勇者になったアイツと、なれなかった俺   作:ジョク・カノサ

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十四話 嫌な予感

 なんで。

 

 なんでみんな俺の事を見てくれないんだ。

 

 最初はみんなしてちやほやしてくれる。でも最後には決まって興味を失くすんだ。しょうもないヤツだなって目で俺を見るんだ。

 

 違う、違うんだ。

 

 ――俺は特別なんだ!!!

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 いつからだろうか。睡眠が安息じゃなくなったのは。

 

 身体の疲労、精神の疲労。一日の疲れを抱いて、眠る。その心地よさがどこかを契機に薄まっていったように思える。

 

 だがその日の睡眠には珍しくそれが無かった。微かに満足感のある疲労の中で目を瞑った。次に目を開ける時はそれなりに気分の良い目覚めを迎えられるだろうと思っていた。

 

 ……思っていたんだが。

 

「おはようございます」

 

「……何の用だ」

 

 まだ日も出きってない早朝に、強制的に俺を叩き起こしたのは玄関から響くノック音。

 

 押し売りか何かかと覚醒しきっていない頭で扉を開ければ、そこには昨日のアスリヤ(依頼人)が居た。

 

「健全な精神は規則正しい生活によって得られます。さあ、顔を洗い歯を磨き服を着替えて外に出ましょう。そしてムラク(ここ)の人々の暮らしに目を向けるんです。そうすればきっと貴方にも守護の精神が――」

 

 扉を閉め鍵をかけ、俺は頭を掻きながら寝床へと向かう。背から聞こえる音量の上がった生真面目そうな声を遠ざける。

 

 どうしてこうなったのか。その反芻がどこまでも二度寝を阻害していた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 大勢が決し、ひとまず俺達が勝利したと言えるようになった後も依頼はつつがなく完了した。

 

 当初の予定通り町の防衛にある程度の人手を割き、残る人員で散開した残党を狩る。あの小鬼(ゴブリン)が特別なだけで残ったヤツらに大した知能は無く、こっちはこういうことに慣れ切った実力者の集団だ。日が落ちる前には掃討が完了した。

 

 この時点で俺達は依頼を果たしたことになり、その後の各々の行動は自由だが……俺の見た限りでは全員がムラクへの帰還を選んだ。

 

 さっさと本拠地に帰りたいからというのもあるだろうが、大半の本命は依頼後の熱を冷まさないままの恒例行事(これ)が目当てなんだろう。

 

「っっかああああ!昼間っから飲む酒も良いモンだが、やっぱデカい仕事を終えた後の酒には敵わねえな!」

 

 見覚えのある傭兵の一人が豪快にジョッキを飲み干し、上機嫌そうな顔で談笑している。その周囲も同じようなヤツらばかりだ。

 

 あの依頼に参加した面々も居れば、話を聞きつけてきた関係の無い他の傭兵どももワラワラ居る。報酬のおこぼれ狙い、聞きたがり、騒ぎ好き……ともかく夜の酒場とはいえ、今日の賑わいはいつものそれとは比較にならない。

 

「それでさ、依頼主がパニくってる中でカイナの野郎がいきなり――お、本人居るじゃねーか!こっち来て喋ってくれよ!」

 

 話したがりの呼び声に対しひらひらと手を振り、俺は目的のテーブルへと見つけ座った。

 

「珍しく来てるじゃねえか。功労者」

 

 にやりと歪む無精髭……ランドを正面に俺はジョッキを軽く傾ける。微かな風味の後に冷たい感触が喉を通った。

 

「やっぱアレか、お前もあんだけ暴れりゃあ騒ぎたくもなるってか」

 

「奢りだからな」

 

「あん?」

 

「お前が奢るっつったんだろ」

 

「……あぁ、うん、言ったな。でもよぉ、俺もそうだがお前もデカい報酬貰ってんだぜ?んなこと言わずパーッと――」

 

「奢れよ」

 

「はい」

 

 項垂れるランドを尻目に店員を呼ぼうとするが、今は手一杯らしい。仕方なく椅子の背もたれに寄り掛かり、何となく酒場の光景を眺める。

 

 目に映るヤツらは皆、笑っていた。俺には出来る気がしない表情。

 

 充足感はある。そこそこの達成感も。だがそれだけだ。

 

 結局の所、いつだって俺の頭の中には晴れない靄がある。

 

「お……見てみろ」

 

 ランドが何かを見つけたのか向こうを見ろと促してくる。従った先は酒場とギルドの境目、出入口の方だった。

 

 そこに居たのは見覚えのある恰好と顔……さっきまでのアスリヤ(依頼人)だった。背後に兵士らしい三人を引き連れたアスリヤは、酒場内の盛況さに驚いているようだった。

 

「そういやあの嬢ちゃん、ムラク(ここ)に来てたんだったな。急ぎの依頼だったようだし報酬関連の後処理か?」

 

 興味があるのか無いのか曖昧な口ぶりで呟くランド。その内、依頼に参加していた傭兵がそれに気づき、気分良さげに絡みにいく。他の客もそれに追随し酒場内の注目が集まっているようだった。

 

 ――アイツは依頼人だが、自らも戦場に立ち多大な活躍をしている。だから傭兵共から受け入れられるのだろう。

 

 面食らった表情だが、特に迷惑そうにはしていない。賞賛を受け入れ茶化しには毅然と返し、背筋の伸びた姿勢で依頼に参加した傭兵達へと再度礼を述べる。

 

 そんな様子をぼんやりと眺めていると、ふとアスリヤの視線がこちらへ向いた。ついでや偶然ではなく、何かしらの意図を匂わせる目が。

 

「こんばんは」

 

「おお、さっきぶりだな」

 

「ご一緒しても?」

 

「俺は良いが……お前は?」

 

「……勝手にしてくれ」

 

「ありがとうございます。貴方たちは自由に食事を」

 

 背後の三人を別の席へ向かわせ、アスリヤは俺達の席へつく。

 

ムラク(ここ)はどうだ?エルシャに比べれば田舎も同然だとは思うが」

 

「そんなことありませんよ。確かに規模では劣るとは思いますが、人々の活気は負けていません。空気感の違いにはまだ慣れませんが」

 

「そうかい。で、アンタなんでここに来たんだ?休暇や観光ってわけじゃないんだろう?」

 

「……私達がここに来た理由は主に三つです。一つ目は先の依頼の報酬について、ギルドの方と話し合う必要がありました。突貫で依頼をしたせいで細かな点が後回しになっていたので」

 

「ほれ見ろ」

 

 得意げにランドがおどけ、不可解そうにしながらアスリヤは話を続ける。

 

「二つ目は勇者様の捜索。勇者様が消息を絶ったのはこの近辺です。なら、ひとまずここを拠点に情報収集をした方がいいと判断しました。勇者様が何らかの理由でここに居る可能性もゼロではないので」

 

「あーそういやそんな話してたな。じゃそれが本命か。一大事だもんなあ」

 

「……その割には、楽観的な様子ですね。先程とは随分と違います」

 

「今は仕事中じゃねえし、アンタはもう雇用主じゃねえからな。正直言って傭兵(俺達)はそちらさんほど勇者サマ勇者サマって感じじゃねえのよ。こうして魔物が溢れてる間は仕事がひっきりなしに飛んでくるからな」

 

「――それは、勇者様の失踪はむしろ好都合だと?」

 

 アスリヤの声音に剣呑さが混じる。二人を注目している周囲の連中の空気も変わる。面倒なことになりそうだと思い席を立とうか迷ったが、その必要はなかった。

 

「そこまでは言ってねえよ。いくら仕事が増えたって世界が終わっちゃどうしようもないだろ。それにこれ以上魔物の増加が加速しても、俺達にとって大したメリットになるとは思えん」

 

「……」

 

「とはいえ、そういう考えの()()も中には居るんじゃねーかって話よ。特にここみたいな国じゃあな」

 

「忠告、ということですか?私が勇者様の失踪をこの国に周知させようと考えていたことに対する」

 

「そうそう。おっさんのお節介だよ。だから怒るのは止めてくれ。酔いが覚めちまう」

 

「……であれば良いです。あと、怒ってません」

 

 飄々とした様子のランドにアスリヤは毒気を抜かれているようだった。そしてどうやら、()()()()の話は既に漏れている。

 

 上の連中は表立たないように依頼人を始末したんだろうが、事が事だけに戸を立てるのにも限界があったんだろう。

 

 問題はその依頼に俺が関わっていたということまで漏れているかどうかだが……あっても噂程度、そう思っておけばいい。余計な考え事はしたくない。

 

 それに、あの日の出来事は一日でも早く忘れたかった。

 

「忠告には感謝します。それでも話は広めるつもり、というより既にギルドの協力を取り付けています」

 

「……報酬の事後処理のついでにか」

 

「はい。明日から国内への周知と捜索に協力してくれると。――ランドさん、貴方の言うような人間は確かに居るのかもしれません。しかし、純粋に世界と人々を憂う人間はそれ以上に多く、そのような考えを持つ人間も本気でそう思っているとは限らない。その結果がこの迅速な協力体制だと、私は思います」

 

「……若ぇなあ」

 

 思わず漏れ出たようなそれは、俺にしか聞こえなかったようだった。

 

 ――あの日の出来事は一日でも早く忘れたい。だからこそ、関係者そのものであるアスリヤ(コイツ)とはなるべく関わりたくなかった。

 

 ……いや、それだけじゃないな。俺はコイツが気に食わないんだ。

 

 人間の善性を信じ、規範を尊び、誰かの為に身を粉にする。僅かな時間でも分かったそういう真面目さが、なんとなく。

 

 二人の会話を聞く中、アスリヤに対する自身の印象をそう結論付けた頃だった。

 

「では、三つ目です。そもそもこうして貴方達に……いえ、貴方にこちらの事情を話したのは三つ目の目的があったからです」

 

 ランドとの会話に終始していたアスリヤがこちらに向く。逸らすことも揺らぐこともない強い眼が。

 

 嫌な予感がした。

 

「カイナさん、貴方の実力を見込んでの話です。私と共に多くの人々を魔物から、魔王から守る為にエルシャに来てくれませんか?」

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