勇者になったアイツと、なれなかった俺   作:ジョク・カノサ

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三十二話 夢想

 私は幼少期の記憶が無い。それ自体はよくある事だろう。赤ん坊から物心がつくまでの間を詳細に憶えている、という人はあまり聞かない。

 

 だから、具体的に何があったかは分からない。どういう経緯でそうなったのか、何をもってそうしたのか、知識として知っていても覚えてはいないし、そこに関しては私もさして興味はないと言っていい。

 

 ただ……残ったモノがある。()()()()()()()()()()()、その先に残ったモノ。

 

 それは、自分と皆は違う、という感覚だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「アースリヤー! あーそーぼー!」

 

 私はエルシャの片隅にある小さな村で育った。近辺には同じような村が幾つかあって、中々の遠出をして街と呼べる場所に行ける。そんな村だった。

 

「おい、アスリヤ……いいから! あっち行こうぜ! 見た事ない鳥が居たんだよ!」

 

 そこは平穏に満ちていた。大きな問題なんてどこにも無くて、家畜の脱走がここ最近で一番大きい話題だった時もあった。

 

 そんな場所で住む人々は、皆優しく豊かな心を持っていた。

 

「アスリヤ、何か困った事や悩みがあれば言うんだぞ。ワシで良ければ相談に乗るからな」

 

 皆が笑い、日々を過ごしている。それは私も例外じゃなかった。その輪の中に私も入って、平穏を享受していた。

 

 ──だけど、人はいつだって気づかなくていい事に気づいてしまう。

 

 水面に映る自分の姿。太陽に照る銀色の髪。薄い青の瞳。褐色の肌。

 

 同じような特徴を持つ人は村には居なかった。私はそれを疑問に思って、両親に尋ねた。

 

「……うん、アスリヤは賢い子だから、きっと理解するだろう。本当の事を話そう」

 

 両親は決めていたのだろう。私の疑問には素直に話そうと。そうして私は真実を知った。

 

 ある日、どこか遠い国から来たのだろう旅人がこの村に来た。旅人は村の十分な対応や歓待を受ける暇も無く、その手に抱えていた赤ん坊を託し村をすぐに去った。

 

 通じない言葉での短いやり取りの中、何とか名前らしき言葉は聞き取れた。それこそがアスリヤという名。そして、私こそがその赤ん坊である、という話だった。

 

 つまるところ、私は村での生まれではなく両親も生みの親ではない。子供が出来なかった夫婦が引き取り手になり、今日まで育ててくれた。物心が付き始めた時期に私はその真実を知った。

 

 ただ、私に大した動揺はなかった。なぜなら村の皆も両親も、私を心から愛し村の仲間として受け入れているのは分かっていたからだ。

 

 本当の親というのにも興味はあるがそれだけだった。不安だったのだろう両親はそんな私の様子を見て、静かに涙を流していた。

 

 ──私は恵まれている。ともすれば村の負担として、忌むべき存在として扱われていてもおかしくなかった。場所に、時期に、人に、全てに恵まれていた。

 

 だからこれは、ただただ私が勝手に抱えている意識の話なのだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 出自が違う、瞳の色が違う、髪の色が違う、肌の色が違う。そんな私と皆の違いを、きっと誰よりも私が意識している。輪の中の私だけが違う。

 

 分かっている。私が必要以上に違いを感じているだけだ。皆はただただ私を真っ直ぐに見ている。外見の差異も、捨て子という出自も、色眼鏡にかけずに。

 

 だけど……いや、だからこそ、どこまでも思ってしまう。私はこの村の異物なのではないか、と。

 

 もう、皆と具体的に何が違うのかは、最早関係なかった。理由も無くただ漠然とそう感じるようになった。

 

 ──村で一番仲が良かった女の子が居た。

 

 ──よく、私に面白いモノがある、と言って色んなモノを見せてくれようとしてくれた男の子が居た。

 

 ──私が何かに悩んでいるのに気づいたのか、声をかけてくれたお爺さんが居た。

 

 皆が優しい。そこに壁なんてある筈が無い。あるとすれば、私が勝手に感じているだけ。

 

 家族に遠慮し、友人から一歩を引き、特定の誰かと深い仲になることは無い。そんな私の様子に、皆は何を思っていたのだろうか。

 

 ──十歳の時、私は二つのギフトを授かった。ここでも私は恵まれていた。

 

 特に【顕快】は村の皆が喜んでくれたギフトだった。他者の傷を治すという分かりやすく結果が見える善行。人として目指すべき在り方。私はそこに価値を見出した。

 

 同時期、その時点で復活していた魔王の影響が村にも届き始めていた。長らく平穏だった村に少しづつ影が差し、皆の顔色から不安が滲み出す光景を見て、私は決めた。

 

 体力を付け、運動能力を鍛え、二つのギフトを磨く。幼いなりにやれることをやった。

 

 ある時、村に近づいてきた小さな魔物に対して、私は村の大人の制止を振り切って対峙し、ギフトを使う事で追い払った。

 

 事が終わった後、私は皆に危ない、心配だったと叱られた。でもその後には感謝の言葉が続いた。村の役に立てて、心が少し満たされたような気がした。

 

 そんな風に時折魔物を相手にしていると、どこから聞きつけたのか王都から来たという兵士が村にやって来た。兵士の目的は私で、来たる脅威の為に優秀なギフト持ちを求めていた。

 

 始め、私はそれを断る気だった。王都に行けば村を守れなくなる。それは私の目指す先ではないと。

 

 だけど大きな視点で見れば、エルシャ全体を守る事は村を守る事に繋がる。それにこのまま、この村だけを守り続けるとして、私一人でどこまで出来る? 付け焼き刃の知識や動きで、どこまで? 

 

 そんな風に悩む私の背中を押してくれたのは、村の皆だった。皆は私が人の役に立ちたがっているのに気づいていたようだった。

 

 ──そして、私は王都で兵士になると決めた。村の皆を、この国を、世界を守る為に。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 だってそうすれば。誰からも褒められるような善行を重ねれば。誰からも尊敬されるような人間になれば。そうすればきっと。

 

 私は私を……皆と違う私を、いつか肯定出来るようになる筈だから。

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