1969年11月
「鳴かぬなら、鳴かんでええよ、閑古鳥」
蔵を改装した自身の研究所で、原田は自嘲的な一句を読んで無為に時を過ごしていた。
丸菱観光からの仕事が短期間で終わって以来、特段することもなく原田は蔵の中でくすぶっていた。真矢は
「あんたぁ、暇なら上原さんとこの畑手伝ってきたら? こんな辛気臭いとこずっと
妻のミチ子がそう言ってきたが、原田は意に介さず机に頬杖をつくばかりだった。
「まったくもう。働かざる者食うべからずよぉ」
ミチ子はそう捨て台詞を言って、原田歴史研究所の正面玄関……扉が開けられただけの蔵の出入り口から母屋に移って行った。
気晴らしに本でも読むか、そう思って原田は重い腰を上げた。
「えっとぉ……ありゃ、ここにあったはずだが。どこにやった?」
探していた本が本棚から見つからず、別の本棚、また別の本棚と探し回ったが、見つからない。日本古生物学入門……確かにあったはずなのに。
すると後方から物音がして、原田は振り返った。机の上に、探していた本が置いてあったのだ。
「ん? どういうことや……」
その後、蔵の中で床板がきしむ音がした。
誰かがいる。
「……藤戸君か? なぁ」
返答はなかった。
妙な感じがして、原田は本を持ったまま
その時、出入り口のところに人影が二つ見えた。
それは、中学生くらいの少女で、双子のようにどちらも瓜二つ。しかも髪は白く、肌も白く、耳が尖っていて、銀色のタイツのような服を着ていて、手足の部分だけが黒かった。
原田は目をひんむきながら二人を凝視した。
「き、君らは……藤戸君が言うてた……」
すると原田の眼前で摩訶不思議なことが起きた。二人の少女は、スゥっと体が透明になったのだ。それを見た原田は口をあんぐりと開けたまま立ち尽くし、持っていた本を床に落とした。
「……な、何なんや。一体、今のは…」
「藤戸さん、お待たせ」
大阪大学近くの喫茶店で、真矢は
「悪いわね、協力させて」
「まぁいいよ。僕もあの教授には腹の立つことが多いから。でもスパイ行為がバレたら、僕はもう大学にはいられなくなるけど」
「大丈夫よ、その時は神戸にあるご立派な歴史研究所を紹介するから」
中條は苦笑して受け流し、持参した写真と研究資料のコピーを真矢に渡した。真矢はそれを食い入るように見始めた。
「何か進展はあった?」
「いや、特には。やっぱりあの遺跡を構成してるのは、謎の金属としか言いようがないよ……あ、コーヒーをブラックで」
ウェイトレスはすぐに注文を受けたので、メニュー表を渡すこともなく去った。
「教授は認めてないけど、僕みたいな助手とか学生たちは、オリハルコンとかヒヒイロカネって呼んでるよ。君も知ってるだろ?」
「ええ、どっちも伝説上の鉱物……これは、ヒト?」
真矢は一葉の写真を見て、そこに写ったモノに興味を持った。人型の絵が横にたくさん並ぶように描かれており、その上にあの蝶のような生物の姿も描かれていた。
「うん、そうだと思う。あの球体の一部に彫られてたんだ」
「ということは、あの球体は何か儀式的なモノ、なのかしらね。この蝶、あのドームの中でも見たわ」
「うん、僕も見たよ。この遺跡を造った古代人たちは、龍とか鳳凰ではなく、虫を神として崇めていたのかもしれないね」
因羽島から発掘された球体と、ドームの付いた遺跡は今、大阪港の一角を借りて置かれている。
「それにしても……この蝶は大きすぎない? まるで、怪獣みたい」
「うーん……古代にそういう蝶がいたのか、あるいは神として崇めていたなら、
「なるほどね、
二人は目を見合わせて笑った。
「ああ、それとね。どうも蝶だけじゃないんだ、描かれてる虫は」
中條は真矢がまだ見ていなかった写真を探して、それを見せた。そこにはカマキリらしき生物と、クモのような生物を描いたものが写されていた。
「虫に対する信仰……聞いたことないわね。古代土器が象るものも、馬とか猪とかはあるけど、虫は見たことがない」
「うん。何だろうね一体……あ、どうも」
ウェイトレスが運んできたコーヒーを中條はひとくち
「……ねぇ、ちょっと奇妙な話をするんだけど、真剣に聞いてくれる?」
真矢はそう念を押してから、因羽島に初めて行った時のことを話した。あの、謎の少女たちのことだ。
話を聞いた中條は、
「……謎、だね。そうとしか言えないよ。君との付き合いも何だかんだ長いし、僕はその話を信じるよ。まぁ、半信半疑っていう方が正しいかもしれないけど」
「それで充分よ、理解してくれるだけで。……もしも、彼女たちが太古から生き延びてきたとしたら、どう思う?」
「どうって、そんなの普通はありえないよ。何千何万年と土の下で生き延びられるなんて、まず常識では無理だ」
「異星人なら?」
突拍子もない問いかけに、中條は思わず失笑したが、真矢の真剣な眼差しを受け止めて、真顔に戻った。
「……そうだとしたら、生き延びられる、かもしれない。いや分かんないよそれは。だって地球以外の生命なんてまだ見つかってないんだからさ」
「そうね。地球以外にも、宇宙には数えきれないほどの星があるわ。その中に、私たちみたいな生命体がいてもおかしくない。いや、いない方が変よ。宇宙の中で地球にしか生命はいないなんて、想像できる? たとえどれだけ遠い星であろうと、我々のように文明を築いている生命体は必ずいるはずよ」
「まぁ、確かに……じゃあ、この遺跡は、地球に飛来した異星人によるもの……君はそう考えてるのかい?」
「断定は出来ないけど、こんな錆ひとつ付かない金属なんてどう考えても変よ。変色もしてないし。それにあの少女たち……ん? これは何?」
真矢が見つけたのは、旭日を思わせる模様を写した写真だった。
「ああ、それはあの球体の天面に描かれてたんだ。図案にしたものが、えっと……これだ、こんな形をしているんだよ」
中條は資料をめくって、その球体天面に描かれていた模様の絵図を示した。中央に十字架を思わせる図形と、中心部に円形、そして陽光のように配置された線が合計八本描かれている。
「何かしら、何かの紋章? でも、キリスト教と関連があるとは思えないけど……」
「うん。日本の家紋では、
「ということは、何か重要な意味を持つはずね。十字架……いや太陽かしら。ともかくありがとう中條、私も自分なりに調べてみる。……ところで、あの遺跡の万博展示、正式に決まったそうね」
「うん。まったく、よくわからないよ偉い人たちが考えることは」
「……深澤は、反対しなかったの?」
「あの人は別に研究さえ出来れば差し支えないってさ。どうせ金を握らされてるんだよ。はぁーあ、別の大学に移ろうかな。あの人、なんか付き合いにくいんだよね。話しかけても無視すること多いし」
「見限るなら早めにしたら? あんなクソ野郎、早くくたばればいいのよ」
真矢は顔をしかめながら、中條からもらった資料一式をショルダーバッグに詰め込んだ。
「まだ、恨んでるんだ。あのこと」
「当たり前よ、私は死ぬまでアイツを許さない。いつか、思い知らせてやるわ」
「怖いなぁ……女性の恨みほど怖いものはないよね」
「よくわかってるじゃない。アンタも付き合うなら、女の子はよーく選びなさいよ。じゃあまたね」
真矢はそう言って立ち上がり、すたすたと歩いて喫茶店を去って行った。
変わらないなぁ彼女はと思いながら、中條はコーヒーを啜った。その時にウェイトレスが伝票を持ってきた。そこには、真矢が頼んでいたコーヒーの付いたケーキセットの値段も記されていた。彼女は、一銭も置いていない。
「……やられた」
中條は呆れつつも、その伝票は自分が清算することにした。
真矢は自宅である円谷荘に帰るなり、隣人から文句を言われた。何度も家の電話が鳴っててうるさかったと。真矢は平謝りして、電話の主が誰かを考えながら一階の自室に入った。するとその直後に、家の黒電話がけたましく鳴り出した。真矢はすぐに受話器を手に取った。相手は原田だった。
「ああ、良かったわぁ。もう何弁かけてもつながらへんかったさかい」
「何ですか? 所長、さっき隣の部屋に住む人から苦情言われましたよ、電話が鳴り続けてうるさかったって」
「すまんすまん。いや、それどころやないんよ藤戸君。出たんよ」
「出た? 何がです?」
「君の見たっちゅう、あの女の子たちが」
それを聞いて真矢は目を見開いた。そして原田が体験したという今日の出来事を聞き、興味を持った。
「やっぱり、彼女たちはいた……所長、実は大阪大学の研究資料を手に入れました。一緒に研究しませんか?」
「ああするする、するとも。もうこうなったらどこまでも首つっこまな気がすまん。明日にでも来てくれ」
真矢は了承し、通話を終えるとコートを脱いで
彼女たちは、体を透明に出来る。それは先ほどの原田の話で分かった新事実だ。だとしたら、最初にあの遺跡を訪れた時も、その力を発動していたのかもしれない。
「……やっぱり、異星人だわ。あの子たちは」
真矢はそう確信を深めながら、中條から提供された資料をバッグから取り出して、内容をさらに理解しようとした。そして脳裏に、あの深澤の憎たらしい顔が浮かんだ。アイツの助手をしていた時の負の思い出も蘇ってきた。
当時助手をしていた真矢は、深澤の研究班が調査していた奈良の遺跡から、形をよく
「……今度は、こっちが手柄を取ってやるわ。クソ野郎」
真矢はそう呟き、深澤もまだ知らない情報がこちらにあることが嬉しかった。それは例の少女たちだ。彼女たちの存在は、まだ大阪大学の研究チームは把握していない。知っているのは今のところ中條だけだ。仮に彼が深澤に話したとしても、深澤が信じるとは到底思えない。一笑に付すだけだろう。だがこちらには、目撃者がすでに二名いる。真矢と原田。あとは、彼女たちが何者なのか、徹底的に研究するだけだ。原田に接触してきたということは、相手はこちらに興味があるということだろう。ならばきっと、またいずれ接触する機会があるかもしれない。その時がチャンスだと真矢は考えた。
真矢は煙草に火を点け、紫煙を口から吐いた。その時が早く訪れるのが、待ち遠しかった。