「私自身、【交信】を保持していた経験があるんだよ。だからこれは私の体感も含んだ話だ」
「……では、貴女が元勇者であるという証拠は」
「これと見て分かるようなモノは無いな。【浄化】か【交信】を使って見せるのが手っ取り早いんだろうが、この二つは魔王討伐を終えれば使えなくなる。そしてそれ以外はどう足掻いても決定的な証拠にはならないだろう。何年前の話なのか、私ですら分からんからな。……信じられない、というのなら好きにしろ。私は私の見解を話しているに過ぎない。聞くに値しないと思うのであれば帰ればいい」
再びアスリヤは閉口する。賢者の言うことがどこまで本当なのか、信用できるのかは分からない。だがアスリヤにとっては真実を探る為に頼れる相手は賢者しか居ない。
となれば感情を抑え、もう黙って話を聞く以外には無いとアスリヤの理性は理解しているようだった。
「──信じる、とは言えません。でも貴女の話を否定しきれる材料もこちらにはありません。なので話半分で聞かせて貰います」
「構わない。考えを整理するついでだ。お前達に全てを信じて貰えるとは思っていないし、貰いたいとも思っていない」
「分かりました。……あの、先程は取り乱してしまって──あ」
賢者の話に対し、さっきまでアスリヤは興奮からか立ち上がっていた。そして今、それが維持出来なくなったという風に膝を突く。
「お前、自分が体調不良で倒れたってのを忘れてるだろ。話は聞きながらでも良いから寝てろ」
「……すみません」
「体調不良? ああ、アレか。それなら」
床に寝そべろうとするアスリヤに対し、賢者は接近し手を伸ばした。害意が無いのを悟ったのかアスリヤは疑問を浮かべながらも抵抗しない。
賢者の手は淡い光を発しながらアスリヤの額に触れた後、少しして離れていった。
「これで多少は楽になるだろう。その男の言う通り大人しくしてるんだな」
「……ギフトか?」
「似たようなモノだ。永く生きてると出来ることが増えるんだよ。望まずとも。……そこの寝てるヤツは大丈夫か?」
賢者が示したのは完全に寝入っているニタ。反応が無さすぎて途中から存在を忘れていた。
「一応、頼む」
「分かった。お前は元気そうだな」
同じような処置をニタにもした後、賢者は再び元の位置に戻る。
「さて、お前達の求めた通り疑問に対する見解は答えた。まだ何か聞きたいことがあるか?」
「……お前は【交信】を体感した上でその答えを出した。ということはお前自身、【交信】にその思考誘導とやらの効果があることを、実感するような出来事があった筈だ。聞くとすればこれだろ」
言いながらアスリヤを見れば小さく首肯していた。確認を終え視線を戻すと、賢者は意味深に沈黙していた。
「どうした?」
「……話すのは構わない。が、そう面白い話ではない。──私が今の今まで生き続けてきた理由にも関わる、ただの自分語りだからな」
☆
ギフト持ちは特別だ。そして授かった人間は大抵神に感謝する。それはいつだって変わらない。だが私の場合は、恨みを抱かざるを得なかった。
【不老】。三つ授かった内の一つがそれだ。その名の通り【不老】はそれを授かった時点で常に効力を発揮し、保持者の老いを止める。
羨ましい、と思うか? 思わないだろうな。基本ギフトを授かるのは子供の時分、つまり【不老】の保持者は決まって子供の姿のまま固定されるワケだ。
同世代の人間達が日々成長していく仲、私だけはこの未熟な状態のまま。思考能力は成長したのが救いだが、見た目が変わらないというのはやはり消えない悩みの種だ。
親身に接してくれた人間が周囲に居たとはいえ、当時は相当に苦しんだ記憶がある。
──そして、悩みの種はそれだけじゃなかった。なってしまったんだよ。そんな私が勇者に。
何の冗談かと思った。確かに私は三つのギフトを持っている。だがその内の一つは戦いには役に立たないどころか、身体能力の成長を阻害するモノだ。そんな人間が戦いに、ましてや魔王討伐になんて向いてる筈がない。
だが、だからといって投げ出すのは無理だった。魔王を完全に倒すのに必要な【浄化】は勇者だけが持っている以上は、私は討伐に必須の存在だ。話を聞きつけた王都からの迎えの者に対して、素直に受け入れるしかなかった。
……ああ、私が【交信】の作用を体感したというのはここじゃない。もちろんこの時点で私は【交信】の影響下にあったのだろうが、私がそれを確信したのは
──話を戻そう。私が子供の姿のままだというのは王国も問題視していた。残る二つは戦闘系のギフトだが、やはり運動能力には問題がある。歴代の勇者と比べれば頼りない存在なのは確かだった。
だからこそ王国は私の周りを、いわゆる勇者一行を極限まで手厚くすることに決めた。
知ってるだろう? 魔王が居する場所は【浄化】を持つ勇者以外は足を踏み入れるのすら困難だと。だからこそ魔王討伐は勇者を含めた少数精鋭で行われる。その困難を乗り越えられる人材は必然的に少数になるが故、だな。
私の場合は勇者一行足り得る人材が六人居た。これは当時で言えば歴代で最多の人数らしかった。見た目は完全な子供である私を守らなければならない、なんて意識が働いたからかもな。
結果的に彼ら精鋭六人、そして私は実際に魔王討伐を成し遂げた。だが全てが上手くいったワケではなかった。
精鋭の内一人が、戦いの中で命を落とした。
……私は、彼を救えた筈なんだよ。守られる存在であり遠距離からの攻撃手段を持つ私は後方に陣取っていた。だからその彼が、魔王から致命的な攻撃を貰う瞬間を誰よりもハッキリと見ていた。
救えた筈だった。私が守る意志を持って攻撃をそこに差し込めば。だが実際にはそうしなかった。
彼の命と魔王への攻撃。その瞬間の私が選んだのは後者だった。その攻撃が起点となって魔王を追い込めた。でも彼は死んだ。
──だがな、有り得ないんだよ。私がそんな選択をするなんて。
☆
「分かるか? あの瞬間の私は、彼の命よりも魔王討伐という使命を優先した。おかしいんだ。そんなのは。確かにあの時の私は魔王討伐に重責を感じていた。何がなんでもあの戦いで討伐を果たす気でいた。だが私が彼を見殺しにする筈がない。ないんだ。思考を誘導でもされてなければ」
空虚な表情と声。しかしそう語る賢者には形容しがたい重み──執着のようなものがあった。
俺もアスリヤも、ただ黙って賢者の話を聞いていた。
「これが、私が【交信】に思考誘導の作用があると思い立ったキッカケだ。それから私は今日に至るまでそれを証明する為に生き永らえ、こんな場所で調査を続けている。だがお前達の話で確信に近づいた。私は、正しかったと」
火が散る音、そして外から微かに聞こえる風音だけがその場に残る中、賢者が再び口を開く。
「彼は幼馴染だった。姿の変わらない私を受け入れてくれた。将来を約束してくれた。それを示す為に、私を守る為に、勇者一行に選ばれるほどの努力を積み上げた」
そして、残火のように呟いた。
「彼は、私の婚約者だった」