十歳の時だった。私の人生が歪み始めたのは。
十歳。子供にとっては大事な歳。ここでギフトを貰えないのか貰えるのかが決まってしまうからだ。
周囲はその事で持ちきりだった。こういうギフトが良い、ああいうギフトが良い。とにかく一つでも貰いたい。
私は何一つ共感出来なかった。そんなものを貰っても何も嬉しくなんてない。
宝の持ち腐れ、少なくとも自分の意志で有効に使える気はしなかった。
「俺は最低でも二つだな。一つは俺に逆らってきたバカを一瞬で黙らせられるようなヤツが良い」
カイくんは自分がギフトを貰うのは当たり前、そうに違いない。という感じだった。
カイくんは私にギフトに関する話をする事がほとんど無かった。他の誰かに聞いていたようなどんなギフトが良いか、なんて質問もしてこなかった。
多分、私がギフトを貰える筈が無いって思ってたからだと思う。何も言わない。その無言が私への期待の無さを表してた。
そしてそれは、私自身も同じだった。何が欲しいか、欲しくないかという話以前に、貰える気がしない。
それで良かった。カイくんと私の認識が重なりあったようで、少し嬉しかった。
でも、世界は、神様は。とんでもないバカだった。
「……待て、これは……いやしかし、間違いない……」
十歳の時、神殿の小部屋の中で神官が酷く狼狽えている光景は、今でも覚えている。その後に続いた言葉も。
「サフィ、良く聞きなさい。お前は──個のギフトを授かっている」
何も言えなかった。嘘か冗談か、そう思ったけどそんな事をする理由はどこにも無い。
「これほどの力は……危険だ。キッカケさえあれば持ち主を容易く歪ませてしまうだろう。正直言って私の手にも余る。それに、今代の勇者は──」
聞きたくなくて、両手で耳を塞いだ。
ギフト。カイくんがたくさん欲しがっていたモノだ。
勇者。カイくんが憧れていたモノだ。良く昔話を楽しそうに語ってくれたから知っていた。
なのに──なんで私なの?
「……これだけの力を持つ子供が居ると、今の時点で世間に知れ渡れば碌なことにならないのは想像に難くない。それに幼い身体と心では確実に持て余す力だ。──時が来るのを待つべきか。勇者任命の神託。そのタイミングなら王都の権威ある者達へと穏便に委ねられる。幸い、この村にはトリプルであるあの子が居る。神託の予告が来たとしても、サフィに目が向く事は無い」
その神官は、多分良い人だったんだと思う。私がどうすれば安全に、勇者になるまでの日を暮らせるかを考えていた。
「サフィ……私としては、現段階では君の力は隠すべきだ。秘密裏に使ったり、鍛えようとしてもいけない。時が来るまで。そうすれば、僅かな時間ではあるが今までのような日々を暮らせるだろう」
今までの日々。カイくんの後ろにずっとついて行く、満ち足りた日々。
「サフィ──君はどうしたい?」
最後に求められたのは、自由意志。私が持たないモノ。持ちたくなかったモノ。
だからその質問には、いつも通り曖昧な返事を返すだけの筈だった。
でもその時の私は。
『俺がギフトを貰って、その上で勇者になんかなったりしたら、もう魔王討伐は成功したようなもんだ。この村だけじゃない。世界丸ごと守ってやる。もちろん
キラキラした目で前を見続けるカイくんが頭を過って、それが曇ってしまうのがどうしても嫌で。
「隠したい」
そう、思ってしまった。
……この時の私はどうしようもなく愚かだった。自分の意思で何かを決めるなんて、慣れない事をしたばっかりに。
☆
私がギフト持ちである事、そして勇者に選ばれる可能性があること。
それを秘密にし始めてからの日々は、苦しかった。
罪悪感に首を絞められるような息苦しさが延々と続く。全て打ち明けてしまおうと何度も思った。
でも、結局は言えなかった。何も言わなくてもいつかは破綻するのに、それを自分から起こしてしまうのが怖くて仕方がなかった。
──そうして、忘れたくても忘れられないあの日が来た。
「……なわけねえ。コイツが勇者なんて、ある筈がねえだろおおっ!」
見た事もないぐらい怒ったカイくんが、私に殴りかかってくる。それに対して、私は何もするつもりがなかった。殴られた方が楽になるなんて、思ってたのかもしれない。
でも、それすらも叶わなかった。私が持ってしまったギフトの一つ。それは害意に反応して使用者を守る透明な壁を出すギフトだった。
本来ならそのギフトは効力を停止させる事が出来た。でも当時の私は神官の言いつけと、自分が持ってしまった力から目を背けたくて、それを把握してなかった。
透明な壁が展開されて、少しのヒビと一緒にカイくんの拳を受け止める。その時のカイくんの、私を見る目。
側に居て当たり前、後ろに居て当たり前、従って当たり前。そんな、大好きで心地良い視線は。
まるで、私ではない誰かを見るような──怯えたようなモノになっていた。
☆
それからしばらくの間はちゃんとした記憶が無い。王都の人達に村から連れられて、豪華な部屋の中に案内されたのは覚えてる。
何も見たくない、聞きたくない。目をつぶって、何でこうなったのかなんて考えても意味のないことを考えて、眠っての繰り返し。食事をしてたのかすらも覚えていない。
ある時、私はなぜこうなったのかを聞く事にした。
何で私が勇者なの?
【アナタが最も勇者に相応しいからです】
返ってきたのは高いとも低いとも言えないような無機質な声。【交信】の声だった。
【ワタシはアナタにギフトを授けたモノ。さあ、世界の為に魔王を倒しましょう。それが勇者の努めです】
初めて聞こえてきた時は無視していたその声に、私は聞き続けた。
何度も何度も何度も。何でなのか、私は相応しくない、今からでもカイくんを勇者に出来ないのか。
質問の度に、同じような答えが返ってきた。それでも私は聞き続けた。それくらいしか、やれる事が無かったから。
──そんな八つ当たりじみた質問の中、ある変化があった。【交信】の最中、
言葉で言い表わすのは難しい感覚だった。普段見えていたモノの裏側を見たような、崩れた壁の中身が見えたような、水車が回る様子を根本から見たような。
そして私が視たソレは、このまま手を伸ばし続ければ触れられそうだった。
【交信】。神が勇者に、そして勇者が神に声を届けるギフト。
声が届くというのなら、
何かが掴めた気がした。それは、根本から物事をひっくり返せる可能性。
私が望む未来に、世界を整え直せる可能性。
──もし、私の望み通りにカイくんが勇者になったら?
カイくんはきっと喜ぶだろう。そして誰よりも頑張るだろう。みんなを守る為に。誰かの前を歩く為に。魔王なんて捩じ伏せて。
私はそれを見る。すぐ側では見られないかもしれないけど、カイくんが世界を守る様子をただただ見守る。
何の力も、何の使命も無く。カイくんが帰ってくるのを待つ。
そしてまた、いつも通りの日々が始まる。
──それを想像した瞬間、泥の中で微睡む様な意識がハッキリしていくのを感じた。
衝動。私に欠けているモノ。何かをしたい、成し遂げたいという原動力。
カイくんを勇者にする。胸の内で炎が燃えているような、生まれて初めての感覚だった。
神官にギフトを隠したいと言った時のような消極的で軟弱な衝動じゃない。立ち塞がる壁を乗り越えてでも叶えたい未来。
だから私は立ち上がった。前に歩く人は誰もいない。たった一人、私だけが歩く道。その先にある未来を実現させてみせると。
カイくんに相応しい、一人では何も出来ない愚鈍な私に、戻る為に。