勇者になったアイツと、なれなかった俺   作:ジョク・カノサ

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二十七話 賭け

 聞いたことはあった。だが実際には行ったことも見たこともない。そんな光景が目の前にある。

 

「ここからが、永雪域……」

 

 厚着をし、露出を最小限にした防寒装備のアスリヤが呆然と呟く。俺も、傍から見れば同じように呆然としているのだろう。

 

 全てが暗い白銀に包まれている。空も地面も木も。ここでそれを拒むことは出来ない。フードに僅かに滑り込んだ雪の冷たさが、それを実感させる。

 

 冷たく、無機質な世界だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 永雪域はエルシャの北部に広がる地域のことだ。その名の通り季節や時期を問わず常に降る雪に閉ざされた場所であり、それがどこまで広がっているのかも、果てがあるのかも分からない謎の地。

 

 過去には何度か探索や冒険の手が及んだらしいが、人間にとっては悪条件すぎるのもあり、今では注目されることはほとんど無い。

 

「永雪域は危険な場所です。雪や気温はもちろんですが、魔物の存在もほぼ確実と言っていいでしょう。だからこそ、貴方の手を借りたい」

 

 そう言ってアスリヤはテーブルの上に袋を置いた。中に入ってるのは硬貨だ。報酬は既に用意している、ということだろう。

 

「幾つか質問がある。お前に帯同している兵士が何人か居るだろう。アイツらは」

 

「彼らはエルシャに帰らせました」

 

「何?」

 

「……ここからの私の行動は、正直言って独断的です。成果があるかも分からない。そもそも目的に会えるのかも分からない。賭けと言ってもいいでしょう。それに彼らを付き合わせることは出来ない。彼らは王都に帰り、組織的な動きをして貰います」

 

「……だから俺、か」

 

「はい。独断的とはいえあまり時間をかけたくはない。だからこそ少人数の強行軍を想定していますが、私が知る傭兵でありその条件下でも十分に働いてくれそうなのは、貴方しか居ません」

 

「面倒なことを歓迎してるわけではないんだがな」

 

「それでも、報酬が良ければやる、のでしょう?」

 

「まあな」

 

「報酬はこの袋だけではありません。通常の指名依頼の相場の約三倍を用意しています。何か文句はありますか?」

 

「……ないな」

 

「おおー、カイナのこと分かってきてるわねえ」

 

「貴女は黙っててください!」

 

 威嚇する猫のように怒鳴られ、同じく猫のように席を立ち退散するレリア。その空いた席に、アスリヤは溜息を吐きながら座った。

 

「あの、カイナさん、先日は、その……」

 

「アイツに酒と一緒に色々と吹き込まれたってのは聞いた。それを聞いた今、謝られても困る」

 

「そ、そうですか?」

 

「それに……記憶が曖昧なんだろ?ならあの日のことは互いに無かったことにすれば良い。それでも謝意があるなら、この依頼の報酬にでも上乗せしといてくれ」

 

「……分かりました」

 

 完全に納得はしていない。そんな風に、ぎこちなくアスリヤは頷いた。

 

「依頼に対する質問の話に戻る。……()()とは何だ?」

 

「質問に質問で返してしまいますが、カイナさんはその言葉に聞き覚えはありますか?」

 

「……いつだか聞いたおとぎ話にそんなヤツが居たな。勇者が進むべき道に迷った時、どこからか現れて助言をする。そんな感じだった。それ以外には知らん」

 

()()で正解です。賢者は空想上のものではなく、実際に存在するのです。……始まりは数百年前。その時代に選ばれた勇者は強力なギフトを持っていましたが、扱いが難しく習熟に苦慮していました。そこで修行の為に向かった場所が永雪域です。修行を続ける中、彼は永雪域で謎の人間に出会い、ギフトに関する助言を受けました。以来、その時代の勇者が何かに迷った時、永雪域に向かいその者から助言を貰うというのが度々あったそうです」

 

「そこまで聞いた上でおとぎ話にしか聞こえないな。なぜ永雪域に人間が居る? なぜソイツはそう何度も勇者に助言が出来る? 魔王の復活と勇者の出現の期間差を考えれば、最初の時点で寿命で死んでるだろ」

 

()()()ですよ。少なくともエルシャではそう解釈されています。劣悪な環境をものともせず、数世代に渡って生き続ける……そういうギフトを持った人間だと言われています。中には神が人の姿を借り助言しているという見解もありますが、ともかく賢者は実在するということです。数々の勇者に対する助言も、王都に公的な記録として残っています」

 

「分かった、依頼人の意向だ。ひとまずその賢者とやらの存在は信じるとする。だがまだ疑問はある。お前は何の情報を求めてソイツに会いに行く」

 

「……勇者様の居場所です。他にも聞けるのなら聞きたいことはありますが、一番はそれです」

 

 その答えを予想はしていた。そもそもコイツに関わる限り、いつまでも勇者(サフィ)の影はチラつくだろう。

 

「このまま、ただ探し続けても見つかる気がしないんです。それに──」

 

「なんだ?」

 

「……私が本気であることを示す為に伝えますが、くれぐれも内密に」

 

 周囲を軽く見回した後、真剣な表情で手招きをするアスリヤ。それに応じ、俺は片耳を近づける。

 

「私以外の勇者一行の一人が殺されました」

 

「……」

 

「彼は、マクーレさんは私と同じく魔物の討伐に赴き、付近の村に滞在していました。丁度その辺りで動いていた別の兵士達が居たので、合流する手筈だったそうです。──そして、その兵士達が村を訪れた時には、マクーレさんと彼の指揮下にあった兵士は村ごと全滅していたと」

 

 話を聞き終え体勢を戻す。再び正面から向き合った時、アスリヤは苦虫を噛み潰したように口元を歪めていた。

 

「マクーレさんは勇者様に次ぐ実力者です。彼が殺されること自体が異常なんです。もう一人の勇者一行とも連絡が取れていません。勇者様の失踪、先日の協力な魔物と謎の肉塊、そしてこの一件……今、得体の知れない何かが起こっている。……もう、私一人が尋常な手段で解決を望んだところで何とか出来る気がしないんです。でも勇者様さえ見つかれば全てが上手くいく。だからこれは、賭けなんです」

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