「し、死んだ……刺し違えやがった」
怪獣同士の死闘を洋上から見守っていた水島は、開いた口が塞がらなかった。まさかの自爆……想定外すぎる結末だった。
「すごい、ですね……まるで生きる原爆です」
立花もまた、巨大なキノコ型の雲が沸き上がる大阪市街地方面を見つめながら、ゴジラの最期についてそう語った。
水島は、何も言わなかった。その〝生きる原爆〟に、自分たちは救われた。その事実がどうしても、水島にはすんなりと受け入れられなかった。1947年、そして54年に二度もゴジラと対峙して、危うく死にかけた経験をしてきた水島にとって、ゴジラが日本を救ったという事実が、噓であってほしいと願うほど拒絶感の強い事実だった。だが自衛隊や米軍が、モスラやガイガンにまるで太刀打ちできなかったことも、悲しい現実だった。
「……俺たちは結局、何も出来なかったな」
水島の嘆きに、立花は返す言葉がなかった。
刹那、水中レーダーを監視していた航海士が叫んだ。
「水中に巨大な移動物体! モスラの幼虫と思われます」
「どこだ!」神宮寺が言った。
「現在、大阪港沖を北上中。間もなく、淀川の河口です!」
「……もう大丈夫みたいね」
黒い雨が降り止んだのを認めて、ジェニスたちはテントの外に出た。周囲には、黒い液体が付着していた。放射性物質を多量に含んだ有害物質だが、ゴジラ由来ならば、オソニチン薬を服用すれば死に至ることはない。
「ワーオ……大阪が綺麗に吹き飛んだわね」
双眼鏡を使うまでもなく、大阪市街地の大半は破砕され、瓦礫ばかりが散乱する有り様だった。
「一時間以内に、市街地にオソニチンを散布する予定です」
緒形二等空佐がそう報告し、小澤総理は了承した。
「……またイチから、築きあげないとなりませんね。大阪を」
「あなたなら出来るわボス。強いリーダーだもの」
「……私は、責任を取らなければなりませんから」
万博といい、巨大生物といい、大阪の現状といい……これらの災害への対処がまったくもって不完全に終わった責任を、小澤はしっかりと取るつもりだった。すでに信頼できる閣僚に引導も渡してある。あとは国民にひたすら頭を下げ、閣僚全員の辞表を取りまとめるだけだ。
「……残念だわ、ボス」
ジェニスは小澤の意を汲んで、慰めるようにハグをした。
そのとき前線基地の通信係が声を上げた。
「報告! 淀川河口よりモスラの幼虫が接近中です!」
彼らはその生物の存在をすっかり忘れていた。モスラはまだ、一体残っていたことを。
「シスターズ。まさか、まだ人類を滅ぼす計画は継続中?」
ジェニスが問いかけても、イーとエーは返答しなかった。
二人は、真矢と目が合った。真矢は、「もう、いいでしょ?」と目で訴えかけた。
イーとエーは、溜息を吐いてから、言った。
「もういい」
「疲れた」
「あんな怪物がいる星なら、出て行く」
「争いは……もう飽きた」
その言葉を聞いて、一同は安堵した。異星人との戦争も、これで終結した。
「あっ!」
原田が声をあげた。視線の先には、河口から泳いでくる巨大なイモムシの姿があった。自衛官たちは身構えたが、小澤は「攻撃しないように」と厳命した。
やがて幼虫のモスラは、前線基地の陣地付近に到着した。
するとイーとエーは一歩前に出て、鉄偶を二人で持ちながら、声を合わせて歌を歌い始めた。
モゥスァーラァーヤァ モゥスァーラァーヤァ
ドゥガンカァーサァクヤァ ヒィノームゥー
ルストゥウィラァード ハンマァハンマァームゥヤー
ランダァーバァングゥーラァダン ドォンチュゥカンラァー
カァサァクゥヤァー
すると、不思議なことが起きた。空から金色の粉が降ってきて、それはだんだん集まり、成虫のモスラの姿になった。そしてパァッと
イーとエーは、その場に片膝をつき、鉄偶を掲げた。鉄偶の目もまた、青く光っていた。二人が念じると、その鉄偶そのものが青く光り始め、空中に或る図を出現させた。それはモスラの幼虫が収まっていた球体の天面に描かれていた、旭日のような紋章だった。
やがて、空から或るモノが出現した。
それは鍵穴の形をした、巨大な浮遊物体。表面は艶のある銀色で、その大きさは航空母艦二隻分ほどはあった。
「宇宙船……」
ジェニスは、頭上に現れた巨大な物体を、そう見抜いた。
「この形……前方後円墳みたい」
真矢は、日本各地で見られる古代墳墓の形と、頭上に出現した物体の姿とを重ね合わせた。
鍵穴型をした宇宙船は、高度1000メートルの所で停止した。
そして円柱型の光を地上に下ろし、イーとエーがその光に包まれた。周囲の人々は、後ずさった。
イーとエーは振り向いて、口を開いた。
「もう二度とこの星には来ない」
「住むには適さないから」
二人の体が、陸地を離れだした。説明のつかない力によって、浮上した。
「……さようなら」
真矢が声をかけると、イーとエーはいちど顔を見合わせてから、声を合わせて言った。
「ええ、さようなら」
二人の体はそのまま空へと移動し、鍵穴型の大型浮遊物体の中に消えた。そして、その物体は上昇を始めて、空高く上がっていった。それをモスラが追って、やがて二つの物体は、見えなくなった。
静寂が、淀川西岸に流れた。
「生きてると、不思議なこともあるもんやなぁ……」
原田の呟きに、誰もが同調した。
陸自のトラックが伊丹駐屯地に戻って来て、真矢たちは荷台から降車した。
するとすぐ抱きついて来た人がいた。雅美だった。雅美は静かに涙を流しながら、ぎゅっと真矢に抱きついていた。真矢はそれに応えるように、両腕で雅美の体を抱きしめた。
「お帰りなさい」
ジェニスに声をかけたのは、カヨだった。
「あら、あなたはハグをしてくれないの?」
「ふふ、だって信じてましたから。無事に帰ってくるのを」
そうは言いつつも、二人はしっかりと抱擁を交わした。お互いの愛を確かめ合うように。
夕方になってから、防護服とガスマスクを身につけた一団が、大阪市街地に入った。
そこは巨大なクレーターの中で、〝大阪だった土地〟と言う方が正しかった。建物は跡形もなく砕け散り、瓦礫が散乱し、巨大グモやカマキリの一部と思しき肉片も多数見つかった。キノコ怪人たちも同様で、それは一匹残らず黒焦げになっていた。
「……野田所長、これ」
サンが見つけたのは、黒く焼け焦げつつも、形だけはかろうじて留めていたモノ。
「ガイガンの腕か……あの爆発でも、残ってたか」
野田はしげしげとガイガンの一部を見つめて、同行する自衛官たちに回収をお願いした。これは貴重な研究資料となる。何せゴジラの表皮を容易に傷つけるほどの硬度を持つ物質だ。解明することができれば、対巨大生物兵器、そして対ゴジラ兵器への転用にも使える。
「……な、何だあれは…」
陸上自衛隊員の一人が最初にソレを見つけて、野田たちは近寄った。ソレを見て野田とサンは、唖然とした。それは、ゴジラの肉片の一部で、建物の瓦礫にこびりつくように付着していた。
ソレには、目玉があった。
アメーバ状の肉片の中央に、一つの眼球が生じていた。
「ど、どうしましょうか……駆除しますか、野田所長」
オソニチンの銃弾を装填している小銃を持った小隊長が訊ねた。
「……捕獲します。ヘリを呼んでください」
小隊長は、こわばった顔をしながらも了承し、ソレは瓦礫ごとコンテナに移され、東京の巨大生物研究所に送られることとなった。
「念のため、海中の捜索も行ってください。ゴジラの肉片が、爆発によって海に落ちた可能性も否定できませんので」
野田は自衛隊員にそうお願いをして、さらに爆心地の探索を続けた。上空からはオソニチンの粉末を降らす自衛隊機が飛び、ゴジラによる放射能汚染度の軽減作戦を実行していた。そのおかげで爆心地の放射線量も少しずつ下がっていたが、防護服にガスマスクを装着していなければ、野田たちはオソニチンによって死んでしまう。だからどれだけガスマスクが息苦しくても、絶対に外すことは出来なかった。
「これは……モスラの」
またしてもサンが見つけたのは、極彩色の模様がかろうじて残った、羽の一部。
「……これも、回収しましょう」
野田はそう言って、分厚い手袋をはめた手でその羽に触れた。おそらく、〝月の石〟よりも価値のあるものだろうと思いながら。
「番組の途中ですが、ここで速報をお伝えします。本日、大阪市街地において日米合同の巨大生物駆除作戦が実行され、作戦は完遂したと政府が先ほど発表しました。今後は大阪の復興に尽力すると、矢口官房長官が会見で発表いたしました。また、作戦遂行中にゴジラと思しき巨大生物が出現し、自爆して死亡したとのことです。このゴジラと思しき巨大生物については後日、巨大生物研究所が記者会見を開いて説明をするとのことです。繰り返しお伝えします……」
テレビ番組の途中に急遽挟まれた臨時ニュースを見て、敷島家には何とも言えない沈黙が流れた。
大阪を襲っていた巨大生物の脅威が去ったのは良いとして、ゴジラと思しき巨大生物という報告に、敷島と典子は動揺を隠せなかった。
「……アイツは、まだいたのか」
「……信じられない、ですね」
敷島夫妻は、共に暗い表情になった。16年前、命を懸けて駆逐したはずの奴が、まだ生き残っていた。その事実が、二人にはどうしても受け入れられなかった。恐怖は、まだこれから先も続いてしまうのか。まだ奴は、人間を襲い続けるのか。そう思うと、堪らなかった。
「大丈夫よ。ほら、オソニチンだっけ? ゴジラに効くっていう毒もあるんだし、もしこれからもゴジラが現れても、大丈夫よ。お父さん、お母さん」
明子が励ますように言うと、両親は失いかけていた笑みを浮かべて頷いた。そうだ、人類にはゴジラを倒せる物質がすでに発見されていた。だから16年前も倒せたんだ。今回は自爆とのことで、詳細はよくわからなかったが、とにかく明子の言うように、希望はまだあったことを敷島と典子は共に思い出した。
「あっ!」
明子がテレビの映像を見て声を上げた。それは護衛艦をテレビカメラが捉えたものだったが、そこに見慣れた二人の人物が映っていた。
「おお、水島君だ。そうか、作戦に参加してたんだなぁ」
「立花さんもいる……無事でよかった」
命の恩人でもある立花の姿を見て、明子は穏やかな笑みを浮かべた。その横顔を、典子は微笑ましく思いながら見ていた。
「大変だった」
「うん、大変だった」
「とっても疲れた」
「死ぬかと思った」
「あの星には、二度と行かない方がいい」
「人間は好きじゃない」
「それにゴジラがいる」
「あれは恐ろしい怪物」
「みんなとこうして会えたのは、嬉しい」
「そのきっかけを作ったのは、人間……」
イーとエーは顔を見合わせた。たまたま藤戸真矢という人間のメスが、ポッドに触れて生体反応スイッチを入れてくれたから、二人は悠久の眠りから覚めることができた。
「……あの女だけは、特別。良い奴」
「そうね。メス同士で交尾するけれど」
二人は顔に微笑を浮かべて、再び仲間たちとの談笑に花を咲かせた。
鍵穴型の宇宙船は、地球からはるか遠くの空間を浮遊しながら、母星へと向かっていた。
そのまわりを護衛するように、モスラが飛んでいた。
(次回で最終回です)