確かに美味い話だった。国が依頼人である分、内容を丸ごとひっくり返すようなことが起こるとは考えづらい上、ランドの見立て通りここまで大事ならギルドの連中が積極的に音頭を取る筈。とすればこれは二つの国にその確実性を保証された依頼だ。
危険は少なく見返りも大きい。ただ、引っかかる。見かけは美味いが故に。
「はっ、そりゃ警戒するわな。どれだけ安全に見えても話が美味すぎると気味が悪く思えるもんだ。……だが俺は、ここは乗るべきだと判断した」
「理由は?」
「勘だ」
「お前が賭け事に強いって印象は無いが」
何度か賭場でコイツを見かけたことがあるが、大抵唸り声を上げてる場面ばかりだった。図星を突かれたようにランドは髭面を歪める。
「う……ここで取り返すんだよ! ギャンブルってのは最後に勝ったヤツが正義だろ。で、そういうお前は?」
美味い依頼は早々来ない。だから受けられる時に受けておく。それが俺の流儀だ。その流儀にしたがって永雪域の依頼だって受けた。
だが。
「……今の所は受ける気は無い」
「へえ、意外だな……ってわけでもないか。ここ最近で稼ぎに稼いだんだったな」
「そういうことだ。しばらくは休む」
「余裕のあるヤツは違うねえ。まあ、さっきも言った通り依頼の本分は儀式の参加だ。つまり儀式が始まるまでは時間の余裕がある。しばらくは依頼もそのままになるだろうから、それまでは拒否せずに気が変わったら受諾してこっちに来ればいい。王都にゃ楽しい場所も山ほどあるからな。俺は依頼ついでに楽しむつもりだぜ。お前もどうせ休むなら、って軽い気持ちで受けても良いんじゃねえか」
ひらひらと手を振りながら去っていくランドの背を見ながら、再び考える。
流儀ではある。だがここのところ面倒事や依頼が続きすぎた。もうしばらくは休みたい。そう感じてるのは確かだ。
なら、それに従えばいい。流儀に縛られるのは本末転倒だ。一時の感情がその瞬間をどうしようもなく否定したのなら、それを肯定すべきだ。
それが、やりたいようにやるってことの筈だ。
「……帰って寝るか」
ごちゃごちゃと考えることすら面倒になって、欠伸を噛み殺しながら俺はその場を後にした。
☆
広大な敷地に聳え立つ巨大な輪郭。歴史を感じさせつつも白亜の輝きは健在であり、その威容は遠目からでも十二分に確認出来る。
エルシャ、そして王都の象徴である王城。そのバルコニーの一角に二つの人影があった。
「お主の提言通り王都全体に触れを出した。今日より十日後、太陽が我らの真上へ昇る時、この広場は神に愛された者達で埋まるであろう」
威厳に満ちた声音で人影の片割れ……老いた男は目の前を示す。そこに広がるのは僅かな建築物によって周囲を囲まれ装飾された広場だった。
「まさか、あの伝説を全く同じ場所で再現することになろうとは、この広場も思わなんだろう」
「ありがとう、王様。こんなに速く準備が進むなんて思わなかった」
その男に対し、もう一つの人影──サフィは気安い口調と笑顔で答えた。
「いきなり帰ってきて、いきなりこんなこと言い出して、迷惑だったでしょ」
「お主以外の頼みなら聞きはせんよ。魔王復活から今日この日まで、お主は勇者としてよくやってきた。類稀な資質と善良な気質。勇者になるべくしてなったようなお主だからこそ、儂も含めて皆が頼みを聞いたのだ」
「……」
「この地に起きているという異変。それがお主が姿を隠していた理由であり、あの猛き二人が無念にも命を落とした理由であると」
「うん」
「それを解決する為に、儀式を……セリエナの祈りを早急に再現する必要がある」
「そう。……セリエナはただ神に縋る為に祈ったわけじゃない。勇者、それとなるべく大勢のギフト持ち。この二つが揃えれば実際に魔王討伐に有用な力が手に入る筈なんだ。それがあれば、あの二人を殺した相手も、魔王も。何とかなるよ」
「あの伝説にそんな理由があったとは、少なくとも儂は聞いたことがない。しかし他ならぬお主が危惧し、現に不可解な被害が出ていることを考えれば、協力せんとは言えんよ。それにこの儀式が成功すれば民の心も幾らか晴れるだろうからな。姿を隠していたお主が再び表に出る場としても適している」
親しみやすさを感じさせつつも為政者としての顔は確かにある。そんな男──今代の王は大きな信頼を見せていた。隣に立ち、人好きのする笑顔を浮かべる勇者へと。
「おお、そういえばアスリヤはどうした? 彼奴は無事な筈であろう」
「【転移】持ち越しに連絡はしてるよ。丁度遠くに居たみたいだから、アスリヤには儀式が始まるギリギリまで各地に散らばった兵士と一緒に避難民を集めて貰うことにしたんだ。そういうの、向いてると思って」
「ふむ。……あの二人が抜けた穴はどうにか埋めなければなるまいが、当初の勇者一行としてはお主ら二人だけが残った形になる。互いに支え合い、困難に打ち克つのだぞ」
「うん。……くぁ──少し、寝てくるね」
「はは、眠りの勇者は健在だな」
わざとらしく欠伸をし、サフィはその場を去る。王の軽口に対しても浮かべた笑顔はそのままだった。
誰からも愛される、勇者。その表情が剥がれる事はない。
「……ごめんね」
どこまでも冴えた眼で、サフィは誰にするでもない謝罪を呟いた。