勇者になったアイツと、なれなかった俺   作:ジョク・カノサ

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二十六話 それぞれの歩み

 エルシャ南西部に位置する渓谷。そこは険しい自然故に人の手が入らず、多くの魔物が潜んでいると噂されている危険地帯だった。

 

 魔王復活による魔物の増加、活性化は日ごとに増している。近隣に人里は無いとはいえ、いつかは魔物が溢れ出すことを考えれば放置は出来ない。ここにも、エルシャによる魔物討伐の手勢は送られている。

 

 そして、そんな場所に流れる一本の滝の根元が──血に染まっていた。

 

「なぜだ」

 

 轟音の中、その男は呟いた。男の頭を埋め尽くしていたのは疑問だった。()()()()()()()()()()、水面に浮かび終わりを待つのみの身になったとしても。

 

 死への恐怖に震えるよりも、男は問いたかった。

 

「なぜ……狂った、か」

 

 男の瞳からゆっくりと光が消え、やがて轟音だけがその場を支配する。

 

「……そう見えても仕方ない、か」

 

 水面の()に立つ女──サフィは、無機質な表情でそれを見届ける。その場を汚している血は男だけではない。

 

「これで勇者一行はアスリヤ以外居なくなった。際立った実力者は居なくなって、各地の兵士も確実に数を減らしてる。そこにお肉をあげた魔物達が中心になって動けば……少しずつ、エルシャとその周辺の人間の数は減っていく。ギフトを持っていない人も、持っている人も」

 

 死体と、赤。それに囲まれ、サフィは立っていた。しかしサフィの身には傷や血は無く、汗の一滴すらもその肌には浮かばない。

 

「──それでもエルシャは、王都は堅い。勇者一行には及ばないまでもそれなりの人はいるし、控えている兵士も大勢いる。それに王都にはエルシャ中からギフト持ちが集まってる。魔物に住んでいた場所を追われた人達も大半は王都に押し寄せるだろうし。やっぱり、必要な分の()を抜くには王都を攻めないと。……ちょっと大変だなあ」

 

 空を踏み、その場の光景を顧みることなくサフィは歩み始める。一つ一つ、自身の目的と過程を確かめるように呟きながら。

 

「ああそうだ。ここにもお肉を置いていこう。まだ魔物が残ってるだろうし。それが終わったら、仕上げだ」

 

 自身の目的が成る時は近い。そう実感しながら女はその場を去る。後に残ったのは屍だけだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「おい」

 

「あら」

 

 レリアは俺を見るなり、わざとらしく驚いたような仕草を取る。昼時の酒場だってのに仕事をサボって席に座り、勝手に店のメシを食う。

 

 相変わらずの勝手ぶりだった。俺は対面に座り、置かれた料理に手を伸ばす。

 

「俺がお前に何を言いたいか、分かるだろ」

 

「うん。一昨日だっけ。あの子、良かった?」

 

「良いもクソもあるか。俺の家を宿代わりに使われただけだ。朝に酒が抜けた状態で起きた後、ごちゃごちゃ叫びながら出て行ったよ」

 

「あっはは! 抱いてあげなかったんだ。気分じゃなかった? それともあの子は気に入らない?」

 

「両方だよ性悪が」

 

 けらけらと笑うレリアに悪びれた様子はなく、反省の色ももちろん無い。怒りよりも先に呆れがくる。

 

「どうせ面白がってやっただけなんだろ」

 

「んー、それもあるわね。でもアナタの為って思いもあるにはあるのよ」

 

「あ?」

 

「付きまとわれてたんでしょ? あの子に。で、あの日から今日まで、あの子はアナタの前に姿を現した?」

 

「……ないな」

 

「そりゃあそうよねえ。酔っぱらった挙句男を誘って、結局手を出されずに家から出るって。私でもその男とは顔を合わせたくないもの。恥ずかしくて死んじゃうわ」

 

「お前……ホントに性格悪いな」

 

「褒め言葉♡」

 

 既に俺は毒気を抜かれていた。確かにここ最近はアスリヤに悩まされていない。アイツの仕事が立て込んでいて単に時間が無いだけの可能性もあるが、レリアの理屈には納得させられるだけの勢いがあった。

 

「まーでも、ちょっと可哀想だったかなって思わなくもないのよ。だって彼女、アナタに恋してるんだから」

 

「それ、質の悪い冗談か?」

 

「ホントよホント。あくまで私にとってアレは恋、って話だけどね。アナタも感じてたでしょ。あの子は単純な戦力としてだけじゃなく、ナニカをアナタに見出して縋ってる」

 

 俺は言い返そうとしたが、言葉が出なかった。イバラの言葉を思い出す。俺に対するアスリヤの行動はらしくないと、アイツは言っていた。

 

「そのナニカ、あの子の行動を狂わせるナニカを、私は恋と呼んでいる。アナタがそれをどう捉えるかは知らないけどね」

 

「お前は、そのナニカとやらの見当がついてんのか?」

 

「さあ? 人の心が読めるワケじゃないもの。それが何なのかは、あの子自身がそれを自覚して言葉に出さないと分からないでしょうね」

 

「……」

 

「興味あるの? あの子に」

 

「いや。そもそも俺はアイツが嫌いだ」

 

「嫌よ嫌よも好きの内ってね。アナタがあの子とこれからどう関わっていくのかも、それはそれで気になるわね。とはいえ、しばらくはあの子も大人しく──」

 

 言葉はそこで途切れ、口をぽかんと開けたままレリアは俺の背後を見ている。まるで、噂の主が目の前に現れたかのように。

 

 嫌な予感がしつつ振り向けば、それが()()()ではなかったと、嫌でも思い知らされた。

 

「貴方は言いました。仕事をさせたいのなら、貴方のやり方でやれと」

 

 腕を組み、堂々と。しかし気まずさは隠しきれないといった体で、アスリヤはそこにいた。

 

「指名依頼です。お望み通り大金を払いましょう。……貴方の力が必要です」

 

「あらー……これは流石に予想外かも」

 

 驚きつつも面白そうに賑やかすレリアに対し、アスリヤの視線が厳しくなったのを眺めつつ、俺は考える。

 

 俺はコイツが嫌いだ。だがこれはまた、一発が大きい仕事になる。美味しい依頼はいつだってあるワケじゃない。

 

 だから稼げる時に稼いでおく。そうすればダラダラと過ごせる時間が増える。それが俺のやり方。傭兵の、やり方。

 

 ──そうだ。それが俺の、今やりたいことの筈だ。

 

「内容は」

 

「! あ、ええっとですね」

 

 そう聞き返しただけなのにあたふたし始めたのを見て、少しその選択を後悔しそうになった。

 

「んんっ! ……貴方に求めるのは私の護衛。向かう先はエルシャの北に広がる()()()。──()()に、会いに行きます」

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