モスラ+1.0   作:沼の人

19 / 22
1970年3月17日(4)

 体と羽が赤い光線によって貫かれたモスラは、またしても市街地に墜落した。

 その上空から、三体のガイガンが飛来して大阪市街地に着地した。その際の衝撃で地上には爆風が巻き起こり、キノコ怪人たちが(ちり)のように吹き飛んだ。

 ガイガンは、モスラを取り囲むようにして布陣した。

 モスラは、体に受けた傷を修復し、再び羽を動かし始めた。それをガイガンは見逃さず、三体同時に眼球から光線を発射したが、モスラは急速浮上してそれを回避した。

「もうハチャメチャやな……怪物同士の殺し合いや」

 蛾の姿をした巨大生物、そして異形な三体のロボット怪獣の姿を見て、原田は(ひと)()ちた。

「あのまま、全滅してくれたらいいんですけどね……」

 深澤の亡骸の側に座る中條が言った。深澤の顔には、原田が持っていたハンカチがかけられていた。

 人間たちをよそに、四体の怪物たちは死闘を繰り広げていた。しかし三対一は、さすがに()が悪かった。モスラは常にガイガンに囲まれ、赤い光線が絶え間なく発射され、それは地上にも降り注ぎすさまじい爆発を引き起こした。モスラは、ひたすら回避行動を取るほかはなく、一気に空高く飛翔した。もちろん、三体のガイガンはそれを追尾した。

 

 近畿地方や四国地方を管轄する海上保安庁第五管区は、神戸に本部を置いていた。

 レーダー管制室の職員である中村は、大阪の生まれだった。それゆえ、今現在大阪で起きている出来事に胸を痛めていた。幸い身内に被害は出ていないが、友人の中には連絡不通の者が何人かいた。巨大生物以外にも、人間をキノコのような怪人に変えるという怪奇現象も大阪では起きており、もしかしたら友人もその被害者になっているのではないか、そう思うと中村は不憫でならなかった。そうではなく、ただ遠方に避難しただけだと信じたかった。

 そんな彼のことを慮ることもなく、突然レーダーに反応が出た。それは久々に鳴り響く、ガイガーブイの反応を示すアラーム音だった。ここ数年は巨大生物の出現報告も減少しており、昨年第五管区に赴任した中村は、初めてこのアラーム音を聞いて、心拍数がはね上がった。

 反応したブイの地点は、和歌山県と徳島県の間に広がる紀伊水道。

「まさか……」

 中村は、最悪の想像をした。それは16年前に、完膚なきまでに駆逐されたはずの、あの巨大生物の姿。

 このブイ反応はすぐ、自衛隊にも情報が共有された。

 

 ちょうど紀伊水道の蒲生田岬(かもだみさき)沖にいた護衛艦『おおなみ』は、海保からの情報提供に基づき、水中レーダーと目視での警戒監視を強化した。

 やがて、レーダーが水中を移動する巨大な物体の影を捉えた。最初それは一体だったが、やがて二体になった。その二体目の方が、より巨大だった。

「あ、あれは……」

 双眼鏡で海上を監視していた乗組員は、その物体を目撃し、言葉を失った。ソレはもう存在しないはずの生物の、特徴的な部位だった。

 海中から、黒く尖った棘のようなものが、日本本土に向けて白波を立てながら進んで来ていた。それが何なのかを知らない者は、日本にいない。

「すぐ大阪の前線本部に連絡を入れろっ!」

 艦長が叫び、通信士が急いで緊急連絡を入れた。

 

「総理っ! ゴジラです、ゴジラが出現しました」

 田島一佐は、自分でも信じがたいといった風に、そう報告した。小澤だけではない、ジェニスや野田、ほかの面々も一様に「嘘でしょ?」という顔をしていた。

「そんな……アレはもう、いないはず」

「しかし現に……幼虫モスラ探索中の護衛艦が目撃しております。ガイガーブイにもしっかり反応しております」

 小澤は、次の言葉を見つけることができなかった。モスラ、ガイガン、そしてゴジラ……もはやどの国家にも、このどうしようもない負の連鎖は対処できないだろうと思った。大人しく蹂躙されるか、核兵器を落とすか。もはや道はそれしかない。

「……まさか、あなた達」

 ジェニスはイーとエーに向かって口を開いた。

「探すって、ゴジラを探してたの?」

「そうよ」

「そのとおり」

「なぜ、まだ奴が生き残ってると分かったの?」

「それは運」

「あの生物の生命力は尋常じゃない」

「一匹ぐらい、生き残っているかもしれない」

「そう思って、モゥスァーラァーに探させた」

「ってことは……ガイガンと戦わせるつもり?」

「さすが鋭い女」

「賢い女」

 ジェニスは唖然として、前髪を手でたくし上げた。まさかゴジラを利用して敵を潰そうなど、人間では到底思いつかない発想だった。独創的というか、無謀というか……。

「何をそんなに考え込む必要があるの」

「利用するものは何でも利用する」

「あなた達と同じよ」

「かつて私たちがそうされたように」

「……もういいわ。こうなったらもう、そうするしかないわボス」

 ジェニスは小澤に語りかけた。

「奴なら、ガイガンもモスラも倒せるかもしれない。それにゴジラには、オソニチンが効く。モスラとガイガンを倒してもらったら、お礼にオソニチンをプレゼントして葬りましょう」

 ジェニスの提案に、小澤は乗った。そしてすぐ田島一佐に命じた。

「とても言いにくいことですが、仕方ありません。ゴジラを大阪へ迎え入れます。自衛隊と米軍には、攻撃を禁ずる旨を伝えてください」

「……了解しました、総理」

 田島は、その苦渋の決断を受け入れ、無線で各部隊に通達するよう部下に命じた。

「皮肉だけど……こうなったらもうゴジラに懸けるしかないわね」

 父親をゴジラの災害で失ったジェニスにとって、それは言葉にはしがたい屈辱だった。そればかりか、16年前に命懸けでゴジラを葬った人間の一人なのに、今はゴジラに希望を託している。滑稽としか言いようがなかった。

 

「……その命令は、確かなのか」

 前線本部からの命令に対し、神宮寺はそう訊き返した。入電された内容をそのまま報告したに過ぎない立花は、何も言えずに立ち尽くした。

「そんな……そんなバカげた作戦がありますかっ!」

 声を荒げたのは、水島だった。16年前、やっとの思いで駆逐した生物に人類の希望を託すなど、彼には到底受け入れられなかった。

「落ち着け副長。これは、命令なんだ……我々は命令に従って行動しなければならない」

 神宮寺は厳然としてそう語り、水島をなだめた。水島は、複雑な顔をした。

 神宮寺は、命じた。

「たとえゴジラを発見しても、本艦隊は一切手を出さない。そのことを、他の艦にも伝えよ」

 他の艦とは言うものの、すでに大阪湾の日米艦隊は半数が大破もしくは撃沈されており、その戦力は充分とは言えない。だが『まきなみ』や『はるかぜ』には、オソニチンを搭載した特殊弾頭がある。ゴジラに対抗できる唯一の手段。モスラやガイガンの駆逐が難しくても、ゴジラは可能だった。

 あとは、ゴジラが宇宙から来た怪物たちを殲滅してくれれば、それでいい。その後は、情けも容赦もなく、オソニチンでゴジラを葬れば、すべて終わる。ある意味で理にかなった作戦だと、神宮寺はやっと理解した。

 

 モスラは、大気圏をいったん抜け出し、太陽の光を浴びた。出来るだけ多くの光を浴びようとした。

 だがガイガンは、それを許さない。邪魔をするように光線を放ち、モスラを仕留めようと追い回した。

 モスラは再び大気圏に突入し、ガイガンも後を追った。

 

「マヤ、あなたは逃げてちょうだい」

 ジェニスはそう声をかけたが、真矢はかぶりを振った。

「いえ……一緒にいさせてください」

「ゴジラが来るとなったら、放射能汚染の危険があるわ。それにゴジラの熱線は、非常に危険なのよ。威力もそうだけど、原爆と同じで黒い雨を降らす。それを浴びたら、体に悪影響が……」

「あの子たちを目覚めさせてしまったのは、私の責任です」

 真矢はジェニスの言葉を遮り、イーとエーの背中を見つめながら言った。

「それは……不可抗力よ。あなたは学者として、調査研究をしていただけ。責任を感じることはないわ」

「いえ、私にも責任はあります。ちゃんと最後まで見届けなければならないと……教授まで死なせてしまった。お願いです、私もいさせてください」

 強い決意のこもった瞳を見て、ジェニスはこれ以上の説得は無理だと感じた。

「……じゃあせめて、そのハンドガンはバッグにしまったら? あなたみたいな美女には似合わないわ」

 ジェニスにそう諭されて、真矢は杉浦式自動拳銃をショルダーバッグにしまった。そしてジェニスはハンカチで真矢の手を拭ってあげた。ずっと、深澤の血で赤く染まっていた手を。

「あなたと私は、何だか似てるわね。強情なところが」

「……美女な点は?」

 そう言い返されて、ジェニスはフッと笑った。真矢も少しだけ口角を上げた。

「中條、所長。あなた達は行って」

 深澤の遺体をトラックに乗せ終えた二人は、顔を見合わせて思案した。

「……俺は、残るよ」

「いいから行って中條。巻き込んだのは私のせいだし、教授の遺体も安全な所に運んであげてほしいの。お願い」

「……わかった。気をつけてくれよ、藤戸君」

 中條の言葉に、真矢は黙って頷いた。中條は、トラックの方へ足を向けた。

「ほら、所長も」

「誰が大事な部下置いて逃げんねん。私は行かんよ、梃子(てこ)でも動かん」

 真矢は「わかりました」とだけ言って、原田の意を汲んだ。

「モスラ、急速降下中!」

 全線基地の隊員が声をあげ、一同は空に目を向けた。

 

 再び大阪市街地上空に戻ったモスラは、飛行機の曲芸飛行のようにくるっと体を反転させ、三体のガイガンは地表に衝突した。

 もちろん、それで負傷することはなかった。一時(いっとき)の間、動きを封じたに過ぎなかった。

 モスラは、体内にエネルギーを溜め始めた。太陽光から受けたエネルギーの量はまったく足りないが、命が尽きるのを覚悟して、体の熱を上げ始めた。

 

 そのころ幼虫のモスラと、背鰭の生えた巨大生物は、大阪湾に入っていた。その影は『まきなみ』のレーダーもすでに捕捉していた。

「……間違いありません、奴です」

 艦橋ウィングに立って双眼鏡を覗く水島は、憎悪の気持ちを込めながらそう呟いた。海面から現れているソレは、間違いなく16年前に駆逐した生物のものと酷似していた。黒い、背鰭。

「……攻撃は、禁じられている」

 神宮寺は、そう言うほかはなかった。一発の銃弾さえ、撃ち込むことは許されていない。このまま素通りさせて、上陸を見守るしかない。

「必ず、仕留めてやる」

 水島は、今までゴジラと対峙してきた我が人生を思い出した。戦後間もない1947年、自衛官となった1954年。そして今また、あのおぞましい怪物が水島の前に出現した。根絶したと信じていた。どこまでもしぶとい奴……水島は奥歯を噛みしめて、その巨大生物が泳いでいくのを見つめた。今度は自分の手で葬ってやると、固く誓いながら。

 

 モスラの体が、赤く染まった。だがそれは、先ほどの発熱現象に比べれば弱々しく、勢いも欠けていた。それでもモスラは、敵であるガイガン達に突き進んだ。

 一体のガイガンは、片腕を切断された。二体目のガイガンは、肩を少し切り裂かれた。そして三体目のガイガンは、両腕を振り落ろしてモスラを地面に叩きつけた。羽に大きな裂傷を負ったモスラは、体の一部を燃やしながら悲痛な鳴き声をあげた。それを三体のガイガンが取り囲み、片腕を切断されたガイガンが、残るもう片手でモスラの胴体を刺した。残りの二体も同じようにモスラをめった刺しに……しようという所で、港から或る生物の咆哮が轟き、ガイガン達はそちらに顔を向けた。

 黒く巨大な塊のような生物が、大阪港から上陸をしていた。その生物を何というのか、ガイガン達は知らない。地球人は、よく知っていた。

「ゴジラ……」

 双眼鏡で目視したジェニスは、複雑な思いでその生物の存在を認めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。