その日の夜、俺は部屋で金の計算をしていた。
テーブルの上を埋め尽くす輝きの山。ここ最近で受けた二つの依頼の結果だった。
「これだけあればしばらくは働かなくてすむ、か」
山の一部を掬い、落とす。じゃらじゃらと硬貨が崩れ動く。
――美味しい依頼を受けて大きく稼ぎ、その稼いだ分が無くなるまでは適当に過ごす。それが俺のスタイルだ。今回はたまたまそういう依頼が連続で続いたが、流石にしばらくはないだろう。
これが無くなるまで何をするか。好きなだけ寝るか、賭け事にでも使うか、たまにはムラクの外にでも行ってみるか。案が浮かんでは消える。
具体的に何がしたいのか。それが俺には無い。前回も前々回も、特に何かをするわけでもなくムラクで時間を過ごした。
今回も同じことになりそうだと思いながら、なんとなく硬貨を一枚手に取り宙へ弾く。
表。
そう思いながら、思い通りの結果にするべく回転する硬貨を
「……誰だ?」
それに注意を向けたことで、受け止められず床へと落ちた硬貨の鈍い音が響く。返事は無い。
俺の家を知っているヤツは何人か居るが、この時間から来るようなヤツは思い当たらない。……いや、一人居るがそいつなら今のに返事をするだろう。
俺は警戒しながら扉へと向かい、一息に扉を開ける。そこに居たのは――予想外の人間だった。
「ん……む……」
扉の前でへたり込み、呻くように微かな声を出すアスリヤ。傍らにはランタンが置かれていて、そんなアスリヤを静かに照らしている。
「……意味が分からん」
「んん……あれえ……かいなさん……?」
俺に反応し、向けたその顔は明らかに正気ではない。そしてこの強烈な匂い。コイツ、酔ってやがる。
「酔っぱらってここまで来たのかよ、お前」
「わたひ、よってなんかないれす……」
微塵も信用出来ない自己申告を聞きながら、俺はどうすべきかを考えていた。一番後腐れが無いのがコイツが使っている宿へと持っていくことだろう。
だがどの宿か分からん上に、引き渡す為にコイツの部下達と接触しようとすれば面倒な誤解をされるのは明らかだ。
このまま放っておくか。そう考えたが、俺の家の前で泥酔したまま寝られるのも落ち着かない。
「ちっ……はあ」
思わず溜息を吐きながら、意識が曖昧なアスリヤを小脇に抱え、横に置かれていたランタンを手に家の中へと戻る。
そしてもう一度……大きく、溜息を吐いた。
☆
『カイナはね、誘われたらあんまり断らないタイプなの。来る者拒まずってヤツ?だからこう、酔った勢いでがーっといけばいけるいける。それにね、誰かと裸で触れ合うって良いものよ。少しは気分が晴れるんじゃないかしら。……んー、じゃあこういう理屈はどう?もしこれが上手くいけば、勧誘だって成功するかもしれないわよ?向こうが勝手に負い目を感じてくれるかもしれないし、いっそのこと恋仲になってしまえば、無理矢理にでも兵士に出来るかも。……そうそう、アナタの好きな理屈もちゃんとある。これは貴方の目的の為でもあるの。――じゃあほら、行きましょうか。私が連れて行ってあげるから』
☆
「おい、とりあえずこれ飲め」
「んむぅ……」
普段では考えられない、腑抜けきった状態で床に転がるアスリヤに対し、俺は井戸から汲んできた水を差しだす。通じてるのか通じてないのか分からない反応だった。
「……飲ますぞ」
杯を無理矢理口に付け、傾かせる。口に入らなかった水が幾分か零れてはいるが、何とか飲んではいるようだ。
「これ、おいしくないれす……」
「自分で持って飲め。吐いたら叩き出すからな」
何とかアスリヤ自身に杯を持たせ、近くにあった椅子に座る。大したことはしていないのにも関わらずどっと疲れたような気がした。
「ついさっき自分の部下が殺されたってのに、何してんだ。……いや、殺されたからこそ、か」
小言のような愚痴を吐き出した後、翻すようにそう思い至る。親しい人間や仲間が死んで、酒や怪しげな薬でそれを忘れようとするヤツは何人も見てきた。
コイツも同じなのかもしれない。そう思えば、ある程度は納得が出来た。なぜ俺の家に来たかは意味が分からないが。
「……はれ、かいなさん?」
今初めて俺の存在に気づいたようにアスリヤがこちらを見る。目の焦点は合ってないし呂律も怪しい。多少酒は抜けたがまだまだのようだった。
「ああ、そうだ」
「おひさしぶりです」
「さっき会ったばっかだろうが」
「へへ……」
何が楽しいのかへらへらと笑ってはいるが、会話自体は成立している。ギリギリ。このまま、なんでここに来たかまで聞き出せればいいが。
「お前、なんでここに来た?」
「へ?」
「普段使ってる宿があるだろ。酔っ払ってたとしても帰るならそこだ。なんでわざわざここなんだ」
「わたしは……れりあさんに連れられて……」
「レリア?……アイツか」
聞き覚えのある名前だった。そして同時に納得する。具体的に何があったか分からないが、酔い潰れたコイツを俺の家に差し向けるというのは、いかにもアイツがやりそうなことだったからだ。酒場の店員のアイツなら俺が勧誘を受けていることだって知っているだろう
そして、目的は恐らく無い。強いて言えば面白そうだったから、だろう。
「……まあいい。床くらいは貸してやる。朝になったら出て行けよ」
「れりあさんが……だいてもらえって……」
「っ、マジで何やってんだアイツ……!」
何を吹き込まれたか、何となく窺い知れる返事だった。嫌がらせにもほどがある。あのにまにまとした顔が目に浮かぶようだった。
「お前もお前だ。酔っぱらってるとはいえ素直に聞き入れやがって。バカ言ってないでさっさと寝ろ」
「――だめ、ですか?」
「あ?」
「わたしでは、だめなんですか……」
予想していなかった反応に思わず戸惑う。そこで食い下がるとは思わなかった。
「誰であろうとだ。気分じゃない。というかお前、自分が何言ってるか分かってんのか?」
「わかって、ますよ。だってれりあさん言ってました。そうすれば、知りたいことが知れて……つらいことも忘れられるって」
へらへらとしたその笑顔は、笑顔のようで引きつっている。
酔う、という感覚を俺は知らない。だから本当のことは分からないが、今のコイツは普段の生真面目さを脱ぎ去った、素の面を晒しているように見えた。
身内が死に、世界の理不尽さを疎み、自棄になった、どこにでもいるただの人間。きっと明日には元に戻っているだろう。だがこの瞬間はそうだと――思いかけた。
「それに、わたしのかんゆうを受けてくれるかもしれないって」
「……は」
違う。コイツは何も変わっていない。今この瞬間も、世界と人々とやらの為に俺を戦力に求めている。
辛いという言葉は本音だろう。それを忘れたいというのも。だが結局は、自分本位になりきらない。全てを曖昧にしたくて酒に呑まれたのにも関わらず、他者を求めるという行為にも律儀に
「お前は、どこまでいってもクソ真面目だな」
「?」
「勧誘は受けない。そういう気分でもない。話はそれで終わりだ。――それにな、アスリヤ。俺はお前が嫌いだ」
改めて確信したその感情を正面からぶつける。通じてるか、明日になっても覚えてるかは関係なかった。今ここで、そう言ってやりたかった。
それを最後に立ち上がり、自室に戻ろうとした時、さっき投げた硬貨が床に転がってるのが見えた。そこにはそれが裏であることを示す盾の紋章が刻まれている。
「……」
気にも留めず、俺は再び動き出した。