勇者になったアイツと、なれなかった俺   作:ジョク・カノサ

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四十五話 退屈

 破滅的な混乱だった。万を超える数の人間が不規則な波のように動く。

 

 倒れた者、その倒れた者に巻き込まれた者、周囲を押し退け逃げようとする者、自らのギフトを使って逃避を試みる者。

 

 それら全てが勇者が放った光弾によって血華と化していく。勇者が元居た王城のバルコニーもまた、既に光弾により血の海と化し、運良く被害を免れた人間も呆然としている。

 

 エルシャ最強は言わずもがな、ともすれば歴代最強の勇者であると讃えられることもあった存在が、自分達へとその力を向けている。

 

 誰も彼もが、その暴虐に反抗するという意志を持つ事はなく、それは争い事を生業としている彼らも同じだった。

 

「何が起きてんだよ!」

 

「わっかんねえよ! 勇者がいきなり攻撃し始めやがった!」

 

「なんでだ!?」

 

「──聞け! 傭兵共ぉ!」

 

 動揺する彼らの内、一人が怒号のような声量で一喝する。無精髭を生やした傭兵、ランドだった。

 

「今はとにかくこっから逃げるぞ! 俺達傭兵だけで固まれ! 周りの奴らは押し退けろ! 俺達が動ける分のスペースを確保し続けるんだ!」

 

 混乱していた傭兵達はその言葉を聞き、反射的に寄り合い始め、自らが最も活きる位置へと移動する。何としてでも生き残るという意志と経験に裏打ちされたその過程に言葉は無い。

 

 思考を飛び越えた習性とも呼ぶべき行動。なし崩し的にリーダーとなったランドを最後衛に置き、傭兵達は周囲を押し退け離脱を図る。

 

「──【岩壁】ッ!」

 

 飛来した光弾に対し、ランドの足元からせり上がった分厚い岩壁が傭兵達を守る。

 

「……何なんだよ、クソッ!」

 

 光弾の威力自体は大した事は無い。恐らく強みであろう数も一極集中ではなく広範囲にばら撒いている現状では機能していない。対処出来る。

 

 そう分析をしながらも、ランドは思わず悪態をつく。酔いは既に覚めきっていた。

 

「いいか! 光弾一発一発の威力は大したことねえ! 俺がカバーしきれねえヤツは避けるか自分のギフトで何とかしろ! このままこの攻撃が続くなら、逃げ切れ──」

 

「慣れてるね」

 

 周囲が生み出す騒音の中で、その声は不思議とランドの耳に届き、その視線を奪う。先程まで宙に居た筈の勇者が悠然と佇んでいた。

 

「おおおっ! 【衝爆】ッ!」

 

 一人の傭兵が飛び掛かる。ギフトの発動の起点である掌を向け、勇者に触れるべく。それを皮切りに何人かの傭兵も動く。

 

 目を付けられた以上は逃走は不可能。ランドもそう判断し、勇者の背後を岩壁で塞ぐ。

 

 しかし、全ては無意味に終わる。最初に飛び掛かった傭兵の攻撃は相手を目前にして阻まれる。

 

 無色透明の壁。触れる事すら許されず、彼の視界は宙を舞った。

 

「勘弁してくれよ」

 

 諦観の籠った笑みと共に、ランドは呟いた。

 

 

 ☆

 

 

「あーあ、こりゃダメっスねえ……」

 

 力の無い声音とは裏腹に、軽薄な口調で女は呟いた。そこは建物や居住が並ぶ市街であり、本来であれば多くの人々が行き交い喧噪が絶えない場所である筈だった。

 

 血と死体、そして数々の倒壊した建物と瓦礫が、本来であればある筈だった日常と平和がそこに無いことを端的に示していた。

 

「……ふう」

 

 女は無事な建物の側に寄り、背を預けながら腰を下ろす。自身の失った左腕の根元を残った右手で抑えながら。

 

 ──恐らく自分が最も速く異変に対応した。女はそう考える。

 

 祈りの最中、勇者が空中を歩き出したのを見た時、女は言いようの無い感覚を抱き単独かつ全速力で広場から脱出を試みた。その甲斐あってこうして市街地にまで逃げ延びることは出来た。

 

 問題はその過程であの光弾を喰らったこと。勇者の手は女が逃げ延びた先である市街地にまで伸び始めていること。

 

 そして、混乱と逃走の最中で止血が遅れ、多量の血を失っていること。

 

「他の人よりかは、回避できる余地はあったんスけどねえ」

 

 女は偶然ながらも知っていた。勇者に何らかの異常が起こっているという可能性を。それを重く受け止めて、怯えていればこうはならなかったと。

 

「まーでも仕方ないっスよ。帰って来たって聞いた時点で杞憂だったって普通は思うし、アタシでも受けられる上にあんだけ美味しい依頼を無視するってのは。他の皆も受けてたし……」

 

 己を慰めつつも、自嘲の意がそこには込められていた。

 

「何とかならないもんっスかね。誰かアレを……いや、勝てる人居るんスかね。というかアレが居なくなったところで、このままじゃ死ぬな。しょうもないなあアタシ。あ、アスリヤちゃん来てくれないかな。王都のどこかには居るだろうし。……やっぱり、治癒系のギフトが欲しかったなあ」

 

 自身の呼吸が少しづつ浅くなっていくのを感じながら、女は自然と自らの顔を覆う包帯へと手を伸ばしていた。

 

 閉じ込められていたモノを解放するようにそれを解く。そして露わになった顔の内、焼け爛れた左半分を残った右手でなぞった。

 

「左ばっかり……何かに呪われてるのかな。でもそうだとしたら、今日まで良く生き延びてきたってことか」

 

 その行為に満足したように女は笑みを浮かべ、身体の脱力に身を任せるように地面へと寝そべる。

 

「うん、良くやった方だよ。──起きたら全て上手くいってますように……」

 

 安らかな睡魔のままに、女は目をつぶった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 勇者は広場に集まった人間への攻撃を終えた後、その外にも手を伸ばし始めた。

 

「ありさん ありさん ならんで あるく」

 

 始めは儀式を外から見守っていた人々だった。何が起きているか理解出来ず、ただその場で呆然としていた者。

 

「きょうも あしたも ならんで あるく」

 

 危機感から逃げ出した者。立場故に何かしらの対応を試みた者。全てが等しく血と変わった。

 

「まーえに つづいて ひたすら あるく」

 

 突然、そして理解不能の暴虐。止められる者は誰一人としていない。

 

「ありさん ありさん しあわせそうで うらやましいな」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 今は、まだ。

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