モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月17日(6)

「し、死んだ……刺し違えやがった」

 怪獣同士の死闘を洋上から見守っていた水島は、開いた口が塞がらなかった。まさかの自爆……想定外すぎる結末だった。

「すごい、ですね……まるで生きる原爆です」

 立花もまた、巨大なキノコ型の雲が沸き上がる大阪市街地方面を見つめながら、ゴジラの最期についてそう語った。

 水島は、何も言わなかった。その〝生きる原爆〟に、自分たちは救われた。その事実がどうしても、水島にはすんなりと受け入れられなかった。1947年、そして54年に二度もゴジラと対峙して、危うく死にかけた経験をしてきた水島にとって、ゴジラが日本を救ったという事実が、噓であってほしいと願うほど拒絶感の強い事実だった。だが自衛隊や米軍が、モスラやガイガンにまるで太刀打ちできなかったことも、悲しい現実だった。

「……俺たちは結局、何も出来なかったな」

 水島の嘆きに、立花は返す言葉がなかった。

 刹那、水中レーダーを監視していた航海士が叫んだ。

「水中に巨大な移動物体! モスラの幼虫と思われます」

「どこだ!」神宮寺が言った。

「現在、大阪港沖を北上中。間もなく、淀川の河口です!」

 

「……もう大丈夫みたいね」

 黒い雨が降り止んだのを認めて、ジェニスたちはテントの外に出た。周囲には、黒い液体が付着していた。放射性物質を多量に含んだ有害物質だが、ゴジラ由来ならば、オソニチン薬を服用すれば死に至ることはない。

「ワーオ……大阪が綺麗に吹き飛んだわね」

 双眼鏡を使うまでもなく、大阪市街地の大半は破砕され、瓦礫ばかりが散乱する有り様だった。

「一時間以内に、市街地にオソニチンを散布する予定です」

 緒形二等空佐がそう報告し、小澤総理は了承した。

「……またイチから、築きあげないとなりませんね。大阪を」

「あなたなら出来るわボス。強いリーダーだもの」

「……私は、責任を取らなければなりませんから」

 万博といい、巨大生物といい、大阪の現状といい……これらの災害への対処がまったくもって不完全に終わった責任を、小澤はしっかりと取るつもりだった。すでに信頼できる閣僚に引導も渡してある。あとは国民にひたすら頭を下げ、閣僚全員の辞表を取りまとめるだけだ。

「……残念だわ、ボス」

 ジェニスは小澤の意を汲んで、慰めるようにハグをした。

 そのとき前線基地の通信係が声を上げた。

「報告! 淀川河口よりモスラの幼虫が接近中です!」

 彼らはその生物の存在をすっかり忘れていた。モスラはまだ、一体残っていたことを。

「シスターズ。まさか、まだ人類を滅ぼす計画は継続中?」

 ジェニスが問いかけても、イーとエーは返答しなかった。

 二人は、真矢と目が合った。真矢は、「もう、いいでしょ?」と目で訴えかけた。

 イーとエーは、溜息を吐いてから、言った。

「もういい」

「疲れた」

「あんな怪物がいる星なら、出て行く」

「争いは……もう飽きた」

 その言葉を聞いて、一同は安堵した。異星人との戦争も、これで終結した。

「あっ!」

 原田が声をあげた。視線の先には、河口から泳いでくる巨大なイモムシの姿があった。自衛官たちは身構えたが、小澤は「攻撃しないように」と厳命した。

 やがて幼虫のモスラは、前線基地の陣地付近に到着した。

 するとイーとエーは一歩前に出て、鉄偶を二人で持ちながら、声を合わせて歌を歌い始めた。

 

 モゥスァーラァーヤァ モゥスァーラァーヤァ

 ドゥガンカァーサァクヤァ ヒィノームゥー

 ルストゥウィラァード ハンマァハンマァームゥヤー

 ランダァーバァングゥーラァダン ドォンチュゥカンラァー

 カァサァクゥヤァー

 

 すると、不思議なことが起きた。空から金色の粉が降ってきて、それはだんだん集まり、成虫のモスラの姿になった。そしてパァッと(はじ)けたあと、その粉が幼虫のモスラに降り注ぎ、体がまばゆく光り出した。真矢たちは手で光りを遮り、発光現象が終わると、そこには成虫の姿に変化したモスラの姿があった。それだけでも超常現象に等しい驚きだったが、目の色が青かったことに、真矢は気づいた。モスラは、穏やかな鳴き声を発していた。

 イーとエーは、その場に片膝をつき、鉄偶を掲げた。鉄偶の目もまた、青く光っていた。二人が念じると、その鉄偶そのものが青く光り始め、空中に或る図を出現させた。それはモスラの幼虫が収まっていた球体の天面に描かれていた、旭日のような紋章だった。

 

【挿絵表示】

 

 やがて、空から或るモノが出現した。

 それは鍵穴の形をした、巨大な浮遊物体。表面は艶のある銀色で、その大きさは航空母艦二隻分ほどはあった。

「宇宙船……」

 ジェニスは、頭上に現れた巨大な物体を、そう見抜いた。

「この形……前方後円墳みたい」

 真矢は、日本各地で見られる古代墳墓の形と、頭上に出現した物体の姿とを重ね合わせた。

 鍵穴型をした宇宙船は、高度1000メートルの所で停止した。

 そして円柱型の光を地上に下ろし、イーとエーがその光に包まれた。周囲の人々は、後ずさった。

 イーとエーは振り向いて、口を開いた。

「もう二度とこの星には来ない」

「住むには適さないから」

 二人の体が、陸地を離れだした。説明のつかない力によって、浮上した。

「……さようなら」

 真矢が声をかけると、イーとエーはいちど顔を見合わせてから、声を合わせて言った。

「ええ、さようなら」

 二人の体はそのまま空へと移動し、鍵穴型の大型浮遊物体の中に消えた。そして、その物体は上昇を始めて、空高く上がっていった。それをモスラが追って、やがて二つの物体は、見えなくなった。

 静寂が、淀川西岸に流れた。

「生きてると、不思議なこともあるもんやなぁ……」

 原田の呟きに、誰もが同調した。

 

 陸自のトラックが伊丹駐屯地に戻って来て、真矢たちは荷台から降車した。

 するとすぐ抱きついて来た人がいた。雅美だった。雅美は静かに涙を流しながら、ぎゅっと真矢に抱きついていた。真矢はそれに応えるように、両腕で雅美の体を抱きしめた。

「お帰りなさい」

 ジェニスに声をかけたのは、カヨだった。

「あら、あなたはハグをしてくれないの?」

「ふふ、だって信じてましたから。無事に帰ってくるのを」

 そうは言いつつも、二人はしっかりと抱擁を交わした。お互いの愛を確かめ合うように。

 

 夕方になってから、防護服とガスマスクを身につけた一団が、大阪市街地に入った。

 そこは巨大なクレーターの中で、〝大阪だった土地〟と言う方が正しかった。建物は跡形もなく砕け散り、瓦礫が散乱し、巨大グモやカマキリの一部と思しき肉片も多数見つかった。キノコ怪人たちも同様で、それは一匹残らず黒焦げになっていた。

「……野田所長、これ」

 サンが見つけたのは、黒く焼け焦げつつも、形だけはかろうじて留めていたモノ。

「ガイガンの腕か……あの爆発でも、残ってたか」

 野田はしげしげとガイガンの一部を見つめて、同行する自衛官たちに回収をお願いした。これは貴重な研究資料となる。何せゴジラの表皮を容易に傷つけるほどの硬度を持つ物質だ。解明することができれば、対巨大生物兵器、そして対ゴジラ兵器への転用にも使える。

「……な、何だあれは…」

 陸上自衛隊員の一人が最初にソレを見つけて、野田たちは近寄った。ソレを見て野田とサンは、唖然とした。それは、ゴジラの肉片の一部で、建物の瓦礫にこびりつくように付着していた。

 ソレには、目玉があった。

 アメーバ状の肉片の中央に、一つの眼球が生じていた。

「ど、どうしましょうか……駆除しますか、野田所長」

 オソニチンの銃弾を装填している小銃を持った小隊長が訊ねた。

「……捕獲します。ヘリを呼んでください」

 小隊長は、こわばった顔をしながらも了承し、ソレは瓦礫ごとコンテナに移され、東京の巨大生物研究所に送られることとなった。

「念のため、海中の捜索も行ってください。ゴジラの肉片が、爆発によって海に落ちた可能性も否定できませんので」

 野田は自衛隊員にそうお願いをして、さらに爆心地の探索を続けた。上空からはオソニチンの粉末を降らす自衛隊機が飛び、ゴジラによる放射能汚染度の軽減作戦を実行していた。そのおかげで爆心地の放射線量も少しずつ下がっていたが、防護服にガスマスクを装着していなければ、野田たちはオソニチンによって死んでしまう。だからどれだけガスマスクが息苦しくても、絶対に外すことは出来なかった。

「これは……モスラの」

 またしてもサンが見つけたのは、極彩色の模様がかろうじて残った、羽の一部。

「……これも、回収しましょう」

 野田はそう言って、分厚い手袋をはめた手でその羽に触れた。おそらく、〝月の石〟よりも価値のあるものだろうと思いながら。

 

「番組の途中ですが、ここで速報をお伝えします。本日、大阪市街地において日米合同の巨大生物駆除作戦が実行され、作戦は完遂したと政府が先ほど発表しました。今後は大阪の復興に尽力すると、矢口官房長官が会見で発表いたしました。また、作戦遂行中にゴジラと思しき巨大生物が出現し、自爆して死亡したとのことです。このゴジラと思しき巨大生物については後日、巨大生物研究所が記者会見を開いて説明をするとのことです。繰り返しお伝えします……」

 テレビ番組の途中に急遽挟まれた臨時ニュースを見て、敷島家には何とも言えない沈黙が流れた。

 大阪を襲っていた巨大生物の脅威が去ったのは良いとして、ゴジラと思しき巨大生物という報告に、敷島と典子は動揺を隠せなかった。

「……アイツは、まだいたのか」

「……信じられない、ですね」

 敷島夫妻は、共に暗い表情になった。16年前、命を懸けて駆逐したはずの奴が、まだ生き残っていた。その事実が、二人にはどうしても受け入れられなかった。恐怖は、まだこれから先も続いてしまうのか。まだ奴は、人間を襲い続けるのか。そう思うと、堪らなかった。

「大丈夫よ。ほら、オソニチンだっけ? ゴジラに効くっていう毒もあるんだし、もしこれからもゴジラが現れても、大丈夫よ。お父さん、お母さん」

 明子が励ますように言うと、両親は失いかけていた笑みを浮かべて頷いた。そうだ、人類にはゴジラを倒せる物質がすでに発見されていた。だから16年前も倒せたんだ。今回は自爆とのことで、詳細はよくわからなかったが、とにかく明子の言うように、希望はまだあったことを敷島と典子は共に思い出した。

「あっ!」

 明子がテレビの映像を見て声を上げた。それは護衛艦をテレビカメラが捉えたものだったが、そこに見慣れた二人の人物が映っていた。

「おお、水島君だ。そうか、作戦に参加してたんだなぁ」

「立花さんもいる……無事でよかった」

 命の恩人でもある立花の姿を見て、明子は穏やかな笑みを浮かべた。その横顔を、典子は微笑ましく思いながら見ていた。

 

「大変だった」

「うん、大変だった」

「とっても疲れた」

「死ぬかと思った」

「あの星には、二度と行かない方がいい」

「人間は好きじゃない」

「それにゴジラがいる」

「あれは恐ろしい怪物」

「みんなとこうして会えたのは、嬉しい」

「そのきっかけを作ったのは、人間……」

 イーとエーは顔を見合わせた。たまたま藤戸真矢という人間のメスが、ポッドに触れて生体反応スイッチを入れてくれたから、二人は悠久の眠りから覚めることができた。

「……あの女だけは、特別。良い奴」

「そうね。メス同士で交尾するけれど」

 二人は顔に微笑を浮かべて、再び仲間たちとの談笑に花を咲かせた。

 鍵穴型の宇宙船は、地球からはるか遠くの空間を浮遊しながら、母星へと向かっていた。

 そのまわりを護衛するように、モスラが飛んでいた。




(次回で最終回です)
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