船?」

 地中に半分近くが埋まった銀色の物体を見て、ジェニスが言った。

「地球の言葉で言えば、そういう乗り物」

「私たちは方舟(はこぶね)と呼んでいた」

「方舟……」

 サンが復唱した。旧約聖書の一節が、脳裏によぎっていた。

 すると、その方舟から数十人の人影が見えた。それは全員が一様にイーとエーと同じ服を着ていて、白と灰色の髪をしたヒト型のもの。ジェニスは、白が女、グレーが男だと見抜いた。乳房は白の方にしかなかったからだ。

 やがて、地球に飛来した彼らのまわりを、槍や弓を持った原人たちが取り囲んだ。

「縄文人……」

 深澤の喉を止血するのを手伝いながらも、真矢は眼下の光景に釘付けだった。

「彼らは最初、敵意を持っていた」

「仕方ない。彼らは文明人じゃないから」

「襲ってきた」

「だから、力を使った」

 原人たちは槍や弓で異星人たちを攻撃したが、彼らは不思議な力を使って、攻撃を防いだ。槍も弓矢も空中で止まり、ぽろぽろと地面に落ちた。それを見た原人たちは、攻撃をやめた。さらに空中から、巨大な蛾のような生物が飛来して、異星人たちの真上で空中停止した。

「彼らは、(かな)わないと悟った」

「その点は利口だった」

「私たちを、崇めた」

「そう、まるで神のように」

 原人たちは、異星人たちに膝をついて平伏した。それは降伏の表現というより、恐れ多いものへの敬意のようでもあった。

「私たちは、共に暮らした」

「とても平和的な暮らし」

 それまで空中から傍観をしていた真矢たちは、急に場面が変わったことに気づいた。縄文人たちの村の中。そこで異星人たちと縄文人たちが、仲良く暮らしている様子が見えた。中には土偶を手に持って遊ぶ子供の姿もあった。あれが鉄偶を模して作られたものだろうということは、真矢たちも察した。少しでも異星人たちの力をあやかろうとしたゆえか、友好の表れとしてか。

「その間に私たちは、この星について調査した」

「彼らはとても協力的だった」

「中には、彼らと交わる者もいた」

「交配して産まれた者もいた」

「地球人と異星人のハーフ……なんてこと」

 ジェニスは思わず呟いた。異星人の女が赤ん坊を抱き、それを愛おしげに見つめる縄文人の男の姿を見て。

「このまま定住しても問題はないと思った」

「調査した結果、脅威となる生物もいないことが分かった」

「私たちは安心した」

「心から安心した」

「でも……敵が来た」

「それが災いのもと」

 場面はまた変わり、真矢たちは空中に移動した。どんよりと曇った空の奥から、何かが飛来して来た。それにモスラが立ち向かい、雲の中で戦闘が行われたようだった。

 刹那、厚い雲が吹き飛ぶほどの衝撃が起き、青空が広がる中、火炎に包まれたモスラの残骸が地表に落ちた。

「私たちは敵を倒した。だけど……それで地球人たちは変わった」

「脅威がなくなったと感じた」

「相手を支配するのに必要なのは、恐怖」

「恐怖がなくなれば、恐れるものはない」

「奴らは、私たちを殺し始めた」

「もう用済みと言わんばかりに」

「奴らは、クニをそれぞれ作っていた」

「私たちが与えた知識をもとにして」

 眼下では、異星人たちと縄文人の連合軍が激しく殺し合う様子が展開されていた。念力や透明といった特殊能力がある異星人たちの方が最初は優勢だったが、多勢に無勢、弓の集中攻撃に倒れる者や、たとえ体を透明にしても塗料をかけられて殺される者も続出した。

「我々と地球人の子供たちは、クニの指導者になった」

「彼らは洗脳教育を受けて、我々を敵だと信じ込まされた」

「そんな……」

 あまりにも残酷な真実に、真矢は嘆いた。それが卑弥呼(ひみこ)であったり、大和朝廷の大王(おおきみ)なのだとしたら、あまりにも非情な真実だった。

「オスは殺され、メスも殺されるか犯された」

「私たちのリーダーは、私たち姉妹をポッドに避難させた」

「最後の希望として」

「一人でも生き延びるために」

 場面は、あのドームの遺跡の内部に変わった。イーとエーがポッドに乗り込み、蓋が閉じられた。

「そのあと、母船は自爆した」

「大地が吹き飛んだ」

「やがてそこに海が出来た」

「わずかに残ったのが、日本の淡路島」

「……国産み伝説って、そこが源流だったのかよ」

 中條がそう呟くと、喉からの出血が止まらない深澤が、譫言(うわごと)を言った。

「はは……死ぬ前に、とんだものを……見せられた、ものだ……」

「教授、しっかりしてください! 教授っ!」

 真矢が呼びかけている間に周囲が明るくなり、一同は現代に戻った。

 空には、モスラが依然として存在し、飛翔していた。

「さぁ、お遊びはここまで」

「戦争を続けましょう」

「今度は我々が勝つ」

「あなた達には敗北しかない」

 イーとエーは高らかに宣言した。すかさず自衛隊員たちが小銃や拳銃を構えたが、それらは見えない力によってぐにゃりと変形されてしまい、中には銃弾が暴発して負傷する者も出た。

「くだらない」

「バカらしい」

「いつまで経っても変わらない」

「愚かで哀れな民族どもが」

「ま、待ってください……」

 声をかけたのは、小澤総理だった。彼女も、大昔の惨劇を目撃した一人だった。

「お願いです、どうか許してください」

 イーとエーは声を合わせて「嫌」と返した。

「……私たちの祖先が、とんでもない過ちを犯してしまったのなら、私はその代表者として謝罪します。申し訳ございませんでした」

 小澤は、日本国内閣総理大臣として、イーとエーに深く頭を下げた。

 しばらく、沈黙があった。

 そして、小澤が喉元を押さえながら呻き声を発して、沈黙は破られた。

「哀れな女」

「愚かな女」

「ぐっ……くぅ……」

「やめなさいっ!」

 ジェニスがホルスターから抜いたコルト・ガバメントの銃口を二人に向けた。

「理由はどうあれ、私のボスを傷つけるのは許さないわよ」

「くだらない」

「好きにすれば」

 すると小澤の体が宙に浮いて、その体は吹き飛ばされてジェニスに激突した。

「ジェニーさん! 総理も大丈夫ですかっ!」

 野田とサンが駆け寄り、ジェニスは何とか自力で起き上がった。小澤は激しく咳き込んでいたが、喉に集中していた力からは、解放されていた。

「教授……」

 真矢と中條の止血作業もむなしく、深澤は息を引き取っていた。

「……何が望みなのよ。あんた達は、どうしたいのよっ!」

 真矢が呪詛の念を込めながらイーとエーに叫んだ。

「決まってる」

「人類滅亡」

「復讐」

「報復」

「黙って見てなさい」

「築き上げたモノがすべて荒廃していくのを」

 二人は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。真矢は再び杉浦式自動拳銃に手をかけたが、この二人にそれが通用しないことは、もう分かりきっていた。

 ……だがそれでも、真矢は拳銃を握った。深澤の血で濡れた手で。

「やれるものならやってみなさい」

「どうせ意味はない」

 真矢は、撃鉄を下ろした。肩が震え、照準がぶれてしまう。二人への恐怖と憎悪、過去に起きた惨劇、そして深澤の死が、真矢を震わせていた。

「さぁ、モゥスァーラァーが暴れるのをみんなで見ましょう」

「我らが守護神、我らが希望、我らが……」

 すると突然、二人は何かを感じ取ったのか、ハッとして空を見上げた。より正確に言えば、空よりも遠く、地球の外。そこから感じ取るモノの気配を。

「嘘……」

「まさか……」

「気づかれた」

「何てこと……」

 二人は、驚愕した面持ちで天空を見つめていた。

「何? 何よ今度は、お仲間がまだ来るっていうの?」

 真矢はしっかりと拳銃を構えながら咆えた。

 イーとエーは、首を横に振った。

「仲間じゃない」

「……敵」

「何ですって? どういうことよ」

「あなた達も見たでしょ。大昔の、雲の中でモゥスァーラァーが戦って死んだのを」

「あの時は相討ちになって済んだけど……そんな、何てことなの」

「……その敵って、何よ。あなた達みたいな異星人?」

「違う」

「ガイガン」

「え?」

「最悪の兵器」

「殺戮の兵器」

 二人は空を見上げたまま、少し肩を震わせながらそう言った。それは今まで彼女たちが見せたことのない、恐怖心の表れだった。

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