「これが遺跡か」
結論から言えば、ニタのギフトに引っかかったのは俺達が探していた遺跡で間違いないようだった。
吹雪の中に突如として現れたシルエット。近づけばそれが、一部が倒壊した石造りの巨大な建物であることが分かる。
外見はエルシャの各地にある神殿を思わせるが、そっくりそのままというわけでもない。何よりここまで巨大な神殿は見たことがない。
謎だらけの古ぼけた建物だが、注意深く警戒している暇は俺達には無かった。
「ニタ、ギフトはまだ使えるか?」
「使えそーっス……」
「なら入口辺りで一度使え。それで最低限の安全確認をした後は俺を先頭に内部に入り、落ち着ける場所を探す。良いな」
無言の返事を二人がした後、俺達は遺跡の入口へと足を踏み入れた。中は当然だが暗い。
「ニタ」
「はいっス……大丈夫っス。アタシら以外の誰かとか、魔物とかは居ないっス」
「良し、どうやらこの先は広間になっているようだ。そこでなら休めるだろう。焚き火の準備をしておけ。──アスリヤ?」
どさり、と重い荷物を落としたような音が背後で鳴った。
☆
巨大な広間には椅子や何らかの儀式に使うような道具が散乱していた。内部に遺跡があるという時点で察していたことではあるが、ここには昔人間が住んでいたらしい。到底信じられないが。
考えられるとすれば、この環境下でも暮らせる技術や手段を持った人間達だったか。それかそもそも人間ではないのか。この依頼の目的の賢者が関係しているという線もある。
あるいは……元は人間が暮らせる環境だったが、ある時を境にこうなったか。
「……考えても無駄だな」
俺は学者じゃない。考えても結論は出ず、さして興味があるわけでもない。人気が無くなってからかなりの時間が経ったのだろう広間を少し眺めた後、俺はぱちぱちと音を立てる明りの元へと戻る。
「ああ~~暖かいっス~染みるっスぅ~~」
そのまま飛び込みかねない様子で火に当たるニタ。まだ休憩を初めて少しだが、だいぶ余裕が戻ったようだった。
「あ、カイナくん。なんかあったっスか?」
「何も。良く分からん道具が転がってただけだ。椅子なんかはバラせば薪代わりになるかもな」
「それ、大事っス。この火は絶やしちゃダメっス。確保しとくべきっス」
「持ち込んだ分がまだまだあるから十分だろ」
「ダメっス。アタシはもうこの火と一緒に生きるっス……あっつぁ!」
服を焦がしたバカは放っておきつつ、俺は焚き火の側に横たわった人影……アスリヤの元へと向かう。規則的な呼吸と閉じた目は意識を失っていることを端的に示している。
しかし呼吸には多少の荒さがあり、額には薄っすらと汗が浮き出ていた。
「ただ体調を崩しただけだと祈るしかないっス。ヤバイ病気とかだと、どうしようもないっスから」
この遺跡に辿り着いた瞬間がアスリヤにとっての限界だった。こうして糸の切れた人形のように意識を失ったのを見る限り、気力だけでここまで我慢してきたんだろう。
「しばらくは様子見っスかねえ。まあ、アスリヤちゃんが倒れてなかったとしても、ここからもう動きたくないっスけど。……あ、そうだ。今の内に話しておきたいことがあるんスけど」
「なんだ?」
「このままアスリヤちゃんが一歩も動けないって話になったら、どうするんスか?」
それは単純な疑問だった。傭兵として、この依頼をどうするかという話だった。
「死んじゃったら置いて行くしかないから良いんスけど、どうしようもない病気とか治らない何かだったら、考えないといけないっスよね。病気ならアタシらに移るって危険もあるっス」
「……」
「帰るだけならアタシのギフトだけで問題ないし、前金も貰ってるからアタシはそれだけでも良いっスよ。どのみち依頼人が動けないんじゃ、賢者とやらを探す意味も必要も感じないっスからねー」
ニタは言外にアスリヤをここに置いて行く、という選択肢を提示している。依頼人が傭兵に同行するような依頼の場合、依頼人に何かあった時の身の振り方を考えるのは必然と言っていいだろう。これは善意の行動ではなく、報酬を得る為の仕事だ。
傭兵として、そして明日を生きる人間として。コイツは冷酷でもなんでもない。損得勘定を秤に乗せた、ただの選択の話をしているだけだ。
──そうだ、だからこそ俺はその選択は取らない。それは俺の生き方に反する。
「死なない限りコイツは運んででも連れて帰る。それに帰るにしても賢者を見つけてからだ。最悪俺達だけでも賢者は探せる。それでも賢者が見つからないなら、コイツから依頼はここまでで良いと言わせてから帰る」
「ええ、マジっスか」
「前金だけじゃ足りない。俺は無駄足は嫌いだ。何としてでもコイツはムラクに帰して、依頼料を払わせる」
「はー、相変わらず傭兵の鑑みたいながめつさっスねえ。まあアタシも満額貰えるのに越したことは無いから、そこまでぱっぱと見切りを付ける気はないっスけど。……じゃ、アタシもちょっと寝るっス。火の番お願いっス」
「ああ」
ニタはそう言って荷物から取り出した布にもぞもぞと包まり、間も無く眠ったようだった。アスリヤほどではないとはいえコイツの消耗も大きい筈だ。さっさと休むのは正解だろう。
──と、ニタをみすみす寝かせたのが失敗だった。
「……とりあえず、何とか水だけでも飲ませるか」
アスリヤを少しでも快復させる為に俺は動き出す。まずは水分補給の為の水を取り出した後、額に浮かんでいた汗を思い出し、布も取り出す。
「汗も拭いた方が良いだろ。ニタ、お前がアスリヤの看病を──」
全ては遅かった。同じ女がやった方が良いだろうと声をかけようとした先からは、ただ健康的な寝息が響くばかりだった。