「あっ、勇者様!」
王城の中庭……柔らかな陽光が差し込むその場所に、勇者様は居た。
周囲で訓練を始めようとしている兵士達とはどこか隔たれたような立ち姿に、思わず息を呑む。
その間にも勇者様は私の声に応え、薄っすらと汗に濡れたどこか大人びた笑顔を見せた。
「おはようアスリヤ。良い朝だね。……あのさ、前々から思ってたんだけど、勇者様って呼び方はやっぱり止めない?」
「? 何か問題があるのでしょうか」
「様付けがやっぱりむず痒いし、出来るなら名前で読んでほしいよ。公的な場面ならみんな勇者って呼んでるからそれでも良いけどさ。私なんて、別に偉くも何ともないんだから」
「勇者様のご希望には応えたいのですが……これは私にとっての敬意の現れなのです。私にとって貴女は、それほど偉大です」
「大げさだなあ。歳も同じくらいなのに。私だってまだまだ子供だし、学ばないといけない事だってあるんだよ?」
知っている。だからこそ、敬意を抱くのだ。
私と歳はそう変わらない。なのにこの人は、誰よりも自らの足で立っている。
勇者という責務の重みに負けず、周囲の理想に応え、それでいて心を乱す事も無い。
どこか遥か遠くを見据え、それを為す為の鷹揚さと視野の広さを既に備えている。この人には確固とした
だから行動に迷いが無い。自然と自信に満ち溢れた所作になる。
軍に入隊してから正式に勇者一行の候補に至るまで、そんな姿を幾度と見てきた。
強く、高潔で、揺らがない。
勇者様は私にとって理想の
「相変わらず鍛錬には余念が無いですな」
「あ、二人も来たんだ」
「我々も見習わねばならん。なあ、マクーレよ」
「ふむ、私はサフィ殿に負けず劣らずの鍛錬を己に課しているつもりではあるが……もしやタイヨウ、貴様は違うのか?」
「なっ、そこで梯子を外すとは……今のは気概の話であってだな」
「──ははっ!」
勇者様は楽しそうに、さっきとは少し違う年相応の笑みを見せた。私も釣られて笑ってしまう。
勇者様、マクーレさん、タイヨウさん、そして私。四人の勇者一行。
いずれ来る戦いに向けて、どうしても払拭しきれない不安はある。それでも勝てると思える。私達ならば。──勇者様ならば。
この黄金色に輝く日々の記憶が、きっと私達を支えてくれる。
⭐︎
賢者がその場を去った後、アスリヤは最低限の自分の役割を果たし、残る避難民と仕事を部下に任せ自身も王都へと続いた。
出迎えたのは特筆すべき点の無い街並みだった。しかし、そこに立つ人々は皆一様に上空を、王都の中心の方角を見上げていた。
外からは城壁によって見えなかった、宙から発生し地上へと放たれる小さな光。アスリヤはその光に見覚えがあった。
「貴女がっ……この光景を生み出したのですか……!」
過ぎったのは賢者の自説。しかしそれを振り払いながら、真実を確かめる為に王都の中心部へと向かう。
進めば進むほど人々の様子は変化していった。アスリヤと逆方向に走り去っていく者が徐々に増えていき、倒壊した建物が目に付くようになった。そして、誰かが言った。
勇者が狂った。
アスリヤは立ち止まらなかった。最早、自身の目と耳で確かめる他無い。直接問いたださなければならないと。
そうして、見てしまった。賢者へと明確に己のギフトを向ける勇者の姿を。
「答えて下さいっっ!!!」
たった今目撃した光景。そして周囲の惨状。答えは明らかだったが、アスリヤは問う。威勢良く、義憤を感じさせる調子で。
そこにあったのは祈りだった。
何かの間違いではないかと。何か止むに止まれぬ理由があるのではないかと。
何か、私が納得出来る理由を語って欲しい。
祈り、怯え、そして逃避。それらを隠す為に、そして己が貫くと決めた生き方に沿う為に、アスリヤは吠える。
しかし、祈りの先はどこまでも無慈悲だった。
「うん、私がやったんだよ」
憧れが、罅割れる音がした。
「今日の出来事だけじゃないよ。魔物に魔王の死肉をばら撒いて活性化させたのも私。マクーレさんとタイヨウさんを殺したのも私。護衛の兵士を殺したのも私」
淡々と、何の呵責も無いかのように勇者が己の所業を明かすのを、ただ聞く事しかアスリヤには出来なかった。
「目的があるんだよ。大事な、私だけの、私がどうしてもやりたい事。その為に必要な事をしてる。ただそれだけ」