女神の使徒になった概念的TSは色々と目に毒である(異論は認める)   作:葛城

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第16話: 語られぬ、名も無き話

 

 

 

 ──事の発端は、なんてことはない、ありふれた恋からであった。

 

 

 いわゆる、一目惚れというやつなのだろう。

 

 肉体的に成熟した男と、成熟した女。なんてことはない、男と女が視線を交わした、その瞬間……2人は、恋に落ちた。

 

 

 一生に一度だけの恋だと、男は思った。

 

 一生に一度だけの恋だと、女は思った。

 

 

 他の何物をも捨ててでも、この女を手に入れたいと思った。

 

 他の何物をも捨ててでも、この男を手に入れたいと思った。

 

 

 言葉など交わさなくとも、2人は目で語り合えた。

 

 

 初めて顔を合わせてから三度目になる頃にはもう、2人は言葉を使わず語らう術を無意識の内に使えるようになっていた。

 

 そうなれば、結果に至るまでは早かった。

 

 一度目は、男が通路を進み、女が端に控えて一礼し、チラリと、偶発的にも互いが互いの瞳を見た瞬間。

 

 その瞬間、2人は、互いが互いを最愛の異性だと理解した。

 

 理屈だとか損得だとか、意味など成さない。ただ、互いを独占したい、その一心。けれども、まだ、お互いに己の立場を弁え、こみ上げてくる情熱を抑える事が出来た。

 

 

 しかし、二度目。

 

 

 二度目は、互いが己の胸中に宿った熱を一時の気の迷いだと思って誤魔化そうとしていた、そんな時、偶発的に再び同じ通路にて顔を合わせた、その瞬間。

 

 仮に、この時……比較的に人の往来がある通路ではなく、人通りのない奥まった場所にある部屋だったなら……2人は、間違いなく我を忘れていただろう。

 

 そこに、知性も身分も意味など成さない。

 

 ただ、生物としての本能を。本能的に見ぬいた、己の遺伝子との相性が良い異性を求め、獣となって互いを求め合っていたのは間違いない。

 

 そう、もう、どうしようもなかったのだ。

 

 一度だけの出会いであったならば、互いは一瞬のときめきとして処理出来た。二度目の出会いでも、まだ状況がそれを許さなかったから、間違いを犯さずに済んだ。

 

 

 しかし、三度目は……もう、駄目であった。

 

 

 状況も、まるで天がそのように動いたかのように、全てがそうなった。

 

 本来であれば、彼はその時1人で行動しているタイミングではなかったし、その場所に彼が居る事もなかった。

 

 本来であれば、彼女もその時1人で行動しているタイミングではなかったし、その場所に彼女が居る事もなかった。

 

 いくつもの……天文学的な偶然が重なった結果、偶発的に2人は、約2時間ほどだが、二人っきりのまま誰にも知られない状況なった。

 

 

 そうなれば……結果は、語るまでもないだろう。

 

 

 身分だとか何だとか、そんなのは2人の頭からは消えていた。

 

 二人が我に返った時にはもう、最低限に乱れた衣服と、熱を放出した方と、熱を受け取った方と……つまりは、事後であった。

 

 そして、その結果は決まっていた。

 

 まるで、始めからそうなる定めであったかのように、女は身籠った……そう、身籠ってしまったのだ。

 

 最初はまだ、誤魔化せた。

 

 しかし、徐々にお腹が大きくなり始めるに連れて、周囲を誤魔化せなくなった女は……男には何一つ告げることなく、男の下を去った。

 

 女は、知っていたし、言われていた。

 

 男が、あらゆる手を使い、あらゆる権限を使って、いかなる反対があろうとも押し切って、己を妻として迎えようとしていることを。

 

 その為ならば、手を血で幾らでも汚す覚悟があると……そこまでしてでも己を、己の胎に宿った命を守ろうとしている、その事に気付いていた。

 

 

 だから、女は男の下を去った。

 

 何故なら女は、気付いていたから。

 

 

 その行為が己にとっては天にも昇るぐらいに嬉しい事ではあるが、その果てに待ち受けるのが……最悪、国が割れて内乱が起きかねない可能性に。

 

 女は、己の境遇に感謝していた。身分というどうしようもない話は別としても、己をここまで育ててくれた事実に感謝していた。

 

 

 だから、女は1人で全てを背負う事を選んだ。

 

 

 それが、この国にとって、大勢の人々にとって、正しい選択であると思ったから。

 

 たとえ、自らの下を去った男が嘆き悲しむことになっても、いずれ生まれる我が子が、父を知らぬまま育つ事になっても。

 

 それでも……そうするべきなのだと、彼女は思ったのであった。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………それが、この回りくどい一連の流れを生み出す原因であった。

 

 

 国王が、エヴァが、ダフネ王女が、あるいはまだ顔を合わせていない様々な者たちが、薄々察しが付いてはいても、その名を口に出来なかった理由。

 

 それは、あの男が……国王の血を引く、れっきとした後継者の1人であるからだ。

 

 もちろん、冷静に考えれば、公的な記録が無い以上は、あくまでも勝手に言っているだけの妄言として扱われるだけである。

 

 しかし、そうするには、あの男の功績があまりに多過ぎた。

 

 いくつもの村を襲撃し、時には騎士たちによる討伐をも跳ね除けた盗賊団の動向を完全に読み切ったうえでの、完全壊滅。

 

 姿を見せれば町一つを壊滅させる、超大型の魔物を巧みな指揮と類稀な剣術によって、わずか十数人程度の死傷者だけで仕留めた。

 

 他にも、小さなものを挙げればキリが無いぐらいにあり……なのにおごった態度は見せず、あくまでも騎士としての振る舞いは欠かさず。

 

 あの男は、騎士(この場合、剣士?)としての実力もそうだが、分け隔てなく、どんな相手でも怯え一つ見せない胆力は、自ずと人望を集めていた。

 

 

 それは、国王とて例外ではなかった。

 

 

 いや、むしろ、貴族の誰よりも、国王はあの男を信頼し、二言目には『○○よ、よくやってくれた』と声を掛けるぐらいに一目置いていた。

 

 けれども、貴族の誰もが、その事に口出しすることが出来なかった。

 

 なにせ、功績を積み重ねていたのは事実なのだ。

 

 貴族たちの目から見ても、そこは全く否定出来ない。間違いなくあの男は、この国にとって有益な男ではあった。

 

 真正面から口添えすれば、逆に王から反感を抱かれるのは分かっていたので、貴族たちは内心はさておき、表向きは友好的に接していた。

 

 ……そう、あの男は、一部の者たちからそのように危惧されるほどに有能であり、人気があった。

 

 けれども、血筋という絶対的な無いからこそ、あの男はその実力にしては過小評価されているだけに留められていた。

 

 それは、あの男自身が、己の立場を理解する頭を持ち合わせており、わきまえていたからだった。

 

 加えて、どこぞの勢力に引き込むにしても、だ。

 

 一つ扱いを間違えてしまえば、下々から無駄に反感を招くばかりか、上流階級としての心構えについては否定的な当人からも距離を置かれてしまう。

 

 だからこそ、これまで、あの男はあくまでもどこの勢力にも属さない、『有能だが平民上がりの騎士』という程度に留められていた。

 

 

 ──が、そこに血筋の問題が関わってくるとなれば、前提が変わる。

 

 

 いちおう、噂というか、なんの証拠も無いのだが、王の若い頃を知る古株の重鎮たちの間では、公然の話ではあった。

 

『あの男、もしや王の……』と。

 

 なにせ、似ているのだ。

 

 顔立ちこそ少し違うが、若い頃を知る者であればあるほど、『まさか、ね?』と不安が胸中を過るぐらいには、似ていた。

 

 

 あくまでも、噂であった。しかし、噂でも、問題ではあった。

 

 

 なにせ、仮に噂が事実であるならば、だ。

 

 年齢を考慮すれば、正室の息子ではないので、王位継承が一位というわけではないが、無視できない。

 

 しかも、積み重ねた功績と人望がある。王位継承の上位に当たる息子たちも出来は良いのだが、あの男に比べたら霞んでしまう。

 

 あくまでも能力があるだけで尊き血筋ではないと見下していた、ツケだ。

 

 国王からの覚えだけでなく、平民からの人気もある。そんな彼に、万が一にも王族の血が流れているとなれば……だ。

 

 

(そりゃあ、絶対に口には出せないでしょうね……万が一にも露見したら最後、国が分裂してしまう可能性があるわけだし……)

 

 

 悲しみとやるせなさに俯く一同をこっそり確認した彼女は、内心にて溜息を零した。

 

 王から目を掛けられていたダフネ王女の病も、普通では薬が手に入らないうえに、各派閥の勢力争いの余波によって、治療がままならない状態で半ば放置されていたぐらいだ。

 

 そこに、真偽不明の息子……それも、平民たちから支持を受けているうえに功績を重ねている男が出てきたとなれば、どの勢力も涼しい顔ではいられないだろう。

 

 仮に噂が全くのデタラメという形で終着しても、問題はそこでは収まらない。

 

 人の口というのは、何時の時代も本当には塞げないものだ。

 

 もしも王女を助けたのがあの男だと確定してしまえば、万が一にもソレが外に広まってしまえば、民衆は思うだろう。

 

 

 ──それほどの男が命を賭して助けた王女ではなく、大した功績を上げたわけでもない者が王になるのか、と。

 

 

 そんな機運がもしも生まれてしまえば、事はもう王族同士の継承争い、貴族間同士の勢力争いだけに留まらない。

 

 だから、誰も彼もが口を噤んだ。今なら、小事で治められると思ったからだ。

 

 国王が、エヴァが、ダフネ王女が、あの手この手で探りを入れたのも、それが理由。

 

 確かに、あの男を想う気持ちはある。罪悪感を始めとして、言葉には出来ない複雑な感情も、否定はしない。

 

 しかし、同時に、3人はこの国を統率し、守り、導いて行かねばならない立場にある。

 

 ノブレス・オブリージュ。

 

 大なり小なり、尊き身分として生きる責任を背負っているのだ。

 

 ましてや、それを自ら体現した女の息子が、自らの命を引き換えにしてでも、仕える主の娘を救ったのだ。

 

 

「……すまぬ、回りくどく、こんなやり方しか出来なかった私たち……いや、私を罵ってもらってかまわない、金銭も、いくらか補償しよう」

「その涙だけで、私は報われました。金銭は必要ではありません」

「……最後に、あやつの……貴女のような御人に託せた幸運を、神に祈ろう」

 

 

 なればもう、国王は……エヴァもダフネも、それ以上を尋ねようとはせず、国王のその言葉に、待ったの声を掛けることもしなかった。

 

 

「……国王様、金銭ではなく、もしも報酬を戴けるのでしたら、許可証の類をいただけないでしょうか?」

「許可証、とな?」

 

 

 首を傾げる国王を他所に、「それは、構わんが……」エヴァがそっと前に出た。

 

 

「ギルドには登録しておるのじゃろう? 国内であれば、カードがだいたいの手続きの際に必要となる証明書の代わりになるのじゃ」

 

 

 どうしてかって、3人の中で一番接する機会が多かったエヴァが代わりに答えただけである。

 

 

「それなのに、わざわざ許可証が欲しいというからには、なにか特別な事をするつもりなのじゃろう?」

「そうですね、おそらくギルドカードでは駄目だと思います。たぶん、個別に許可証が必要となるかもしれませんので、先に許可証をいただいておこうかと……」

「で、あるならば、なんの目的なのかを教えて貰えるかのう?」

 

 

 これはまあ、意地悪ではないのじゃ……そう続けたエヴァは、困ったように頬を掻いた。

 

 もちろん、そうだよなあ、と彼女は納得したし、特に反感も抱かなかった。

 

 

「ここから遠いところにある町の、墓地に埋葬したい御方が居るのです。その御方のお母さんが、そこで眠られておりますので」

「……なに?」

 

 

 ピクリ、と。

 

 エヴァのみならず、国王とダフネもまた目を見開いた……が、彼女は構わなかった。

 

 

「そこに行くまでに、関所を幾つか超える必要があります。墓地に埋葬するとなれば、許可証が必要となりますでしょう?」

「それは、まさか……」

 

 

 エヴァの声は、震えていた。声にこそ出していないが、国王もダフネ王女もまた、驚愕に目を見開いていた。

 

 

 ……それを見て、彼女は……指を、唇の前に立てた。

 

 

 言葉には、しない。

 

 何故なら、あくまでも此度の話は存在してはならないこと。

 

 彼女がダフネ王女に語ったのも、ダフネ王女が露見したら王族としても貴族としても二度と表舞台には立てないぐらいの事をしたからだ。

 

 

 ……幸いと呼ぶかどうかは定かではないが、3人は察してすぐに唇を閉じた。

 

 

 そのまま、しばしの間……沈黙が流れた後。

 

 部屋の外にチラリと視線を向ければ、国王と王女の2人より見詰められたエヴァが頷いた。

 

 

 ──そこで、ようやく。

 

 

 『倉庫』より取り出した毛布の上に、同じく『倉庫』より『あの男』を取り出すと……静かに、横たわらせた。

 

 それからの……時間にして、10分にも満たない沈黙の時間。

 

 

 彼女は、何も言わなかった。

 

 

 国王も、何も言わなかった。

 

 王女も、何も言わなかった。

 

 魔女も、何も言わなかった。

 

 

 ただ、国王は……愛おしげに、冷たくなっている頬を摩り、唇を噛み締めていた。

 

 ただ、王女は……悲しげに、冷たく固く強張った手を取ると、優しく摩った。

 

 ただ、魔女は……寂しげに、薄汚れてカサついた頭に手を置くと、労わるように撫でた。

 

 

 そして彼女は、最後の別れを行っている3人に背を向けていた。

 

 

 だって、ここに居るのは、彼女を除いて3人しか居ないから。

 

 理由は分からないけれども、王族貴族が涙を流している姿を平民に見られるのは、よろしくないらしいので。

 

 平民のマナーとして、彼女は何も見ていないし、何も聞いていないフリをしたのであった。

 

 

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