勇者になったアイツと、なれなかった俺   作:ジョク・カノサ

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三十三話 疑念

「あれ……私……」

 

「起きたか」

 

 焚き火越しで目を覚ましたアスリヤはまだ意識が定まってないようだった。身体を起こし、安定しない視線で周囲をぼんやりと見る。

 

「ここは……」

 

「遺跡の中だ。ここに着いた瞬間、お前は倒れた。それから二時間程度ってところだ」

 

「そう、ですか」

 

「とりあえず飲め。それと汗を拭け」

 

 俺はアスリヤの側に用意していた水を指し示した後、手元にあった布を投げ渡した。結局、コイツが寝ている間はたまに額の汗を拭うに留まった。というより、それ以上の過剰に献身的なことをやってやる義理が無い。もうあの時のような看病はゴメンだ。

 

 水の存在に気づいたアスリヤは、自分の喉の渇きを思い出したかのように手を付けた。少なくとも、水すら喉を通らないということは無いらしい。

 

「体調はどうだ」

 

「熱と、倦怠感と、思考に靄がかかったような感じです。多分、これは」

 

「風邪か」

 

「……恐らく」

 

 申し訳なさそうな表情でアスリヤは頷く。依頼人である自分が真っ先に体調を崩したことに負い目でも感じているのだろう。こちらとしては風邪程度で良かったという気持ちだが。

 

「お前のギフトで治せないのか」

 

「無理です。【顕快】の治療可能な対象に、この手の体調不良は入っていません」

 

「そうか。ならしばらくここでお前の快復を待つ。ここで大人しくして、さっさと治すんだな」

 

「……すいません」

 

 そこから沈黙が続く。しばらくして俺が荷物から携帯食料を取り出し差し出すと、おずおずと受け取る。火が弾ける音、食事の際の小さな身じろぎの音、気持ちよさそうに寝てるヤツの寝息。その場にあったのはそれだけだった。

 

「あの、すいません。汗を拭いてもいいですか?」

 

 食事を終えたアスリヤから来たのは、言外の意味が込められた質問だった。その間、俺がここから居なくなれば現状唯一まともに動ける存在が居なくなり、大人しくしてろと言った手前ここから離れた場所でやれとも言いにくい。あちら側にも同じような逡巡があったんだろう。

 

 俺は焚き火に背を向けることで応えた。

 

「すぐに終わらせるので……」

 

 沈黙を背景にした環境音に衣擦れの音が混じる。それが何となく気まずかったから、俺はわざわざそんな話題を振ったのだろう。

 

「うなされているように見えたが、悪夢でも見ていたか」

 

「え? ……はい。私にとっては悪夢のようなものかもしれません。眩しい、悪夢。……何か、寝言でも言っていたのでしょうか」

 

「皆と違う、とか何とかは言っていたが、大抵は聞き取れるほどではなかったな」

 

「……そうですか。──カイナさん、貴方に聞いて欲しい話があるのです」

 

「話?」

 

「はい。自分でも良くは分かっていないですが、私が貴方を兵士にしようと執着していた理由がそこにあるかもしれないんです」

 

「……」

 

「誰かに話すことで、自分を整理したい。無性にそう思うんです。体調が悪いからかもしれません。ただ、そういうやり方があると不本意ながら学んだばかりなので。自分勝手で申し訳ないのですが……」

 

「それで気分が晴れるというのなら好きにしろ。もう今更だ。依頼の範疇とでも考える」

 

 それは確かな本音だった。だが同時に、なぜ俺に纏わりつくのかという話に興味を惹かれていたのかもしれない。

 

 なんだかんだでここまでの付き合いになってしまった、アスリヤという女の話。明確に嫌いだと認識した相手の話を、嫌悪どころかこの機会にさっさと聞いて自分の中で納得してしまいたい。そう感じている。

 

『嫌よ嫌よも好きの内ってね』

 

 気色悪いとさえ感じたあの無責任な言葉が、頭の中に響いた。

 

 

 ⭐︎

 

 

「──ということ、です」

 

 アスリヤの長い話が終わった。話の中で既に身体を拭き終え、アスリヤは寝転んだ状態で俺と焚き火越しに対面する形に戻っていた。

 

 これまでの人生と自身が抱えている問題。話の内容を要約するとこんな感じだろう。

 

「私は良く、賛辞を受けることがあります。立派だとか、高潔だとか。でも本当はこんなものです。私はただ、こうすれば己の目的を達成できるかもしれない。なんて不確かで矮小な理由で戦っているだけです」

 

 そこにいつものアスリヤの姿は無い。胸を張り正面から目を逸らさない、言わば監視者のような実直な振る舞い。それを忘れている。

 

 最近、同じような姿を見た。だがあの時以上にコイツは素を晒し、意志を持って淡々と自分を晒しているように見える。

 

『あの人は大儀とか、正義の元に人々の前に立つんです。誰にだって出来ることじゃないですよ』

 

 その吐露に、かつてコイツに尊敬を示したアイツの言葉を思い出す。

 

「自信が無いのでしょうね。だから感じなくてもいいことを感じてしまう。考えなくてもいいことを考えてしまう。理由もなく自分が愛されているとは思えない。だから目に見えて、皆に歓迎される成果を出そうとする。私は、いつまで経っても私を肯定出来ない」

 

「……俺を兵士にしようとしたのは、何故だか理解できているのか」

 

「恐らくですが……私と同じような生き方を貴方がすることで、貴方が私が理想とするような人間になることを期待したんだと思います。そうなれば、私のやり方の正しさが証明される。いつか私もそうなれると確信できる」

 

「──つまりお前は、俺がお前と同じく自分を肯定できていない半端者だと。そう言いたいんだな」

 

「……はい。始めに貴方に交渉を持ちかけた際に言った()()も、そこに由来しているんだと思います」

 

 自分を肯定できていない。……そんな筈はない。俺は今の生き方を気に入っている筈だ。確かに子供の頃、漠然と見ていた将来では無かった。だがそれでも、俺は納得を──。

 

『カ、カイくん……』

 

 ドクン、と胸が高鳴った。あの日の記憶が蘇る。俺の全てが崩れ去ったあの瞬間の、アイツの声が。

 

 ……いや違う。関係が無い。俺はもうそこは割り切った筈だ。俺は勇者にはなれなかった。でもそれはもう良いんだと、時間が納得させてくれた。

 

 アイツが何を考えているのか知りたいのだって、ただ謎を取り去りたいだけだ。

 

 ──そうだ。俺は今の生き方を選んだ自分を、肯定出来ている。

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