勇者になったアイツと、なれなかった俺   作:ジョク・カノサ

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四十七話 起源 一

「――は?」

 

 勇者の返答は賢者にとって予想だにしていなかったものだった。自身が求めていた答えが目の前にある。その確信による興奮が冷め、理性を取り戻すほどに。

 

「魔王は、倒した?」

 

「うん。魔王はエルシャのずっと南にある海の上の孤島。そこに居る。島には魔物がうじゃうじゃ居るし、普通の人間は足を踏み入れることすら出来ない」

 

「……そうだ。だから魔王復活後、年月をかけ勇者を育成し、勇者一行足り得る人材を用意し、入念な備えと共に勇者は孤島へと旅立つ。そうでなければ魔王は倒せないからだ」

 

()()()()そうだったかもね。でも私は違う。海を渡るのだって一人で出来るし、戦闘だって一人で十分。私の周りにも勇者一行は居たけど、ホントのところは不必要だったんだよ。真っ当な勇者を演じる為にそれは言わなかったけど」

 

「馬鹿な、有り得ない……魔王討伐を単独でなど」

 

「結構苦労はしたけどね」

 

 何体倒しても魔物が出てくるのは大変だったなあ。まるで家の掃除に手を焼いた記憶を語るかのようなその軽い物言いに、賢者は戦慄する。自身も同じ立場であったが故に。

 

 しかし、疑問はあった。

 

「いや、魔王が倒されたというのなら魔物の活発化は既に収まっている筈だ。だが私はここ数日、収まるどころか勢いと数を増している魔物共を見てきた。これは――」

 

「あなたのことは良く知らないけど、多分元勇者なんでしょ?なら分かると思うよ」

 

「……そうか」

 

 自身の素性を見抜かれたことに驚く暇も無く、賢者は答えに辿り着く。

 

 勇者に与えられるギフトは二つ。勇者を魔王討伐へと導く【交信】。そして。

 

「【浄化】を使っていないんだな……魔王を倒した後に」

 

「うん」

 

 賢者は知っていた。魔王は死んだ後も消滅しない。死体としてその場に残り続ける。だからこそ、魔王を完全に倒しきる為に与えられた【浄化】を使う必要があるのだと。

 

 では、【浄化】を使わなければ?

 

「私もこれに気が付いたのは偶然だったんだけど、死体さえ残ってれば魔物の増加は止まらないみたいだね。それに死体自体にも利用価値があったし」

 

 賢者は覚えていた。アスリヤが語り、そして王都までの道中で実際に遭遇した強力な魔物のことを。

 

 その魔物は倒された後、()()()()を場に残していたことも。

 

 賢者の中で、一度は抱いた筈の確信が崩れようしていた。具体的な目的は分からない。しかし勇者は()()を目指している。理路整然とした受け答えと、繋がった疑問がそれを予期させた。

 

 それでも、賢者は知ろうとせずにはいられない。それだけが自身が望む答えを証明する為の(よすが)であり、身体に染み付いた習性とも言うべき行動なのだから。

 

「狂っていないというのなら、お前は一体何がしたいんだ」

 

 その質問に対し、初めて勇者は感情の揺れ動きを見せた。

 

 嫌悪、苦痛、怒り。それらが織り交ざったような、表情の歪みを。

 

「正しい形に直すんだよ。私なんかを勇者にした、このどうしようもない世界を」

 

 

 

 

 地面に列を作って歩くアリを見るのが好きだった。小さな黒い点が延々と繋がってるかのように進んで行くのが。

 

 一番前を歩くアリに、何匹ものアリが並んで付いて行く。きっと、何も考えていない。一番前に付いて行くことだけを考えている。

 

 羨ましい。そう思っていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「いい?サフィ。もっと自分で考えて、自分のやりたいことを自分の意思でやりなさい。誰かの言われるがままはダメよ」

 

 母親は良くそんなことを言っていた。そんなことを言われるくらいには、私は無気力で自分の意思が無い子供だった。

 

 家畜の世話。家の掃除。夕飯の手伝い。そういうのは良い。何をやれば良いかが明確だし、言われた通りにやれば良かったから。

 

 でも、遊んで来いとか、友達を作れとか、そういうのは大の苦手だった。

 

 普通はまず衝動があって、それを解決する方法を自分で考えて、行動する。私はこの衝動の部分が弱いようだった。

 

 何かをやりたいと思わない。自分を突き動かすほどの衝動が無い。だから何をやれば良いか分からない。

 

 誰もが持つ自由。それが私には息苦しかった。

 

『おい、おまえらなにしてんだ?』

 

 だからあれは、私にとっての運命だったのだと思う。ある日私はいつものように一人でアリを観察していた。

 

 それは当時、私が自発的にやっていた数少ない行動だった。なんとなく、アリを眺めているのは楽しかった。

 

 そんな私にちょっかいをかけてきた子供を、追い払ってくれたのがカイくんだった。

 

『むしみんのもいいけどよー、そればっかじゃあきるって。おいかけっこしようぜ!』

 

 カイくんはその後も何度か私の元に来て、別の遊びに参加させたりイタズラの手伝いをさせたりするようになった。

 

『アイツら絶対ただの旅人じゃねえ。化けの皮剥いでやる。行くぞサフィ』

 

 次第に、私を引っ張るその手は強く、言葉は有無を言わせないように、視線はそれが当たり前のことだと定めるように、変わっていった。

 

『どいつもこいつも逆らいやがって。俺には何も言わず従っとけばいいんだよ。なあ、サフィ?』

 

 私の首から見えない紐が伸びていて、それがカイくんの手に握られている。

 

 カイくんの側にいることが当たり前で、カイくんの言う事に従って、カイくんがやりたいことを私もやる。

 

 ――一番前を歩くアリに、何匹ものアリが並んで付いて行く。きっと、何も考えていない。一番前に付いて行くことだけを考えている。

 

 ああ、こういうことなんだなって。前を歩く背中を見て、ある日私は確信した。

 

 私の生き方はこうなんだって。私の前を歩いてくれる人はカイくんなんだって。

 

 ピタリと何かが嵌ったような気がした。それが無性に嬉しかった。

 

 ――嬉しかったのに。

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