モスラ+1.0   作:沼の人

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1969年10月(1)

 1969年10月

 

 10年に一度という大型台風が、九州を横断して瀬戸内海を一直線に進んでいた。

 風速50メートルの豪風は、戦後間もない昭和20年9月に日本を横断した枕崎台風(まくらざきたいふう)を彷彿とさせるものだった。

「こりゃあ、船が持ってかれるんでねぇか」

 淡路島の洲本市に住む小杉は、外の暴風に雨戸がきしむのを聞きながら、港にある自分の漁船の心配をした。固定はしっかりしてあるが、この風の勢いではもしかしたら波に流されてしまうのではないか。そう思うと気が気でなかった。

「バカねぇ、船より家が持ってかれそうだよ。雨漏りも止まらないしさぁ」

 妻は雨漏りの水を溜めている(たらい)を見ながらそう返した。小杉家は昭和24年造の木造一階建てで、そんなに上等な造りの家ではなかった。せめて屋根くらいは修繕してほしいものだと、妻は以前からぼやいていた。大雨が降るといつも水が落ちてくるからだ。

「うるせぇなぁ。船がなかったらどうやって(ぜに)稼ぐんだ」

「家が吹っ飛ばされたら住むところがないわ」

 静かな火蓋が切られて、二人の間に気まずい空気が流れた。ただこれ以上言い合ったところで何も解決することがないのも二人は分かっていたので、黙って(とこ)につくことにした。

 頼む、どうか船が無事でいてくれ。小杉はそう神仏や先祖に念じながら、入眠した。外からはけたましい暴風の音が聞こえ、雨粒が滝のように容赦なく降り続けた。

 

 台風一過となった翌日、小杉はまず庭に散乱した枝葉の掃除から一日の仕事を始めた。でないとあまりにも庭が汚かったし、中には商店の「たばこ」と書かれた小さな看板も落ちていた。どこの店のかは知らないが、小杉はそれもゴミとして捨てた。

 家は、無事だった。問題は船だった。庭の片づけを済ませた小杉は、小走りで坂を下りて港へ向かった。

「あぁ、よかった……無事だったかおめぇ」

 小杉の所有船である玄洋丸(げんようまる)は、目立った損傷もなく港に係留されていた。他の船も被害を免れたようで、小杉は安堵した。小杉が住む地域の主産業は漁業であり、船がなければ生活出来なかった。

 甲板には家の庭と同じく、どこからか飛ばされてきた木の枝が散乱しており、そこの掃除も手っ取り早く済ませた。そしてエンジンを入れて、小杉は海に出た。家も船も無事と確認した彼の次の懸念は、定置網の状態だった。何せあの暴風雨だ、もしかしたら跡形もなく消失しているかもしれない。とにかく無事かどうか確かめたかった。淡路島西岸から出港した玄洋丸は、針路を南西に取って瀬戸内の洋上を進んだ。空には清々しい秋の青空が広がり、昨夜の猛烈な台風の気配など微塵も感じられなかった。だがたまに洋上を木の枝や木片が漂うのを見つけると、ああやはり台風は来たんだなと思い知らされた。

 しばらくして、玄洋丸は定置網を設置している場所に到着した。

「ああ、無事だ無事だ。何よりだわい」

 網が健在なのを確認した小杉はホッとして、少し一服することにした。後で同業者たちと一緒に引き揚げよう、そう思いながら煙草に火を点けた。満足気の小杉の視界に、或る島が目についた。そこは戦後から無人島となっている因羽島(いんはとう)で、小山(こやま)とそれより大きな大山(おおやま)と呼ばれている二つの山が陸続きになっている様子からヒョウタン島とも呼ばれている島だった。

 その島の大山と呼んでいる場所が、茶色かった。崖崩れが起きたらしい。

「あんれまぁ。まぁあんだけの台風なら仕方ねぇか……ん?」

 小杉は、よく目を凝らすと、その土がむき出しになった斜面に何かがあるのに気づいた。

「何だぁ?」

 気になった小杉は、船を因羽島に向けて進めた。段々と近づいて、島まで600メートルという所でエンジンを止めた。

 斜面から、銀色の丸みを帯びたものが一部露出してた。巨大なボールが土に埋まっているような感じだった。とにかくでかい。

「何だぁ、こりゃぁ?」

 小杉は注意深くその物体に目を凝らしていたが、一体それが何なのか皆目見当もつかなかった。小杉がじっとソレに見とれていた時、後方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返った。同じ漁港の仲間が船で追いかけてきたのだ。

「おーいスギさん、網大丈夫(だいじょぶ)だったなぁ」

「おーう。おい、これ何だぁ?」

 仲間の船はすぐ横につけられ、船長の男もまた因羽島の斜面から露出した物体に見入った。

「いんやぁ、わからん。……爆弾かぁ?」

「アホ言え、あんなどでかい爆弾があってたまるか。とりあえず、警察にでも言っとくか」

 二人はしばらく船の甲板に立ち尽くしながら、陽光に照らされて表面を輝かせる謎の球体に眼差しを向け続けた。

 

 *

 

 船尾甲板にあるベンチに腰掛けながら、ベージュ色の作業着にワークブーツを履いた女が煙草を吸っていた。

 彼女の前には、青い顔をしたスーツ姿の男が座っていた。

「ねぇ、アンタ大丈夫?」

 藤戸真矢(ふじと まや)に声をかけられた安東健一郎(あんどう けんいちろう)は、少し顔を上げて「ええ、まぁ……」と弱々しく答えた。どう見ても大丈夫そうではない。安東には典型的な船酔いの症状が出ていた。

「どんなもんがあるんか、楽しみやなぁ」

 船酔いで苦しむ安東など眼中にもない様子で、原田謙(はらだ けん)は明るい口調でそう言った。彼は薄汚れた灰色のズボンにくたびれた白シャツ、その上にポケットがたくさん付いたベストを着ていた。鼻の下には白い髭をたくわえ、眼鏡はかけていない。

「そもそも本当に遺跡なの? 旧日本軍の施設跡地とかじゃないの?」

 真矢もまた心配する素振りなど見せず、安東に訊ねた。安東は口にハンカチを当てながら答えた。

「いや……あそこは、戦時中軍隊が配備されていませんでした。戦前もです……うぷっ」

「ちょっと、吐くなら海でしなさいよ。私の服汚したらタダじゃおかないから」

「あれかぁ……」

 原田は立ち上がり、見えてきた島の姿を注視した。真矢もそれに倣った。報告どおり、島の斜面は削り落ちていて、土がむき出しになっていた。その中腹あたりに、丸みを帯びた形状をしている銀色の物体が露出しているのも見えた。

「……何でしょうね」

「わからん。それを調査するんが我々の仕事だよ」

 二人がそう話してる間に、安東はとうとう限界を迎えて船尾の端を掴みながら海に嘔吐した。二人は一瞬その哀れな姿を見遣ったが、すぐに目線を調査対象に戻した。それは太陽光を浴びて、磨いた鉄球のように照り輝いていた。

 

「そもそも、何でウチなんかに調査依頼が来たんでしょうね」

 島に上陸して現場へ向かっていた真矢は、原田に向かって言った。

「そりゃあ、会社さんがケチなんやろ。大学なんかに頼んでみぃ、ウチなんかより金がかかるわ」

「あ、なるほど。それでか。まぁ確かに最近、丸菱(まるびし)って不景気っていいますもんね。好景気真っ盛りだってのに」

「ハッハッハ、まぁええじゃないの。こんな依頼はウチみたいな小さい研究所には滅多に()ぇへんさかい。もらえるもんは病気以外もらえばええんよ」

 原田は神戸で『原田歴史研究所』という小さな研究所を構えている。建物は先祖代々の蔵を改装したもので、もっぱら行政からの郷土史編纂などに協力するぐらいの仕事しかしていない。真矢はそこの唯一の助手だった。

「でも、もし未知の遺跡とかだったら最高ですね。大学連中の鼻を明かせるわけですから」

「そうやなぁ。君は特に大学には恨みがあるさかい、そうなったら祝杯でもあげよう」

「ですね……ていうか、こんな所にレジャーランド建設を考えてたとか、バカみたいですね」

 二人がいる因羽島は、かつては人が住んでいたが、今は無住の地となっている。丸菱観光が用意した船も、かつての小さな漁港跡地に停泊している。いつから人が住み始めたのかは定かではないが、明治にはすでに人家があった。ここを三年前に買収したのが丸菱観光株式会社で、六名ばかりの住人には多額の金を払って追い出した。この島全体を、ひとつのレジャーランドに変貌させて一儲けしようと考えたのだ。海の上を走るジェットコースター、海中を遊覧できる観覧車、水族館も設置しようとしていたらしい。だが計画はすぐに頓挫した。島の地盤が、かなり脆弱だったのだ。真矢たちが向かう大山の向かい側にある小山にも、かつて地盤調査をした結果崩れた箇所が今でも残っている。好景気に物を言わせて有頂天になっていた社長が、ろくな事前調査もせずに買収した結果、ただ何も使い道のない無人島を会社所有地にしただけだった。島には平地がほとんどなく、保養地を作るにしても莫大な金がかかる。この島を購入してからというものの、まるで呪いにかかったように丸菱観光は業績が悪化し、その損失はグループ会社の黒字から補填して賄われている。あまりにも哀れとしか言いようのない会社だった。

「あなたもご苦労なことね、会社の小間使(こまづか)いで遺跡調査の同行だなんて」

 そんな哀れな会社の一社員である安東に、真矢は小馬鹿にするような口調で言った。

「まぁ、常務の命令ですから……」

「会社勤めってのは大変ね。偉い人の言いなり、私には無理だわ」

「僕が君の言いなりな時もあるもんなぁ」

 真矢と原田は目を見合わせて笑い、大山の山頂に向けて歩き続けた。すでに息を切らしていた安東は、変な二人を会社は雇ったもんだと思いながら、その後に続いた。

 

「じゃあ、先に見てきます」

「うむ、健闘を祈る」

 腰にロープを巻き付けた真矢は、原田とふざけて敬礼をし合い、真矢はゆっくりと斜面を下りて行った。傾斜は50度近くあり、たとえ軟弱な地盤でなくてもロープを使わないと滑落の危険性が高かった。そこで大山の山頂に輪っかのついた鉄杭を打ち込み、そこにロープを通して体に巻き付けた。遺跡調査隊というよりも、山岳救助隊のような恰好だった。

 山頂から原田と安東が見守る中、真矢は慎重に斜面を下り、やがてあの銀色の球体に近づいた。

「大きいわねぇ……ん、何か刻んである」

 手袋をはめた手で表面をこすると、何やら文様のようなものが球体の表面に刻まれていたことが分かった。それは渦を巻いた水流のような文様で、古代の土器にもよく見られた文様だった。

「人工物……でもこんな、錆びつかない鉄なんてありえないわ」

 球体は、おそらく鉄製だと真矢は考えていた。だがもし、これが古代の遺物だとしたら、必ず錆が生じたり変色しているはずだった。だがその球体には、錆は欠片もなかった。とりあえず真矢は、その表面の文様をフィルムカメラに収めた。

「どうだい、何かあったかい?」

 頭上から原田が訊いてきて、真矢はありのままを報告した。そして目線を球体に戻そうとした刹那、球体から少し離れた所に、何か銀色のものが斜面に埋没しているのを見つけた。真矢は球体から離れて、そのモノの方へ向かった。それをブーツで軽く擦ると、やはりあの球体と同じ素材で出来ているであろうものが埋まっていたことに気づいた。

「これは何なのかしら」

 軽くその付近に足を踏み込んだ瞬間、その部分が音を立てて崩れた。真矢は咄嗟にロープを掴み、土砂崩れに巻き込まれるのを阻止した。

「おい、大丈夫かぁ!」

 原田が心配して叫んだ。真矢は右手でグッドサインをして見せた。

 その土砂崩れのおかげで、地中に埋まっていたものが露わになった。

「……横穴墓(おうけつぼ)、かしら」

 それはどうも通路の一部らしく、ゆっくり降下して見てみると、大人ひとりがやっと入れそうな長方形の穴があった。その奥は暗くて見えなかったが、土に埋没はしていないように見えた。つまり、奥に行ける。

「所長! 通路がありました。ちょっと入ってみます!」

 真矢はそう言って、その通路に足をかけて中に入った。そしてショルダーバッグから懐中電灯を取り出し、中を照らした。壁には何も刻まれたり描かれたりなどはしておらず、無地の銀の壁が続いていた。歩いている途中、ロープが限度を迎えて腹を絞めつけたので、一旦外してその場に置いた。

 さらに奥へと進むと、広い空間に出た。ここが終点のようだった。

「ここは、古墳か何かなのかしら……」

 その空間の屋根は、屋外の球体と同じように丸みを帯びていて、ドームのような造りになっていた。そして、とても寒かった。吐く息が白くなるほど。

「……これは、何?」

 懐中電灯が照らしたのは、部屋の中央に並べて置かれた二つの(ひつぎ)のようなもの。日本でも古墳には長方形の石棺(せっかん)がよく発見されているが、真矢が見つけたそれは、今まで見聞きしたものとはまるで違っていた。全体が楕円形で、表面には所々に溝があり、何かを収容するものであることは感じ取れたが、それが石棺と同義のものなのかは、まだ分からなかった。

「……ん? あれは?」

 その石棺のようなモノの、さらに奥。ドームの壁に祭壇のようなものがあり、その上に二体の人型をしたものが置かれていた。

「……土偶?」

 横棒の短い十字架に見えたそれは、よく見ると人を象った姿をした人形だった。目、鼻、口が簡単に彫られた顔があり、体には複雑な模様が全身に刻まれ、胸には二つの膨らみがあった。女性像だ。その土偶らしきモノもまた、金属製のようだった。

 その二体の人形の背景の壁には、絵が描かれていた。それは大きな羽を二枚広げた、蝶のような生物を描いた絵。麒麟や鳳凰といった伝説上の生物が古代遺跡に描かれる例は真矢も知っていたが、虫は聞いたことがない。何を意味しているのだろうか。

 真矢はそれらを写真に収めながら、土偶と思しき人形をひとつ、手に持った。やはりその重さは、鉱物で作られていることを感じさせるものだった。片手で持てるほどではあるが、既存の土偶と違い、これは完全に鉱物で作られたものだった。

 それを二つともショルダーバッグにしまい、もう一度ドーム内を懐中電灯で照らしながら見て回り、あの中央に据えられた楕円形の物体に近づいた。手袋をはめた手で表面を少し払ってから、右手の手袋を外し、直に触れてみた。とても、ひんやりとしていた。

 すると不思議なことが起こった。その物体に触れた部分が光り始め、驚きのあまり真矢は懐中電灯を落とした。その光りは、真矢の手形をそっくりそのままに残しながら光り、やがてそれは物体の溝にも伝播(でんぱ)していくように光りが広がり、すべての溝が光ると、プシューッという音を立てて中央から綺麗に縦に割れて、蓋が開いた。その中からも光りが出ていた。真矢は思わずのけぞり、その拍子にもうひとつの楕円形の物体に右手が触れ、そしてそれも同じ現象が起きた。真矢は両方の物体から少し距離を取った。

 それから、落ちた懐中電灯を拾い、最初に触れた楕円形の物体に近づいた。蓋は完全に開いている。恐る恐る中を覗き込むと、信じがたいものがそこに眠っていた。

 それはおかっぱの髪をした、少女だった。髪の色は純白で、皮膚はやや肌色がかった白に近く、耳の上部が尖っていた。人間で言えば、小学校高学年か中学生くらいの背丈。首元までを包む、肌と密着した全身タイツのような銀色の服を着ていて、手は上腕、足は膝下までが、それぞれ手袋と靴下を身につけたように黒かった。

「に、人間? ……そんな、バカな」

 真矢は思わず苦笑したが、眼前で眠るその少女は、どうにも作り物には見えない。自分と同じ、生物、哺乳類、ヒト科。だがこんな、地中に埋まっていた空間で、なぜこんな腐敗もせずに原型を留めているのか。

「……生きてるの? まさか、ね」

 真矢は、そっとその少女の(ほほ)に触れた。

 刹那、少女の目が開き、真矢は驚きの声を上げてのけぞった。

 すると少女は上半身を起こして、腕を上にあげて伸びをした。

 また、隣の物体からも、まったく同じ容姿をした少女が起き上がった。

 真矢は、絶句した。これは一体何なのか、意味が分からなかった。

 たまらずに、逃げ出した。来た道を全速力で走り、途中で落としていたロープを掴み、体に巻きつける余裕もなく、そのままロープを掴みながら斜面を上がって行った。

(なん)や! どうしたんや藤戸君!」

「いいから、早く上げて! 早くっ!」

 原田の問いよりも、まず自分が安全な場所に行くことの方が真矢にとって優先事項だった。訳のわからない原田と安東だったが、とにかく二人で力を合わせてロープを引っ張り始めた。

 無事に山頂に戻った真矢は、息を荒げていた。心拍数の上がり方が尋常ではなかった。

「どうしたんや! 藤戸君、何を見た⁉」

「ちょ、ちょっと……休ませてください」

 原田から水筒を渡された真矢は、それを一気に飲んだ。そして盛大にむせて、しばらく肩で息をしながら、気持ちが落ち着くのを待った。

 

「……じゃあ、行ってみるとするか」

 再び例の入り口に戻った真矢は、今度は原田と共に探索をすることにした。

 中で見たことは、すでに原田と安東には話している。二人とも、半信半疑といった様子だったが、付き合いの長い原田は無下に否定はしなかった。とにかく、自分の目でも見てみたいという欲求から、二人で例の場所に行くことにしたのだ。

「……あそこです、あの広い空間。あそこの中央に、二つ石棺のようなものがあります」

「ああ、確かに広いな……蓋も、開いとる」

 ドームに到着した二人は、懐中電灯で中を見て回った。中はしんとしていて、氷室にいるような寒さを感じた。

「……誰も、おらへんな」

「で、でも確かに見たんですっ。この棺から二人の女の子が起き上がって……私は、その子に触れたんですよ! 本当です!」

「いやいや、何も藤戸君が幻覚を見たとか、嘘を言ってるとかやない。ただ実際いないと言ってるだけや」

「……」

「僕は君を信じとるよ。君は嘘を言わん子や、そうやろ?」

 原田のあたたかい言葉に、真矢は黙って頷いた。不覚にも泣きそうになった。

「しかしまぁ……ここは、何なんや。墓場なんか、それとも違うんか。それにこの絵、見てみぃ、蝶や。こんなん古墳で描かれてんの見たことないわ」

 原田は懐中電灯で照らしながら、壁に描かれた巨大な蝶の絵を凝視した。羽には渦巻のような模様と、巨大な目玉のようなものも描かれている。

「日本の神話に、蝶が出てくる話とかありましたっけ?」

「いやぁ、特段聞いたことはないなぁ。それに、ここ全体を構成している鉄みたいなんも気がかりや。ほんまに鉄なんか?」

 原田はそう言うと、リュックサックから短刀を取り出して、土偶が置かれていた祭壇の端を少し削ろうとした。しかしそれは非常に硬く、短刀は何度も刃こぼれを落としたが、粉程度の破片を採取することは出来た。その破片を集めて、原田はガラス瓶に入れた。

「鉱物とかに詳しい知り合いがおるさかい、調べてもらうわ」

「そうですね……本当、ここは何なんでしょう。日本の遺跡とは、まるで違うような……」

「……わからん。ともかく、いったん帰ろう藤戸君。君も疲れたろう」

 藤戸は黙って頷き、二人は来た道を戻った。

 あの少女たちは、幻だったのだろうか。

 でも確かに自分は触れた、あの子の頬に。あの子たちはどこへ消えたのだろうか。真矢はそんなことばかり考えていた。

 ふと、ドームを出る前に、何か視線を感じた気がして振り向き、あたりにライトを当てた。

 だが、そこにはやはり誰もいなかった。

「どうした、藤戸君」

「……いえ、気のせいです」

 真矢は、原田の後を追ってドームから離れた。

 気のせい、だったのかなと疑問を抱きながら。

 

 帰りの船で、真矢はあの遺跡でのことをずっと頭の中で考えていた。自分は確かに、あの楕円形の物体から二人の人型のモノが出現したのを見た。そして触りもした。写真には撮れなかったが、確かに見たのだ、自分は。

「あのう、藤戸さん」

 ずっと一点を見つめていた真矢に、安東が声をかけた。船酔いにはもう慣れたようだった。

「その、遺跡で見つけたという土偶を見せてもらえませんか。常務にも提出しないといけないので」

 真矢は黙ったまま、ショルダーバッグから一体の土偶を取り出した。安東よりも先に原田が強く興味を示した。

「おお、これはまさしく土偶だ。似た形のもんを博物館で見たことあるわ」

「おそらく、鉄か何かで出来ていると思われます。しかし、こんな土偶は今まで発見されたことはないはずです」

「うむ、そもそも土製だから土偶と言うしなぁ。鉄偶というべきか」

「似ているのは、せいぜい銅鐸でしょうか。ですがあれは弥生時代頃のものとされてますし……あの子たち、弥生人のようには思えない」

「あのう、お話の途中で申し訳ないんですが、その人形お預かりしてもいいですか? いえ、常務に一度実物をお見せしないと、困るもので……」

 二人が談義しているところに、安東が口を挟んだ。

「もうちょっと預からせてもらえまへんか。詳しく調べたいんや。それに調査についてはこっちに一任という条件じゃなかったんか」

「いやまぁ、そうなんですが……」

「はい」

 原田と安東の会話に割り込み、真矢は素直に鉄製土偶を安東に渡した。安東は喜々としてそれを受け取った。

「おいおい藤戸君、そんなあっさり渡しちゃ……」

 原田が咎めるように真矢を見た瞬間、真矢はそっとショルダーバッグの中身を少し見せた。そこにはもう一体の鉄製土偶が顔を見せていた。真矢が人差し指を口に当てると、原田は満足そうに頷いた。そんな二人のことなど(つゆ)知らず、安東は背を向けながら受け取った鉄製土偶を丁寧に手拭(てぬぐ)いで包んでいた。

「……でかした」

 原田が小声で(ささや)くと、真矢は「どうも」と微笑んで返した。

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