モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月17日(5)

 モスラの幼虫に(いざな)われて上陸したゴジラは、かつてのゴジラとは少し形状が異なっていた。それは大戸島を長年縄張りとしていた「呉爾羅(ごじら)」のように、やや前傾姿勢をした恐竜のような姿だった。だが岩肌を思わせるゴツゴツとした皮膚と、体長50メートルは軽く超える巨体、そして背中の背鰭はまさしく「ゴジラ」だった。

 大阪港の構造物を難なく蹴散らしながら、ゴジラは市街地へと歩みを進めた。

 ガイガン達は、それをまだ〝敵〟とは認識していなかった。これまでのプログラムにはない生物の姿に、少し困惑さえしていた。

 ゴジラは、ずっと鳴き声で呼びかけてきたモスラの幼虫から、ガイガンに視線を向けた。

 両者は、しばらく睨み合った。

 沈黙を破ったのは、ゴジラの方だった。禍々(まがまが)しい咆哮の後、ゴジラはガイガン達に向けて歩き出した。その一歩一歩が、大阪の街をさらに破壊した。

 一体のガイガンが空を飛んでゴジラに接近し、片腕でその首を刈ろうとしたが、巨体に似合わない俊敏な動きはゴジラも同様であり、ゴジラは体を反転させて尾を思いきりガイガンの体にぶち当てた。すさまじい力で胴体を打たれたガイガンは、ビル群を巻き添えにしながら市街地に墜落した。

 それを見た他の二体は、プログラムの決定に従うことにした。

 この生物は〝敵〟であると。

 

「ちょっとスタイルが違うわね、ゴジラ。ダイエットでもしたのかしら」

「いや、たぶんあれがオリジナルの形に近いのでしょう。ただあの巨体です……おそらく、熱線も吐くでしょう。ガイガーブイに反応もしてましたし」

 ジェニスのとなりに立って、野田は双眼鏡でゴジラの姿をつぶさに観察した。以前現れたものよりも若干の差異はあったが、ソレは間違いなくゴジラだった。

「核はどう獲得したと思う? アメリカはもうエニウェトクは閉鎖してるし、海洋上での核実験は55年から禁止してる」

「考えられるとすれば、その核実験で生じて海中に棄てられた放射性廃棄物じゃないでしょうか。アメリカ以外でも核実験をしていた国はありましたし……奴は海を縦横無尽に移動できます」

「わざわざエネルギーを摂取したってわけね。悪知恵が働くのは、相変わらずね」

「しかしまさか、まだ個体が残っていたなんて……」

「皮肉だけど、仕方ないわ。こうなったら奴には暴れるだけ暴れてもらって、ガイガン達を倒してもらいましょう。そしてオソニチンで殺す」

「……何だか、複雑ですね。我々が生き残るために利用している生物を、最終的に殺すというのは」

「同情なんかしてる場合? それとも倒してくれたお礼に大阪をプレゼントする? どうぞ新しい縄張りよって」

「まさか。もう奴のせいで死にかけるのは御免ですよ」

「そんなの誰だってそうよ。奴のせいでどれだけ世界が混乱するか、私たちは嫌でも知ってるでしょ」

 野田は「ええ」と頷いて、黙って双眼鏡を覗き、戦況を(うかが)うことにした。

 

 ガイガンの腕に付いている刃は、ゴジラの皮膚を切り裂くほどの硬度を持っていた。

 だがゴジラの方も、急速な再生能力を有し、たとえ傷を負ってもすぐに再生した。尾が切断されても、背鰭が切り落とされても、傷ついた箇所はブクブクと泡が立つように細胞が活発に働き、元の形に戻った。

 ガイガンは三方に布陣してゴジラを囲み、眼球から赤い光線を放った。光線はゴジラの皮膚を焼き、内臓を傷つけた。ゴジラは痛みに悶えるような鳴き声をあげながらも、片腕のないガイガンに向かって歩みを進めた。そして体を反転させて勢いよく尾を振り回したが、すんでの所でガイガンは空中浮遊して回避した。

 ゴジラとガイガンが戦っている間に、成虫のモスラは傷ついた体をキノコ怪人たちを糧としながら回復していた。

 幼虫のモスラは、ゴジラとガイガン達と一定の距離を取りながらも、市街地の中にいた。

 

「あれが、ゴジラ……」

 真矢は、生まれて初めてその巨大生物の姿を見た。双眼鏡がなくとも、その巨体は淀川西岸からも目視できた。名前はもちろん知っていたが、見る者を畏怖させるその姿は、まさに怪獣だった。

「まるで、バカでかい恐竜やな、あれは……」

 原田もゴジラを目撃したのは初めてだった。16年前にゴジラを題材とした映画を観たが、劇中に出てきた着ぐるみと違い、大阪のゴジラはやや前屈みになっているのが特徴的だった。

「……倒して」

「……ガイガンを」

 イーとエーは手をつなぎながら、祈るようにそう呟いた。

 

 ガイガンが全力で振り下ろした鎌の腕が、ゴジラの右腕を切り落とした。

 ゴジラの血は、赤かった。切り落とされた腕は地面に落下し、ゴジラは雄叫びをあげた。ガイガンは容赦なく再び腕を振り下ろし、それはゴジラの左肩を深く抉った。

 ゴジラは、息を荒げて動きが緩慢(かんまん)になった。そのまわりを三体のガイガンが取り囲み、接近して胸のチェーンソー刃を回転させ、ゴジラの体を切り裂いた。ゴジラの肉片や体液が飛び散り、ガイガンが離れると、ゴジラは力なくその場に倒れた。そして止めとばかりにガイガン達は眼球光線を集中して浴びせた。ゴジラの体は光線攻撃で穴だらけになり、弱々しく叫ぶことしか出来なかった。

 そこへモスラが飛翔して近づき、銀色の鱗粉を羽から飛ばした。それはガイガンの表面を溶かし、ガイガン達は攻撃目標をゴジラからモスラへ変更した。一体がモスラに光線を放とうとした直前、もう一体のモスラの幼虫が口から吐いた糸が顔面に付着し、ガイガンは視力を失ってむなしく墜落した。二体目の片腕のないガイガンは、幼虫に向かって光線を放ち、幼虫モスラは爆発に巻き込まれて空高く飛び上がり、大阪港の海に落ちた。そして三体目のガイガンは、成虫モスラに光線を放ち、それは頭部に命中した。

 モスラは、動きが止まった。その隙をガイガンは逃さず、二体のガイガンがほぼ同時に腕を使ってモスラの体を貫いた。そのままモスラは地面に墜落させられ、二体のガイガンによるリンチが始まった。一体は両腕を使いながら、もう一体は片腕で、モスラの体を何度も何度も突き刺した。モスラの命は、尽きかけていた。

 残っていたもう一体のガイガンは、刃のついた手で糸を払い、或る異変にやっと気づいた。

 ゴジラが、起き上がっている。穴だらけの体は、なぜか元どおりになっていた。切り落とされたはずの右腕も、復活していた。ガイガンのプログラムでは、「理解不能」としか返答のしようがなかった。あんなに虫の息だったはずなのに、なぜだ。さらに理解不能だったのは、ゴジラの背中が、青白く光り出していたことだった。背鰭がひとつずつ体からせり上がり、それはとても生物の動きとは思えなかった。兵器が何かを発動する際の動きにも似ていた。ガイガンは、インプロ―ジョン方式の原子爆弾を知らない。他の二体もその異変に気づいた頃には、すでに機は熟していた。

 ガシャンっという音と共に発光した背鰭が体に食い込み、ゴジラはガイガン達に向かって青白い閃光を放った。

「撃ちやがった……」

 水島は、艦橋ウィングに立ってその光景を凝視し、16年ぶりに見るその鮮やかな光が、大阪市街地で〝物質の水蒸気爆発〟が起きる瞬間を目撃した。その威力はかつてのゴジラの半分ほどではあったが、絶大な威力を誇っていたことに変わりはない。その証拠に、日本の地図から〝道頓堀〟が消滅した。熱線はガイガン達と成虫モスラをまとめて蒸発させ、地球上から消し去った。

 ゴジラは、勝利宣言のように天空に向かって咆えた。

「すごい……たった一発で……」

 真矢は、愕然としていた。あれだけ人類が手こずっていたモノを、たった一度の熱線で滅ぼしたゴジラに、「すごい」という言葉しか思い浮かばなかった。

 道頓堀を消し去った衝撃波は淀川西岸にも届き、真矢は数歩後ずさった。前線基地のテント屋根も大きく揺れた。その後には、爆縮による風が背後から襲い、真矢は今度は逆に前へ数歩進んだ。

「あれが完全体なら、もっとすごいわよ」

 ゴジラの熱線を間近で目撃したことのあるジェニスはそう言った。熱線の威力から察して、あのゴジラはまだ未成熟な個体だと考えた。16年前、そして1947年のゴジラはいずれも、核実験の影響をもろに受けて強力な力を得た。あの個体はおそらくそうではないのだろう。野田の説が正しければ、放射性廃棄物などから放射能という〝栄養〟を摂取しただけだ。まぁ、それでも充分に異常なことなのだが……。

「田島一佐、オソニチンの弾頭を準備してください」

 小澤総理の命令に、田島は従順に従った。残る脅威がゴジラだけとなれば、後はゴジラを駆除すればいい。事務的手続きのように、それは速やかに実行されようとしていた。

 ゴジラは、爆心地から沸き上がる雲を前にして、(たたず)んでいた。表皮には熱線発射に伴う傷が生々しく浮かび、喉や顔は焼け(ただ)れていた。

 ……刹那、爆心地の雲から一体の飛翔体が現れた。それは片腕だけのガイガンだった。体の損傷は激しかったが、かろうじて内部構造は保っていた。耳障りな鳴き声を発しながらガイガンは高速で空を飛び、熱線の影響で少し曲がった鎌のような腕を振り下ろした。

 ゴジラの首が、切断された。

 正確に言えば、後頭部から下顎にかけて、斜めに切り落とされた。それは日本刀で切られた竹のように、地面に落ちた。

 ゴジラは、倒れた。

 今度はガイガンが、勝利の雄叫びをあげた。その声は、淀川の河川敷にいる真矢たちにも聞こえていた。何とも耳障りで、かつ恐怖心を煽る不気味な鳴き声。

「ゴジラが……死んだ」

 真矢は、眼前で起きた光景が信じられなかった。

 だが現実として、ゴジラは死んだ。殺された、とも言えた。慈悲の欠片もない殺戮機械によって。

「……もう終わり」

「……ダメだった」

 イーとエーは、悟ったようにそう言った。

 ガイガンは、淀川西岸を睨んでいた。すでに、捕捉されている。

 全員が、死を覚悟した。真矢も、ジェニスも、野田も、小澤も。

 ガイガンは滅ぼす敵――インファント星人たち目がけて飛び立とうとしたが、すぐ近辺で起きた異変を察知した。

 ゴジラの尾に生える背鰭が、青白く光り始めたのだ。

 切断された頭部は、強靭かつ異常な細胞の運動により、その形を取り戻していた。

 ガイガンにもし表情があれば、人間でいうところの「あんぐり」とした顔をしていたに違いなかった。こんな生物の存在を、ガイガンはプログラムされていなかった。内蔵されているコンピュータ―がエラー反応さえ起こすほどだ。

 ゴジラはゆっくりと立ち上がり、その間にも背中の発光は続いていた。まだ表皮の傷は完全に癒えていなかったが、もはやその核反応を止めることは誰にも出来なかった。

 ガイガンはエラー反応を振り切って、腕を思いきりゴジラの胴体に突き刺し、そして貫通した。

 それでもゴジラは、死なない。背鰭の発光は止まらない。怒りは静まらない。

 だが、体の傷も癒えていない。

 すべての背鰭が光り、音を立てて体に食い込むと、体内で起きた核反応に、ゴジラの肉体は耐えきれなかった。

 大阪市街地に、新たな爆心地が生まれた。

 それは、ゴジラを中心とした爆心地だった。

「自爆……」

 ジェニスは、思わず呟いた。そう言う他にない光景だった。

 今度の爆発は、16年前のゴジラを彷彿とさせるほど、強大なものだった。爆心地からは、噴煙と共に巨大な雲が現出していた。

「急いで屋根のある場所に避難して! 黒い雨が降る!」

 ジェニスが叫び、前線基地の面々はすぐに車両の中やテントの中へ走った。あの雨を浴びてしまったら、原爆症と同じ症状を患い、最悪の場合、黒い痣が体に出来てしまう。

「……あなた達もよ! 早く!」

 真矢が、イーとエーに呼びかけた。だが二人は、初めて見るキノコ雲に、目を奪われていた。

 真矢は……良心に抗えなかった。

「ほら、早く!」

 エーの腕を掴み、二人を前線基地のテントに避難させた。先頃まで銃殺さえしようとしていた二人を、救ってしまった。……後悔はない。

 やがてジェニスの予言どおり、爆心地から半径6キロにわたって黒い雨が降り注いだ。

「後でオソニチンで消毒しましょ。大阪を」

「そ、そうですね……やっと、終わった…」

 ジェニスの提案を無条件で呑んだ小澤は、全身の力が抜けてしまったかのように椅子に座り込んだ。

 戦いは、終わった。地球人も異星人も、一様にそう思った。

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