1971年春
「……ではここに、万博記念公園の開園を宣言いたします」
会場の来賓来客たちからは、万感の拍手が起きた。
大阪万博の会場跡地は、昨年の災害で犠牲になったすべての
そして会場中央部、かつて太陽の塔が鎮座していた場所は、前方後円墳を思わせる台地が築かれ、円墳にあたる所に慰霊碑が建立された。そこには万博に参加した各国の言葉で「安らかに眠ってください」と刻まれていた。
天皇皇后両陛下がまず最初に献花をして、各国代表者が順繰りにそれに続いた。
式が済むと、一般参列者たちの献花も始まり、真矢と雅美は白百合の花束を一緒に供えた。
台地の階段を下りて行くと、そこには或る芸術家が描いた壁画があった。パビリオンの残骸を利用して作られた横長の壁には、極彩色の巨大な蛾が独特な筆致で描かれ、さらに太陽の塔がヒト型に変身したような怪人の姿も描かれていた。この二体の間、つまり壁画の中央には〝爆発〟の現象が虹色で描かれており、画題もまさしく『芸術の爆発』とされていた。作品の右下には「TARO」と作者名が書かれていた。
「……独特な、絵ね」
「うん。すごいような、よくわかんないような……まぁいいや。行こ、真矢ちゃん」
雅美は真矢と腕を組んで、歩き始めた。
「新しい職場は慣れた?」
「まぁそうだね。小さな会社だけど、みんな良い人たちだから働きやすい」
雅美は丸菱観光を退社して、今は神戸にある小さな港運会社に事務員として働いていた。丸菱観光は、そもそもゴジラの自爆によって会社ビルが跡形もなく消えてしまい、事実上倒産した。社長はおそらくキノコ怪人になったと思われ、常務取締役の友兼が連日
真矢と雅美は、お互いに大阪にあった自宅を失い、一時は原田の家で世話になったが、今は神戸にアパートを借りて二人で暮らしていた。家賃も折半できるし、なにより愛を深められる……のは彼女たちの一致した都合だった。事実上の夫婦生活そのものだった。
「研究所もまだ忙しい?」
「そうね。所長もすごく張り切ってるから」
大阪の件が一段落してから、最初にあの因羽島の遺跡調査をした原田に注目が集まり、原田歴史研究所には取材が殺到した。さらに巨大生物研究所から委託を受けて、あらためて因羽島の調査を行ったり、淡路島でもインファント星人の痕跡がどこかに眠ってないか古墳なども再調査がなされた。助手である真矢はもちろん同行し、新たに加わった中條も調査活動に熱心に参加した。すでに発見されている古墳などからは目ぼしいものは見つからなかったが、調査の過程でまだ未調査だった新たな古墳が見つかり、しかもそれは真矢が先に見つけたことで、彼女は今その古墳に関する論文を執筆中だった。
「何だかんだ、あの子たちのおかげで生活が変わったわね」
「そうだね。たくさんの人が犠牲になったけれど……」
二人は肩を寄せ合いながら、万博公園の東側、かつて日本館などが建ち並んでいた桜並木を歩いて行った。
「おお明ちゃん、またえらくべっぴんになったなぁ」
久しぶりに会った明子の姿を見て、水島はそう褒めそやした。明子は照れながらも「でしょう?」と得意気に返した。
「お前はあんまし雰囲気が変わんねぇなぁ小僧」
「えー? 言っときますけどオレ幹部ですからね? 護衛艦のナンバー2っすよ?」
「いつまでも初々しいってことでいいじゃないか。僕なんかこの一年でまた白髪が増えたよ」
「はっはっは、まったく老け込んだよなぁ学者も。敷島もそう思うよなぁ?」
「いやぁ、僕も他人のことは言えないですよ」
「まぁそんなこと言ったら俺もだけどな、はっはっは……ん? おい小僧、アイツお前のツレか?」
秋津は、少し離れた所で立っている、海自の制服を着た青年の姿を見つけた。
「ああ、俺の部下っすよ」
「あっ」
明子も立花の存在に気づき、二人の視線が交わった。二人は、会釈した。
「……じゃあ、私たちは向こうを見て来ましょうか」
機転を利かした典子は、娘にウィンクをした。明子は母の気遣いに感謝して、立花の方へ歩み寄った。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……お久しぶりです、敷島さん」
「できれば……明子って呼んでほしいです。明るい子って書いて、明子です。私の名前」
「じ、自分は……天下泰平の泰に、三男坊の三で
二人はぎこちなく笑い合いながらも、談笑を続けるうちに心を通わせていった。
「おいおい何だぁ、なんかいい感じじゃねぇかあの二人……イテテっ」
「はいはい覗き見しないのアンタ、行儀悪いでしょ」
妻の梅子に耳をつねられて、秋津はほうほうの体で行儀よく妻に従った。
「野田所長、ちょっと」
そこへ黒服の男がやって来て、野田に耳打ちをした。野田は「わかりました、伺います」と告げた。
「すいません、じゃあ僕もこの辺で」
「なんだぁ、お前も
「ち、が、い、ま、す!」
野田は苦い顔をしながら秋津にそう言って、黒服の男と一緒に歩き出した。
「へぇへぇ、国立機関のお偉いさんは大変なこった」
秋津は野田の背中を見ながら、そうぼやいた。
「どうも、お待たせしました」
野田が頭を下げると、和服姿の小澤は「こちらこそ、お呼び立てしてごめんなさい」と謝った。小澤は自身が座るベンチのとなりを勧めて、野田はそこに座った。小澤は秘書官を人払いさせて、野田と二人きりになった。ここは万博記念公園の北側にある日本庭園地区で、万博の頃からの名残りを今でも残す貴重な場所でもあった。二人の前には池があり、その向こうに〝慰霊の園〟があった。
「万博は不成功に終わりましたが、得るものも大きかったと思っています。地球以外の敵が来ることもわかったわけですから」
「ええ。アメリカやイギリス、中国やソ連も、その点は共通して人類の脅威だと認識しています。犠牲も多かったですが、世界が連携する礎には、なったかと思います」
「そうですね。アメリカとソ連も関係が以前よりも良くなりましたし、いずれ我が国も中国との国交正常化が叶うでしょう」
「本来なら、小澤さんの手で出来たらよかったですね……」
小澤はもう、総理大臣ではない。昨年五月をもって内閣を総辞職し、その跡を矢口代議士が継いだ。小澤はまだ議員ではあるが、何も役職には就いていない。それは自身が望んでのことだった。
「私はもう、充分やったと思っています。総理というのは、孤独な職業です。この国でたった一人しかなれないし、責任は計り知れないほど重い……まだ私を担ぎ上げようとする人たちもいますが、私はもうなるつもりはありません。正直、疲れました」
野田は黙って頭を下げた。小澤がこれまで、どれだけ総理大臣として国に貢献してきたかは、よく見知っていた。
「ゴジラの研究は、進んでいますか?」
「はい……ですが、なかなか公表しにくい事実もあります。あの大阪のゴジラですが、回収した細胞を調べた結果、ヒトの遺伝子配列に似たモノが見つかりました。考えたくはありませんが……ゴジラは、さらに進化していると思います。地上で回収できる限りの肉片は回収しましたが、大阪港の海にもおそらく落ちたものがあったと思うんです。ただいくら探しても、見つかりませんでした。海神作戦で倒しても復活した奴のことです、おそらく再生している可能性が高いです……」
「……どこまでも、厄介な生物ですね。生きる原子炉であるばかりか、人間のような知性まで身につけられたら……たとえオソニチンがあっても、はたして対抗できるでしょうか」
「危惧してるのはそこなんです。生物は、進化を続けます。もし将来、ゴジラがまた出現したとして、その個体にオソニチンの抗体が出来ていたら……」
「我々は勝てませんね、ゴジラに」
「ですが、朗報もあります。大阪から回収したガイガンの破片を調べたところ、あの因羽島の遺跡と同じく未知の物質であることがわかりました。ガイガンは、ゴジラをいともたやすく切り裂きました。あの物質を利用すれば、兵器にも転用できるはずです。今は加工する方法を模索中です」
「私はもう閣僚でも何でもありませんが、コネは豊富です。私で出来ることがあれば、何でも仰ってください。力になりますわ」
小澤は力強い語気でそう言って、野田と目を合わせた。野田は恐縮しながら頭を下げた。
「……いずれ、自衛隊は国防軍に変更されると思います。そうしなければ、とてもではありませんが、ゴジラに立ち向かえないと思います。それは矢口総理も同じ考えですから、近い将来憲法改正がなされるでしょう」
「再軍備、ですか」
「もちろん、他国との交戦権はないという、自衛隊と同じ原則は残します。あくまで国家を守るためです、侵略戦争のためではありません。日本はもう二度と、先の大戦のような愚かなことをしてはなりません。再軍備は、あくまでゴジラへの備えです」
「私個人としては、異論はありません。むしろそうした方が、国を守りやすくなるとも思います。今の自衛隊にしても、憲法違反の恐れがあることはずっと言われてましたからね。軍隊を持たないと言いながらも、自衛隊は事実上の軍隊ですし」
「ええ。この国は、目先のことしか考えない政治家が多すぎますから、その問題もずっと棚上げにしてました。私も在任中に何度か改正を試みましたが、どうしても邪魔をする勢力というのはあるものでして……その点、矢口総理はリベラルですから、きっと上手くいくでしょう」
小澤の言葉に、野田は頷いた。目の前の池を、
「……話は変わるのですが、野田さんは歌舞伎にご興味はお有りですか」
「え。歌舞伎、ですか」
「実は、父の知り合いから券をもらったのですが、二枚あるんです。まぁいつもは一人で観に行ってるのですが、もしご興味がお有りなら……いかがです?」
野田は正直、映画くらいしか娯楽に興味はなかったが、小澤からの誘いを断るという選択肢は、彼には浮かばなかった。
「……ぜひ、観たいです。はい、ぜひとも」
野田の返答に、小澤は和やかな微笑を浮かべた。
*
「やぁジェニー! 今日はお店は休みかい」
ビーチパラソルの下でカヨと寝転がるジェニスに声をかけたのは、警察官のカイマナだった。ハワイ民族の末裔である彼の肩には、独特な模様のタトゥーが彫られていた。
「ええそうよ。今日はバカンスの気分だから、臨時休業にしたの」
「ハッハ、気楽でいいねぇ。また今度家族で食べに行くよ」
カイマナはカヨにも律儀に会釈して、サーフボードを持ちながら海の方へ向かった。
「また新メニューでも考えておこうかしら」
「あらダメよカヨ、今日は仕事のことを考えない日って決めたじゃない」
お揃いのビキニ姿の二人は数秒間見つめ合い、どちらからともなくキスをして笑った。
今年の一月、合衆国憲法が改定されて同性婚が認められた。それを受けてハワイ州も州法が改正され、ジェニスとカヨは正式な婚姻関係を結んでいた。二人の左手薬指には、指輪がはめられていた。戸籍上は夫婦となったが、式はまだ挙げていない。カヨの希望で、今年の六月に日本で執り行う予定だった。もちろん、シャイニーや野田たちも招待する予定だ。公務が忙しくなければ、ジェニスの兄も参加する意向を示していた。日本ではまだ同性婚は認められていないが、アメリカ合衆国大統領の妹が頼んで断る式場がどれだけあるだろうか。
「あら、お邪魔だったかしら」
そう声をかけてきたのは、半袖Yシャツにズボンスタイルのサン・リンだった。
「そうね、とってもお邪魔だわ。今は絶賛バカンス中なのよこっちは」
「それはごめんなさい。ただどうしても、ハワイ支局の新入りを紹介したいのよ」
サンのとなりには、カールした髪が特徴的な白人女性がいた。
「サリーです、サリー・グレアム。古生物学者をしています。よろしくお願いします、支局長」
「どうも……言っておくけど、私はあくまでお飾りだから、自由にやってちょうだい」
ジェニスは握手を交わしつつ、投げやりな口調でそう言った。
「その割に、ハワイ周辺のガイガーブイ設置や海底調査とかも率先してやってるそうだけど? クロフォード支局長」
「それぐらいはやって当然でしょサン。もう二度と、ハワイを地獄に変えないためよ。カヨ、泳ぎに行きましょう」
ジェニスはカヨの手を取って、二人は太陽の光を
「
「そうですね。付き合いが深められるよう頑張ります」
サンとサリーがそんな会話をしているとも露知らず、ジェニスとカヨはホノルルの海を遊泳して楽しんでいた。
ハワイ諸島最大の島であるハワイ島北西の町・カワイハエに住む漁師のキリオ・ツジモリは、沖に船を出して仕事をしていた。網にかかった魚を引き揚げて、大きさで仕分けして箱に入れた。稚魚はもちろん海に放した。また新たな海の恵みとなる。
少年時代を収容所で過ごし、日本に帰らず土着したツジモリは、12歳から船の上で働いている。そして昨年から自分の船を持ち、仕事に精を出していた。家族のためでもあり、2歳下の恋人のためでもあった。金を貯めて、彼女に指輪をあげたかった。宝石のついた指輪を。
突然、船首の方で何かがぶつかる音がした。
「何だ?」
ツジモリは仕分け作業の手を止めて、船首の方へ移動した。
海面に、目玉と胃袋が飛び出た深海魚が力なく漂っていた。
しかもそれは一匹ではない、二匹三匹……十数匹はいた。
この現象が何を意味するものか、ツジモリもよく知っていた。彼はすぐに無線機を使って異変を仲間たちに伝えた。
「何てこった……ん?」
ツジモリはすぐ避難しようとしたが、海面に漂う深海魚の体に、何かが付いているのが見えて、気になった。
「何だ、これ……虫か?」
その古代生物の存在を、ツジモリは知らなかった。それは
それが太古に絶滅したはずの、トリロバイト――
完
〈執筆後書〉
これで本作は完結となります。
結局、『モスラ』がタイトルになってるのに最後はゴジラに持ってかれた感じになっちゃいましたが、正直ゴジラを書いてる方が楽しかったので……何だかすいません。
次は『ゴジラ+2.0』の続編となる『ゴジラ-α』というものを書く予定です。舞台は2024年、現代日本です。本作に出て来た登場人物と関係する人々も多数出て来たりもします。
最後までお読みくださった読者の皆様、わざわざ感想コメントを残してくださった方々、評価ボタンを押してくださった方々、本当にありがとうございました。
以上でございます。
追伸
Twitter開設しました(https://twitter.com/numanohito1954)