「ここに居る彼らは大丈夫です。神殿へ案内してあげてください。そちらは?」
「怪我人が二名。それと目立った怪我はありませんが、衰弱が激しい子供が居ます」
「分かりました。そちらは私が引き継ぎます。貴方は彼らを」
「了解です!」
王都全体を取り囲む巨大な城壁と、そこに備えられた城門。その一角に大勢の人間が集まっていた。彼らはエルシャの各地で魔物の被害に遭い、居住地から離れざるを得なくなった避難民。
そこに混じり、多くの兵士達と共にアスリヤは動いていた。
「もう大丈夫です。……【顕快】」
勇者帰還の報を受けた後、アスリヤはすぐさま王都へと帰還しようとした。しかしそれに待ったをかけたのは勇者自身だった。
『エルシャ各地に散った兵士達と連携を取り、助けを求める人々となるべく合流してから王都に帰ってきて欲しい。……勇者様から伝言です』
【転移】持ち越しの伝言。従わないという選択肢はアスリヤには無かった。なぜなら民を第一に気にかけるその姿勢は、紛れもなくアスリヤが知る勇者だった。
指示通りに、アスリヤはエルシャ各地を巡った。兵士との合流、避難民の先導、そして魔物の討伐。
アスリヤが王都へと帰還したのは今しがたであり、同じような目的で動いていた複数の別動隊と合流。それぞれの避難民への対応を行っている真っ最中だった。
「賢者様」
「ああ」
衰弱した様子を見せる子供を前に、アスリヤの隣に立つ少女、賢者は手をかざす。すると次第に子供の顔色は平常へと戻っていく。
「これで良いだろう。後は普通の看病をしてやれ」
「助かります。……すいません、こちらの都合で」
「最終的に勇者と会えるのなら、この程度の時間と手間は些事だ」
アスリヤの道中には賢者も同行していた。アスリヤが責任を以って取り次ぐという約束上、成り行きでそうならざるを得なかった。
賢者は子供の治療を終えた後、どこかぼんやりとした目で城壁を見上げる。
「セリエナの祈り、か」
「まだ勇者様を疑ってるんですか?」
「意図が分からないからな。それに、疑いが晴れた瞬間などない」
「……賢者様の気持ちは察するに余りありますが、勇者様は狂ってなどいません。こうして私に至極真っ当な命を下してくれたのがその証拠です。この儀式だって、確かな意図がある筈です」
既に儀式は始まっている。城門に常駐していた兵士からその連絡を受けたアスリヤは、儀式の参加と勇者との再会ではなく、避難民達の救護と誘導を優先した。それこそが勇者の命であるからと。
今、城壁の向こうでは儀式が執り行われている。そしてそれはつつがなく進行し、勇者の目的は叶うだろう。疑念をぶつける賢者とは対照的に、アスリヤの視線はどこまでも澄んでいた。
──始め、何かを察知したのは賢者だった。
「今、何かあったな」
「? あ、ちょっ!?」
アスリヤが静止する暇も無く賢者は城門へと駆け出した。すれ違いざま、アスリヤの目に賢者の歪な笑みが映る。軽快な小動物のように人だかりを避け、賢者は王都へと消えた。
「……大丈夫ですよね、勇者様」
突如として駆けていった賢者に自分はどうすべきか。対応を考えながらも再び城壁を見上げた時、その声音には微かな不安が入り混じっていた。
☆
「……もう少しかな」
家屋の上から真下を見下ろしながら、勇者は呟く。その周囲には逃げる間も無かっただろう人々の死体が散乱していた。
広場に集まったギフト持ち、そして市街地の人々。勇者はそのことごとくを殺した。
標的を定め、殺す。その場から移動し、混乱と共にまた死を振り撒く。
破壊と殺戮。それを為す勇者はどこまでも虚無的だった。
血に酔う訳でもなく、加害に悦びを感じる訳でもなく。
「ふう」
ただ淡々と。目標を達成する為の単調な作業を繰り返す労働者のように。勇者は命を奪い潰していく。
そこに大きな感情の揺れ動きは無かった。
「お前が! 勇者だな!」
だからこそ、その声はよく目立った。見つけた、という喜色を滲ませた幼い声色。勇者を目にし、逃げるどころか近づいてくるのは小さなシルエット。
「……誰?」
勇者が即座に攻撃をしなかったのは相手の姿が子供だったからではなく、その不可思議な様子が疑問だったからだった。
これまで逃走ではなく、自分に対話を図ってきた者の目的は行為の停止だろうと察する事が出来た。しかし今回は違う。
子供──賢者は興奮と共に勇者に問う。
「お前は【交信】の影響で狂ったんだな!? でなければこんな事、する筈が無い!」
【交信】が持つ作用の証明。それこそが賢者が生き延びてきた理由。
あの時、婚約者を犠牲にしたのは自分の意志ではない。初めから決まりきっていたその結論に心から納得したいが為に、狂っているのかという聞いても仕方がない問いをする。
理屈と調査を積み重ねてきた先にあったのは、剥き出しの執念そのものだった。
しかし、勇者の返答は……示された答えは。
「誰かは知らないけど、私は狂ってなんかいないよ。そう見られても仕方がないとは思ってるけど」
「なら何故だ!
「んー……あ、【交信】の影響ってアレの事か。──あなたが私になんて言って欲しいのかは知らないけど、色々知ってるみたいだし休憩ついでに少し話そうか。よいしょ」
勇者は自身が立つ家屋の屋根の端に座り、頬杖を付いた。降り注ぐ日差しが地面へとその影を落とす。虐殺が始まってから初めての他者との対話だった。
「まず最初に。なんでまだ魔王を倒していないのかって質問だけどさ、根本的な勘違いをしてるよ」
「勘違いだと?」
「うん。──だって魔王は、もう倒したもん」