「では深澤教授は、この遺跡は文化財級の価値があるものとお考えなんですね?」
大阪日報記者の
「間違いない。この遺跡はこれまで国内で発見されたものとはまるで異質なものであり、考古学の常識を覆す可能性すら秘めている極めて重要なものだ」
深澤と報道陣を乗せた丸菱観光のクルーザー船は、因羽島の沖に停泊して発掘現場を眺めつつ、調査団代表たる
「あのう、あの遺跡を万博に持ち込むという話も聞いておりますが、それは事実なんでしょうか?」
別の記者が問い質すと、深澤は丸眼鏡をかけ直す仕草をしながら言った。
「それについては後ほど、丸菱観光さんから発表があると思います。私は一介の研究者ですから、あの遺跡をどう活用するのかについて私に権限はありません」
「あの遺跡を構成している金属について、何か分かっていることはあるのでしょうか?」
福田が訊ねた。深澤はその顔をしっかりと見据えながら答えた。
「正直に申し上げて、現時点であの遺跡を構成している鉱物と該当するものは見つかっておりません」
「それは未知の物質という解釈でよろしいでしょうか」
「ええ。現時点では、そう言わざるを得ません」
「宇宙由来という可能性もあるんでしょうか?」
別の記者の問いに、深澤は一幅おいてから話した。
「いいですか? そもそもこの地球という星自体、過去に幾度も隕石が飛来しています。成分分析をした結果、地球上に存在する鉄と同一であったり、岩石そのものが降ってくることもあります。未知の物質というものは、そう滅多に見つかることはありません。地球に存在する物質は宇宙にも存在する、ということです。つまりあの遺跡の鉱物も、まだ地球上で未発見なだけであって、地球以外から由来するものだと断定することは、現時点では困難としか言えないでしょう」
深澤は毅然として答え、記者たちはその剣幕に一瞬たじろいだ。
「……ともかくです、あの巨大な球体に関してはまだよく分かっていません。表面に古代土器にも見られる模様が多数確認されていますが、あれだけの大きさです、とてもただの道具とは思えません」
深澤が顔を向けた先を、記者たちとテレビカメラマンも同じように視線を向けた。因羽島の
「道具ではないのなら、何かの施設か何かでしょうか?」
福田が訊ねると、深澤は顔を因羽島の作業現場に向けながら答えた。
「それはこれから調査します。現状では何も言えません……」
刹那、作業現場から悲鳴に近い声があがった。見遣ると、大部分が
そのまま球体はむなしく海に水没……しなかった。事前に用意されていた東洋バルーン社製の特大ゴムボートが受け止めたのだ。最初から斜面から落としてゴムボートに載せる計画ではあったので、深澤はホッとした。その光景をテレビカメラはバッチリと捉え、今日のニュース映像に一躍
特大ゴムボートに載せられた巨大な球体は、そのままタグボート二隻に曳航されて、いったん大阪港へ運ばれることとなった。その様子もまた報道陣が群がって中継し、その日のニュースの最大のトピックとして全国に報道された。
*
「
東京の或る料亭で友兼は、衆議院議員の
「うむ……力になれんこともないが、今からパビリオン建設ともなるとかなりの突貫工事にならんかね? それに費用も馬鹿にならんしなぁ……」
「その点はご心配に及びません。例の球体ですが、屋根で囲う必要はございません。こちらの図面をご覧ください、このように球体のまわりに神殿のような柱を立てておくだけでいいのです。パビリオン建物がメインではありません、この球体こそがパビリオンそのものなのです。なのでさほど建設費もかかりません」
友兼は安東から手渡された図面を座卓に広げた。そこには六角形の台座の中央に球体が置かれ、そのまわりを六本の円柱が囲むように配置されている。確かにこれだけならば建設費はさほどかからないだろうと、五十嵐は納得した。
「さらに、島から掘り返したドーム付きの遺跡も、その横に置くだけでいいのです。こちらはテント屋根でも構いませんので、予算はさほどかかりません」
「なるほどなぁ……この遺跡については、どうなのかね、何か新しいことは分かったのかね」
「現時点では、少なくとも数万年前のものではないかというのが、大阪大学の研究チームからの報告です。縄文時代頃のものではないかと」
「なるほど……にしてはよく形が残っているし、錆もない。不思議なものだな」
「先生、こちらをどうぞ」
安東が座卓に置いたのは紫の風呂敷包みで、中身をチラッと見た五十嵐は、不敵な笑みを浮かべた。
「……わかった。この件は早急に進めようじゃないか。善は急げと言うしな」
五十嵐はそう言って、札束が包まれた風呂敷包みを受け取った。
「ありがとうございます! これで我が社も復活できます!」
友兼は平伏して礼を述べた。安東もそれに
「いやぁ何よりだ。これで万事うまくいくぞ安東君」
帰りの車中の中で、友兼は声を弾ませながら安東に言った。
「これで万博による収益の一部が我が社にも流れてきますね。それに、あの球体や土偶を象った商品も作れば、さらなる増収が見込まれます」
「そう、そうだよ安東君! ハッハッハ、君も分かってきたじゃないか商いというものが」
友兼はますます上機嫌になった。
「これで私に反目する連中の鼻をへし折れる。そしていずれ、私が社長になる。その時の常務は、もちろん君だよ安東君。私の右腕として、今後もよろしく頼むよ」
「ありがとうございます、常務……いえ、次期新社長」
安東のその言葉に、友兼の顔はさらに
会社などの組織には、派閥というものが生まれやすい。丸菱観光もその例外ではなく、友兼常務を筆頭とする友兼派を主流として、会社内にはいくつかの派閥が存在していた。当初、友兼が取締役会で因羽島の遺跡発掘および万博展示計画を提言した時、反友兼派はもちろん猛反発した。だが友兼は社長を丸め込んで計画を断行し、今や万博担当大臣すら手玉に取っている。次の取締役会が、友兼には楽しみで仕方なかった。因羽島購入の決断をした社長も、以前までは負の遺産を抱えてしまった責任をずっと感じていたが、今回のこともあって逆に勢いを取り戻し、完全に友兼の言いなりとなっていた。このまま順調にいけば、万博終了後にはきっと副社長の座が友兼には待っている。そして時が経てば、社長の椅子も手に入れられるだろう。派閥争いで有利になるには、敵対する派閥の失敗を責めるか、手柄を得るかが何より手っ取り早い。
「社長になる日が楽しみだ……ハッハッハ」
友兼は高笑いし、すっかり派閥の中枢に身を置いていた安東もまた、つられて笑みを浮かべた。このまま出世街道を歩めば、今度こそ手塚雅美は振り向いてくれるだろう。彼はそう信じて疑わなかった。
*
「新たなパビリオンの設置、ですか?」
小澤ギン内閣総理大臣は、通商産業大臣兼日本万国博覧会担当大臣である五十嵐からの提案に驚いた。もう開幕までは半年もないし、ほとんどのパビリオンは完成しつつある。そんな中で新たなパビリオン設置とは、異例中の異例だった。
「はい。例の、淡路島の近くにある無人島で見つかった古代遺跡がですね、我が国のみならず世界的にも珍しいものだということが分かりました。総理、最先端技術も然りですが、古からの技術を展示するのもまた、万博の意義であると担当大臣として思っております。どうか、ご理解いただけませんでしょうか」
五十嵐は礼儀正しくそう説明して、万博組織委員会の名誉会長でもある小澤首相を説き伏せようとした。
小澤は少し考えてから、返答した。
「場所は、どうするのですか? もうほとんどの敷地に空きはないと思いますが」
「それについてですが、日本館の前に在る〝夢の池〟を半分ほど埋め立てて用立てるつもりです。こちらが、その完成予想図です」
五十嵐は持参した絵図を応接テーブルの上に広げた。そこには上空から見ると五弁の花の形をした日本館をメインに、その周辺の万博施設が描かれていた。そして日本館の前には「夢の池」と名付けられた人工池があり、そこの右半分が埋め立てられて新たに六角形の台座と六本の柱、そしてその中央に鎮座する例の出土した球体が置かれた様子も描かれていた。
「屋根は設けませんので、建築費も安く済みます。完成は……すぐに着手すれば、来年の一月か二月には確実に出来ます。総理、あの球体は必ずや訪れる人々を魅了いたします。それはもう、アメリカの月の石にも並ぶでしょう。この球体も、もしかしたら月を象ったものかもしれないという説もございますので。ああ、調査研究に関しては、閉園時間後に大阪大学の研究チームが定期的に行うとのことですので、はい」
小澤首相は黙ったまま五十嵐の説明を聞き、うんうんと頷いて見せた。あともうひと押しと思った五十嵐は、
「総理、責任は万博担当の私が取りますので、どうかお願いいたします」
五十嵐は、本心では嫌だったが、深く頭を下げて小澤首相にあらためて懇願した。
それが功を奏したのか、
「わかりました。では速やかに工事に着手してください。五十嵐大臣、よろしくお願いいたします」
五十嵐は心の中でほくそ笑みながら、首相の了解を取り付けることに成功した。
総理執務室を辞した五十嵐は、すぐに秘書官を通じて大阪万博建設を担当している建設会社に連絡を取らせた。
これが上手くいけば、自分の実績となる。実績のある政治家は、出世に近づける。五十嵐は欲の塊のような男で、欲しいものは何が何でも手に入れたい
ふと立ち止まって、五十嵐は総理執務室のドアを振り返りながら小声で呟いた。
「いずれ俺が、そこに座るからな……」
午後最初の公務は、巨大生物研究所の報告会出席だった。官邸の一室でそれは開催され、所長の
報告会は二時間ほどで終わり、それで研究所の面々は帰れるはずだったが、所長の野田だけは総理執務室に呼ばれた。総理秘書官が密かに耳打ちして、もしお時間があれば総理が二人だけでお会いしたいとのことで、野田はそれに応じたのだ。
「あなたとお会いすると、あの辻堂や芝公園でのことを思い出します」
小澤は自ら茶碗に抹茶を立てて、野田に差し出した。野田はうやうやしくそれを頂戴した。
「オペレーション・デストロイ、ですね。私も、総理と同じです。あなたとお会いする度に、15年前を思い出します」
15年前、つまり1954年。日本は二度目のゴジラ襲来に遭い、名古屋が地図から消えた。アメリカのハワイも襲われた。次は東京かと予想したゴジラ対策委員会は、ゴジラを陽動して抹殺する日米合同作戦『オペレーション・デストロイ』を発動した。当時、その担当大臣が小澤であり、計画の中核を担っていたのが野田だった。神奈川県辻堂に陽動したゴジラを、毒性物質であるオソニチンで駆逐することに成功した。
が、それは狡猾な知恵を持つようになったゴジラによる
「もう15年ですか……時が経つのは早いものですね」
しみじみと語る小澤は、この15年間を頭の中で振り返っているようだった。
小澤は作戦後、名古屋復興担当大臣と副総理を兼務し、国政に身を捧げ続けた。そして1958年、小澤は首相指名選挙で当選し、日本国初の女性首相に就任した。二期目の任期中だった1964年、閣僚に不祥事が相次いで任命責任を取る形で内閣を総辞職し、一度は首相の椅子から離れたが、二年前の1967年に再び指名を受け、今は三期目になる。
小澤が首相になったことで、女性議員の数は選挙のたびに増加し、今や国会議員全体で見れば十分の四が女性議員という割合だった。小澤が党首を務める与党も、女性議員が非常に多く在席している。
「でも総理は、あまり15年前と見た目が変わりませんね。せいぜいお召し物くらいでしょうか」
野田は微笑みながらそう言った。それはお世辞ではなく事実であり、すでに小澤は還暦を迎えていたが、その容姿は四十代から歳を取るのを忘れたように若々しかった。歌舞伎役者だった父親の血がそうさせている、などと
「あなたは白髪が増えましたね、野田さん」
「いやぁ、お恥ずかしいです。放射能のせいではないと思うんですが、ご覧のとおりだいぶ老けましたよ。ははは」
野田も小澤とは歳が近く、つまり還暦を迎えている。容姿も人並みに老けたが、探求心や研究への熱意は、むしろ以前よりも増していた。だからこそ、所長というトップ職にありながらも、一研究者としての活動は継続している。
「もう、ゴジラはいない。それがどんなに平和なことか……でもたまに夢を見ます。あの怪物が、町を破壊してしまう光景を」
「それは私もです。いえ、ゴジラ災害をよく知る人なら、きっとみんなそうですよ。ゴジラは死にましたが、ゴジラの記憶は未だに残る……何とも言えないですね」
「いえ、悪いことではないと思うんです。人というのは、忘れる生き物です。都合の悪いこと、最悪の出来事、事件や事故……戦争も、もう昔のことになってしまいましたが、この国は二度も原爆を落とされた世界唯一の国家です。そして二度もゴジラに襲われた。でも、私たちはどんな困難にも打ち勝ってきました。そのことは、誇らしく思うべきだと思います」
「はい、私もそう思います」
「敷島さんやあなた、自衛隊員、たくさんの人が力を合わせたからこそ、我々は今こうして生きてるわけですものね。……そういえば、あのアメリカ人の方はお元気にされてますか?」
「ああ、ジェニーさんですか。はい、ものすごく元気ですよ。ハワイで喫茶店を開いてます」
「そうですか、いいですね。実は来年、ハワイの真珠湾と、ホノルルで犠牲になった方たちを慰霊したいと考えているので、もし時間があれば立ち寄ろうと思います」
「きっと喜びますよ。あの人もちっとも変わってませんから」
二人は顔を見合わせて笑った。
「あ、そうそう。万博にも来るそうですから、そこでもお会い出来るかもしれませんよ」
「本当ですか。もし会えるなら嬉しいですね。あの方もまた、この国を救った一人ですから……そうだ、実はあの万博なんですが、ひとつパビリオンが増えることになりましてね」
小澤は、午前中に万博担当大臣の五十嵐との話を野田に打ち明けた。
「あの因羽島の遺跡をですか……それはまた、面白い試みですね」
「まぁ確かに人目を引くものにはなるでしょうし、特に問題はないと判断して許可しました。野田さんは、あの遺跡をどう思いますか?」
「うーん……自分は歴史学者ではないので何とも言えませんが、本当に日本の遺跡なのかなぁと漠然とは感じてます。何かこう、違う文明のものではないのかなと」
「実は私も、そんな気が少ししていたんです。ただまぁ、出土したのは我が国の島からですし、古代に日本で栄えた文明のものなのかな、とも思ったり……ごめんなさい、私もあまり歴史には明るくないもので」
「まぁでも、良いとは思いますよ。直にこの目で見るのが楽しみです」
野田は万博開催式典に、特別招待客のチケットを小澤からもらっていた。
「そうですね。あなたの意見を聞けて、少し気が楽になりました。どうもありがとう」
小澤は、見る人の心を
帰りの車中、野田はずっと窓外の風景を見ていた。ビルが建ち並び、人が往来し、空には飛行機も飛んでいる。15年前、もし作戦が失敗していたら、この風景は敗戦後のような姿になっていたのだろうか。そう思うと背筋が凍るぐらい恐ろしかった。
もはや、ゴジラ災害を知らぬままに生まれて育った子供もいれば、戦争すら知らない若者もいる時代になった。時が経つというのは、ある種残酷な面もあった。それは恐怖の記憶を薄れさせることだ。戦争、空襲、原爆、そしてゴジラ。野田はいずれの恐怖も見聞きしてきたが、それらの恐怖を知らない世代が、これからどんどん増えていく。それが、何だか怖かった。将来、もしもゴジラのような生物が、再びこの国を蹂躙した時に、日本は果たして大丈夫だろうかと。もちろん対策はある。ゴジラ細胞を破壊する毒性物質オソニチン、これがある限り人類は確実にゴジラを倒すことが出来る。それにゴジラ細胞によって巨大化した生物に対しても、完全に駆逐できる。
だが、もしも、もしもだ。
ゴジラ細胞がオソニチンを克服したら、どうする?
それは野田にとって最も考えたくないことだった。そうなれば、ゴジラを確実に倒す手段は、なくなってしまうからだ。
ふと、15年前の、或る奇異な出来事を思い出した。
それはオペレーション・デストロイによってゴジラを倒した後、東京大学医学部第三分院に入院していた女性患者が、突如姿を消したのだ。施錠された特殊病棟のドアを破壊し、さらに院長室に侵入して金庫も破壊して、そこに収められていたホルマリン漬け容器を盗み、窓から逃走した。関連は明らかにされないままとなったが、その同日に
当時院長を務めていた
だが、もしも、もしもだ。ゴジラと交信が出来た典子のように、彼女もまたゴジラと通じていたとしたら……そう考えると、野田は生きた心地がしなかった。あまりにもそれは、恐ろしすぎる。
念のため、大戸島近海に海上保安庁の巡視船をしばらく派遣させたが、何も見つかることはなかった。
彼女は、どこへ消えたのだろう。野田はそう思いながら、赤坂にある職場――国立巨大生物研究所へと戻って行った。