モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月17日(3)

 宇宙空間を、高速で飛ぶモノがあった。

 その姿は、生物を模しているようでありながら、生物ではなかった。

 鋭い(くちばし)には牙が生え、バイザーのような赤い眼球、背中には三枚の(ひれ)があり、手には巨大な鎌を思わせる一本爪が備わっていた。そして腹部には、チェーンソーのような刃が何本も生えていた。

 金属同士が(こす)り合うような、耳障りな鳴き声を発しながら、ソレは青い惑星に向かっていた。

 

「何なのその、ガイガンって。それもあなた達の作品なわけ?」

 拳銃を構えたままの真矢が、イーとエーに訊ねた。二人は首を振った。

「違う、私たちのじゃない」

「別の星に住む者たちが造った」

「でも制御できなかった」

「逆に滅ぼされた、星ごと」

「……それが、地球に来るって言うの?」

「そう、奴に気づかれた」

「奴には、私たちを追う機能が備わってる」

「敵と認めたものを殺すまで攻撃する」

「根絶するのが奴の目的」

「ねぇ、ずっと気になってるんだけど」

 サンに支えられながら立つジェニスが口を開いた。

「あなた達が地球に来た目的って、そいつから逃げるためだったんじゃないの?」

 その問いに、二人は口をつぐんだ。ジェニスは、図星だと察した。

「あなた達は、自分たちの能力やモスラを武器にしてこの星に来た。あなた達は平和的だと言ったけど、武力制圧もいいところなんじゃないの?」

「……」

「……」

「しかも挙句に、自分たちが知恵を授けたばかりに、古代人たちに(やま)しい考えを起こさせた。もちろん悲劇は悲劇だけど、その原因を生んだのは他でもないあなた達なんじゃないの?」

「……」

「……」

「まぁいいわ、大昔のジェノサイドについてとやかく言うつもりはない。人類の歴史は戦争の歴史なんだから。とにかくその、ガイガンっていうのはどういう怪物なのよ」

「……機械の塊」

「体中に武器がある」

「モスラは勝てるの? そいつに」

「……運が良ければ」

「……断言はできない」

「最悪ね。こっちはモスラでも手こずってるのに、それよりも厄介な奴が到着するわけね……」

 ジェニスは苦笑しながら言った。もう最悪の展開ばかりだ。

「完全な機械なら、通常兵器も効くんじゃ……」

 小澤の肩を抱きかかえる野田が呟いたが、イーとエーは否定した。

「無理よ。地球の兵器で奴は倒れない」

「原子爆弾か水素爆弾を使えば、傷は負うかもしれないけど」

「人類の兵器についてもよく調べたのね。原爆、か……この国にはもう、落としたくないわ」

 かつてヒロシマとナガサキの原爆開発に関わったジェニスは、たとえ効果があるとしても、原爆を使うことだけは避けたかった。あの兵器の威力は絶大だが、それゆえ後遺症も多く残す。ゴジラにしても、原水爆実験の負の遺産だ。それに相手は宇宙由来の物体、どんな化学反応が起きるかは想像もつかない。

「なら、懸けるしかない」

「うん、そうするしかない」

「何が?」

 ジェニスの問いかけにイーとエーは答えず、エーが目を閉じて鉄偶に念を送り、鉄偶の目が光った。

「……後は、運任せ」

 エーが目を開くと、鉄偶の目の発光は止んだ。

「何? 何をしたのよ」

 拳銃を少し下ろしながら、真矢が訊いた。

「命令しただけ」

 エーはそれだけしか言わず、二人は対岸の様子を見つめた。モスラも、天空の方を気にしているようだった。

 

 その頃、地球には存在しない金属で造られた巨大な動く物体は、大気圏に突入していた。

 それは鳴き声をあげながら、日本列島に向けて降下していた。

 さらに正しく言えば、それは日本国の大阪市という町を着地点としてインプットしていた。

 そこに敵がいる、排除せよとプログラムが命令している。ガイガンはただ、それに従っていただけだった。

 

「……前線本部より連絡が入りました。また新たな飛翔体が宇宙から飛来するとのことです。名称はガイガンというそうです」

 立花が報告すると、『まきなみ』のブリッジには悲愴な空気が流れた。モスラも活動を再開している上に、さらなる宇宙からの使者……艦長である神宮寺は頭が痛くなってきた。もうこれは、自分たちでは対処できないのではないか、彼にはそう思えて仕方なかった。

「艦長。出来ることは、すべてやりましょう」

 そう力強く進言したのは、副長の水島だった。海神作戦、オペレーション・デストロイを経験した彼は、まだ諦めていなかった。この国が持つすべての戦力を投入してでも、敵を倒さなければならない。その強い決意を感じ取った神宮司は、気を取り戻した。

「……全艦に通達、新たな飛翔体を発見次第、砲撃を許可する。モスラも同様である。刺し違える形になろうとも、敵を殲滅するっ!」

 戦意を失いかけていた隊員たちは喝を入れられ、それぞれの職務に邁進した。

「そういえば、新たに出現したモスラの幼虫はどうなった? 今どこにいる」

「捜索している『おおなみ』からの報告によれば、和歌山湾沖で見失ったとのことです……太平洋方面へ移動したのが最後の動静です」

 立花からの報告を聞いて、「ということは、大阪には向かってないということか……」と神宮寺は解釈した。

「引き続き捜索させるんだ。また別の地に上陸されては、被害はさらに拡大してしまう。我々はモスラとガイガンの討伐に注力する!」

 

「……田島一佐、在日米軍に連絡を取ってください。戦術核兵器の使用は可能かどうか」

 小澤総理の発言に、一同がどよめいた。

「総理、それは……」

「わかっています、日本国首相としてあるまじき暴言であることは。ですが、対抗手段が少ない以上、やむをえません。全責任は私が取ります。もう……これ以上人命が損なわれるのは、耐えられません」

「ボス、その選択には同意できないわ。新たな災害を生むことになりかねない」

「では……ではどうしろと言うのですかっ! もう、手段は(いと)いません。いかなる手段を用いてでも、モスラと……ガイガンでしたか、その宇宙怪物たちを何としても駆逐しなければなりません。もう……誰も死んでほしくないんです、ジェニーさん」

 小澤は、もうなりふり構わないといった風に、心の内を吐露した。ジェニスは、何も言わなかった。小澤の気持ちは痛いほどよく分かっていたつもりだった。だが原爆を使うことに同意したわけではなかった。それは本当に、最後の手段とすべきだとジェニスは考えていた。

「来た」

「奴が」

 イーとエーは空を見上げながら言った。その場にいた全員も空を注視した。

 

「……目標確認! まっすぐ降下して来てます!」

 航海士は艦後方の上空から、黒い何かが降ってくるのを双眼鏡で発見した。

「次から次へと……まったく宇宙戦争かよ」

 水島は思わず呟き、艦橋ウィングに立って双眼鏡を覗いた。

 黒く鋭利な姿をした物体が、空から降下して来ている。それは生物のようでもあったが、報告によれば生物ではなく、機械だという。

「第三主砲発射準備! 通常弾頭とD弾頭を撃ち込めっ!」

 神宮寺が叫び、『まきなみ』艦尾側にある第三主砲に砲弾が装填された。

 攻撃目標――ガイガンは、やがて肉眼でも見えるほどにその姿を現した。鳥のような顔に、鎌のような両腕、胸には無数の刃が付いているようだった。まさに攻撃精神の塊のような、おぞましい姿をしていた。

「撃てぇっ!」

 神宮寺の号令のもと、『まきなみ』ほか多数の艦艇が砲撃を開始した。

 それをガイガンは、俊敏な動きでことごとく躱し、やがて高度3000、2000と艦隊に急速接近した。

「当たるまで撃ち続けるんだ、諦めるな!」

 ガイガンは、まるで特攻のように艦隊の空中放火に晒されながらも、一直線に降下した。

 そして海面すれすれのところで素早く体の向きを変え、両腕を広げながら『まきなみ』の頭上を飛び去って行った。

 刹那、『たかなみ』と米軍巡洋艦が数隻爆発炎上した。

 あまりにも一瞬のことで軍人たちはわからなかったが、ガイガンの鎌のような腕が艦艇を切り裂き、破壊していた。

「何て奴だ……」

 周囲の艦艇が燃え上がる中、奇跡的に被害を免れた『まきなみ』副長の水島は、大阪市街地へと飛び去ったガイガンを見て、そう呟いた。

 

 ガイガンは、大阪市に上陸した。

 正確に言えば、そこは道頓堀だった。

 巨大グモやキノコ怪人たちが跋扈(ばっこ)する廃墟の中に、その異様な姿をした怪物は出現した。

 身長はおよそ65メートル。かぎ爪のような足を踏みしめながら、それは二足で立っていた。

 すぐささま巨大グモが攻撃をしかけようとしたが、ガイガンが片手を振り落としただけで、クモは胴体をまっぷたつに切断され、あっけなく殺された。

 ガイガンはその場で数歩を動き、その歩みでキノコ怪人たちがアリのように無残に踏み潰されて死んだ。

 赤いバイザーのような目が睨む先には、モスラがいた。

 

「大統領、日本国首相から問い合わせが来ました。在日米軍の……日本国内における核兵器の使用許可を求めています」

 首席補佐官からの報告を聞いたゲイリーは、目を見開いた。他の閣僚がいる中だったので、彼は人払いさせて、ホワイトハウスの大統領執務室にはゲイリーと首席補佐官の二人だけになった。

「本当か? 何かの間違いじゃないのか」

「いえ、二度問い合わせしましたが、事実です。大阪市街地に向けて、使用できないかと……」

 大阪が今現在、混沌とした状況にあるのはゲイリーも把握していた。あのイモムシのような怪物はすでに変化してバタフライのようになり、さらに巨大なカマキリやクモ、キノコのような怪生物まで出現しているという。或るアメリカの新聞では『Osaka is a monster city(大阪は怪獣都市)』という見出しさえ載せていた。

「実はまた、新たな宇宙生物が出現という報告も入っております。第七艦隊にも、被害が出ているとのことで……」

「……パタースン、君が大統領なら決断できるか? 世界唯一の原爆被爆国に、また新たな原子爆弾を投下することを」

 首席補佐官は、ゲイリーの問いかけに答えられなかった。それはとても重い決断だった。たとえ日本の首相が要請していることだとしても、投下後の世界を考えると、容易には決断できなかった。まして相手は宇宙由来の生物たちであり、本当に原爆が効くかどうかもわからない。

 私的なことを明かせば、パタースンの妻は日本人であり、大戦中にナガサキで被爆していた。ゆえにパタースン個人としては、投下に賛同は出来なかったが、職務に私情を挟むことを彼はしなかった。彼は忠実にして真面目な、大統領首席補佐官だった。

「艦隊からの報告では、通常兵器はまるで効果なしとのことです。いえそればかりか、ほとんど敵には当たらなかったとのことです。巨大なわりに俊敏とのことで……対抗手段は、もうあまり残されていません」

「……使うしか、ないのか」

 ゲイリーは窓の外をむなしく眺めながらそう呟いた。日本の危機を救うことになるならやむをえないが、いま日本には唯一の肉親であるジェニスがいる。そのパートナーで、系図上は養子となっているカヨも。

 ゲイリーは、決断を迫られていた。

 

 モスラとガイガンは、睨み合っていた。互いの動きを探り合っているように。

 先に動いたのは、ガイガンの方だった。人類の文明は説明がつかない浮力でもって体を飛ばし、鎌状の腕を振り回しながらモスラに接近したが、モスラは羽を少し切られながらも何とか回避した。ガイガンは難波宮跡地公園に着地し、再びモスラを睨んだ。

 そこへ巨大カマキリが三匹、ガイガンに襲いかかった。カマキリたちもまた、鎌を振り下ろしてガイガンの体を貫こうとしたが、未知の金属で構成されたその体に、所詮は虫に過ぎない巨大カマキリの鎌は何も効果がなく、逆にその首がガイガンの鎌によって切断され、絶命した。ほかの二匹も同様に虐殺され、その死骸をかぎ爪状の足でガイガンは踏み潰した。あたりにはカマキリの体液が流れ、悪臭を放った。

 次の刺客は巨大なクモだった。クモは口から網状の糸を吐いて、それがガイガンの体を包んだ。それは強い粘着性があり、ガイガンは動きを封じられた。

 さらにそこへ、モスラが緑色の鱗粉を飛ばしてきた。それはあらゆる物質を溶かす効果のある、酸性雨のような粉だった。ガイガンの黒い表面には次々と傷が付き、小さな穴も開いた。勝機は見えた……かに思えた。

 ガイガンのバイザー状の眼球から、赤い光線が放たれた。それはモスラの体を貫き、モスラは痛みに悶えるような鳴き声をあげながら墜落した。さらにその光線は巨大グモも貫き、高熱光線に耐えられなかったクモの体は爆発四散した。

 ガイガンは胸に装備しているチェーンソー刃を起動させ、体にまとわりつく糸を切り取った。体の自由を取り戻したガイガンは、天空に向かって耳障りな鳴き声を轟かせた。その声は超音波となって、宇宙空間にも届いた。

 モスラは、光線で貫かれた部位を自己修復し、再び空に舞い上がった。

 ガイガンはそれを、見逃さなかった。すぐに飛び上がろうとした刹那、背後から攻撃を受けた。航空自衛隊と在日米空軍戦闘機による爆撃だった。D弾頭も着弾したが、それはガイガンの硬い表面を貫くことができず、むなしく自爆した。そして、たった一つの傷すらも付けることは出来なかった。ガイガンは戦闘機部隊に光線を放ち、全15機の部隊は一瞬にして壊滅し、破片が赤く燃えながら市街地に落下した。パイロットたちは座席射出装置を起動させる暇もなく、今日が命日となった。

 高らかに笑うような鳴き声をガイガンはあげて、いよいよ主目標に狙いを定めようとした。

 モスラはその間に、体中のエネルギーを増幅させて、その体は赤く火照っていた。それは太陽光から得たエネルギーを源とした、モスラ最大の攻撃手段だった。ガイガンがその構えに気づいた頃には、すでにモスラは攻撃準備を整えていた。

 モスラの体が、燃えた。そしてそのままガイガンの頭部目がけて高速飛行し、ガイガンの頭部は、吹き飛んだ。

「勝った……」

「やった……」

 その光景を目撃したイーとエーが呟いた。

 頭を失ったガイガンは、指令プログラムの作動が停止し、両腕をだらりと下げて地面に倒れた。

 モスラは、燃えた体を消火するため、大阪港の海に着水した。体の炎と熱を冷ましたモスラは、再び飛翔して市街地上空を飛んだ。その動きは、少し緩慢になっていた。体力をかなり消耗した表れだった。

「倒したの? ガイガンを……」

 真矢が訊ねると、イーとエーは顔を向けて頷いた。

「何とか」

「奇跡的」

 その顔は、心なしか安堵しているように真矢には見えた。

「……じゃあ、あとはモスラだけってわけね。とにかく敵が減っただけよかっ…」

 刹那、天空から赤い光線が放たれ、モスラの体を再び貫いた。しかもそれは、ひとつではない。三つの光線が、モスラの胴体や羽を貫通していた。それはイーとエーにも、真矢たちにも信じがたい光景だった。なぜなのかと。

「どういうこと……」

 真矢が呟いた。

「まだ、いる……」

「仲間を呼んだんだ……」

 イーとエーは、空高くに目を向けた。やがて三体の黒い物体が降下してくるのが、見えた。

「ちょっと待ってよ。一匹倒すだけでも大変だっていうのに、まだ来るっていうの?」

 真矢も空を睨みながら言った。

「さっきみたく、モスラが攻撃すれば倒せるわよね?」

 ジェニスが問いかけたが、イーとエーは首を振った。

「あの技は一度だけ」

「もういちど使うには、太陽の光を充分浴びないとダメ」

「そんな……じゃあ、モスラは……」

「……奇跡はもう起こらない」

「……あとは、もう一匹に懸けるしかない」

「もう一匹って、でもまだ幼虫なんでしょ? 勝ち目はあるの?」

「誰が戦わせるって言ったの?」

「探させてる」

「探す? 何を?」

「あなた達の方がよく知ってる」

「私たちは見たことがないから」

 イーとエーはそう言って、口を閉ざした。ジェニスには何のことか分からなかった。

 その間に、田島一佐が小澤総理に報告した。

「総理。アメリカは、原爆の使用を許可してくれました……」

「そうですか、どうもありがとう……」

「要請があれば、すぐにでも爆撃機がこちらに来るそうです。……ご期待に添えず、申し訳ございませんでした」

 田島は、自衛隊を代表して謝罪した。だが小澤は首を横に振って見せた。

「仕方ありません。相手は、未知の敵なんですから……」

 

 その頃、因羽島の小山から生まれたモスラの幼虫は、南海トラフの海溝に差し掛かっていた。

 そしてそこで、甲高く鳴き声をあげていた。何か(・ ・)に呼びかけるように。

 そしてその何か(・ ・)は、海の底から現れた。

 黒く岩のような肌に、背中には棘のような背鰭の生えた、生きる災害。

 その何か(・ ・)は、モスラの幼虫に(いざな)われるようにして、海の中を泳ぎ出した。

 そのことをまだ、誰も知らない。

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