モスラ+1.0   作:沼の人

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1970年3月14日(1)

 1970年3月14日

 

 雪は、()んだ。

 空は依然として雲が多かったが、切れ間から陽光が漏れ、大阪の街に降り注いでいた。

 気温も昨日より上がったおかげで、大阪に降り積もった雪はほとんどが融けて水になった。

 大阪万博の会場も、晴れ間から陽光が差しこみ、太陽の塔の黄金の顔を神々しく照らしていた。

「良い顔だ、実に良い顔だぞ」

 その様子をシンボルゾーンから見ていた太陽の塔の作者、岡本太郎(おかもと たろう)満足気(まんぞくげ)にそう言った。

 

 真矢は運送会社に欠勤の連絡をしてから、外出の支度を始めた。

 昨日の出来事があってからというものの、胸騒ぎがしてならなかった。ショルダーバッグに双眼鏡、鉄偶、そして杉浦式自動拳銃を入れた。戦時中、工廠長を務めていた祖父の遺品で、アメリカ製の自動拳銃を模倣して作られたものだ。一度も撃ったことはないが、実弾が8発装弾されている。いつか警察に届出(とどけで)を出さないととは思っていたが、今日の今日までうやむやになっている。それに今は、そんな面倒な手続きに構っている暇はない。念のため持っていくことにした。

 ベージュ色の作業着の上に黒いコートを羽織った真矢は、ショルダーバッグを斜め掛けして部屋を出た。

 

「ちょっと老けたわね、ミスター・シキシマ」

 北大阪急行万国博中央駅の改札出口で、久しぶりに再会した敷島に対し、ジェニスは容赦ない言葉を浴びせた。敷島は苦笑した。

「まぁ、そろそろ五十路(いそじ)ですからね。あなたはあまり変わりませんね、ジェニーさん」

「私はカヨから若いエキスをもらってるからよ。ベッドの上でね」

 それを聞いたカヨはジェニスの耳をつねった。何を公衆の面前で言ってるのかと(とが)めるような目をして。ジェニスは「Sorry.(ごめんね)」と仲直りのハグをした。

「変わりませんねぇ、あなたという人は……」

「シキシマよりもだいぶ老け込んだわね、ノダ。でも似合うわよそのシルバーヘア」

「そりゃどうも。ハワイの生活はどうですか」

「だいぶ復興したわよ、あそこは。もうほとんど元どおりになってる。私たちのカフェもそこそこ儲かってるわよ、ねぇカヨ?」

 カヨは少し照れながら頷いた。二人がホノルルで営むカフェ『YAMAMOTOYA』は、日本食をハワイ風にアレンジした料理に定評があり、日系人や日本人観光客にも人気を博していた。

「あなたはどうなの? ゴジラの研究は進歩してる?」

「まぁ、そうですね……奴はまだまだ謎の多い生物です。一部だけ保存した細胞は、未だに生きてますからね。肉体も臓器もないというのに、本当に不思議ですよ」

「まぁ、奴は人知を超えた存在だものね。それは私たちが一番よく知ってるでしょ。合衆国でも研究はしてるけど、兄から聞くかぎりそんなに進捗はないみたい。要するに日本と同じってことね」

 ゴジラの死体は、二体ある。そのうち神奈川の辻堂で駆逐されたゴジラの死骸は、日米政府が交渉した結果、アメリカに移送されることとなった。アメリカもゴジラの研究には興味関心が強くあったからだ。何せゴジラ誕生のきっかけは、アメリカの核実験にほかならないからだ。

「まぁ、再びゴジラの細胞が自然界で暴走しない限り、あのような巨大生物が現れることはもうないでしょう。自衛隊だって昔に比べればだいぶ戦力を増してますからね」

「でも油断は禁物よ。災害って、忘れた頃に来るものでしょ? ほら、日本の(ことわざ)にもあるじゃない、備えあれば(うれ)いなしって」

「そうですね、慢心はいけませんね……」

「まぁ、今日ぐらいはゴジラなんか忘れて楽しみましょ。何たって日本で初めての万博なんだから。さぁ行きましょ」

 そして一行は、太陽の塔が待つシンボルゾーンへと向かい、お祭り広場で行われる万博開会式に臨むこととなった。

 

 立花泰三は、冬用の制服である黒のダブルスーツに制帽という姿で、万博会場を歩いていた。水島から譲られた特別招待券を使って入園し、初めて乗った動く歩道にドキドキした。それにこれから、あの敷島明子に会えるかもしれないと思うと、さらに胸がドキドキした。

 

「あー、緊張する……」

 控え室で待機していた明子は、開会式のオープニングセレモニー開始時間が迫っていることに緊張していた。今まで行ってきたリハーサルどおりに動けばいいことは分かっているが、会場には両親もいるし、総理大臣やアメリカの大統領、さらに天皇皇后両陛下もいらっしゃる。

「私もすっごい緊張してる」

 となりのベンチには雅美が座っていた。知り合って日の浅い二人だったが、すっかり仲良くなっていた。

「足を踏み外したらどうしようとか、リハーサルが頭から飛んで忘れちゃうんじゃないかとか……考えたらキリないです」

「私も一緒……でも、大丈夫よ。何とかなるって」

 雅美の笑顔に明子はほだされて、少し緊張が(やわ)らいだ。

「お互い頑張ろうね」

「はい、頑張ります」

 二人は笑顔で頷き合った。

 

 万博東口駐車場の橋上通路から、真矢は双眼鏡を使って万博敷地内を見ていた。数々のパビリオンが建ち並ぶ中、あの因羽島の遺跡が鎮座しているのもかろうじて見えた。銀色のガスタンクのようなものが。

「万博反対! 万博反対!」

 東口付近には、大阪万博開催に反発し続けている学生集団がプラカードを持って声を上げていた。その周りを警察官が取り囲み、特別招待客に迷惑がかからないように務めていた。

「っち、うっさいわね。そんな叫んだって万博は始まるのよ、バーカ」

 真矢はそんな連中に舌打ちをして、橋上通路からあの球体の監視を続けた。今のところ何も変化はないが、あの少女たちは言っていた。あれが目覚める、と。

 空は雲の多い青空で、太陽光は確実にあの球体にも注がれている。

 あとは、人々の(ざわ)めき。それでアレが目覚める。少女たちはそう言っていた。それが何なのかを確かめるために、真矢は万博会場の外に陣取っていたのだった。

 

 7500人以上の招待客たちが、待ち望んだ時が来た。

 午前十一時、NHK交響楽団が演奏する雅楽『越天楽(えてんらく)』が美しい調べを奏で、大阪万国博覧会開会式は始まった。

 天皇皇后両陛下が入場し、二人はロイヤルボックスと呼ばれる特別席に案内され着座した。

 五十嵐隼男(いがらし はやお)日本万国博覧会担当大臣が特設舞台に上がって、力強い語気で万博開催を宣言した。

 その後、陸上自衛隊音楽隊演奏による『君が代』に、出席者が全員立ち上がり日本国歌を斉唱した。そしてポールに、日の丸の旗がゆっくりと掲揚された。

 国歌斉唱が終わり、出席者たちが再び席につくと音楽隊は、広島で被爆した経験を持つ作曲家・川崎優(かわさき まさる)が作曲した『万博マーチ』を演奏した。その演奏に合わせ、各国各企業パビリオンの代表者たちが行進しながら入場した。

「……あっ、いたわ! ほらあそこ!」

 行進する群衆を凝視していた典子は、水色のワンピースに白いブーツ姿の娘を見つけ、指で示した。

「あ、本当だ。ははは、何か緊張してるな、あの子」

「そりゃぁそうでしょう。なんたって世界中から人が来てる場所ですし、両陛下だってご臨席されてるんですから」

 野田も典子の姿を見つけて、努めて笑顔を振りまいているその姿に心が和んだ。

「あらまぁ、シャイニーもカヨみたいな立派なレディになったじゃない」

 ジェニスがそう言うと、となりに座るカヨはピタッと肩をくっつけてきた。ジェニスは腰に手を遣って、二人は身内の子供を見るような目で、明子に優しい眼差しを送った。

 

「おお、これが例の遺跡ですか……」

 無事に開会式を終えた明仁天皇は、五十嵐大臣に案内される形でパビリオンを次々と見物し、あの因羽島の遺跡を展示した『未知との遭遇館』を訪れていた。純銀のような輝きを放つそれは、とても太古の遺物とは思えなかった。

「はい。おそらく縄文時代頃の遺跡と思われますが、このようなものは世界広しといえど日本でしか出土しておりません。我が国の悠久の歴史を伝える、極めて貴重なものであると言えます」

 大阪大学の深澤教授がそう説明し、明仁は聞き耳を立てながら、巨大な銀色の球体に目を奪われていた。

「どのような用途なのかは、分かっているのですか?」

「それにつきましては、現在調査中です。ただご覧のとおり、表面には多種多様な文様や絵が刻まれておりまして、天面には旭日のような図柄もございます。何か宗教的な意義のあるものであると、私は考えております」

「なるほど……引き続き調査研究のほど、よろしくお願いいたします」

 天皇からの言葉を、深澤は低頭して受け止めた。学者冥利に尽きる栄誉だと彼は感じ入っていた。

 そのあと明仁天皇はドームの付いた遺跡と、ガラス製のケースに収められた鉄偶もじっくりと鑑賞した。明仁は魚類学者という側面も持ち合わせており、その眼光はまさに研究者のものだった。

 

「シャイニー!」

「ジェニーさーん!」

 リコー館前で久々に再会した二人は、熱い抱擁(ほうよう)を交わした。その衝撃で明子が被っていた帽子が落ちそうになったが、ジェニスがすかさず手に取った。

「開会式見てたわ、惚れ惚れするレディぶりね」

「うふふ、Thank you so much.(どうもありがとう)」

「Oh, your English is very good.(あら、英語も上手になったじゃない)」

「ふふ、外国の医学書も読めるようになりたかったから、必死に勉強したの。パビリオンガールの面接でも、結構それが役立ったの」

「偉いわシャイニー、これからはグローバルな時代だもの、バイリンガルは重宝されるわよ」

 ジェニスは我が子のように優しく明子の頭を撫で、その頭に帽子を被せてあげた。明子は照れくさそうに笑った。

「あ、お父さんお母さん! あと野田のおじさん! 見てた? 私のこと」

「もちろんよ、私が一番最初に見つけたんだから。とても素敵だったわ」

「ずいぶん緊張してたけどなぁ。でも、とても良かったよ」

 両親に褒められて、明子は心から嬉しそうに笑った。

「おお、これがリコー館ですか。……何か、あのバルーン見てると昔を思い出すなぁ」

 野田は、円筒型のリコー館の上空に設置された、人の目が描かれた巨大なバルーンを見てそう呟いた。16年前、バルーンにオソニチンを注入して作られた対ゴジラ兵器を、彼は思い出していた。

「すごいのはあれだけじゃないよ。ほら、そろそろ始まる」

 明子がそう言って指したのは、リコー館の壁。そこにはアニメーションや写真、漫画といった映像作品が投影され、その周りを動く歩道から見て楽しむという施設だった。

 

「……どこだ、リコー館って」

 そのころ立花は、園内で迷子になっていた。

 彼はリコー館のある会場東側ではなく、反対の西側エリアにいて、ソ連館の前にいた。園内地図はもらっていたが、どこもかしこも奇抜な建物ばかりで、目が回りそうだった。

「ん? あの子たちも、パビリオンガールか?」

 立花の視界に入ったのは、小学校高学年か中学生くらいの背丈の、双子のような少女たち。髪はまっしろで肌もかなり白く、耳が尖っていた。銀色のタイツのような服に手足の部分が黒いという、何だかパビリオンガールのような奇抜さを感じたので、立花はそう思った。二人は周囲の目を気にすることなく、すたすたと歩いていく。その先には太陽の塔があり、その向こうには日本館などがある。地図をあらためて確認した立花は、向かう先が彼女たちと同じ東側であると分かり、特に意識はしなかったが、彼女たちを追うように歩き始めた。

 

「こちらが、ペプシ館になります」

 五十嵐に案内された天皇皇后両陛下の前には、白い三角形のパネルを組み合わせて建てられた建物があった。そこがペプシ館だった。

 一行は中へ入ったが、一人だけその場に留まった者がいた。

「やぁ、手塚さん」

 赤いパビリオンガールの制服を着た雅美に、丸菱観光社万博プロジェクト室の課長である安東が声をかけた。雅美はぎこちなく笑って頭を下げた。

「とても似合ってるね、素敵ですよ」

「ど、どうも……いいんですか、御一行(ごいっこう)と同行されなくて」

「ああ、それは五十嵐先生が担当しますからね。いや、それにしても綺麗だ、誰よりもよく似合ってますよ手塚さん」

 安東はしつこく雅美を褒めちぎったが、それで彼女の心が揺さぶられることはなかった。

「……あの、安東さん。この際だから申し上げます。私、あなたとはお付き合いできません」

「えっ」

 安東は唐突な宣告に言葉を失ったが、まだ諦めるつもりはなかった。

「どうして? 僕はもう出世コースに乗ったんですよ。この万博が終了したら、より高い地位を約束されてるんです。そうなれば収入だって増えます。それでも……ダメですか?」

「はい、ダメです」

 雅美はきっぱりと断った。まだ安東は引き下がろうとしない。

「……誰か、好きな人がいるんですか?」

「ええ。もう何度も夜を共にしてる方がいます」

「そ、そんな……」

「……結婚の、約束もしています。なので、もう私に言い寄るのは金輪際やめてください。失礼します」

 (とど)めの言葉を告げた雅美はわざと礼儀正しく頭を下げて、呼び込みのためにその場を離れた。完全にノックアウトされた安東は、その場に膝をついて呆然とした。心配した職員が声をかけたが、彼はまったく反応せず、無意味に一点を見つめるばかりだった。

 

「へぇ、これが例の遺跡なのね。何だか不思議な感じ」

 『未知との遭遇館』と銘打たれた、あの因羽島の遺跡が展示されているエリアに着いたジェニスたちは、直径20メートルもある巨大な鉄球のような遺物に目を奪われた。

「こんなのがずっと、土の中に埋まってたんですね……何なんだろう」

「さぁね、まったく見当もつかないわ。月を象ったのかしらね」

 ジェニスとカヨがそんな話をしている横で、野田は食い入るように遺物の表面に刻まれた絵に見入っていた。

「何ですかねぇ、あの巨大な虫の絵は。蝶、カマキリ、クモ……うーん謎だ」

「虫を大事にしてたんですかね、昔の人は。でも私は、嫌だなぁ。カマキリもクモも苦手……蝶はまだいいけど」

「ゴキブリが出た時は大変だもんな典子は。この世の終わりみたいな声を出すから」

「それは、誰だってそうですよ! あんなもうおぞましい生き物……あーやだやだ! 万博まで来て思い出させないでよ!」

 敷島は「ごめんよ」と笑いながら謝り、若干パニックになった妻をなだめた。その様子を見てジェニスはクスっと笑った。

 ふと、同じパビリオンを見ていた群衆の中に、ひときわ目立つ容姿をした二人組がいることにジェニスは気づいた。髪が雪のように白く、耳が尖っており、首元まで体を包む銀色の服を着ている。その輝きは、この遺跡のものとよく似ていた。

「……何かしら、あの子たち」

 ジェニスはその少女たちに、底知れない違和感を覚えた。

 

「あ、あのう……」

 ようやくたどり着いたリコー館の前で、立花は水色のワンピースを着た明子に声をかけた。

「はい。……あらっ、その制服。もしかして自衛隊の方ですか?」

 明子は、立花の格好を見てすぐにそう察した。頭に制帽を被り、背広の袖には金糸で階級章が刺繍されていたからだ。水島から「制服で行くと反応が良いぞ」とアドバイスを受けていた立花は、まさにそのとおりだったと感じた。

「ええ。呉地方隊の立花と申します。立つ花と書いて立花です」

「えっ、呉? わぁすごい偶然、実は私の知り合いにも呉で働いてる方がいるんです。立花さんですね、しっかり覚えましたよ。私は敷島です。敷いた島と書いて敷島です」

 明子の愛らしい笑顔を見て、立花は思わずつられて笑った。

 

 少女たちは、球体を前にしてじっと(たたず)んでいた。

 周囲の人々は、最初はどこかのパビリオンガールかと思い込んでいたが、どうも違うような気もして、彼女たちと少し距離を取り始めていた。

「なぁ、君らどこのパビリオンの子や」

 そう声をかける者もいたが、二人は完全に無視をしていた。

 その少女たちに敷島たちも気づき、何か異様な雰囲気を感じ取っていた。

「ねぇ、あの子たち何か妙だと思わない?」

「ええ。あの髪といい耳といい……何でしょうね」

 ジェニスと野田はそう小声で話した。

 周りも騒めき出して、警備員が異変を察して少女たちに近づこうとした、その時だった。

 『未知との遭遇館』のメインシンボルである謎の球体が、揺れ出した。地震ではない、自発的に動き出している、そのことに観衆たちは驚いてのけぞった。少女たちだけは、その場を動かなかった。

 やがて、少女たちが口を開いた。

「時は満ちた」

「うん、目覚めの時」

 球体の揺れはどんどん大きくなり、まるで中に何かがいるようだった。

「離れて、離れてください!」

 警備員が叫ぶと、群衆は悲鳴をあげながらパビリオンから離れ始めた。敷島たちもそうしたが、ジェニスは気になってあの少女たちにもういちど視線を送った。が、少女たちは、消えていた。

 六角形の台座から誰もいなくなって、しばらくすると球体の揺れは治まった。

「な、何だったんだ今の……」

「これも、アトラクションなんか?」

 群衆たちがそう怯えていた時、球体の天面に(ひび)が入った。それはどんどん亀裂が広がり、球体の上半分にまで到達したところで、ソレは起きた。

 勢いよく球体上部が破裂し、破片が辺りに散乱した。群衆はさらに悲鳴をあげながら後退した。

「な、何だあれっ⁉」

 群衆の一人が指をさして叫んだ。その先には、球体の中から姿を現した、謎の物体があった。

 生物、という方が正しかった。

 ソレは天空に向かって、甲高い鳴き声をあげた。その姿は、イモムシのようだった。茶色のイモムシ。ソレは人の背丈をはるかに上回る巨体を持ち、二つの黒い目と鋸刃(のこぎりば)のように割れた口を持っていた。そしてソレは、球体の下半分を崩して台座に降り立ち、群衆に向かって進み始めた。

「に、逃げろーっ!」

 誰ともなく叫び、群衆たちは一斉に出口めがけて走り出した。

「きょ、巨大生物……まさか、そんな……」

 野田はあまりにも想定外すぎる事態に言葉を失っていた。その腕をジェニスが掴んだ。

(ほう)けてる場合じゃない! とにかく今は退却よ!」

 ジェニスたちもまた、逃げる群衆に紛れて『未知との遭遇館』から逃げ出した。

 

「ん? 何だろう、向こうが騒がしいですね」

 明子は、逃げ惑う群衆の声を聞いてそちらに目を向けた。そして、『未知との遭遇館』から巨大な虫のような生物が蠢いてるのを目撃して、思わず悲鳴をあげた。立花もまた、その生物を見て驚いた。

「な、何あれ……怪獣?」

「分かりません……とにかく、とにかく逃げましょう明子さん!」

 立花は明子の手を引いて、一目散に走りだした。なぜ自分の名前を知っているのか、明子は疑問を感じる余裕もなかった。今はもう、恐怖感でいっぱいだった。

 

 すべてのパビリオンの見物を終えた両陛下は、最後にエキスポタワーに登って万博会場を一望しようと足を向けていた最中だった。

 だがそれは、園内で発生した緊急事態を受けて取り止めとなり、侍従や護衛官らに護られながら会場出口へと向かうことになった。

「どうした、何が起きたのか」

「巨大生物です、とにかくお急ぎください陛下っ」

 側近の報告に明仁は目を丸くした。一体どこから出現したのか、彼はまだ知らなかった。

 

「大統領、緊急事態です。すぐに避難します」

 アメリカ館で小澤総理と〝月の石〟を見ていた最中、シークレットサービスがゲイリーにそう言った。

「何だ、何があった」

「とにかくお急ぎください、小澤首相もご一緒に、さぁ!」

 訳が分からぬまま、とにかく両首脳はシークレットサービスと日本の警察官らに護られながらアメリカ館を出た。そこには逃げ惑う群衆がいて、ゲイリーと小澤は尋常ならざる事態が起きていることを感じ取った。

 そして、その元凶がわずかに見えた。巨大なイモムシのような生物が、お祭り広場の屋根を破壊している様子が見えたのだ。

「あれは、巨大生物?」

 小澤はもう少しその姿を見ておきたかったが、護衛官たちはそれを許さず、とにかく日米両首脳を安全な場所へ退避させることに専念した。

 

 大阪万博の会場内は、騒然となった。

 外国人も多数いた為に、日本語以外の悲鳴も飛び交い、国際色豊かな阿鼻叫喚があちこちで響き渡った。誰もが我先にと出口へと向かい、通路は人で埋まった。

 その様子をエキスポタワーから見ていた太陽の塔の作者、岡本太郎は言った。

「何だこれは」

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