女神の使徒になった概念的TSは色々と目に毒である(異論は認める)   作:葛城

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第14話: 善意が報われなくとも、彼女は同じ選択をしただろう

 

「すまぬ、今日は店を休んでほしい。ようやく準備が整ったのでな、お前さんには城に行ってもらいたい」

 

 

 ──その日の朝。

 

 

 何時ものように、思わず見惚れてしまいそうなぐらいに美しい所作で淹れてくれたお茶で、朝食後のゆる~い空気に浸っていた時。

 

 お気に入りメイドの所作をニコニコと眺めていたエヴァから、唐突にそう言われた。

 

 

「……準備?」

 

 

 その言葉に、彼女は首を傾げた。

 

 つい先日、薬が効いて王女の回復が確かなモノとして確認されたという話は、エヴァから聞いていた。

 

 なので、次にエヴァから掛けられる報告は、『後遺症などの確認が取れたので、もう自由にしてもらって結構』、だと思っていた。

 

 彼女が己の目で確認した限り、あの薬は確かに万能薬。

 

 まあ、さすがに全ての病に効くとまではいかないが……それでも、アレで治らないのであれば、治療を諦めて日常を送ることを考えた方が良いレベルの薬である。

 

 さすがに、あの男の記憶から王女の病状を知ることまでは出来なかったが……それでも、完治するのは時間の問題だなと、彼女は欠片の心配もしていなかった。

 

 ……だからこそ、だ。

 

 既に薬は渡しているし、彼女としては諸々の疑惑が晴れた時点でお別れになるだろうなと思っていたからこそ、意味が分からなかった。

 

 

「王女の病を完治させた薬を持って来たのはお前じゃからな。形式上、王家の恩人である相手に、お礼一つで済ませるわけにはいかんのよ」

 

 

 そんな彼女の困惑は計算の内なのか、エヴァはサラッと内容を教えて……いや、待て。

 

 

「……あの、薬を持って来ただけで、アレを用意したのは私ではありませんけど?」

 

 

 聞き捨てならない話に、思わず彼女は待ったを掛けた。

 

 謙遜でも何でもなく、言葉通り。秘薬を見付けたのも手に入れたのも運んだのも、全て『あの男』がやったことだ。

 

 彼女が行った事なんて、最後の最後にラッピングをした程度のこと。それを、まるで己の手柄のような話になるのは、到底許せることではなかった。

 

 

「そうは言っても、実際に城へ届けたのはお前じゃからな。そのおまえが、詳細は明かせぬけど届けて欲しいと言われましたので……と言うのであれば、こちらとしても、おまえ以外にお礼を言う相手がおらぬのじゃ」

「そんな……私はそのようなことを望んで届けたわけではありません」

 

 

 想定外……いや、冷静に考えたら、そうなっても不思議でないのは分かる。

 

 

 言うなれば、メンツの問題。

 

 恩に対して、正当に報いる。

 

 

 相手が誰であれ、それが正しく恩であるならば、相応に報いるのは当然のこと。

 

 国を運営するうえで、その姿勢を見せるのは大切だ。恩を仇で返す国と思われるよりも、はるかに有益だろう。

 

 けれどもそれは、あくまでも当人であるからこそ、だ。

 

 本当に命を賭けてまで厳しい道のりを歩んだ、あの男にこそ許されること。

 

 間違っても、運んだだけの部外者である己が受け取ってよいものではないし、受け取ってはならない。

 

 

「私に褒美を与えるのが対外的に必要ならば、もう既に受け取っている──それでは駄目なのですか?」

 

 

 相手が、この国において二人といない重鎮であり、権力者ではある。

 

 そう、頭の隅で理解はしていたが、それでも……少しばかり、声色が強くなるのを彼女は抑えられなかった。

 

 

「ふむ、おまえの憤りはもっともじゃ。ワシがおまえの立場ならば、そんなの貰えるかと机をひっくり返しているところじゃな」

「では──」

「しかし、残念ながら事はその段階ではない。おまえさんにとっては納得出来る話ではないと思うが、コレが一番丸く収まる方法なのじゃ」

 

 

 瞬間、彼女の顔に喜色が滲んだが、すぐにエヴァの口から否定の言葉が出た。

 

 

「ただ薬を届けただけ、言葉にすればそれだけのこと。しかし、届けた相手が王家であり、余命幾ばくかの王女の命を救ったとなれば、話は違う」

 

 

 チラリ、と。

 

 エヴァが視線を向ければ、メイドはそれだけで察したのか、深々と一礼すると……足音を立てずに、部屋を出て行った。

 

 

「……つまり、王位継承に関する問題が再燃したわけじゃ」

「えっ?」

「知らないだろうが、この国の法では、王位に女が就くことを禁じてはおらん。前にも、女王はおったのじゃ」

 

 

 それから、きっかり10秒……間を置いてから、エヴァはまっすぐ彼女の……ナナリーの目を見つめると。

 

 

「とはいえ、おまえさんには関係のないことではある……が、何時の世も、そういう分別を理解出来ぬ愚か者はいるものじゃ」

「それって……」

「そして、そういう諸々のゴタゴタに巻き込まないために、ナナリーという女は善意で薬を届けただけの、無関係な女である……そう、周囲に思わせた方が良いわけじゃな」

 

 

 呆然とするしかない彼女に、優しく言い聞かせるように告げた。

 

 そして、そんなエヴァを前に、彼女は何も言えなかった。それは、単純に驚き過ぎて……というだけではない。

 

 考えが足らなかった、その事実に彼女が気付いてしまったからで、己は関係ないことだと……そう、言い切れない己の弱腰にも気付いたからだ。

 

 

 そう、そうなのだ。

 

 

 『目』によって数多の情報を得られるとはいえ、その情報からどのような答えを導き出すか、それは全て、彼女自身によるもの。

 

 そして、その情報を基に行動した結果を、受け入れなければならない。いや、それを得られなかったとしても、同じ事である。

 

 彼女が薬を届けた相手は、王家だ。

 

 そして、あの男が使おうとしていた相手は病に侵された王女であり、その病はもう……と、なれば、だ。

 

 そう遠くないうちに亡くなるのだから、放っておかれ……病が治ったとなれば、その問題が生じるのは……必然だろう。

 

 

 ……客観的に見れば、だ。

 

 

 彼女には、エヴァの話に……正確には、お偉方のしきたりやらメンツやらに付き合う理由は無いし、従う理由もない。

 

 どう言葉を言い換えたところで、向こうの都合だ。

 

 そこに彼女の意志は汲まれておらず、見方を変えれば、恩を仇で返されようとしている……というように、見えなくもない。

 

 でも、それは、この世界の常識を無視した考えでもある。

 

 

(……クビを突っ込んだのは私の方からだし……この世界の常識で考えたら、とても名誉な事であるし、喜ばれる事ではあるんだよね)

 

 

 この世界の常識で考えるならば、当人の憤りは別として、王家はそういうゴタゴタに彼女を巻き込まないようにしてくれている……それは、事実だ。

 

 彼女が全くの無関係であり、本当にただ薬を届けただけで、どのの勢力も関与していない……そう、改めて周囲に示すことが大事なのだ。

 

 なにせ、王女の命を救った者が万が一にも殺されたとなれば、それは王家に対する挑戦状……あるいは、脅迫の一種として認識される可能性があるのだから、わざわざ暗殺の類をする必要はないだろう。

 

 まあ、それを妬んだ者が出てくる可能性はあるが……それでも、手を出せばリスクしか生じない選択を選ぶ馬鹿はまずいないだろう。

 

 

(後悔はしていないけど……)

 

 

 だが、理屈のうえでは分かったが、どうしても……彼女は、胸中より湧き出る抵抗感を抑えられなかった。

 

 そこに、善悪は関係ない。自由には、責任が伴う。

 

 己で選んだことならば、その責任は己が負う。

 

 ただ、あの男が命を賭してまで、積み重ねた全てを捨て去ってでも助けたい……その思いを叶えてやりたいという行動は、確かな善意であった。

 

 けれども、善意であろうとクビを突っ込んだのは己の判断であり……どうにもならない現状に、彼女は堪らずため息を零したのであった。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………それから、ピッタリ二時間後。

 

 

 あの時とは違い、ちゃんと馬車を用意してもらった彼女は……カタカタと揺れる車内の振動に少しばかり辟易しつつ……王城の奥へと案内された。

 

 

 ──かつん、かつん、と。

 

 

 手垢がうっすら染み着いた杖を、歩行に合わせて意図的に鳴らす。魔法で作り出したのだが、身体に合わせた特別製なので、特に邪魔にはなっていない。

 

 どうして杖を使っているのか……ひとえに、周囲への印象操作である。

 

 無関係であることに加え、目が不自由な女。

 

 見てはならぬ者を見てはいない、いや、見る事がそもそも出来ない……と、周囲は思うだろう。

 

 わざわざそこまでするのかと彼女は思ったが、『やるなら徹底的にやろうぞ』とエヴァから言われたので、言われるがままこうなった。

 

 調べれば、杖など無くても普通に出歩いていることぐらい分かるが、普段からずっと目を閉じていることも分かるので、盲目が嘘だとは……話を戻そう。

 

 

 いわゆる、謁見の場に向かっているのだろう。詳しくは知らないが、たしか王様が玉座に座っている、アレだ。

 

 

 あの男の記憶にも、数えるぐらいしか入った記憶がなくて……エヴァからは粗相がないよう詳しい説明を聞きたかったが、無理だ田。

 

 どうしてかって、『魔法以外は何も知らぬ無知な女の方が、余計な猜疑心も生まれ難いだろう』と言われてしまい、ほとんど教えてもらえなかったからだ。

 

 それはつまり、己の羞恥心というか、色々と精神的な負担が大きくなるわけだが……まあ、付け焼刃のマナーなんぞ、見る人が見ればバレバレなわけだから、いいのだけれども。

 

 

 そうして、だ。

 

 

 なにやら緊張で身体を固くしている兵士(ちょっと、年若い?)を他所に、手慣れた様子の初老の兵士より、厳かな声で入室の宣言が成されたので、とりあえず、促されるがまま中へ。

 

 すると……中は思っていたよりも少し狭く、思っていた以上にきらびやかな恰好をした者たちが居た。

 

 

 ──たぶん、王族あるいは貴族と呼ばれる人たちだ……そう、彼女は思う。

 

 

 他より3段高い位置にある豪奢で大きな椅子には、見覚えのない高齢の男が座っている。

 

 同じぐらい豪奢な椅子が隣に一つだけ設置されているが、そこは空席であった。

 

 考えるまでもなく、豪奢な玉座に座っているのは、この国の王なのだ……っと、よく見たら、王の背後にエヴァの姿があった。

 

 上からみれば、部屋の奥に国王が玉座に座っており、その後ろにエヴァが立っていて、そこへ至るまでの左右に王族貴族が並んで立っている……と、いった感じか。

 

 

 ──恩人への対応としてはどうかと思うが、まあ、身分的に考えたら、これでもまだかなり優遇されているのだろう。

 

 

 なにせ、客観的に事実だけを見れば、今の彼女は身分や身元不明の魔法使いでしかない。

 

 現代社会的な感性で考えても、『ちゃんと対面してくれるだけ、かなり対応が優しい』と思っていたので、特に不快感を覚えたりはしなかった。

 

 まあ、左右からジロジロと視線を向けられるのは、正直なところ嫌でしかないわけだが……とはいえ、それは致し方ない。

 

 

 ──何故なら、彼女は美人だからだ。

 

 

 服装こそ野暮ったいローブに身を包んではいるが、それでも分かるスタイルの良さ。無頓着な振る舞いからでも、その美貌は隠しきれない。

 

 ……で、だ。

 

 

「──その忠義に報い、褒美を取らす、受け取るがよい」

 

 

 今更知ったことだが、王の名は『エステバール・クロヴァ・レイバイク・ルスタール・リフライン』と言うらしい。

 

 正直、急にそんな長い名前を出されたので、(……え、今の名前だったの?)それが王の名である事に気付いたのは、名乗りを終えた後であった。

 

 まあ、覚えようが覚えなかろうが、とりあえずは国王様と呼んだ方が無難だろう。

 

 そんなこんなで、王の名乗りを始めとして、短くも長ったらしく感じるお約束をなんとかやり過ごした後……最後に、そう国王より宣言された。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 それに対して、彼女は膝をついたまま、お礼の言葉と共に頭を下げた。立ち並ぶ者たちからも、特に声は上がらない。

 

 あとは、退室を促され……城を出る前に褒美とやらを受け取れば、ひとまず終わりだと、彼女は内心にて溜息を──っと、その時であった。

 

 

「──ナナリー殿、いくつか、聞いても良いかな」

 

 

 唐突に──それはもう、前触れもなくいきなり……これまでの厳かな宣言とは違う、穏やかな言葉が王の口より零れた。

 

 思わず、彼女は顔を伏せたままギクッと体を硬直させた。

 

 どうしてか……それは、国王から直接ナニカを問い掛けてくるということはないと、エヴァより聞いていたからである。

 

 おそらく……いや、間違いなく、異例の行動なのだろう。

 

 何故なら、ザワッと。

 

 左右に並んでいる王族貴族たちの困惑とざわめきが、空気を震わせて伝わってきたからで……顔を上げれば、エヴァまでもが困惑した様子で国王へと声を掛けていた。

 

 

「なに、別に返答によってナニカをするつもりはない。ただ、偽り無く答えてほしい……それだけなのだ」

「──おい、ルシュ、なんのつもりだ?」

 

 

 咎める意味が込められている、エヴァの呼びかけ。

 

 

「すまぬ、エヴァ殿。老いぼれの願いと思って見逃してくれ」

 

 

 けれども、ルシュ……そう呼ばれた国王は、首を横に振るだけで、無かった事にはしなかった。

 

 

「どうしても聞いておきたいことがあるのだ。これを聞かねば、私は死んでも死にきれぬ」

「おまえの勝手な願いに、善意の女を巻き込むつもりか?」

「暗愚と罵ってもらっても構わん。既に、手遅れだ……エヴァ殿とて、本当は知りたいのだろう」

「ソレとコレとで話は別だ。ルシュ……ワシは未だかつて、これほどお前を見損なった事はないぞ」

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………なにやら、言い合いを始める2人。

 

 

 小声なので、その中身が王族貴族たちを含めて彼女の下へは届かなかったが、エヴァの態度と表情から……これが、王の独断であるのは誰に目にも分かってしまった。

 

 同時に、王より問われてしまった彼女は……ソレに対して拒否は行えず、沈黙で誤魔化す事も出来なくなった。

 

 教育を受けていないので、謁見を始めとした諸々のマナーへの無知は致し方ない。その点に関しては、下手に口を挟む方が下品なので、誰も彼もが見て見ぬふりをした。

 

 だが、王からの問い掛けに返答をしないのは、明確な無礼である。

 

 残念ながら、声を出せないという言い訳は使えない。また、店をやっているので白痴のフリも出来ない……っと。

 

 

(……なにこれ?)

 

 

 何時ぞやの……なんだろうか、まさぐられる感覚。

 

 ただし、あの時は身体だったが、今回は……こう、なんというか……もっと奥をくすぐられるような感じか? 

 

 

『いわゆる、嘘発見の魔法ですね。精度は大したことありませんが、明確な嘘ならばバレますので、気を付けてください』

 

 

 内心にて首を傾げていると、実は今の今まで不可視モードで空気に徹していた賢者の書が、こそっと教えてくれた。

 

 

 ……つまり、誤魔化すなというわけだ。

 

 

 なるほど、国王は本気だ。

 

 エヴァからの信頼を落としてでも、その姿を有力者たちに見られてもなお、確かめておきたい事がある……というわけだ。

 

 

「──なに、気楽に答えてくれたら良い。この返答に関して罰するといった事はしないと、この場で約束しよう」

 

 

 ……覚悟を固めた彼女は、瞑ったままの目を、国王へと向けた。

 

 

「……ナナリー殿、貴方に薬を手渡したという男……その男の正体を知っておるか?」

「はい、知っております。兵士様、あるいは騎士様ですよね?」

 

 

 ──ざわっ、と。

 

 いたる所からざわめきが生まれた。それは、エヴァもまた同様で……が、しかし。

 

 

「どうして、そう思った?」

 

 

 尋ねた国王だけが、平静のままであった。

 

 

「私の目は、ご覧の通り。金属が擦れる音や力強い足音から、そうだろうと……」

「ふむ、そうか……その男は、おまえに名乗ったか?」

「いえ、そこまでは……」

「なにか、私に対して……あるいは、我が娘に対して遺言か何かを残したか?」

「遺言と言いますと、薬を届けてくれ、ということぐらいしか思いつきません」

「なんでもよい、そう……なにか、恨み言の一つでも残したか?」

「……いいえ、国王様。そのような言葉は何一つ残しませんでした」

「では、その男は──」

 

 

 国王は、何度も……それこそ、言葉を変えただけの似たような質問を何度も行った。

 

 ……あの男は国王に対しても忠義を抱いていたが、どうやら国王にとっても信頼が置ける相手だったようだ。

 

 そして、国王の視線が時より彼女から外れて遠くへ……その度に、落胆したかのように俯くその姿に……彼女は。

 

 

「──ナナリー殿」

「はい、国王様」

「すまないが、我が娘に会ってもらえるか?」

 

 

 ──ギョッ、と。

 

 後ろで頭を抱えていたエヴァも、傍観するしかない者たちも、ギョッと驚きに目を見開いた。

 

 

「なに、命の恩人に一目お礼を言いたい……ただ、それだけのことだ」

 

 

 だが、それでも国王は止まらず……その背後でエヴァが、もう匙は投げたと言わんばかりに深々とため息を吐いた……のを、閉じた眼で見やった彼女は。

 

 

「……私で、よろしければ」

 

 

 そう、答えるしかなくて……と、同時に、実際に王女を見てから……どうするのかを選ぶ覚悟を固めたのであった。

 

 

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